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武蔵野音楽大学管弦楽団 岡山公演 2019 [コンサート感想]

武蔵野音楽大学管弦楽団 岡山公演 2019
※後半のみ鑑賞
(チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番 ソリスト:高橋七海(本学学生オーディション合格者))
プロコフィエフ/交響曲第5番変ロ長調
指揮:末廣 誠
2019年9月14日 岡山シンフォニーホール
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 色々と予定が噛み合わず、後半のプロコフィエフのみの鑑賞となった。
 会場は満席で、入った瞬間「座る席があるかな・・・」と心配したほどの埋まり方だった。
 念願のプロコフィエフの交響曲第5番を生演奏で、しかも岡山シンフォニーホールで聴けたことは何よりも僥倖。やはりこのホールはパーカッションや管楽器が活躍する楽曲との相性が抜群によく。ずっと家のスピーカーで聴いてきた曲ではあったが、生演奏で聴くとやっぱりすごい曲だ。各フレーズが研ぎ澄まされた状態で散りばめられ、ホールにその多彩な音の色彩が立体的に響き合い、本当に濃密な音楽を形成していた。(楽器の)ピアノの音がとても印象的で、ショスタコヴィチも交響曲第5番で不吉なシーンを演出しているけれど、この曲ではとても『運命的』とでもいうのだろうか、こういう効果を狙って使っていたのか、というのは発見だった。
 この曲の面白さを再認識できたのも、このオーケストラの見事な演奏のお陰であり、特に各パートのトップ奏者のレベルは高く、演奏家としてメシを食っていかれる人たちなのだろうな、と感じた。
 プロコフィエフは、よく「20世紀のモーツァルト」などと言われたりするが、まさに言い得て妙で、一番僕が感じるのは、頭のなかで泉のように湧いてくる音楽やアイデアに、筆が追いついていかないような天才性を感じる。それでいて、不協和音の連続なのに不快な音楽ではなく、そこここに美しさすら感じる。
 ホールを出た後も第2楽章中間部と、第4楽章終結部のリズムと音型が頭のなかでずっと鳴り響いている。

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倉敷市児島の名曲喫茶「時の回廊」 [クラシック雑感]

 今月の上旬に、倉敷市児島にある、名曲喫茶「時の回廊」に伺い、ゆったりとした時間を過ごしました。
 ここ、場所がとてもわかりにくいんです(笑)。ナビに案内させると、田ノ浦から大畠へ抜けるトンネルの中で「目的地周辺に到着しました」と言われます(笑)。実際の場所はこのトンネルの上にあるのですが、そこにたどり着くのはちょっとコツが要ります。岡山市内から行く場合、鷲羽山ハイランドのボウリング場「VIVAハイランド」を目指して、その先のトンネルを抜け左折し、旧鷲羽山スカイラインの県道を降りて行き右手に海鮮料理の「ふく仙」が見えたら、150mほど先の陸橋のある交差点を左折し、細い道を突き当たり(瀬戸中央道の擁壁)まで行き、そこで車を留めます。口で説明すると、このようにたいへん複雑です(笑)
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こんな看板が見えるので、それに従って・・・
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こんな上り坂を登っていき、道なりに左にまがると到着します。
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 マスターはまだ30代の若さで、この名曲喫茶はマスターの夢の世界そのもの。
 元々、喫茶店巡りがご趣味だったとのことで、東京に住まわれていた時に友人に連れられて入った高円寺の「ネルケン」という名曲喫茶がきっかけで、名曲喫茶の世界の虜になってしまい、ついに自分でお店を作ってしまった、ということのようです。
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 スマホのカメラなので、見づらいのはご容赦ください。
 この瀬戸大橋のたもとの物件の購入・店の改装・店内の家具や調度品、オーディオ装置の購入、レコードの収集・・・と、このお店の開店のためにどれだけの投資と労力がかかったのだろうかと想像すると、ただただ凄いとしか言えません。ビジネスモデルとして名曲喫茶という形態も、当然儲けが出るものとは言えず、だからこそ平成に入ってから数々の名曲喫茶の名店がどんどん閉店していったのだろうと思いますが、そんな世の趨勢もなんのその。
 
