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ニューヨーク・シンフォニック・アンサンブル 岡山公演 指揮:高原守 Cl:橋本杏奈 [コンサート感想]

ニューヨーク・シンフォニック・アンサンブル 岡山公演
モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調「軍隊」
ハイドン/交響曲第8番ト長調「夕べ、あらし」
 ~ 休 憩 ~
バッハ/管弦楽組曲第3番より アリア
モーツァルト/クラリネット協奏曲イ長調
指揮:高原 守
ヴァイオリン独奏&コンサートマスター:ギオルギー・ヴァルトチェフ
クラリネット独奏:橋本 杏奈
2018年7月20日 岡山シンフォニーホール
 
 会場は6割程度の入り。招待客が多いようで、ロビーで挨拶や会話をする人が多く見られたが、「家の方は大丈夫だった?」「〇〇さんのところは浸かったみたい」というような、安否確認の会話が多かったように感じた。
 開演に先立って、指揮者の高原さん(岡山出身)と楽団員たちの思いのこもった、 西日本豪雨の犠牲者追悼のための、バーバー/弦楽のためのアダージョが演奏された。
 
 このコンサートは、まずは橋本杏奈さんの見事なクラリネットに触れないわけにはいかない。まだ高校生といっても通用しそうな(失礼!)童顔の御姿からは想像できない、大人の演奏を聴かせてもらった。ホールをビリビリと震わせる低音から、天衣無縫の高音へと駆け抜けるグリッサンドの場面では鳥肌が立ちっぱなしだった。 
 
 オーケストラの方は、基本編成が!stVn6→2ndVn3(本来は4人)→Va3→Vc3、上手奥にコントラバス1本の弦5部に、1本~2本の管楽器が入る。
 ニューヨークの少人数のアンサンブルといえば、オルフェウス室内管が挙げられるが、オルフェウス室内のような鋭く切れ込んでいくような場面は全くといっていいほど無くて、いい意味でも(悪い意味でも?)、おおらかで1930年代の青春のアメリカン・サウンドをパッケージして運んできたような音楽を聴かせてくれた。アンサンブル自体は詰めが甘くて、アインザッツが揃わない場面もしばしばみられるものの、それを補って余りある透明感と懐かしさが同居した、抗いがたい魅力あるサウンドがこのオーケストラの特色なのだろうと思う。
 今回は、ハイドンのシンフォニーが聴けたことが収穫。このホール、いや岡山でハイドンを聴く機会は本当に限られる。いわゆる「朝」「昼」「晩」三部作の最後の曲である第8番。コンチェルトグロッソの形式の楽器同士の対話を大いに楽しんだ。
 最後はアンコール3曲。アンダーソンをはじめとしたアメリカンなピース。こういう曲で客席を楽しませるのは流石にこなれていて、客席も大盛り上がりだった。最近、何かにつけ考え事が多く、オーバーヒート気味だった自分の頭の中が、不思議とスッキリするような演奏だった。No Music , No Life !
 

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豪雨災害から得た教訓 [雑感]

 今月の5日~7日にかけて、九州から愛媛・広島・岡山を通って京都・岐阜を結んだラインに前線が居座り、岡山でもバケツをひっくり返したような雨が2日以上続きました。
 その結果、岡山県内でも倉敷市真備町や高梁市、岡山市東区などで街が水没する深刻な被害が出ました。この災害によって亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げるとともに、今なお避難生活を強いられている被災者の方々にはお見舞い申し上げます。
 岡山市内は外見上は平静を取り戻しJRを中心に交通網も徐々に回復しつつありますが、私の職場では浸水した事業所もあり、県北部や広島への交通は鉄道・高速交通網ともに遮断されているので、まだまだ平常運転に戻るには時間がかかりそうです。
 岡山市街地は、周囲の地域の浸水被害に比べて、ほとんど無傷といっていい結果になりましたが、5日から6日にかけて夜中中、警報サイレンが鳴り響くとともに、スマホの避難情報も数十分おきに鳴りっぱなしの状態になり、ほとんど眠ることが出来ない状態でした。
 私の住む建物の上階からは旭川の水面が見えるのですが、6日の3時ごろには旭川の水位は氾濫危険水位をゆうに超過し、少し離れていても聞こえるぐらいの滝のような轟音を上げて、濁流の水面が土手上の道路の路面から1mにまで迫っていました。旭川の洪水調整として江戸時代に掘られた百間川も、氾濫危険水位に達し、まったく余裕がない状態に突入していたのです。
「こら・・あかん・・・」頭の中では岡山の街が茶色い濁流に飲まれる様子が浮かびました。
Screenshot_2018-07-07-04-48-21.jpg
 幸い、未明1時ごろから雨自体は小雨になっていたこともあって、旭川の水位は徐々に下がってくれましたが、あのバケツをひっくり返したような雨が、あと2、3時間続いていたら、岡山市街地が大規模な浸水被害を受けていただろうと思われます。
 7日の午前中に撮影された、旭川の様子を写した動画がYOUTUBEにもアップされていました。


