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広島交響楽団第382回定期演奏会《延期公演》 準・メルクル 指揮 [コンサート感想]

広島交響楽団第382回定期演奏会《延期公演》
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細川俊夫/瞑想―3月11日の津波の犠牲者に捧げる―
メシアン/輝ける墓
 ~ 休 憩 ~
ストラヴィンスキー/バレエ「火の鳥」(1910年版 全曲)
指揮:準・メルクル
コンサートマスター:佐久間 聡一
 この公演は7月7日に開催される筈で、メルクルさんもお嬢さんを伴って広島に滞在、リハーサルも進んでいたところの7月6日に襲った西日本豪雨により中止にせざるを得なかった。

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※広響の2018年イヤーブックより
 準・メルクルさんは、祖父が生まれた街であるこの広島(初めて知りました!)のために日程を開けて、再び来広。
 会場はマスコミの取材などがあり、いつもとは違う雰囲気。
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 楽団員は燃えていたなあ・・・。メルクルさんはいつも通りの力みの無い颯爽と、そして流麗ながら打点が明晰な指揮。オーケストラもその鮮やかなタクト捌きに導かれ、変幻自在の気品あふれる美しい音楽を奏でました。
 これほどの心に強く残る演奏を聴かせてくれた広響にブラボー!いやー本当に広島まで聴きに来て良かった!
カープに負けず劣らず、広響も黄金時代に入った感があります。
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 当日は新幹線で広島に向かうが関が原での大雪により40分遅れの開演1時間15分前に広島到着。せっかく広島に来たのだから、お好み焼きを食って、クラシック音楽喫茶で少しゆっくりして会場入りしようと思ったものの。駅で昼食を取ることに。しかし駅も大変な混雑で・・・続きは感想のあとに。
 会場は一見8割5分ぐらい席が埋まっているように見えるが、そこかしこに歯抜けのような空席があり、実際には7割5分ぐらいといったところだったろう。振替公演ということもあり都合がつかなかった人が多数いたようだ
 しかし、SNSやブログの感想を見ると、結構東京や関西から聴きに来られていたようだ(熱烈にスタンディング・オベーションをしていた方が、よく関西のコンサートでお見かけする方だったし)、音楽評論家の東条碩夫さんや奥田佳道さんも来られていたそうだ。
 この年末休み時期はどこもかしこも第九だらけなので(第九を演奏する良さは確かにありますが)、こういうプログラムを好んで結構当日券が売れたのではないだろうか?
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※開演前に撮影
 編成は14型のストコフスキー配置(ステレオ配置)4管編成で、広いこの多目的ホールのステージいっぱいに配置されている。ヴィオラがアウト、チェロがイン。広響を聴くときはほとんどヴィオラが外側の配置だ。
 細川俊夫の楽曲は、同じメルクルさんの指揮によるリヨン国立管弦楽団との「循環する海」を聴いている。この「瞑想ー」は一神教ではない日本の精神世界を表すように、創造主の存在感は皆無。お鈴のような鐘の音と弦・木管が奏でる魂が浮遊するようなモチーフの展開の中で、『宇宙の鼓動』(作曲者解説による)を表す大太鼓の律動が規則的に表れる。中間部の尺八のようなバス・フルートの旋律を聴いたとき、私の心の中の何かのスイッチが押された感覚になり、本当は3.11の地震・津波の犠牲者への追悼の曲なのだが、私には今年の広島・岡山・愛媛を襲った西日本豪雨の犠牲者の追悼の曲としてしか受け止められなかった。浮遊する魂が慰撫されるように、最後は消え入るように終わる。リヨン管の時にも思ったのだけれど、やはり日本人の血が入っていることが大きいのか、メルクルさんは日本の宗教観や死生観というものに深い共感を持っていると感じた。この静かな鎮魂は四十九日やお盆の送り火の時期の街の静けさや、人々の静かな心持ちを思い起こさせてくれる。作曲者も客席にいらっしゃって、盛大な拍手を受けておられた。
 2曲目はメシアンの「輝ける墓」。戦前の作品で、トゥーランガリラ交響曲などのまばゆいばかりの色彩と比べると、この戦前の(1931年)の作品は思ったよりコンサバティブでプリミティブな印象を受ける。中低音域で執拗に繰り返される3音の音型はショスタコーヴィチを想起させるし、トゥッティーでの響きはストラヴィンスキーの影響を感じさせる。トゥッティーのあとにパウゼがある場面が多いが、いかんせんこのホールでは残響を楽しむというわけにはいかない。細川作品では思わなかったが、この曲に関しては「もう少し音のいいホールで聴きたいな」と思った。
