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京都市交響楽団第618回定期演奏会(1日目) 指揮:下野達也 Pf:フェドロヴァ [コンサート感想]

京都市交響楽団第618回定期演奏会(1日目公演)


ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番変ホ長調『皇帝』

 ~ 休憩 ~

アダムズ/ハルモニーレーレ


指揮:下野達也

ピアノ独奏:アンナ・フェドロヴァ

客演コンサートマスター:西江辰郎


2017年11月25日 京都コンサートホール大ホール

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 詳しくは後日更新しますが、もし、「ハルモニーレーレ?」聴いたことないし・・・。と躊躇している方がいたとしたら、まったく心配ご無用です。

 この曲、決して難解なゲンダイオンガクではありません。ミニマル・ミュージックの発展形としての音楽で、複雑なオーケストレーション、錯綜するリズム、容赦なくオーケストラ奏者に要求される特殊奏法など、演奏する方々は本当に大変な音楽でしょうが、京響の演奏は万全、羅針盤を指し示す下野氏のタクトも冴えわたっていて、この複雑な構造の音楽を「愉しめる」メニューとしてテーブルに乗せた下野&京響は見事!の一言です。

 何よりも、中年より下の世代の日本人が浴びるように聴いてきたアメリカのロックやポップス、ハリウッドの映画音楽などの様々なエッセンスが詰まっているように感じました。例に出して悪いのですが、メシアンの楽曲が『どこか遠い国の人たちの音楽』のような距離感を感じるとしたら、このアダムズのハルモニーレーレは、戦後アメリカ文化圏に良くも悪くも組み込まれた日本人には、「自分たちの血肉になっている音楽」のように思います。また、そうした背景を考えずとも、純粋な美しさと踊りだしたくなるようなリズムに溢れています。絶対に退屈はしませんよ。


(以下、後日追記)

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 お客さんの入りは8割ぐらいといったところか?プレトークで下野さんが「また下野がこんなマイナーな曲を取り上げて、と思われているかも知れませんが、それにも関わらず沢山の方にお越しいただいた」との言葉通り、これでよく入ったなあ・・・というのが第一印象。
 楽器編成は前半は16型2管編成、後半は4管編成で銅鑼やチェレスタ、チューブラベル、マリンバなど多彩な打楽器群が目を引く。
 弦五部はストコフスキー配置、1stVn16→2ndVn14→VC10→Va12、上手奥にコントラバスが8本。
 後半のハルモニーレーレの印象が強烈だったこの日のプログラムですが、前半のベートーヴェンのコンチェルト5番も素晴らしかった。フェドロヴァさんはウクライナの出身で、美貌と存在感のある容姿もあって、ロシアンピアニズムに寄った演奏をするのかと思いきや、非常に実直で音を的確に捉え、聞えるべき音がしっかりと耳に届く演奏に、こちらの背筋までピンと立ってしまう思いで聴きました。
 京響の伴奏は非常に柔らかでニュアンスに富んでいて、特に印象に残ったのが第2楽章。フェドロヴァさんの粒のたった音に付けていく京響の透明で清涼感のある音、両者の作り出す凛とした音楽世界の高潔さに心を打たれた。
 アンコールに演奏されたのは、月光ソナタの第3楽章。やはりこのピアニストは、激しい激情を感じさせつつも、1音たりとも勢いに任せて弾くと言うことが無い、このフェドロヴァさんのピアニズムを凝縮したような演奏だった。
 後半のジョン・アダムズのハルモニーレーレ。前半よりも心なしか空席が増えている、後半券で入場した人も居るだろうから、あるいは錯覚かも知れないが、演奏途中で出ていった人も何人か居た。しかし、大半のお客さんは、集中して聴いていた。特に50代以下の世代の人は共感を持って聞いたのではないかと思う。


 僕はこの曲に本当に心底感動した。しかし、この感覚は不思議だ。情感あふれるメロディーが有るわけでもなく、同じモチーフが執拗に繰り返され、それらが少しづつ和音をずらしていく・・・、徐々に高まっていく高揚感に導かれて、自分の心臓の鼓動が共鳴して音楽との不思議な一体感がたまらなかった。 下野さんのプレトークは、音楽における和声の移り変わりの妙技を、頭で考えずに感覚で受け取って楽しんでください」という趣旨のことを仰ったが、まさにそういう楽しみ方をさせてくれたのだと思う。


 この曲は、NMLで3種類(MTT、ワールト、ラトルの3種類)の録音の中から、抜きんでて演奏精度が高いラトル&バーミンガム市響の演奏が気に入り、CDまで購入して車の中でも何度も聴いた。しかししかし、この日の京響の演奏はこのバーミンガム市響の演奏を軽く凌駕するものだったのだ!もちろん生演奏マジックというのもあるだろう。生演奏ならではの愉悦としては、CDでは到底捕らえきれなかった音や構造が見えたことだった。パート1冒頭の打楽器+金管を中心に不規則なテンポで打ち込まれる音に、チューブラベルがあれほど劇的な余韻を残していること、あるいはパート3が、まるで人工的な明かりの全く無い離島から天の川を見上げた時のような、まさに綺羅星のごとき輝きがあることなどは、まさに生演奏を聴かなければわからなかった
 