この動画が撮影されたのは、午前7時とのことなので、氾濫危険水位の7.6mを下回り7.4mぐらいでしょう。夜中に達した最大水位は、これより50cmほど高く、土手上の道路を川の水が洗うような感じでした。
Screenshot_2018-07-07-09-58-14.jpg
 さて、今回の豪雨で得た教訓です。
1.「避難準備」は非難する服装に着替え、持ち出す物資・貴重品などを準備するだけでは足りない。
 避難準備の間に、家族と連絡を取り、避難する場合はその場所などを打ち合わせておく必要がある。
 自宅がマンションの中層階ということもあり、「避難をしない」という選択をしましたが、真備町の様子を見ると水も電気も無い建物に孤立する状況というのは想像以上に過酷なことだと思いました。そこへ水が引かない状態で連日39度の猛暑がやってきたら、生命の危険が迫ってきます。
 避難所へ行く場合でも、家族や親族に連絡が取れるうちに打ち合わせておく必要があると思います。今回、生存しているのに「行方不明」とされた方が何十人もいらっしゃったようで、こうした事態も避難準備時間帯での連絡を密にすることで防げることでしょう。
2.校区内の小中学校が、洪水時に避難所として開設されるかどうかを知っておく。
 今回は、休止状態だったツイッターのアカウントを復活させて情報収集に努めていましたが、豪雨の中近くの小学校へ向かったご家族が、避難所が開設されていないのを見て引き返した、というようなツイートを多く見かけ、かなり混乱している様子でした。避難所を管理する市の職員の到着が遅れたりしたところもあったようですが、それ以前に、そもそも洪水時には避難所として開設されない施設もあったようです。僕もハザードマップは見ていたつもりでしたが、今回、初めて土砂災害、洪水、津波など、どの場合にどの避難所が開設されるのかを確認した次第です。
3.「災害が少ない岡山」の概念を捨てる
 東日本大震災以来、地震が少なく、台風の際も逸れていくことが多い岡山について、行政側が「災害が少ない岡山」をPRして、積極的に工場誘致や移住者の受け入れに力を入れている様子が見られました。
 じっさい、岡山県の移住PRサイトや倉敷市の移住ポータルサイトには、現在(2018/7/20)でも「災害が少ない」と明記されています。
 私は学生時代に岡山平野の水害の歴史についての講義を受けたこともあり、ずっと違和感がありました。
 以前のエントリー:岡山県が2年連続転入超過
 今回の豪雨でも、岡山市内で避難所へ避難した人は少なかったようですし、じっさい戸建て住宅に住んでいる周囲の人に聞いても避難した人は皆無でした。外に向けて「岡山は災害が少ない」と言い続けることによって、「岡山は大丈夫」という根拠のない自信のようなものが蔓延していたのではないでしょうか?
 今回の豪雨災害で、「災害が少ない岡山」という神話は崩壊しました。この日本に住んでいる以上、安全な場所などない、という意識が必要なんでしょうね。

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岡山県立美術館開館30周年記念展『県美コネクション』 [展覧会・ミュージアム]

岡山県立美術館開館30周年記念展『県美コネクション』Ⅰ期のみ
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 岡山県立美術館は昭和63(1988)年、瀬戸大橋、岡山空港とともに岡山県の大型プロジェクトの一つとして開館しました。アクセスのよい市街地に位置し、本県のみならず中・四国そして世界の人や物が行き交う文化の拠点として、さまざまな事業に取り組んでいます。県立であることの意味を鑑み、常に“岡山ゆかり”を念頭に活動してきました。このたび開館30年の節目を迎えるにあたり【ゆかり=つながり=コネクト】をキーワードに、全館を使用してこれまで培ってきた「ひと・もの・こと」を収蔵作品とともにさまざまな関連事業を行うことでご紹介します。“岡山ゆかり”であることがいかに豊かな文化を内包するものであるか、改めてお気づきいただけることでしょう。
当館の収蔵作品(寄託作品を含む)は、大きく“岡山ゆかり”であることを前提としています。古書画、日本画、洋画、版画、写真、工芸、彫刻、現代美術など多岐にわたる作品は約4500点に及び、「岡山の美術」展と題し、年10回程度の展示替えを行いながら順次公開しています。このたびの記念展では、収蔵作品をいくつかのテーマに分け、“岡山ゆかり”から広がる「ひと・もの・こと」を全館を使って展示します。【1期】は春、家族や地域とのつながりを中心に、【2 期】は夏、作家や作品がここにあることからさらに広がっていく豊かな美術の世界を他館の作品も交えながらご紹介します。
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 岡山県立美術館では、特別展展示のある時期でも常設展『岡山の美術展』として、岡山ゆかりの作品の常設展示につとめていて、おそらく3年ぐらい通い詰めれば「県美コレ’ク’ション」の全貌を見ることはできるのだろうけれど、今回、主要作品を一堂に見ることが出来るのは本当にありがたい。
 
 そう書いておいて、なんなんですが第Ⅰ期に足を運んだものの、第Ⅱ期には結局行くことが出来ませんでした(汗)
 
 墨画の雪舟、浦上玉堂・春琴親子、名工たちによる備前焼の逸品に河井寛次郎に棟方志功と、そこに国吉康雄や原田直次郎の西洋画の鮮やかな色彩、これらが同じ特別展に並んでいて、「これは見せ方に、相当なご苦労があったのだろうな」と推察します。
 
 印象に残ったのは、まずは原田直次郎の「風景」(1886年)、一昨年のNHK「日曜美術館」の特別企画『ゆく美くる美』でも取り上げられられた作品。何度見ても、その鮮やかな色彩に心を奪われます。西洋画では鹿子木孟郎の「杖を持つ男」も強く印象に残りました。
 墨画では、浦上玉堂の一度見たら忘れられないごつごつした山水図もひと際オーラを放っていた。春琴・秋琴ら親子で一堂に作品が見られるように展示の工夫がありました。
 惜しむらくはⅡ期に登場した小野竹喬の作品群を、今回は見逃したこと。竹喬作品がまとまって出るときには足を運びたいと思う。
 
 余談ですが、墨画や工芸品はガラスの展示ケース越しに見ることが多いのですが、もう少し明るい照明でもっと間近に見ることができないのか?という疑問は素人の我儘でしょうか?
 昨年の京博の平成知新館で見た「国宝展」では、等伯や応挙、光琳の作品がガラスの展示ケース越しだったけれど、もっと奥行きが短く間近に見えたうえ照明も明るく、作品が持つ力がストレートに伝わってきたのを思い出します。開館30周年記念展でいくらかメンテナンスの手が入ったとは思いますが、展示室のリニュアルも必要な気がしますね。

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岡山フィルの2019年の定期演奏会プログラム情報 [岡山フィル]