 リズムが非常に複雑で錯綜しており、相当難しい曲だと思うが、メルクルの明晰なタクトの元、広響の演奏は緊張感の中にも安定感があり、一つの生き物のような表現に舌を巻いた。1年の最後の最後に、ハイレベルなオーケストラの凄い演奏を聴いて、前半終了時点ですでに興奮気味だった。 
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※2階ロビーからの風景
 「火の鳥」は、ダイジェスト版とも言える1945年版が演奏されることが圧倒的に多いけれど、1910年版でしか味わえない感興がある。全曲盤をオーケストラのみでの演奏を「冗長」だと言い切ってしまうのは、このメルクルの魔法のようなタクトと愛すべき広響の情熱的な演奏を聴いてしまうと。『それは早計だ!』と言ってしまいたくなる。
 特に中間部分の「王女たちのロンド」から「夜明け」「イワン王子、カッチェイ城に突入」「不死の魔王カッチェイの登場」などを経て「イワン王子とカッチェイの対決」「火の鳥の出現」「カッチェイたちの凶悪な踊り」に至るまでの部分は、誠に息詰まり手に汗握る一大スペクタクルで、1945年版だと、「王女たちのロンドから」「カッチェイたちの凶悪な踊り」にまで一気に飛んでしまうのは、ほとんどおいしい部分をすっとばしている、ということが今回のコンサートを聴いて認識を新たにした。
 メルクルは時折ステップを踏みながら、流れる様な指揮の合間にも指揮棒の先をチョンと動かすだけで、あら不思議、オーケストラから色々なニュアンスの音が湧き出してくる。オーケストラ側もとてもポジティブかつ主体的に音楽を奏でていく。「火の鳥の踊り」や「魔法にかけられた13人の王女たち」では、「いったい、メルクルが指揮しているのはオーケストラだけなのか?ステージにはバレエ団が躍っていて、僕にだけその姿が見えていないだけじゃないのか?」そう思ってしまうほどに表情豊かで生き生きとした表現だった。
 中間部分に差し掛かり「カッチェイの登場」から、オーケストラは鳴りに鳴っているが、これはまだ序の口で、音楽はぐんぐんと熱を帯びて盛り上がっていき、「カッチェイたちの凶悪な踊り」の最後の方のブラスの下降音階の場面では、自分も奈落の底へ落ちていくような感覚になり、手が汗ばむような興奮があった。
 フィナーレの「カッチェイの城と魔法の消滅」でのホルンのテーマを聴いた瞬間、ちょっと目がウルウルと来た。最後の咆哮する金管を突き抜けて聴こえて来る輝かしくもボリューム感のある弦のトレモロに鳥肌が立った。国内のプロ・オーケストラの本拠地の中で最も音響の良くないホールにも関わらず、広響がこういう演奏をしてしまうもんだから、「ああ、これだけのものが聴ければ充分だ」ということになり広島にいいホールが出来ないのでは?という逆説的な原因も考えてしまう(笑)
 今後はそうそうは県外のコンサートには行けないんだけれど、年に1回は広響を聴きに来ないと!と思ったコンサートだった。
 広響の充実ぶりはなかなか拙文では伝えきれないため、シュトイデさんの弾き振りの動画を張り付けておきます。メルクルさんとは音楽の作り方は全く違いますが、広響の積極性や音楽への感受性と表現力がよく伝わる動画だと思います。
 以下は余談。
 戦術の通り、2時間前に広島に到着するはずが、1時間15分前にずれ込み、市街地でお好み焼きを食べ、2軒ある名曲喫茶のいずれかに行って・・・などという計画が飛んでしまった。HBGホールまでは路面電車と徒歩で40分、開演15分前には着きたいので20分程度で昼食を取る必要がある。
 「新幹線名店街」へ行こうと新幹線改札口を降りてビックリ、広島駅が全面改装されていて「ekie」という、岡山の「さんステ」の3倍はあろうかという巨大駅ナカ施設に変貌している。で、お好み焼き屋街へ向かうとご覧の通りの大混雑。
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 以前の新幹線名店街は新幹線利用者しか行けない穴倉みたいなところだったのが、どうやら南北自由通路が出来たことで人の流れが変わったらしい。南口の駅ビルのお好み焼き屋街の混雑状況が解らなかったので、とりあえずアンデルセンでパンを買っておき(久しぶりのアンデルセンのデニッシュを帰りの新幹線で食べた)、南口の駅ビルに行くと、大丈夫、混んでいませんでした。広島まで来てお好み焼きを食べられないなんてさみし過ぎますから。
 あと、備忘として書くと、お好み焼き屋さんの勧めで路面電車ではなくバスに乗っていったら、なんと15分もかからずに開演40分前にホールの玄関前に着き、周辺を散策する余裕がありました(笑)以後、HBGホールに行くにはバスを使うことにしましょう(笑)
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※天気は良いですが、気温は低く寒かったです
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※駅ナカのEKIEにはもみじ饅頭の製造工場が見れます。焼きたてが食べられます。