 しかし、京響の演奏は「生演奏マジック」だけでは説明の付かない、「桁違い」の演奏だったように思うのだ。
 まず、京響の音が引き締まった音で、音符を正確にとらえつつ、音楽の持つエネルギーを見事に昇華させていた。特にパート1やパート3の終結部の、クライマックスへの音楽のエネルギーの持って生き方や各楽器間のモチーフの激しい応酬の中でも一糸乱れぬアンサンブルの緻密さ、あるいは曲全体において見られたパート間の緊密な連携、なだらかな稜線を描くようなしなやかなダイナミクスなど、ほとんどの要素で京響が上回っていた。CDの方が上回っていたのは、パート2中間部の金管のハイトーンの力感、この1点のみ。
 もっと瞠目するのは、全曲40分間のうち2/3近くの時間を不定型なリズムが占めるが、そのリズムに合わせる管楽器のタンギングと弦のボウイングの精度が驚異的で、楽器間の対話にも全く隙が無い。バーミンガム市響のCD録音が決して弛緩していたり乱れていたりするわけでは無いのだが、両者比べるとその差は歴然としているのだ。


 下野&京響は曲に対する深い共感のうえに立脚し、両者は「この曲は絶対に評価されてしかるべき曲」との強い思いで客席を魅了した。それが証拠に、終演後の拍手やブラボーのボルテージは、普段は心の内をさらけ出さない京都人をして、かくも熱狂的にさせるのか、と驚いた。3回目のカーテンコールでの指揮者を湛える楽団員の足踏みも、楽団員からの心からの賛辞と満足感・達成感から沸き上がってきたものだったし、それに対して下野さんがこの曲の緑色のスコアを掲げた瞬間の会場での盛り上がりは、この「ハルモニーレーレ」が、この1200年の都において傑作と認められた瞬間を祝ったようだった。今後、この曲は京響の有力なレパートリーの一つになっていくのだろうと思う。

 ベルリオーズの幻想交響曲が、フランス革命後の時代の雰囲気を運んでくる楽曲なら、この曲はオイルの匂いと、アメリカという超大国の栄華を象徴する曲として、(下野さんの言う通り)22世紀ごろには重要なレパートリーになっている、そう確信してしまう説得力が京響の演奏にはあった。
パート1の冒頭は、サンフランシスコ湾に現れた巨大タンカーの様子が描かれているが、このパートを貫いていたのは、走り出したらもう誰にも止められない、我々の文明社会の疾走感を表しているようだ。一見、人類史上最高の栄華を極めたような我々の文明社会は、いうまでもなく化石燃料に命脈を握られている、足場の危うい文明。この曲もいつでも音符の積み上げが壊れたら、曲全体までも壊れてしまうような危うさを内包している。演奏的には危うい場面は一度も無かったが、各楽器パートがレイヤー構造で透けて見えるようなオーケストレーション、しかもミニマルミュージック特有のモチーフの繰り返しで出来ているこの曲は、おそらくミスが1箇所でもあれば、素人でも気づいてしまうだろうが、そういう場面は全くなかった。


 パート3の美しさは広大な北アメリカ大陸、いや、もはや宇宙そのもののといってもいいスケール感を導き出している。どこかSF映画のサントラで耳にしたような気がする和音がそこかしこに聞えてきて、この曲が僕らの世代の曲であることを証明している。
 僕は、パート1の始めの方で提示された和音が、後半部に戻ってくる場面でまず、涙した。自分でもなんでこれほど共感するのか、分からなかったが、パート3でも同じように涙があふれた。「まさかこの曲で涙を拭うことになるとは・・・・」と自分でも信じられない思いだったが、この楽曲の持つ同時代性に心が共鳴し、そして下野&京響の実にヒューマンなアンサンブルに感動したのだろうと思う。


 今年はこれまでに2回、ここ3年だけでも9回、京響の演奏に接している。別の曲ではあるが、それらと比較しても今回は群を抜いている。このオーケストラはこれほどまでの潜在能力・底力があったのか・・・ということを思い知った。今年もまだあと1月あるが、このコンサートが今年のベストコンサートになることは間違いないと思う。

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国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その4:安定財源を失った先にあるもの) [jazz初心者です]

 このシリーズ記事、前回はオーケストラの総入場者数が伸びている関西の中で、一つだけその波に乗り切れていないオーケストラがあることを述べた。
 実は、そのオーケストラこそが大阪フィルである。今回は第4回として「安定財源を失った先にあるもの」ということで、「大フィル」こと大阪フィルハーモニー交響楽団について見ていくことによって、公的支援の果たしていた役割について考えてみようと思う。
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※全体を表示するには、表をクリックしてください 金額に関する単位は千円。

 上にある表は、過去10年間の大阪フィルの経営数値である。関西全体の聴衆のパイが増える中、大フィルの総入場者数は2008年の17万4000人をピークに減少を続けている。井上道義が首席指揮者に就任し、本拠地を2500人もの収容人数を誇る新生「フェスティバルホール」に移した2014年には一時的に回復を見せるも、2015年には再び10年前の水準にまで戻っている。
 