 少し気が早いですが、岡山フィル首席指揮者のシェレンベルガーのホームページに2019年の出演情報が掲載されていましたので、そこから岡山フィル関連情報をピックアップしてみました。
 その前に、まずは2018/19シーズンの確定情報を記載します。
岡山フィル第57回定期演奏会
2018年10月14日(日)15:00開演  会場/岡山シンフォニーホール
~シェレンベルガーのベートーヴェン交響曲シリーズ完結~
指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー
ソリスト:中桐 望(ピアノ)
 
ベートーヴェン/レオノーレ序曲第3番 作品72b
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番変ホ長調
ベートーヴェン/交響曲第4番変ロ長調 作品60

岡山フィル『第九』演奏会2018
2018年12月9日(日)15:00開演 会場/岡山シンフォニーホール
~巨匠 秋山 和慶 岡山フィル第九再登場~
指揮:秋山 和慶
ソリスト:未定

ベートーヴェン/交響曲第9番 ニ短調作品125
岡山フィル第58回定期演奏会
2019年1月20日(日)15:00開演  会場/岡山シンフォニーホール
~新年の幕開けはモーツァルトの傑作オペラと交響曲で~
指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー
ソリスト:岡山にゆかりのある声楽家の方々
モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」ハイライト
モーツァルト/交響曲 第41番「ジュピター」ハ長調 K 551
岡山フィル第59回定期演奏会
2019年3月10日(日)15:00開演  会場/岡山シンフォニーホール
~シェレンベルガーのブラームス交響曲シリーズ進行中~
指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー
ソリスト:グスターボ・ヌニェス
 
ブラームス/ハイドンの主題による変奏曲
ウェーバー/ファゴット協奏曲 ヘ長調 Op.75
ブラームス/交響曲第4番ホ短調作品98
 さあ、いよいよ2019年の未確定情報です。
岡山フィル第60回定期演奏会
2019年5月11日(土) 岡山シンフォニーホール
R.シュトラウス/オーボエ協奏曲
  〃    /交響詩「ドン・ファン」
ブラームス/交響曲第3番
指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー
オーボエ独奏:吹き振り?
岡山フィル第?回定期演奏会
2019年10月20日(日) 岡山シンフォニーホール
ブルックナー/交響曲第4番「ロマンティック」
ほか
岡山フィル『第九』演奏会2019
2019年12月15日(日) 岡山シンフォニーホール
ハイドン/交響曲第?番
ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調「合唱付き」
 このほか、2020年の1月にはカメラータ・ザルツブルグとの日本ツアーが予定されているようです。
 まだ正式発表されていないので、このままのプログラムが採用されるかどうかは何とも言えないのですが、来年10月の定期で、ついに岡山フィル史上初めてのブルックナーが演奏されることになります。新首席奏者陣にとっては、就任後最大の関門となりそうですね。特にホルンの梅島さんによる第1楽章冒頭のソロには注目です。あと、このころには選考中のファゴット・第2ヴァイオリン・チェロ首席も新しい体制になっていることしょう。
 5月の定期演奏会は、前半に「ドン・ファン」を持ってきていることから、弦5部は12型か14型の大規模編成になりそうですね。

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おらが町のオーケストラ ~岡山フィルの新たな挑戦~ RSK地域スペシャル [岡山フィル]

RSK地域スペシャル「メッセージ」
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2018年6月20日放送  山陽放送テレビ 
 
 たいへん見応えのある番組でした。
==番組HPから================
1992年に岡山初のプロオーケストラとして産声を上げた岡山フィルハーモニック管弦楽団。演奏者は、学校の先生や音楽教室などを掛け持ちしながら代わる代わる出演する「登録団員」。それに関東・関西の大手オーケストラから助っ人に駆けつけた「エキストラ」で構成されている。岡山フィルの魅力は、登録団員の堅実な演奏とエキストラが持ち込む都会的な香りの融合とされてきたが、一方でこんな指摘もあった。「楽団員の顔が見えない」「独自の音を持たないオーケストラ」。
そこで岡山フィルは結成以来初めてのプロジェクトに踏み切った。
各楽器の首席奏者をオーディションで選んで専属契約を結び、楽団の顔を作るのだ。
専属で楽団員を抱えるには新たな予算を組む必要がある上、楽団の顔として登録団員に溶け込めるのか、一つ間違えばオケの運営に亀裂が入るリスクも伴う。しかし、岡山フィルには賭けに出なければならない背景があった。
クラシック音楽業界は、昭和20~30年代初頭に、戦後復興で国民が西洋文化に傾倒し黄金期を迎えたが、その後、ポップス、フォーク、ジャズ、あらゆるジャンルの西洋音楽が登場したために音楽ファンが分散化。その結果、現在のクラシックコンサートの観客は、昭和20~30年代に青春時代を過ごした高齢者が目立ち、このままでは興行、すなわちオーケストラの運営は先細る一方との危機感がある。加えて、地方オーケストラの経営は企業や自治体の支援に負うところが大きいが、世の中の合理化が進む中、費用対効果が説明にくい文化活動への協賛は、最も予算カットの対象になりやすい。岡山フィルのオーディションには、新たなファン層の開拓と協賛各社に岡山フィルが地元になくてはならない「おらが街のオーケストラ」に生まれ変わることをアピールする狙いがあった。
オーディションには全国から200人以上が応募。去年10月、実技試験と面接を経て7つのパートで候補者が絞りこまれた。最終審査は今年3月と5月の定期演奏会。実際に首席奏者を任せて適性を試し、正式採用するか否かが決まる。7人の演奏家たちのサバイバル。岡山フィルの新たな挑戦が始まった。
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 番組冒頭のシーンは、シェレンベルガーが「日課」としているジョギングをするシーン。
 『おお~~!ウチの近所の河原をシェレンベルガーさまが走っとうやないか』とすでに興奮。それはさておき。
 オーディションに受かった7人の首席奏者候補の、3月と5月の2度の定期演奏会での最終選考の様子を追ったドキュメンタリーで、クラシック音楽ファンだけでなく、一般の視聴者も惹き込まれる内容だったのではないかと思います。同時に、岡山フィルの運営面での課題や将来展望についても詳しく解説されていて、取材班が山形にまで飛んで山形交響楽団の運営について取り上げられているのには驚きました。
まず、7人の首席奏者候補の顔ぶれです
ビオラ首席:七沢達哉(東京都在住)
コントラバス首席:谷口拓史(神奈川県在住)
フルート首席:畠山奏子(茨城県在住)
オーボエ首席:工藤亜紀子(東京都在住)
クラリネット首席:西崎智子(東京都在住)
ホルン首席:梅島洸立(東京都在住)
トランペット首席:小林鴻(東京都在住)
 