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国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究【番外編(上):岡山フィル支援の機運の盛り上がりの背景】 [オーケストラ研究]

国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究【番外編(上):岡山フィル支援の機運の盛り上がりの背景】
 岡山フィルの将来について勝手に語るシリーズ。今回はちょっと脱線する。
 前回の(その6)で予告していたように、今回は岡山フィルの経営の展望について触れるつもりで財源や体制整備について他のオーケストラの事例を踏まえながら途中まで書いていたのだが、昨今の岡山フィル支援に関する活発な動きを見て、掲載するのを記事にエントリーするのを保留にしていた。
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※岡山シンフォニーホールと城下交差点の夜景
この1年間の岡山フィルの体制整備に関するニュースは大きなものだけでも3つあり、
 ①市当局の支援強化の方針表明
 ②10月に地元行政・財界・オーケストラの支援者らが「育てる会」を発足
 ③山陽放送など地元マスコミでの露出の劇的な増加、
 などがそうだ。加えて2019/2020シーズンには定期・特別演奏会が年に6回となり、プロのオーケストラとしてのプログラムの充実も着々と進められている。今、ここで筆者が下手なことを書くのではなく、しばらくは事態の進展を見守ることに決めた。
 今回は岡山フィルの今の取り組みに最大の敬意を払いつつ、ではなぜ今、事態がこれほど急速に進展しているのか?そのことについて筆者が思う背景を整理しておきたい。
過去の失敗に学んだ岡山フィルの体制整備
 今年発足した岡山フィルを支援する民間組織である「岡山フィルを育てる会」は過去にも存在し、2005年ごろには小泉和裕氏をミュージック・アドヴァイザーとして招聘し、年間5回の定期演奏会を組むなどの体制充実を行っていたが、筆者の記憶では、個々のコンサートでは大いに盛り上がることはあっても、現在ほど岡山の街全体を巻き込まんとするような盛り上がりは無かったように思う。
 今から思えば、定期演奏会を一気に5回に増やすための聴衆層が形成されていなかったし、楽団は在東京や在阪のオーケストラからの助っ人に頼っていて、コンサートマスターをはじめ首席奏者のメンバーが演奏会ごとに変わり、いわば「岡山フィルの看板」を背負って立つ人が居なかった。ここが失敗の原因だったと考えられる。 
シェレンベルガーが岡山フィルのディレクターで居てくれることの奇跡
 現在の盛り上がりの起爆剤がシェレンベルガー氏の岡山フィル首席指揮者就任なのは間違いない。その衝撃は例えばサッカーでいえば、ジネディーヌ・ジダンやフランチェスコ・トッティーがJ2ファジアーノ岡山の監督に就任するようなものだ。
 シェレンベルガーが就任して岡山フィルの音はたった5年で激変した。自らも世界屈指のオーボエ奏者として名を馳せ、古稀を超えた現在でもその技術を維持し、岡山の聴衆を魅了する器楽奏者であると同時に優れたオーケストラビルダーでもある。スポーツで言えばプレイングマネージャーを見事にこなしていて、音楽づくりも着実に成果を上げる・・・よくこんな凄い人が岡山に来てくれたと思う。これは奇跡としか言いようがない。
 楽団員のモチベーションも非常に高く、定期演奏会での演奏内容が回を追うごとに充実していったことで、観客が増加し、定期・特別演奏会の回数は3倍に増加したにもかかわらず、毎回8割5分以上は客席が埋まる盛況だ。
 演奏面だけでなく首席コンサートマスターの就任、楽団専属の首席奏者の採用、それを受けての日本オーケストラ連盟に準会員として加盟し、名実ともにプロフェッショナルのオーケストラとしてのスタートを切った。
 以前ブログにおいて「日本オーケストラ連盟に加入し、行政を巻き込む」との提案を行ったのが2015年の8月だった。3年後に岡山フィルがここまで発展しているとは、筆者は思いもしていなかった。
 この背景には資金面での充実も大きい。常設オーケストラへの道は険しいが、岡山フィルのホームページには協賛企業のロゴでビッシリと埋まり、個人の賛助会員も倍増した。この岡山フィルの体制充実の背景に、何が起こっているのだろうか?
 私は2つの組織に注目をした。一つ目は「育てる会」の幹事企業であり、地元経済会のけん引役である中国銀行。もう一つは 岡山シンフォニーホールと連携協定を結び、学内のホールでコンサートシリーズを展開している岡山大学だ。
 この番外編(上)では、中国銀行を中心とした地元財界について考えてみたい。