 事業規模についても、2012年以降は「3管編成オーケストラ維持ライン」と思われる、10億円を下回る状況が続いており、事業総収入は地方自治体支援の額に連動して低下している状況が見て取れる。
 言うまでも無くオーケストラで最も経費がかかるのは人件費、単純計算で一人500万円としても、14型3管編成に必要な80人では4億円かかる。ここに首席手当や大規模編成時のエキストラ報酬も加わってくる。これが10型2管編成48名であれば2億4000万円程度に下がり、オーケストラを維持できる損益分岐点は当然、低くなる。
 「なんだ、当たり前のことじゃないか!」と思われるかもしれないが、この点はオーケストラ経営が民間企業の経営とは大きく異なる点で、民間企業は人件費をコストと考え、業務の機械化やIT化によってコストを削減する一方で、事業規模を拡大すればするほど設備や仕入れ値はロットが大きくなる分低減される。
 オーケストラは職人の技術を集約して、より芸術性の高い成果物を生産するための組織であり、人件費の削減は演奏品質の低下に直結する。演奏品質の低下はオーケストラの存在意義にかかわることで、ここは削減が難しい。それでは製品の生産コストを下げられるかというと、ホールの定員を大きくするとしてもせいぜい2500人程度までで、それ以上大きくなるとPAが必要となり、これもアコースティックなクラシック音楽としての存在意義に関わる。回数を増やそうにも年間365日は決まっており、品質を高めるためのリハーサルにも日数を取られるし、労働法上の規制もあるから、年間130日あたりが限度になるだろう。
 そう考えると、オーケストラはコスト削減の余地が極めて小さい興業である一方で、寄付的財源(売り上げとは関係のない、履行義務や債務の生じない財源)=民間スポンサーや公的補助、の大きさで、事業展開が可能な規模が、ほぼ決まってしまう。計算式で表すと
 演奏収入 + 寄付的財源 = 楽団人件費 + その他諸経費
 となり、演奏収入には限界値があり、その他諸経費を極限まで効率的に執行したとすると、楽団人件費は寄付的財源(民間スポンサーの寄付額や公的補助金)の規模に依存する。こういう財務体質となる宿命を負っている。
 これまで見てきた数値からも、大フィルがこれまで提供してきたレパートリーを維持するためには3管編成が不可欠であるが、その損益分岐ラインが10億円前後、ということになるのだ。
 ちなみに、結成以来2管編成のサイズのオーケストラである関西フィルと大阪響は、事業規模7.8億円の間で経営的には安定しており、長期的には集客も伸ばしている。
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 上の表は2015年度(岡山フィルは2016年度の数字を筆者が独自に集計)の地方自治体支援のランキングである(単位は千円)。東京以外で活動している、いわゆる地方オーケストラの中で3管編成を維持できているオーケストラには、おおむね3億円以上の地方自治体支援が入っている。大都市に必要な、「社会・文化インフラ」を維持し、都市の「格」を保っているといえるだろう。東京に行かずとも一流の音楽芸術に触れられる・・・地方都市に住む人間にとっては、これは地域への誇りや愛着、自らのアイデンティティの立脚点にもかかわる非常に大事なことである。
 逆の見方をすると、公的資金に頼らない自主運営で3管編成を保っているオーケストラは東京以外には存在しない、し得ないということだ。
 大阪フィルは2008年までは1.7億円以上の地方自治体支援を受けていた。もし、2007年と同額の地方自治体支援が、2015年まで継続されていたと仮定すると、2015年の事業規模は10億円を上回る計算になる。大フィルにとってはやはり地方自治体からの支援が打ち切られたことが、3管編成の維持という、経営の屋台骨を揺るがす契機になったと言える。
 
 地方自治体の補助金の使途は、その地域の住民が決める、これが地方自治の本旨である。補助金の打ち切りの政治判断までの流れは複雑であるが、乱暴に言ってしまうと、「一部の市民の趣味でしかなく、日本独自の文化でもないオーケストラの運営は、基本的には独立採算で賄われるべきものであり、その赤字補てんに公的補助をすることはまかにならん」というものだった。
 しかし、大フィルの歴史を辿ると、朝比奈隆が育て、大阪という都市を体現する風格と存在感を備えていた日本を代表するオーケストラであったことは否定できないだろう。西洋文化に支援は不要という理屈も首をかしげる。それであれば西洋由来のスポーツが(スポーツも人類が生み出した文化の一環)ほとんどを占めるオリンピックの開催やメダル獲得競争に何兆円もの公費を投入する理由も立たない。
 自治体補助の1.7億円がプライミングポンプとなって、民間支援の獲得や、集客の拡大、あるいはかつては「日本一CDを売るオケ」のレコーディングなどの付随事業の投資を可能にしていた。つまりは赤字事業の公的補てんという視点ではなく、12億円の規模の事業をうまく回転させ、のべ20万人近い人々に芸術性の高い(というとスノッブと受け取られかねないが、要諦は何百年という歴史のフィルターを経て生き残った一流の題材を、技能職人集団による一流の仕事で聴くことが出来る)音楽文化に触れる機会を与え、何十億円の経済波及効果を生み出していたビジネスを回転させていた。議論の中心は、プライミングポンプ(呼び水)として1.7億円が高いか安いか、に絞れらるべきだった。
 大フィルの過去10年の経営数値を見ていくと、その重要なプライミングポンプを失った後、大阪という町の凋落を象徴するように資金や人の回転・集客が悪化。このままでは堂々たる3管編成を維持することは難しくなり、中規模オーケストラへの縮小均衡の道を歩んでいるように見える。
 