 全員が関東圏に在住している方で、7人中6人が東京芸大の出身。年齢も芸大大学院在学中の方から、30代半ばの中堅世代で豊富なキャリアの持ち主の方まで多士済々。コンサートで聞く限り、皆さんかなりの腕前の持ち主で、5月の定期演奏会でのチャイコフスキー/交響曲第5番のソロパートを聴いた手ごたえは「これはもう全員合格で決まりだろう」と思わせられたほど。
 しかし、これほどの腕前の持ち主でも、例えば梅島さん(ホルン)が「芸大に入ったから、プロの奏者なれると、ちょっと甘く考えていたけれど、甘くないですね。この業界は」と語り、自ら出場する室内楽のコンサート会場の椅子を並べたり、釣銭を用意したり、と、まさに手弁当で運営しているシーンが取り上げられます。
 谷口さん(コントラバス)は、その経歴を見ると、PACオーケストラにも居られたんですね。コントラバスの講師をしながら、オーケストラのエキストラ奏者などで演奏活動を続けてこられた苦労人。若い頃には学歴コンプレクスがあった(でも彼だって、洗足音大の出身の音楽エリート)が、東京芸大出身でもこの世界から去って行く仲間が多い中で、自分が生き残れたのは「何か他の人には無いものがあるから生き残って来れた」と自信を持てるようになったと語っています。
 クラシック音楽の1ファンとして、本当に厳しい世界だということはわかっていたつもりでしたが、我々ファンがスポットライトを浴びるステージで見る・聴く奏者たちは、いわばエリート中のエリート、その中の圧倒的な勝ち組なんだ、という事実。オーケストラの専属プレイヤーになるというのは、おそらくプロ野球選手になるよりも狭き門かもしれない。
 岡山フィルだけではなく、素質のある音楽家に安定した活躍の場がもっと増えてもいいのに、と思います。
 定期演奏会のリハーサルのシーンも興味深かった。ホルン首席候補の梅島さんが、3月の定期演奏会では日本一のブラスセクションとの評価も高い読響のホルン奏者:久永重明さん、国内オーケストラ初の女性金管奏者の東響の曽根敦子さん、東京シティ・フィルの小林祐治さんなど、サイトウキネン・オーケストラ級の錚々たるメンバーのホルンセクションの中で首席奏者としての能力を試されます。そして、周囲の先輩たちの、暖かくも的確なアドバイスを受けながら成長していく様子が描かれていきます(いや、ホンマ皆さん、暖かくも優しい・・・)。
 他にも興味深いシーン(三度の飯よりゲームが好きなフルートの畠山さん、自転車が趣味で旭川沿いのサイクリングロードを水を得た魚のように疾走するヴィオラの七澤さん、岡山フィルの創立時から聴衆として聴いてきて、「岡フィルで演奏するのが目標だった」と語っていた西崎さん(倉敷出身)、など)が沢山ありましたが、ブログではとてもすべてを取り上げることは出来ません。
 岡山フィル創立時からの団員へのインタビューも印象に残りました。創立時からコンサートマスターを務められた上月さんの「責任感に押しつぶされそうな日々だった」という懐想と、大都市のオーケストラからの助っ人エキストラ奏者との演奏について「いろいろなものを吸収させてもらった」と語っておられました。
 シェレンベルガー体制後の「おらが街のオーケストラ」として地域に根差し自立したオーケストラを目指す方向性は、絶対に正しいと僕は思っていますし、このブログなどでも『オーケストラの顔が見えない』『独自の音がない』さらには『素晴らしい演奏をしても、奏者が変わるので次への蓄積が感じられない』と、コメントしてきましたが、この番組でエキストラ奏者時代の岡山フィルについて、楽団員さんの声が記録されたことは今後、岡山フィルの歴史を語るうえで貴重な証言だと思います。
 
 番組のラストシーンは、首席候補最終選考の最後のコンサート(5月の定期演奏会)後の7人の表情や言葉。
梅島さん(ホルン):「やれるだけのことは、やり切りました」
小林さん(トランペット)「楽しみに(結果を)待ちたい」
畠山さん(フルート)「どうなっても、まあ・・・、(力は)出しきったかな、っていう感じです」
工藤さん(オーボエ)「うまくいけばラッキー」
七澤さん(ヴィオラ)「これからも、ご縁があったらぜひ(来たい)」
谷口さん(コントラバス)(10月の定期演奏会に)「来たいです、すごく来たいです」 
 
 そして番組最後に7人の候補者全員が、岡山フィル初代首席奏者として採用が決定したことが発表されました。昨日の山陽新聞でも記事になっています。
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 彼らがこれほど岡山フィルで演奏したい!という熱意を持ってくれていることに、こちらまで熱くなります。在東京や関西のオーケストラからの助っ人エキストラさんには経験も実績もありますが、やっぱり今の岡山フィルや岡山の街には、この7人の「サムライ」たちの熱い思いのこもった音楽が必要なのです。
 10月の定期演奏会を楽しみにしたいと思います。
 この番組のもう一つのメインテーマであった、岡山フィルの楽団運営改革の部分については、拙ブログの連載「国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究」の新たな記事(7月中に更新予定)の中で改めて触れてみたいと思います。
 