背景に存在する『人口減少社会の中で岡山という街が生き残っていけるのか?』という危機感
 「人口減少社会の中での岡山の街の生き残り」というテーマは、一見岡山フィルとは関係の無いように見えるが、岡山フィルの未来と岡山地域の未来は一蓮托生。人口が減るということは若者が減り、働く現役世代(生産年齢人口)も減る。当然、県内GDPも減少し、ありとあらゆる業界で需要が減少する。これはたいへんな時代であり、大阪の為政者がヒステリックに叫んでいた「オーケストラじゃあ飯は食えない」という論調がますます力を持ってくる。岡山フィルは人口減少と、それに伴う経済衰退の時代にどのように存在意義を発揮できるか?が強く問われることになる。

 少し前の新聞記事になるが、11月1日の山陽新聞にこんな記事が掲載されていた。
〇岡山県人口減少、190万人割れ 33年6カ月ぶり、毎月流動調査: 山陽新聞デジタル|さんデジ
 岡山県の人口は減少し続け、社人研(国立社会保障・人口問題研究所)の予測では2040年には161万人にまで減少する見込みだ。
 他にも、11月6日にはこんな記事も。
〇地銀や路線バスの統合 制約緩和へ 未来投資会議/朝日新聞デジタル

 すでに、地元の金融機関ではこんなことも起きている。
〇第1部 膨張都市(1)相続マネー 東京潤い、地方はジリ貧: Lの時代へ 歪みを超えて:(2017年1月23日 山陽新聞)

 これらの記事は、これまで都道府県単位で維持されてきた、金融機関や地域交通の経営が全国的に行き詰まっている事を示している。
 特に3つめの記事『(1)相続マネー 東京潤い、地方はジリ貧』の内容は「人口減少ってこんなことも引き起こすのか・・・」と筆者は大きな衝撃を受けた。岡山から東京へ働きに出た「金の卵」の世代の資産を、子供の世代が相続した際、不便な地方銀行の口座を解約し、都市銀行などに預金を移す。それにより今後20年程度の間に51.4兆円もの資金が地方から東京へ移転する。実際に岡山県内の信用金庫では年間1億円ペースで東京の都市銀行へ預金が流出している。
 人が減り需要が減り、地方の経済が疲弊していくところへ、追い打ちをかけるように、「経済の血液」である投資資金が枯渇しかねないという状況がすでに深刻になっている。
 銀行同士の合併は独占禁止法により厳重に監視されているが、地方都市では金融機関同士の競争どころか、地域に投資資金を回していく原資すら東京へ流出していく。地方銀行同士の統廃合が容認されたことも、こうした状況も背景にあると思われる。
 すでに銀行については、地方の業界再編が進み始めている。
〇九州の地銀再編は、新たな段階に突入した ~十八銀・FFGの統合が意味するもの~(東洋経済オンライン)
 