 大フィルも手をこまねいていた訳ではないだろう、大阪府・大阪市の公的補助全廃の方針を受けて、様々な収入増加策を取った。定期演奏会チケットの値上げ、定期演奏会会場のフェスティバルホールへの移転、他にも僕が把握できていない対策がたくさん取られたのだろうと思う。
 しかし、経営数字を見ると状況は極めて厳しい。大フィルのファンとしては少々気が重いのだが、もう少し詳しく数字を見ていくことにする。
2dai-phil.JPG
 過去10年の大フィルの経営数値を再掲する(金額に関する単位は千円)。
 
 まずは「総入場者数」。2008年~2010年をピークに、長期的に下落傾向にある。2000年代後半の集客の好調さは、2006年から5年間開催された「大阪城星空コンサート」や2008年から始まり、2009年からは5万人以上をを動員する秋の一大イベントになった「大阪クラシック~御堂筋にあふれる音楽~」などのイベントを入り口として、新しい若いお客さんが大フィルに足を運んだのではないだろうか。この頃の定期演奏会の会場のロビーや終演後の楽屋(大植さんが毎回サインに応じていた)周りには若いファンや女性のファンが沢山居たことを思い出す。大阪市からの支援の打ち切りで星空コンサートが終演し、大阪クラシックも大フィルだけのイベントでは無くなったことで、徐々に大フィルのプレゼンスが弱くなってきたことが考えられる。
 
 次に事業総収入の加盟団体内でのポジションを見てみよう。
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 2007年の総事業収入と総入場者数の散布図である。より詳しい傾向を分析するため、N響・読響・東フィルは「外れ値(統計処理上、けた外れに高いなどの例外的なデータ)」として除いてある。
 2007年(12億円)の大フィルのポジションは加盟団体29団体中、7位の位置につけており、N響・読響・都響・東フィル(30~16億円)には及ばないものの、新日フィル、日フィル、東響、名古屋フィルらとともに、第2集団の位置に付けていた。僕の感覚的な楽団の演奏能力もこれらの在東京オーケストラにひけを取らない水準だったと思う。
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 次に2015年の総事業収入と総入場者数の散布図である。こちらのグラフも、N響・読響・東フィルは「外れ値」として除いてある。 
 2015年(8.3億円)の大フィルの総事業収入は、加盟34団体中14位に後退。在東京主要オーケストラの後塵をことごとく拝し、名古屋フィル(10.8億円)、仙台フィル(10.1億円)、札響(10億円)、群響(8.5億円)にも凌駕されており、九響とほぼ同等の事業規模となっている。
 
 また、楽員数37人のオーケストラアンサンブル金沢(8.2億円)や51人の日本センチュリー交響楽団(7.5億円)など、小規模編成のオーケストラと同種準の事業規模であることから、単純計算ではあるが、人件費はこの2楽団よりも相当抑え込まれていることが予想され、楽団の質の低下が懸念される危険水準にあると察せられる。
(※補足、大フィル事務局から公表されている資料によると、2016年度の総収入額は9.7億円にまで回復しているようだ)
 
 いっそう深刻なのが、演奏収入も大幅に落ち込んでいることである。
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 2007年の演奏収入と総入場者数の散布図。この年の演奏収入は6.2億円あり、業界内でもかなり高い水準だったが、この年をピークに長期低落傾向にあり、2014年の井上道義の首席指揮者就任の年には一時的に回復したものの、2012、14~15年は過去10年間での最低水準が続いている。
 2015年の演奏収入(4.3億円)を加盟団体と比較してみよう。
 2015演奏収入.JPG
 在東京オーケストラはおろか札響(5.4億円)や仙台フィル(4.8億円)などの100万都市のオーケストラにも大幅な後れを取っているばかりか、背後には同じ大阪が本拠の大阪響(4.15億円)や関西フィル(4億円)が迫ってきている状況。これを見ると、大フィルはもはや西日本の横綱とは言えず、大阪での一番手のオーケストラとしての地位さえも危うくなっている。
 演奏収入の大幅な減少の原因は、依頼公演の回数の低下にあるのは明白で、一つの原因として「大フィル」というブランド力の低下があるのではないか。じっさい、私の住む中四地方でも、関西フィルや大阪響が出演するコンサートは多いが、大フィルが登場する公演はめっきり少なくなった印象がある。2管編成の規模であれば(おそらく出演料等が安い)関フィルや大響で充分なのだから。
(※補足、大フィル事務局から公表されている資料によると、2016年度の演奏収入額は5.1億円にまで回復している)
 これらのデータを見ると、大フィルの苦境の根本的な原因は、3管編成をなんとか維持したいオーケストラ側の経営ビジョンに対し、2管編成ラインにある財務状況、この両者がかみ合っていない点にあるように思う。それを横目に関西フィルや大響などの10型2管編成の小回りのきくオーケストラと、需要の獲得競争にさらされているが、安定財源を有しないため演奏上の強みであり楽団の個性でもある3管編成の性能を発揮しきれていない展開になっている。
 