 マスターの夢の実現に対する強い思いがないと、この空間はここに存在しなかった。そして、ここにはマスターの夢の世界でもあると同時に、ここに入店した客人も、このマスターの夢の世界の一部になれる。ここでかかるレコードも音盤が喜んで音を紡いでいるような瑞々しさに満ちています。
 私がこれまで行った名曲喫茶には、二通りあって、集中して音楽鑑賞に没頭できるよう、私語はおろか物音を立てる行為も厳禁という「名曲喫茶原理主義」タイプと、リラックスした雰囲気で音楽を楽しむ空間を提供する「居心地重視」タイプ。僕がこれまで行った名曲喫茶でいうと、神戸の花隈にあった「フルトヴェングラー」や京都の出町柳の「柳月堂」が前者のタイプ、後者は神戸の元町商店街の「アマデウス」(初代オーナー時代)になるでしょうか(岡山の田町にあった「高級喫茶 東京」の2階のオーディオルームも居心地重視タイプかな)。
 「時の回廊」は、前者のような堅苦しさは無く、ディープなクラシック音楽ファンではなくても、ゆっくりとした時間を過ごせるという点では後者に近いかもしれませんが、内装や家具調度品へのこだわり、作り込みは、あらゆる名曲喫茶の世界観を包摂する「ザ・昭和の名曲喫茶ワールド」です。その意味では超原理主義的名曲喫茶かも知れません。
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 外は気温36度を超える猛暑日でありながら、空調のよく効いた昭和の名曲喫茶で聴くシベリウスの5番は格別でした。「時の回廊」の売りは『クラシックの名曲に世界一合う自家焙煎珈琲』なのですが、僕は珈琲が飲めないので紅茶をいただきました(紅茶も美味しかったです)。珈琲は通販もされれいるので、クラシックを聴きながら珈琲を飲まれる方は、ぜひご賞味あれ。
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 建物の横には瀬戸内海の絶景が楽しめるテラス席もあります。季節の良い時期には、自家焙煎珈琲を片手にこの絶景を鑑賞するという楽しみ方もできますね。
 大音量の名曲の世界から外に出ると、そこは瀬戸内海の多島美の絶景が待ち受ける。こんな絶景の場所にあるのに、窓という窓を塞いで名曲喫茶の空間を作る、という倒錯的な(笑)ところも堪らないです。
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 こちらは駐車スペースの先の瀬戸中央道の高架下を抜けた先の絶景
名曲喫茶「時の回廊」
倉敷市下津井田之浦1−16−22

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國富奎三コレクション および 「奇蹟の芸術都市バルセロナ展」 姫路市立美術館 [展覧会・ミュージアム]

國富奎三コレクション および 「奇蹟の芸術都市バルセロナ展」 姫路市立美術館
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 記事にしたいと思っていたことを、お盆休みの間に更新するつもりだったんですが、なかなか思うように作れなかったですね。まあ、ぼちぼち更新していきます。
 先月、所用で姫路に行く機会があり、昼間に自由時間が持てたため、せっかくの機会なので姫路市立美術館に足を伸ばしました。

 ちょうど「奇蹟の芸術都市のバルセロナ展」をやっているところでした。
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姫路市立美術館HPの紹介文==================
スペイン、カタルーニャ自治州の州都バルセロナは、世界遺産サグラダ・ファミリアの設計者アントニ・ガウディやパブロ・ピカソなど、多くの偉大な芸術家を生み出した「芸術」の都市として世界中の人々に愛される世界有数の国際都市です。本展覧会は都市の近代化が進んだ19 世紀後半サルダーの都市計画から、バルセロナ万国博覧会開催(1888 年)を経て、スペイン内戦(1936-39 年)に至るまでの約 80 年間に生み出された芸術文化に辿ろうとする試みです。ガウディをはじめピカソ、ミロ、ダリ―本展では彼らの仕事を核としつつ、絵画を中心に映像資料、写真、図面、家具、宝飾品、彫刻など多様なジャンルの作品を交え、当時のカタルーニャに花開き咲き誇った芸術の精華を紹介します。
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 多岐に渡る展示の中でも、やはり見ごたえがあったのはミロやピカソ、ダリなどの美術作品でした。特に作風を確立する過程でもがいていた頃のダリの初期の作品が見応えがあった。天才的な作品を残した彼の模索の時代を知ることができました。
 バルセロナといえば、サグラダ・ファミリア。この世紀をまたぐ壮大な建築物は、これだけで数百万人の観光客を呼び込む、バルセロナの偉大な財産ですが、ミールの「貧しき者の大聖堂」では、路上で暮らす貧しき市民のバックに、建築途上のサグラダ・ファミリアが描かれており、当時のこの大事業に対する冷ややかな視点を感じることができました。歴史的な事業というものの多面性を感じさせます。
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 この特別展以上に見応えがあったのが、今回の訪問の真の目的だった。國富奎三コレクション。