 人口減少社会が次のステージに移ったとき、岡山の人口や経済活動の状況によっては、広島や関西の金融機関との統廃合の可能性は捨てきれない。中国銀行が広島や兵庫の銀行と経営統合ということになれば、地元経済の資本循環だけでなくシンクタンク機能もまるごと影響を受け、地域経済のイニシアチブが岡山の街から失われかねない。
 
  新聞や放送局についても、購読者・視聴者が物理的に減少するわけで、収入の屋台骨である広告収入が揺らぐことになる。地方マスコミ業界は新聞・放送局をグループで一体経営している形態が多く、少しのほころびで地方マスコミ業界全体の再編へ一気に加速する可能性が十分にある。
 今後は、金融機関を皮切りに、放送局や新聞社、ひいては国立大学に至るまで統廃合の嵐の時代に入るだろう。岡山が50年後にその独自性を保ったまま生き残っていくためには、銀行やマスコミ、大学といった『知識労働層の受け皿』を死守することが必要不可欠になって来る。
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※移転により役割を終える岡山市民会館から岡山シンフォニーホールを望む
 もちろん、新しい産業を興し、企業を誘致し、観光客や移住者を呼び込むことが直接の解決策になることは間違いないが、高度経済成長時代や人口ボーナス(増加)期ならいざ知らず、全国的に急激な人口減少が進む中で、産業構造を転換していくことは容易ではない。
 そうすると、地域の中に蓄積された富や資本を地域の中でどう循環させて、他の地域にはない付加価値を創っていくか?そして付加価値型産業を支える人々をどう呼び込み、付加価値の高い『本物』を創る人材をどう呼び込んでいくか?さらに岡山の人々が付加価値を生み出す文化を循環させる社会をどう回していくか(その6で述べた『文化芸術資本が循環する社会』をどう創っていくか)が重要になってくる。その先に、岡山の人々が自分の街に誇りを持ち、規模は小さいかもしれないが、光り輝くような付加価値を生み出す文化的土壌が育っていくことが理想である。
 今年の10月に就任した首席奏者たちは、とても実力を持った奏者が揃って、見事な演奏を聴かせてくれている。つまりは『付加価値の高い『本物』を創る人材』を岡山フィルが呼び込めたのだ。岡山が関西や広島などの大都市に飲み込まれず・吸収されずに独自のアイデンティティを保有して生き残っていくための一つの処方箋が見えた瞬間のように筆者には思える。
 岡山の地域の経済の血液を回す中国銀行も、岡山の経済を支える地場産業企業からなる財界も、そして山陽新聞や山陽放送などの地元マスコミも、例えばトヨタやユニクロのように「岡山を捨ててもっと儲かるところで商売をしよう」という訳にはいかないのだ。
 こうした地場の企業が岡山フィルに注目し始めているのも、人口減少という厳しい未来の中で、岡山フィルという芸術を創造する集団に明るい未来を見出そうとしているのではないだろうか。
 次回は、もう一つのけん引役である大学、特に岡山大学について触れていこうと思う。 
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岡山フィルの2019/20シーズンの日程速報(→12/22に公式発表あり) [岡山フィル]

 岡山フィルの来シーズンについて、会員向けに日程のみのチラシが来ていたので転載。
 出演者やプログラムの発表は、もう少し先になるとのことですので、発表され次第ここに追記していきます。
 ※12月22日に楽団から公式発表がありました。
 ※1月中旬の友の会会員へのダイレクトメールに、「Exiting Jazz Consert」の案内がありました

2019年5月26日(日)15:00開演
第60回定期演奏会
 R.シュトラウス/オーボエ協奏曲
 モーツァルト/交響曲第38番「プラハ」
 ブラームス/交響曲第3番
Ob独奏&指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー(首席指揮者)


2019年6月14日(金)19:00開演
Exiting Jazz Consert テッド・ローゼンタール・トリオ × 岡フィル
 バーンスタイン/「キャンディード」序曲
 ガーシュイン/サマータイム
  Someone to watchi over me 〜優しき伴侶を〜
  They can't take away from me
  Fascinatin'Rhythm
   〃   /パリのアメリカ人
   〃   /ラプソディー・イン・ブルー
指揮:山本祐之介
出演:テッド・ローゼンタール・トリオ
   