 暗い話題ばかりになってしまったので、少しでも明るい点を探すとすると、まずは会員数の増加がある。「ソワレ・シンフォニー」や「マチネ・シンフォニー」の会員が別に計上されている可能性があるが、そうだとしても大フィルを愛する熱心な会員に支えられていることが疑いようはない。
 そして、民間支援の層の厚さ。特に、2015年には前年比1.2億もの支援額の増加が見られ、新聞社の専属オケである読響に次ぐ、国内2位の民間支援額を獲得している。
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※単位は千円。

 上のデータを見る限り、大フィルは民間資金の獲得にかなり努力している。頑張っているなあ、という印象。
 
 今後は2018年度に就任する尾高忠明・新音楽監督のもと、まずは依頼演奏を増やし、演奏収入と総入場者数について大植英次音楽監督時代のピークの数字(6.2億円、17万人)にまで戻すことが至上命題になろう。そうすれば事業規模10億円台に復帰し、楽団員数を元に戻し、堂々たる3管編成オーケストラへ復活する目途が立って来る。実際、2016年度には演奏収入の回復により、9.7億円にまで回復しつつある(大フィルの公表資料から筆者が独自に集計)。
 大植時代の本拠地が、1700人キャパのザ・シンフォニーホールであったことを鑑みると、演奏収入6.5億円は目指したいところである。そうすれば在東京オーケストラの第2集団に匹敵する事業規模を展開することができ、朝比奈隆時代の4管編成に戻すことも視野に入ってくる。
 自治体の支援もなく、巨大スポンサーも存在しない=安定財源の無い自主運営のオーケストラが、どこまでやれるのか、それは大阪という町の底力が問われているように思う。大フィルの今後に注目したい。

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国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その3:集客分析 関西のオーケストラ) [オーケストラ研究]

 このシリーズ記事も今回が第3回。岡山フィルからは少し離れますが、私自身も足しげく通い、多少なりともも事情がわかる関西のオーケストラの集客についての分析してみようと思います。

これまでの記事

 大阪・関西地区は2008年の「リーマンショック」と「橋下ショック」以来、苦境に立たされていると言われてきましたが、一方で、前回記事でも取り上げたように、もはや「国民的娯楽」といってもいい動員を叩き出すオーケストラ鑑賞の需要のなかで、「南関東」と「関西」はその人口に比べるとかなり強力な動員力があることも述べました。

 皮肉なことに「オーケストラは根付いていない」と橋下氏が根拠もなく放言したこの関西こそが、全国的に見ても有数の「オーケストラの動員力がある地域」だったわけです。その大阪・関西のオーケストラの観客動員について、もう少し詳しく見ていこうと思う。
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 まずは大阪以外の関西の状況だが、この10年で劇的とも言える観客動員の伸びをみせている。2006年の19万人に対し、2015年は48万人と、2.5倍もの伸びを見せているのだ。
 これはいわゆる「橋下ショック(オーケストラに対する公的補助の打ち切り)」による大阪のオーケストラの奮起によるものでは・・・もちろん、無い!(笑)
 実際はまったくその逆で、兵庫県が潤沢な投資的資金を投入して劇場整備とソフト事業を進めたことが関係している。兵庫芸術文化センター管弦楽団(兵庫PAC管)が設立され、オーケストラ連盟に加盟が認められたこと(2008年)と、それ以後も同オーケストラの観客動員が著しい伸びを見せていることが関西全体の観客動員の増加に寄与している。定期演奏会の会員数・総入場者数とも、大阪も含めた関西の楽団の中で、ぶっちぎりのトップを走る。

 次の要因としては京響の動員数の増加があげられるが、意外にも京響は11万人(2008年)→12万5千人(2015年)と伸びは大きくない(京都市直営時代は判で押したように11万人を計上し続けているので、これがどこまで実数を把握したものかどうか…疑わしいのだが、2015年の数字は公益財団法人として決算監査を受けているので間違いはないと思う)。

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兵庫県立芸術文化センター管弦楽団の年度別数値(人数は人単位、金額は千円単位)
※全体を見るためには画像をクリックしてください

 PACの経営数値を見てみると、やはり目に付くのは地方自治体助成の金額であろう。PACは兵庫県立芸術文化センターの座付きオケであり、その兵庫芸文センターにも兵庫県からの多額の補助が入っていると聞く。私は兵庫芸文センターの無料チケット会員になっているが、毎月多彩な催し物が開催されており、なかでも海外オーケストラ公演や東京でしか見られなかったような舞台が、東京の30%~50%安い価格で見ることが出来る。     
 オーケストラの客演指揮者陣の顔ぶれも蒼々たるメンバーで、人気指揮者:佐渡裕を筆頭にフェドセーエフやマリナー、スダーンなど、西日本のオーケストラの中でも随一の顔ぶれをそろえ、アメリカのオーケストラ並みの定期演奏会同一プログラム3日連続公演を打ち、そのほとんどが完売する。劇場の充実したプログラムと、価格破壊とも言えるチケット代の安さの原資は、間違いなく兵庫県からの公的支援である。その公的資金がプライミングポンプ(呼び水)となって、総入場者数の伸びや事業規模の拡大の基盤になっている。
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 一方で大阪のオーケストラの観客動員はというと、2006年の38万人に対し、2015年には43万人と堅調な伸びを見せている。ということは数字だけを見ると兵庫PAC管にしろ京響にしろ、大阪から観客を奪っての動員増加ではなく、新しいマーケットの開拓による新規顧客の獲得によるものと見ることが出来る。じっさい、『関西+大阪』の観客動員を集計しても伸び率は57万人→92万人で、160%の伸びを見せているのだ。これほどの伸びを見せているのは、前述したとおり他の地方には無い。世界的に見ても珍しい現象かもしれない。