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クラシック音楽バー『ココルーム』 大阪市西成区山王 [クラシック全般]

 「店、店主、客層、すべてが超ディープ!!」「三千枚以上のCDとレコード。二百万円のオーディオ装置を常備」
 このチラシの文言に間違いはなかった!
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 コンサートの後、あーと屋さんにご案内いただき、念願のクラシック音楽バー「ココルーム」に行ってきました。
 場所がどこにあるのか詳しくは知らなかったんですけど、動物園前で降りて飛田本通り商店街を南に下る。まあ、ディープにもほどがあるだろう!という立地。私は神戸や宝塚に20年近く住んでいたものの、船場より向こうにはほとんど行くことが無く、行くときも難波や恵美須町ぐらいでしたので、ちょっとドキドキしながら歩いていました。
 店を開けた瞬間、大音量のオーケストラ音楽が鳴り響いています。カウンター席10席とテーブル席が2つ程度。長細いウナギの寝床の店舗の突き当たりには、総額200万円のオーディオが鎮座。
 そして店内もディープ、店には3000枚以上のCDがうずたかく積まれ、クラシック関連本やなぜか心理学や精神分析の本、あるいはコミックで埋め尽くされております。ホンマ、漫画世代、クラシック音楽大好き、オーディオオタクの筆者だったら、何時間でもおれそうです。
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 マスターもディープです。クラシックの音源の話題について何でも答えてくれますし、その語り口がマスターの人の良さとクラシック音楽への愛情を感じさせてくれます。
 この日聞いたのは・・・
・ブラームスのピアノ協奏曲第1番、ルドルフ・ケンペ指揮BBC交響楽団 ピアノ独奏:カッチェン
・マーラー 交響曲第6番 ブーレーズ指揮ベルリン・フィル
・ベートーヴェン 交響曲第8番 シェルヘン指揮ルガノ放送交響楽団
 アンコール(?)上記シェルヘンのベートーヴェンから、交響曲第4番の第4楽章
 常連客も超ディープで、『この演奏の録音は、60年代ぐらい?』と聞くと、『65年の録音やね』と即答で返ってくる(笑)
 お店は居心地の良さ、ゆるさは従来の「雑音禁止」の名曲喫茶とは一線を画すもの。でも、オーディオの音はいいんですよ。家の近所にあったら入り浸ってしまうやろなあ。最後は常連さんと店長で、シェルヘンの超高速変態演奏を魚に笑い・語り合いながら終電まで居着いてしまいました。
  
 お店の話題とはズレますが、後から来られた常連さんが「岡山フィルって、シェレンベルガーがシェフやってるんよね」と、ご存じだったのにはびっくりしました。ディープなファンの間では、もう既に知名度があるぞ!岡フィル!関西公演を打つ日も近いか?(笑) 

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日本センチュリー交響楽団第226回定期演奏会 指揮:飯森範親 [コンサート感想]

日本センチュリー交響楽団第226回定期演奏会
ワーグナー/舞台神聖祝典劇「パルジファル」より  聖金曜日の音楽
~休憩~
ブルックナー/交響曲第7番ホ長調(ハース版)
指揮:飯森 範親
コンサートマスター:松浦奈々
2018年6月14日 ザ・シンフォニーホール