2019年7月21日(日)15:00開演
第61回定期演奏会
 ドビュッシー/小組曲
 イベール/室内小協奏曲
 ムソルグスキー(ラヴェル編)/組曲「展覧会の絵」
指揮:園田隆一郎


2019年10月20日(日)15:00開演
第62回定期演奏会
 ピアノ協奏曲(曲目調整中) 
 ブルックナー/交響曲第4番「ロマンティック」
指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー(首席指揮者)
ピアノ独奏:ジャン・チャクムル


2019年12月1日(日)15:00開演
岡山フィル第九演奏会
指揮:村上 寿昭
ソリスト:オーディションにより選出予定


2020年1月26日(日)15:00開演
岡山フィル特別演奏会「ニューイヤー・コンサート」
 ビゼー/歌劇「カルメン」ハイライト
 ビゼー/「アルルの女」第1組曲
指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー(首席指揮者)
声楽:岡山県にゆかりのある若手声楽家たち


2020年3月22日(日)15:00開演
第63回定期演奏会
 メンデルスゾーン/序曲「フィンガルの洞窟」
 ブラームス/ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲
 メンデルスゾーン/交響曲第3番「スコットランド」
指揮:大田 弦
Vn独奏:青木 尚佳
Vc独奏:岡本雄也


 ついに定期・特別演奏会が年6回体制になりました!
 →もう1公演発表されて、なんと7公演体制に。
 シェレンベルガーの交響曲シリーズは、ベートーヴェンが今年完結し来年度の5月にブラームスが完結。次はモーツァルトの後期交響曲、ということになりますね。
 
 ベートーヴェン、ブラームスの次は、やっぱり来ましたね。ブルックナー。今から首席奏者の梅島さんの腕が鳴っているでしょう。ブルックナーのシンフォニーは、ベートーヴェンやワーグナーとともに、ドイツ音楽の一つの極の神髄のような存在。弦・管・打、それぞれ難所が随所に存在し、そして全体のハーモニーのバランスと調和の追求の臨界点から放たれる神々しいまでの世界を聴衆に見せることが要求される。しかし、今の岡山フィルなら結構いいところまで到達できるんじゃないか?と期待してしまいます。
 5月の定期は「シェレンベルガーさん、本気か!?」とビックりな公演。ソリストにとってめちゃくちゃハードなR.シュトラウスのオーボエ協奏曲を吹き振り(演奏しながら指揮)して、間髪入れずに一瞬たりとも気が抜けないモーツァルトのシンフォニーを指揮。メインはブラームスの交響曲中、もっとも勇壮でパワフルな第3番。行かれる方は2時間半は覚悟しましょう(笑)
 シェレンベルガー以外の定期演奏会と第九は、なかなか面白い布陣になったと思いますよ。ただ、岡山は東京や関西に比べると、アーティストの知名度の浸透が10年ぐらい遅い。大都市ではすでに評価が定まった指揮者でも岡山では驚くほど知られていないことは多々ある。
 だから、7月と3月定期の集客が心配です。しかし、実力がぐんぐん伸びている若手や、脂の乗り切る少し手前ぐらいの指揮者が、一番面白い。園田隆一郎さんは、ヨーロッパの歌劇場叩き上げの実力派で、びわ湖ホールでのオペラ公演や、広響との共演などコンサートゴーアーの方々の間では極めて評価が高いです。ぜひ、聴きたいと思っていました。うまく岡山フィル事務局さんが広報して、どんどんお客さんが来てほしいですね。とても楽しみにしていますよ。
 村上寿明さんは去年の9月の「I am a SOLOIST」でのタクトを見て、斎藤秀雄直系のタクト裁きに魅了されました。来年の関西フィルの第九にも登場するようです。シェレンベルガーが岡山フィルと作ってきたベートーヴェンとも相性がいいんじゃないですかね。
 太田弦さんは、なんとまだ25歳という若さ!しかし、その若さで在阪4大オーケストラの一角、大阪交響楽団の指揮者(いわゆる専任指揮者)のポストに2019年から就任予定という・・・、今、最も注目される若手成長株の筆頭です。「今、世界的指揮者になった太田弦って、岡山フィルに来たことがあってね。すごく良かったよ。やっぱり巨匠になったね」と言えるような、そんな公演にして欲しいですね。
 