 北摂の交通の要衝:阪急西宮北口という立地は、繁華街やオフィス街のど真ん中ではなく、どちらかといえば住宅街に近い立地ということで、開館前はそんな住宅街に大・中・小ホールを要する巨大な箱モノを作ることにかなりの批判があった。しかし開館効果が薄れてくるころに、ちょうど団塊の世代がリタイヤした時期と重なった。以前は平日の仕事帰りにホールへ寄っていた客層が、自分の居住地からアクセスのいいこのホールの常連となった。。
 兵庫県立芸術文化センターでは、クラッシックのみならず演劇や伝統芸能などの動員も好調で、これらの背景には、戦前からの「阪神間モダニズム」と呼ばれる、文化芸術を牽引してきた地域性や、宝塚歌劇の伝統など、莫大な「生もの」需要があったのだ。阪急沿線を中心としたこの地域は、今後も関西のオーケストラにとって、重要なマーケットとなるものと思われる。

 次回は、そんな関西のオーケストラ動員の隆盛の流れに、一つだけ波に乗り切れていないオーケストラを取り上げて、オーケストラ経営の厳しさにスポットを当ててみたいと思う。

国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その4:安定財源を失った先にあるもの


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国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その2:オーケストラは国民的娯楽!?) [オーケストラ研究]

  今回は第2回ということで「オーケストラ鑑賞は国民的娯楽!?」と題して、国内のオーケストラ業界全体の集客状況を中心に見ていきます。

これまでの記事


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 日本オーケストラ連盟加入団体の経営数値を見ていった際に一番驚いたのが、オーケストラ鑑賞人口の意外なパイの大きさと推移。加盟団体の集計値によるとオーケストラ鑑賞人口は2006年では約360万人だったものが、2015年には423万人に増加しているのだ。

 これを他の娯楽と比較してみると・・・

2015年の観客動員比較
プロ野球(全体) 2423万人
 セ・リーグ   1351万人
 パ・リーグ   1072万人
J1リーグ     544万人
オーケストラ    423万人
J2リーグ     316万人
Vリーグ女子    33万人

 昭和時代からの国民的娯楽のプロ野球には及ばなかったが、ファジアーノ岡山も所属するJ2リーグの観客動員数を軽く凌駕し、J1リーグの動員数に迫りつつある莫大な入場者数を、オーケストラは動員している。
オケ連加盟団体だけでこの数字で、他にも水戸室内管や神戸市室内管のような非加盟団体や、大晦日恒例のコバケンさんのベートーヴェン交響曲全曲演奏会や、いずみシンフォニエッタなど、その時だけ集まってくるオーケストラの観客はここには含まれていない。海外オーケストラの日本公演も100万人を超えるボリュームがありそう。これらを合わせるとJ1の観客動員数の550万人を超えるかもしれない。
 ついでに言うと「クラシック音楽」という括りだと、ピアノ、ヴァイオリンをはじめとした器楽独奏や室内楽だけでもオーケストラに匹敵する動員がありそう。オペラなども合わせるとクラシック音楽の観客人口は1000万人を突破するかもしれない。
 もちろん、この数字の中には学校を対象とした音楽鑑賞教室や、ポピュラー音楽のアーティストとの共演など、クロスオーバー的なコンサートも含まれるが、これほどの人口がオーケストラやクラシック音楽の「生演奏」に接している事実を前にすると、オーケストラが「国民的娯楽」といってもいいと思う。

 以前、拙ブログでも取り上げたが、韓国の中央日報「プロオケ32楽団、聴衆400万…欧州も凌駕する"ジャパン・パワー"」という記事が、日本のオーケストラの観客動員の多さを『欧州も凌駕する』という最大の賛辞をもって報じていた。

 国内のクラシック音楽の雑誌や関連サイトを見ると、『クラシック音楽は少数者の趣味』という前提に立った記述が多くみられるが、実はそれは思い込みに過ぎない可能性があるのだ。

 岡山フィルをはじめオーケストラで都市の文化芸術の振興を行おうとしている自治体関係者は、この「全国で400万人の動員力」という事実を前面に打ち出してほしい。

 ちなみに、音楽趣味の世界でいえば、FUJI ROCK やSUMMER SONICなど、いわゆる8大夏フェス(野外コンサート)が、のべ20日間のイベントだけで88万人も動員するという・・・(2016年データ)、ポピュラー音楽界の観客動員数は、それこそ年間で数億人億単位であろう。「音楽を趣味とする人々」自体が莫大なボリュームがあり、オーケストラの観客動員数がその莫大なボリュームの中で霞んでしまう、というのはあるかもしれないが、オーケストラのもつ400万人を超える動員というのは評価されるべきだと思う。
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 しかし、喜んでばかりは居られない。