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 梅雨とは思えないカラリとした気候の中、ザ・シンフォニーホールの音響と、この気候を味方につけ、センチュリーの極上の美しい響きが印象に残ったコンサートとなった。
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 配置は12型の対向配置。1stVn:12→Vc:8→Va:8→2ndVn10、コントラバス6本は舞台最上段に横一列に並ぶ。ウィーン・フィルが黄金の間でやる配置。また、金管は下手からホルン→トランペット→トロンボーン→ワーグナーチューバ&チューバ。ブルックナーでは、この配置の利点が遺憾なく発揮された。お客さんの入りは8割程度。
 プログラム解説によると、ブルックナーが尊敬するワーグナーの最晩年(1882年)の傑作「パルジファル」からの音楽、それと同時期に書かれたブルックナーの交響曲第7番(1883年)を取り上げる、特に、ブルックナーの7番の第2楽章がワーグナーへの哀悼の意を示した音楽という繋がりがあるようだ。
 ブルックナーに比べると、やはりワーグナーの音楽は隙がなく、冗長さも皆無。ワーグナーの傑出した才能を感じるとともに、一方で不器用で愚直なブルックナーがこの7番で神話の領域までの高みに達したことを感じさせられる、終わってから振り返ると、よく考えられた絶妙のプログラミングだった。
 センチュリーのハイレベルなアンサンブルと高潔な響きは健在。毎度毎度ため息をつきながら感心する。ブルックナーに対する期待も否応なしに高まるというもの。
 そのブルックナーの7番開始前。空席のあった自分の周りの席が埋まり、1500人、3000個の目が舞台上に注がれる視線が見えるような、何とも言えない重苦しい緊張感が客席を包む。やはり大阪はブルックナーの「聖地」だと思う。この雰囲気だけで鳥肌が立つ。
 その会場の緊張感が伝染したのか、第1楽章では硬い演奏だった印象。いや、一つひとつのフレーズを紡いでいく仕事はさすがセンチュリー響と言うべき精緻な仕事だったし、個々のパートは素晴らしい音を奏でいるのだけれど、どこか緊張が解け切れない、波に乗れない感じが残る。
 しかし、第1楽章終盤から響きに輝きが増し、第2楽章は文句なしの演奏。対向配置+ベースを後方に並べる配置によって、ベースと金管の音が絶妙の塩梅でブレンドされ、極上のサウンド響かせた。
 ここで不思議な感覚に襲われたのが、センチュリーの見通しの良い練りこまれたアンサンブルでこの曲を聴くと、ルネサンス以前のレオナンやペロタンらが作曲したオルガヌム音楽のような響きが感じられたこと。いや、これは自分に原因の一端があるかもしれないのが、OTTAVAで流れたことがきっかけで、作業用BGMとしてオルガヌム音楽を聴いているからそう感じるだけかもしれない。しかし、ブルックナーの音楽が描く「神話的」な世界は、こうした中世的な響きにも秘密があるのかな?とも思う。それもこれも、センチュリーのサウンドが極めて純度の高いがゆえ、気付かされたことだろう。ずっと、永遠に聴いていたい。夢のような20分間だった。
 前半2楽章が、テンポは中庸ながら一つ一つのフレーズを紡ぎ出すように丁寧に描いていたのに対し、後半2楽章は、前半よりもテンポを速めに推進力を増して、マッシヴかつ色彩豊かなサウンドで押していく演奏になった。かといって、決して力づくの演奏にはならずダイナミクスが大きくなるにつれ、ハーモニーは研ぎ澄まされ、ブルックナーが見せたかった世界を鮮烈に見せてくれている感覚があった。飯森さんも、楽員さんも音楽に入り込んでいくのが解る。舞台上で泉のようにこんこんと音楽が涌き出でるかのように、音楽が「創り出されて」いく。第3楽章の中間部で、あまりの儚い美しさに涙腺が緩む。
 第4楽章でもオケと指揮者、あるいはパート同士の対話が密になっていく。弦が艶を放ち、金管は輝きを増す(特にラストのタタタタンタン、というブルックナーリズムの部分の神々しさと言ったら!)、ティンパニーは神の啓示のようにホールを震わせ、それら三位一体となったハーモニーに包まれる時間をかみしめるように聴いた。
 1楽章の硬さと、「まだ余力はあるかな~」という印象から、「もう1日、この定期の本番があれば」と思ったが、僕としては十分に満足する演奏だったことは間違いありません。
 それに対して、会場の反応は・・・悪くはなかったです。でも、必死で拍手する私が若干浮き加減な感じで、「もう一息!」という感じの反応だったのがすごく印象に残りました(笑)
 いやいやいや、もし岡山フィルが岡山でこんなブルックナーを演奏したら、客席は熱狂の渦になるだろう。
 私にとっては滅多に聴けない水準の演奏でも、大阪の聴衆にとっては「ん、まずまずやったな」的なものだったのでしょうか。うーん!大阪でブルックナーを演奏するというのは大変なことだなあ。
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 この日、新幹線に飛び乗ろうと岡山駅に行ってみると、人身事故で車両が新幹線が緊急停車しているため、ダイヤが大いに乱れていた。なんでもボンネットが破損したまま100km以上走っていたらしいという・・・。
 『これは、開演までに間に合わないかな?』と思っていたら、すぐに新大阪行きが到着。久しぶりのJR九州の車両で、岡山出身の工業デザイナー水戸岡さんの快適な座席でスムーズに新大阪に着いた。

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山陽放送テレビのドキュメンタリー番組で岡山フィルが取り上げられるようです [岡山フィル]

 近年の岡山フィルの躍進は、クラシック音楽ファンの間にとどまらず、この街のホットな話題の一つになった・・・ということでしょうね。
 6月20日(水) 19:00~19:55
 平日のゴールデンタイムど真ん中の放送です。
 詳細な内容は明かされていませんが、おそらくシェレンベルガーの首席指揮者就任後の楽団改革・演奏能力の向上の軌跡、そして好調な観客動員とそれに伴って行政・財界を中心に「中心市街地活性化の起爆剤」としての期待が高まっている、そんな内容のドキュメンタリーになるのではないでしょうか。
 このブログにコンスタントに訪問いただいている方の6割が岡山県外からのアクセス(アクセス解析による)で、RSK山陽放送の放送エリアは岡山県・香川県ということで、それ以外の地方の方は見ることが出来ないのが残念です。山形交響楽団のドキュメンタリーのように、何らかの賞を受賞したりすれば全国放送されるかもしれません。そのためには、まずは視聴率と反響が高いことが条件になるでしょうね。
 このドキュメンタリーの放送に伴って、
 RSK「4時なま」特集(6月15日(金) 16:00~)と、
 RSK「イブニングニュース」特集(6月20日(水) 18:15~)でも取り上げられるようです。
 これらの放送予定については、岡山フィルから会員あてに郵便で送られてきました。
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 楽団の意気込みを感じますね。これがきっかけに、もっと話題になっていけばいいですね。
※6月13日 追記
 山陽放送の番組HPに内容予告が掲載されました。なるほど、オーケストラの運営を含みつつ、今回は首席奏者オーディションでの人間模様にスポットを当てていく内容のようですね。そうであれば、オーケストラに馴染みが無い視聴者も惹き込まれる番組になると思います。さすがですね。