 ソリストについてはまだまだ未定のところが多いのだけれど、シェレンベルガーの吹き振り、青木尚佳・岡本雄也のブラームスのダブルコンチェルトは必聴。ジャン・チャルクムは(「蜜蜂と遠雷」のモデルの)浜松国際ピアノコンクールの覇者、上野耕平(Sax)さんは若き俊英で今年9月の「情熱大陸」にも登場したそうです。選曲もセンスがいい。
 マイシートの発売日は勤務日なので、出遅れそうですが(汗)まあ、今の席はすぐには埋まらないだろうとタカを括っています。
※6月にテッド・ローゼンタール・トリオとの再びの共演が発表されています。しかも、指揮は今やポップス・コンサート指揮の第一人者の、山本祐之介さんです(チェリストとしてもご活躍されています)。山本直純さんのFMシンフォニーコンサートのDJに胸を熱くして聴いていた世代としては、最近、ますます親父さんの後を追うようなご活躍をされている祐之介さんの指揮は見てみたかったんです!もちろん、テッド・ローゼンタール・トリオの演奏も楽しみです!
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広響からクリスマスカードが届く [クラシック雑感]

 今年度から広島交響楽団の「福山定期会員」になりましたが、会員あてのクリスマスカードが届きました。
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 こういうカードは貰うと素直にうれしいですね。文面を見て、今年は西日本豪雨でたいへんな年だったなあ・・・と思い返していました。私自身は被災者ではなかったのですが。
 はがきの裏には、楽団員さんのメッセージが添えられています。それも丁寧な思いのこもった直筆で3行ものメッセージ。
 福山定期演奏会って、以前にも書いたとおり年に1回だけの定期演奏会のためのマイシート会員なんです。それでもここまでやるんだなあ、と感じ入りました。
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 岡山出身の楽団員、Iさんのメッセージです。文面は伏せます。Iさんは岡山でもよくコンサートをしてくださってて、以前は「カンマーフィルハーモニーひろしま」のクリスマスカードをくださったこともありました。
 こういう心のこもったメッセージを頂くと、来年も応援したい、福山定期会員も更新していこう、そう思うようになりますね。
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岡山フィルハーモニック管弦楽団『第九』演奏会 2018 秋山和慶指揮 [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団『第九』演奏会 2018

ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調「合唱付」

指揮:秋山 和慶
ソプラノ:塚村 紫
メゾ・ソプラノ:岡村 彬子
テノール:征木 和敬
バリトン:山田 大智
合唱指揮:堀 俊輔
合唱:岡山第九を歌う市民の会
コンサートマスター:高畑壮平

2018年12月9日 岡山シンフォニーホール

 オーケストラは聴く度に良くなっていく。秋山さんの明晰なタクトに良く反応し、シェレンベルガーとはまた違ったベートーヴェンの音楽世界を堪能した。第4楽章最後のオーケストラだけの部分の追い込みは喜寿を迎えた指揮者とは思えない切れ味。ああ、これぞ秋山さんの音楽だと。
 特にホルン首席の梅島さん、彼は本当に凄い。ソロの箇所それぞれで違った音色で会場を魅了する。彼が岡山フィルの首席でいてくれる時間は、そんなに長くないのでは、と思う(必ず一流オケのポストに就くでしょう)。

 一方、合唱も含めた第4楽章は、ちょっとまだ戸惑っています。迫力は凄かったです。岡山フィルの第九史上一番声が出ていたかもしれない・・・。途中で「このペースで歌って、最後までもつのだろうか・・・」と、心配になったほど。文字通りホールが「震撼」するような迫力がありました。だから、合唱団の方々の鬼気迫るパフォーマンスには精一杯の拍手を送りました。
 でも、僕が思っていた秋山さんと今の岡山フィルのコンビが紡ぎだすであろうベートーヴェン、そしてシェレンベルガーが2回振って、本場ドイツのディクションを感じさせる、従来の「ザ・第九」とは一線を画した、新鮮なベートーヴェンの9番で積み上げてきたもの、その延長上の演奏ではなかった・・・ということで、どう捉えるべきか言葉が出てこない。
 会場はたいへんな盛り上がりでしたから、こうして戸惑っている私は少数派なのだと思います。
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