 「そうは言っても周りでオーケストラを聴きに行くのは少数派、としか感じられないなあ・・・」、特に私のように地方都市でこの趣味を嗜んでいると、これが実感だろう。

 コンサート情報のフリーペーパーである、「ぶらあぼ」誌を見ると、掲載されているのはほとんどが東京圏での公演で、地方都市の公演は月に数えるほどしかない。

 実際にデータを調べてみると想像以上の結果が出た。
4総入場者数と人口の対比.JPG

 上の二重円グラフ、内側は実際の各地方の人口分布を表しており、外側はオーケストラの観客動員を表している。

 南関東(東京、神奈川、埼玉、千葉)のえげつないほどの寡占状況がわかる。人口にしてほぼ29%ほどの南関東が、オーケストラの総入場者数では54%を占めている。正確に言えば、2015年度の1年間に日本オーケストラ連盟に加盟するオーケストラを聴いた人のうち、「半分以上が南関東に本拠を置くオーケストラを聴いている」ことになる。

 一方で近畿(2府4県)も意外に検討している。人口比では16%であるが、オーケストラの総入場者数では22%を占めている。
 他の地方はおしなべて人口比を下回ってる。経済の活況が著しい名古屋を抱える東海地方を見ても、これまた意外にも人口比の半分程度の動員しかない。
 南関東と近畿をあわせると、全体の3/4を占めることとなり、これでは「オーケストラ鑑賞は国民的娯楽」といっていいのは南関東と近畿のみであり、今後、オーケストラ鑑賞が真に「国民的娯楽」となるには、いっそう地方でのすそ野の拡大が図られる必要がある。

 次は第1回目の記事でも取り上げた、事業規模(総収入額)/総入場者数の散布図である。
3事業規模 総入場者数.JPG

 両者には一定の相関関係がみられ、事業総収入(事業規模)=いわば企業で言えば「年商」が多額になれば事業規模が大きくなり、観客動員も増えることは第1回でも述べた。

 この散布図から、事業規模別にオーケストラを分類してみよう。

① 御三家型4管編成オケ:事業規模・総入場者数ともに別格に大きな(4管編成)オーケストラ。
② 業界牽引型4管編成オケ:年商も総入場者数も大規模で日本を代表する大型(4管編成)オーケストラ。
③ 100万都市型3管編成オケ:年商10億円を超え、10万人台後半の動員力がある大型(3管編成)オーケストラ。いわゆる「100万都市」に本拠を持つ。
④ 地方都市型2管編成オケ:年商数億円かつ数万人の動員のある中小規模(2管編成)のオーケストラ。
⑤ 非常設オーケストラ:日本オーケストラ連盟の正会員の基準を満たさないオーケストラ
 この5つに分類に実際のオーケストラを当てはめてみよう。

① 御三家型超4管編成オケ:N響、読響、都響
② 業界牽引型4管編成オケ:東フィル、日本フィル、東響
③ 政令指定都市型3管編成オケ:京響、名フィル、新日本フィル、札響、仙台フィル
④ 地方都市型2管編成オケ:群響、九響、OEK、広響、日本センチュリー、兵庫PAC、
 関西フィル、大阪響、山形響
⑤非常設オーケストラ:千葉響、静岡響、中部フィル、京都フィル、テレマン室内、
 岡山フィル、瀬戸フィル

 4管編成というのは、弦楽器だけで50人、管楽器が各パート4本を基本単位とする編成で、総勢100人前後の編成。バロック・古典から後期ロマン派・現代曲の巨大編成までオーケストラの楽曲のほとんどをレパートリーとする。欧米の名門オーケストラはこの編成のうえに交代で休暇が取れるように130人以上の奏者を擁している。
 3管編成は、管楽器が各パート3本を基本単位とする編成で、80人前後の奏者で編成される。オーケストラ楽曲の大部分はカバーできるが、19世紀末以降の大編成を要する楽曲はカバーできない。
 2管編成は、管楽器が各パート2本を基本単位とする編成で、40人~60ぐらいの奏者(弦楽器の規模により増減)で編成される。バロック・古典派を中心に、ブラームス・ドヴォルザークなどロマン派中期までのシンフォニーの演奏の際に採用される。

 編成が大きくなると、当然人件費も高くなる。つまり、総収入額(事業規模)と需要の大きさ(総入場者数)のサイズが、その都市のオーケストラの編成を決定する、といってもいいだろう。その観点から本シリーズ記事では総収入額(事業規模)と総入場者数の散布図を重視している。

 上の散布図「事業総収入/総入場者数」を見ても東京のオーケストラの優位性は圧倒的なもので、それに対抗しうる印象だった関西地区では、オーケストラ単体では業界牽引型の完全な4管編成に分類されるオーケストラは皆無。京響が準・4管編成で政令指定都市型の雄、といったところ。大フィルは表向きは3管編成だが事業規模では地方都市型2管編成の規模でしかない。関西は政令指定都市型の京響を筆頭に、中規模オケがひしめく団子状態、ということが言える。

 次回は、私もお世話になっている関西のオーケストラの観客動員について見てみます。


4okayama.jpg


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国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その1:岡山フィルの現在のポジション) [オーケストラ研究]