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岡山フィル第56回定期演奏会 Vn:福田廉之介 シェレンベルガー指揮 [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団第56回定期演奏会
グリンカ/歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調
 ~ 休 憩 ~
チャイコフスキー/交響曲第5番ホ短調 
指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー
ヴァイオリン独奏:福田廉之介
コンサートマスター:高畑壮平
2018年5月27日 岡山シンフォニーホール
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 前半も後半も「凄い演奏を聴いた」という充実感に満たされたコンサートだった。
 まずは、何といっても福田廉之介さんのヴァイオリンを取り上げずには居られない。去年聴いたリサイタルで「もうこれは、世界中どこへ行ってもプロとしてお金を取れる水準は充分にクリアしている」と瞠目したのだが、そこからさらに深化していた。
 その発せられる音には、選ばれし者しか得られないオーラと『華』がある。第1楽章の転調しながら上昇を繰り返す場面で、オーケストラが様々な楽器で和音で色彩を出していくならば、彼はたった一挺でまばゆいばかりの世界を、オーケストラとともに創ってしまう。
 テクニックは言うまでもない、その色彩・表現力、これが葦原の瑞穂の中つ国、吉備の国から生まれた才能だ!と快哉を叫びたい、とでもいうように地元の会場は沸騰する。新しい首席奏者(候補)たちが奏でる切ない曲想に導かれて第2楽章で見せた内省的な音楽は、10代の青年とは思えない滋味沁みわたる世界だった。
 第3楽章ではテクニック以上に、オーケストラへつけていくセンスが光っていた。岡山フィルもシェレンベルガーがタクトで示す細かいニュアンスやダイナミクスをソリストと共に表現していく。
 演奏終了後は万雷の拍手が鳴りやまない。アンコールはパガニーニのカプリス。福田さんもあのチャイコフスキーのコンチェルトの最終楽章で力を振り絞るような演奏を聴かせてくれながら、涼しい顔をしてパガニーニを弾いてしまう。
 このブログを見ていただいている方には、岡山以外の方も多くいらっしゃると思うのですが、福田廉之介という名前を憶えて損はありません。必ず世界のクラシック音楽ファンなら知らぬ者はいない名前になるでしょう。
 感想は1曲目とメインに移ります。この日の入りは9割ぐらいだろうか。3階には空席が少しあったようですが、1階~2階席は見渡す限り満席だった。岡山フィルの定期演奏会、ずっと好調な集客を維持している。
 編成は座席的にヴァイオリンが見切があるので正確ではないのですが、12型でVa以下2本補強のストコフスキー配置2管編成だったでしょうか?
 今回はオーディションで合格した首席奏者たちの試用期間としてのコンサートでもあったが、どのパートもこの上ない演奏を聴かせてくれ、ソロ演奏の多いチャイコフスキーの5番で、もうこれはほとんど首席奏者披露演奏会といってもいい、華やかな演奏になった。
 グリンカの序曲からエンジン全開。岡山フィル、本当に良く鳴っています。この岡山シンフォニーホールは3月~梅雨入り前の季節までが、最もいい音が鳴るのだ。
 シェレンベルガーさんと通訳兼司会進行役の高畑コンマスとのプレトークで、『チャイコフスキーの交響曲第5番はよく演奏される曲で、ついついルーティンで演奏してしまう曲でもあるのだが、今回は楽譜を見直して、作曲家の狙いや意図をくみ取った演奏になる。新鮮な気持ちで聴いてほしい』というような内容でした。
 たしかに、今日のような王道中の王道の曲は。それだけに実は本当に難しいのだろう。それは聴衆の立場から見てもそうだ。最近の演奏ではヤンソンス&バイオルン放送交響楽団の倉敷公演の演奏が忘れられない。それは僕にとっては生涯聴いたベストコンサートの一つになっているほどだ。聴衆は地元での生演奏だけでかなりの好演を経験しているし、それだけに期待値は上がる半面、期待を裏切られた場合の落胆も大きい。
 しかしシェレンベルガーさんの言葉には嘘偽りは無かった。第1楽章はきっちりと音符を積み上げていくような演奏。この曲の動機となるメロディーを、ドイツロマン派の交響曲のようにソナタ形式の枠を手掛かりに積み上げていく。
 特に弦のボウイングの幾何学的な統一感は見事で、書道で言えば、うったてから止め・はね・はらいまできっちりしている楷書体の墨書を見るような、あるいは発音の良いアナウンサーによるナレーションを聴いているような、「ああ、シェレンベルガーさんらしいな」と思いながら聴いていた。第1楽章のラストはスパッと切る解釈に痺れた。高畑コンマスの存在は、やはり偉大だ。
 
 しかし、単に「ドイツ的・構築的なチャイコフスキー」ではなかった。第1楽章や第4楽章での管・打を中心
に短いリズムを打ち込むトウッティでは、音尻をスパッと切ることで、ストロボが光るような切れ味を出していて、このホールで聴いたサンクトペテルブルグ・フィルの演奏の切れ味を思い出した。
 第2楽章では、感情におぼれ過ぎず、しかしメロディーは大いに歌わせるドラマティックな展開を見せ、金管が奏でる、この曲の「運命の動機」では人間が抗いがたい大いなる力を誇示するように、強烈な音を客席に打ち込んでくる。
 第3楽章も、運命から解放された踊りの中に、不気味にカーテンの陰から「運命の動機」が顔をのぞかせる
不気味な雰囲気がある。
 第4楽章の激しさはどうだ!岡山フィルがこれほど荒々しくなるオーケストラなのか?一方で、金管が裏手に
回っているときの力強くも弦楽器の癒されるようなしっとりとした音にも聴き惚れる。チャイコフスキーの一種病的な世界を描き出していた。
 最後のコーダに入った後の耳をつんざくような金管の打ち込みは、古典派から前期ロマン派で見せるバランス重視のシェレンベルガーとは全く異なるように感じる。第1楽章でドイツ的構築感を感じ取った僕は、この楽章ではロシアのオーケストラのようなパワーにひれ伏すしかなかった。
 所詮、運命には逆らえない人間が刹那の時間に心を預けて踊りに踊るような・・・一種「強制された歓喜」のような荒々しい面を見せながら、最後を迎える。私には、この日の演奏は単なる勝利の凱歌には聴こえなかった。ただ・・ただ・・凄い演奏だった。
 特筆すべきは、ソロを取った各パートの首席奏者たちの見事な演奏。冒頭のクラリネットでの陰影、ファゴッ
トの哀愁。そして第2楽章のソロホルンの柔らかさと、それに答えるオーボエは、ロメオとジュリエットのようだ。第4楽章のトランペットのファンファーレは、運命へ抗うことを諦めさせられる充分な力感が備わっていた。
 それから、コントラバス・チェロのきっちりとした力強いボウイングは、これまでの岡山フィルの音にさらに力強さを加えるものだったし、ヴィオラの分厚さが無ければ、この「躁鬱的」な交響曲の魅力は半減しただろう。
 この岡山フィルの首席奏者というポスト、ファンの私がこんなことを書くのもなんですが、決して待遇がいいわけではないと思われるのですが、それでもこれだけの人材が集まって、これほどの粉骨砕身の演奏を聴かせてくれたことに感謝。早いですが、これからどうかよろしくお願いします。岡山を好きになってください。
 次回の定期演奏会での首席奏者正式就任が本当に楽しみになりました。
※追記
 某SNSに書き込んでいるときに思ったのだけれど、僕にとってチャイコフスキーの音楽はロマンティックで情熱的なイメージでとらえていたのだが、ドイツに生まれ、長くドイツの中心で活躍してきたシェレンベルガーが見るロシアへのまなざしは、フランスのブルボン王朝を模して創られたロマノフ王朝の貴族文化という面と、凍てつくロシアの大地のバーバリアニズムとが同居する存在なのかもしれない。そして、この日の演奏の美しさと激しさはそうしたロシアの持つ両面が強いコントラストで描かれたのかもしれない、そんなことを考えました。