 「国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究」と題したシリーズ記事、今回は第1回として国内オーケストラの中での岡山フィルのポジションを見ていきます。
これまでの記事
DSC01515.JPG
 今年の6月に、岡山フィルも晴れて加入した「日本オーケストラ連盟」のホームページには、楽団の収支や入場者数・公演数などの経営指標が年度別に公表されている。そして、公益財団法人に属する岡山フィルも実績報告と会計資料が公開されているため、同一項目の数値を集計して比較することで、全国の加盟オーケストラの中での岡山フィルのポジションを把握することが可能です。
 今回のデータ集計については、記事作成時点で把握できる最新データとして、連盟加盟オーケストラについては2015年のものを、岡山フィルについては2016年のものを使用して比較研究を行った。元は、今年の夏ごろに某SNSにて「日本オーケストラ連盟の公表数字を分析する」という題名で連載したものを、「岡山フィルの将来展望」という要素から再構成しています。 
 公表されている様々な数値の中から、今回はオーケストラの活動規模を把握するため、y軸に「事業総収入額」をx軸に「総入場者数」を設定し散布図に表したものが次のグラフ。
3事業規模 総入場者数.JPG
 事業総収入(事業規模)/総入場者数の散布図
 このグラフから事業規模(=事業総収入額)と総入場者数の間には強い相関関係がみられ、回帰直線よりも左上側に位置するオーケストラは総入場者数の割に事業規模が大きいことを表し、回帰直線より左下に位置するオーケストラは事業規模の割に総入場者数が多いということになる。
 これを見ると、やはりN響・読響・都響といういわゆる「御三家」と言われるトップオーケストラは事業規模が大きい、それに次ぐ東京フィルも都響に迫る事業規模であるが、「御三家」に比べると倍以上の入場者を集めてようやく現在の地位を維持している、とも言える。
 次に、事業規模10億円あたりに固まっているのが京響・名フィル・仙フィル・札響などの大都市にあるオーケストラ。かつては「100万都市」と言われた頃の政令指定都市ばかりで、3~4管編成(オーケストラの大部分のレパートリーをカバーできる編成)のオーケストラである。オーケストラの総収入額の原資には①チケット代収入(依頼演奏出演料含む)と②公的補助、③民間補助の3種類があるが、「100万都市」には10億円ぐらいの事業規模を支えるだけの聴衆や自治体の支援、民間の支援が得られる、ということなのだろう。
 その次に広響・群響・センチュリー・大フィルが7~8億円規模に位置する。センチュリーは小規模オーケストラなので不思議はないが、大フィルがこの位置にいるのは意外。調べてみると2008年頃には10億円の事業規模を有していたが、自治体からの支援が一気に0になったことで経営バランスが崩れ、現在では地方の中規模都市のオーケストラの地位に甘んじている。大フィルについては回を改めて分析してみようと思う。
 さて、我らが岡山フィルのポジションは?というと、左下に沢山の点があるうちの一つになる。東京の「御三家」オーケストラから見ると、これほどちっぽけな事業規模なのか!?と驚きを隠せない。
 岡山フィルだけでなく、事業規模7億円を下回るオーケストラはいずれも回帰線の右下に位置しており、事業規模2億円未満で入場者数数万人の事業を展開しているが、回帰線を下回る状況というのは入場者数の割に事業規模が小さいことを表しており、経営環境の厳しさが見て取れる。
 次に日本オーケストラ連盟に「準会員」として加盟しているオーケストラ、つまり「常設ではないオーケストラ」を抽出して散布図を見てみよう。
101準加盟の散布図.JPG
 事業総収入(事業規模)/総入場者数の散布図(準会員オーケストラ抜粋)
 準会員オーケストラの中でも岡山フィルのポジションは平均以下の位置にいるが、ここ数年で加盟した瀬戸フィル・奈良フィル・静響の中と比較すると、事業規模・総入場者数ともに岡山フィルが上回っている。また、15~20人規模の京都フィルやテレマン室内管弦楽団は、プロの楽団として高い評価を得ており、需要の大きい大都市圏であれば、小編成オーケストラが生き残れるニッチな市場が存在することを表している。。
 岡山フィルは現状でも10型2管編成の規模であり、楽団・聴衆・市当局ともにベートーヴェンやブラームスを過不足なく演奏できるこのサイズのオーケストラを望んでいる感じがある、そうなると現在の事業規模では非常設オーケストラはおろか、年間8回程度の定期演奏会の開催も難しい。実際に、山陽新聞の記事に掲載された事務局長さんの話では、現在の収入額では年に4回の定期演奏会が限界とのこと。
 こうして全国のオーケストラと比較してみると、現在の岡山フィルのポジションからから発展させて「都市格を向上させるオーケストラ」に育てていくのが、どれほど至難の業であることかがおわかり頂けるだろう。
 しかし、今の岡山フィルには強力な財産がある。こんなちっぽけなポジションにいるオーケストラを、シェレンベルガーという世界一を知る人物が関わってくださり、ドイツの堂々たる3管編成のオーケストラ(上の一つ目のグラフで言えば上位に位置するオーケストラ)でコンサートマスターの地位にあった高畑さんが、首席コンサートマスターに就任した。これらがどれほど奇跡的なことであるかも、一層浮き彫りになったと思う。
 次回は、オーケストラ業界そのものの現状について、データから読み解いてみようと思います。

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