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ばらのまち福山国際音楽祭2018 ローズコンサート [コンサート感想]

ばらのまち福山国際音楽祭2018
ローズコンサート
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2018年5月3日 福山リーデンローズ大ホール
 なかなか更新がままなりません。今年度はこんな感じで事後更新が多くなりそうです。数日たってしまうと同じコンサートに行かれた方のアクセスが一気に減りますから、感想を共有しあう・・・なんてことはできませんねえ。もうこれは自分のためだけの更新になりますね。
 ポーランド放送室内合奏団は、その名の通り弦楽のみの合奏団で、基本編成は1stVn6-2ndVn6-Va5-Vc3-Cb1という小規模編成。
 音はいぶし銀の音、東欧のオーケストラが持っている独特のコクと艶のある音で、遠路ポーランドからこの音楽祭のために来てくださっただけのものを味あわせてくれた。モーツァルトでは昨今のピリオド・アプローチを取り入れた演奏だったが、ヴィヴラートをかけて浪漫的に表現したチャイコフスキーの弦楽セレナードで聴かせた濃厚な音こそが、この合奏団の真骨頂のように思える。
 今回、もっとも聴きどころだったのはキラルの「オラーヴァ」だった。ロマの音楽を思わせる民族調の旋律がミニマル・ミュージックのように折り重なって、徐々に音楽世界が拡張して最高潮に達するこの曲。ペンデレツキ、ルトスワフスキ、キラル・・・ポーランドは20世紀のクラシック作曲家と傑作を多数輩出した国として歴史に残ると思う。演奏する彼らも、この作品を知ってほしいという情熱にあふれていた。
 チャイコフスキーの弦楽セレナーデもスラヴのリズム溢れる躍動感のある表現で、これは国内のオーケストラを聴いていてもなかなか味わえないと思った。
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 会場は8割ぐらいの入りだったか?過去、リーデンローズでクラシック音楽を聴いた中で最も客席が埋まっていたように思う。1日目のオープニングコンサートでは客席も6割ぐらいで盛り上がりに欠ける感じがあったが、私のようにコンサートを『はしご』してテンションが上がっていく聴衆が多く、このローズコンサートでは会場はたいへんな熱気に包まれていた。この「ラ・フォル・ジュルネ」型(あるいは「大阪クラシック型」)の音楽祭は、本当によくできているなあと感じた。近くのショッピングセンターでの地元音楽家の演奏にも大きな人だかりができており、2日目(最終日)には行っていないが、この音楽祭は成功だったんじゃないだろうか。
 一つ要望を上げるとすれば、岡山でこの音楽祭の情報がほとんど入ってこないことと(岡山シンフォニーホールでチラシを配るだけでも地名度は断然上がるだろう)、実際には空席が多かったのに、ローソンチケット、岡山市民会館、アルスくらしきなど、岡山でアクセスできるプレイガイドでは完売だったこと(私はチケットぴあで購入した)。広島のTVやホールなどでは充分な宣伝がされていたようですが、快速に乗ると45分で行ける岡山からの集客を考えないと勿体ないと思います。この音楽祭の性格上も、広響のコンサートをはじめコンテンツの充実している広島から来る客よりも、同じ文化圏・生活圏の岡山・倉敷をターゲットにした方が有効でしょう。
 そして、気になるのが音楽祭の今後。ラ・フォル・ジュルネが同じような仕組みでの音楽祭なので参考に、地方都市開催の経過を見てみると、金沢・びわ湖が東京中心のプログラミングとブッキングに反発して(乱暴に言えば「東京の残り物を押し付けられるより、自分たちで主催した方がよい」ということだろうか)、独自の音楽祭を立ち上げて成功している一方で、新潟・鳥栖では音楽祭そのものが消滅しています。
 地元のオーケストラや劇場が活発な活動をしていて聴衆層の土壌が厚い金沢・びわ湖に対して、新潟・鳥栖は音楽祭を続けるメリットが見いだせなかった。
 福山も音楽祭を継続していくためには、音楽祭によって地元に還元され、還流する財産(当ブログの言葉でいえば、文化・芸術が循環する社会に貢献するかどうか?)があることが、不可欠になってきます。この音楽祭でも地元アマオケを結集した「オーケストラの祭典」や、街中コンサートなどで地元の音楽家に活躍の場が与えられてはいたものの、誰がアマチュアで誰がプロフェッショナルなのか解りにくく、混在している印象がありました。
 今後は、地元のプロの音楽家の存在がもっと前面に出る様な構成が必要でしょうし、例えば弦楽四重奏団など様々なプロの室内楽団体が発足したり、プロの音楽家で構成された室内管弦楽団などが出て来て、音楽祭のプログラムの一翼を担うようになれば理想的でしょう。逆に、そうならなければこの音楽祭の存在意義が問われ、新潟や鳥栖と同じ道を辿る可能性が高いと私は思います。

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