姫路市立美術館HPの紹介文=================================
平成6年に市内在住の國富奎三氏から寄贈を受けた、近代フランス絵画を中心とする50点の作品から、常時約30点を公開しています。このコレクションは、自然主義、写実主義を標榜したコロー、クールベから、印象派のモネやピサロ、野獣派のヴラマンクを経て、モダニズムへの指針を示したマティスまで―我々日本人にもなじみの深い、19世紀から20世紀にかけてのフランス美術が中心となっています。近代フランス美術の流れを辿ることができます。
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 今回の展示作品リストです。
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 いやあ、これが凄かった。作品群の厚みでは大原美術館やひろしま美術館には一歩譲るものの、このコレクションは個人(お医者さん)が収集したものですからねぇ。私の好きなカミーユ・ピサロの「花咲くプラムの木」と、クロード・モネの「ル・プティ=ジュヌシリエにて 日の入り」、この2つの作品の前で立ちすくんでしまいました。
 クールベの「波」も、いかにもクールベらしい作品、ユリトロの『白の時代』の「サン・メダール協会とムフタール通り」も吸い込まれるような魅力があった。
 また、娘が大きくなったら、大原美術館・ひろしま美術館とともに、ここに連れてきたいと思いました。
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 この姫路市立美術館は元々陸軍の建物だったようで、導線的には使いにくい部分があるものの(今回の特別展も、一番端まで行ったら、来た展示室を引き返す必要がある)、建物自体に見応えがあり、バックの姫路城とも不思議にマッチしています。

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クラシック音楽関係のラジオ番組(岡山・関西の民放) [岡山でクラシックを楽しむ]

 最近は家のスピーカーの前でゆったりと音楽を聴くことがほぼ無くなりました。
 その代わり、ラジオをよく聴いています。ラジオと言っても電波のラジオを聴くことはほとんどなくなり、ラジコ・プレミアム(月会費:350円)に登録して、エリアフリー(居住地のエリア外のラジオ局が聴ける)とタイムフリー(過去の放送を1周間以内であれば再生できる)を使って、岡山・関西のラジオ局のクラシック音楽の関連番組を聴くようになりました。コミュニティFM曲はアンドロイドのアプリの「TuneIn Radio」や「録音ラジオサーバー」などで聴いています。
 ラジオって、「ながら聴き」が出来るのでいいんですよね。特に家事なんかの作業中に聴くと、作業そのものも楽しくなってしまいます。
 NHKーFMの「ブラボー!オーケストラ」や「きらクラ」なども良く聴きますが、ここは敢えてネットでもほとんど話題にならない地元の岡山の番組や、関西の番組を紹介します。
 レディオMOMO(岡山シティFM) 毎週日曜日15:30〜16:00
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 クラシックに限らず、ジャズやポップスまで200〜300人規模のコンサートを主催するルネスホールに出演するアーティストや運営に関わる人々をゲストに招いてトークを展開する番組。パーソナリティの上別府さんも音楽好き、コンサート好きだというのがビンビン伝わってきて、音楽家へのインタビューもけっこう面白い話を引き出してくれます。最近では地元ピアニストの川島基さんが、「実はフランスのパリに留学したかった、でもドイツは音楽大学に合格すれば無償で教育を受けられる、外国人にも門戸が開かれていて素晴らしい国だった」という話がとても興味深かったです。


 FMくらしき 第5日曜日21:00〜22:30
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 放送時間が変則的で、第5日曜日がある月しか放送されませんので、年に5回ぐらいの放送です。クラボウ創業家で、経営者・財界人としても輝かしい経歴をお持ちであり、くらしきコンサートや大原美術館の経営など、倉敷の芸術文化そのものと言ってもいい大原謙一郎さんが自らパーソナリティをつとめ、くらしきコンサートや大原美術館のギャラリーコンサートで招聘するアーティストにまつわるエピソードや聴きどころを解説してくれます。海外の著名アーティストと個人的な深い親交を通じたエピソードが満載で、岡山では知らぬ者は居ない財界の超大物の方とは思えない、まるで童心に還ったように音楽について語ってくださっています。去年の内田光子さんのリサイタルの前の放送が非常に面白かったです。


 FMくらしき 毎週金曜日13:00〜13:30
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 FMくらしきのHPの説明のとおり、大原美術館の話題にとどまらず、柳沢先生がかつて在籍していた岡山県立美術館などの岡山の美術館の話や、国立西洋美術館などの国内の美術館の話題。柳沢先生が児島虎次郎の研究者でもあるので、虎次郎や19世紀末のパリのアートシーンなどにつてのお話も聴けます。おお、そうそう大原美術館のギャラリーコンサートのお知らせもあるので、クラシック音楽ファンとしても楽しめます。


「音楽の扉」コーナー FM岡山
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 先に触れておきますが、FM岡山は広域ラジオ局にもかかわらず、「RADIKO」で聴けないんですよね。アンドロイドのラジオアプリにも対応していないようです。今、我が家には電波経由のラジオ番組を録画する装置がないので、この番組もほとんど聴けていないんですが、第1火曜日の「音楽の扉」コーナーで、天神町のクラシック音楽専門CDショップ:アルテゾーロ・クラシカの畠山店長が招かれて、おすすめコンサートやおすすめCDを紹介しています。クラシック音楽ファンの端くれの私でも「ええっ?、それ紹介しますか!」というマニアックな、しかし行って(聴いて)見ると後悔しないチョイスに唸らされます。


 FM OH! 毎週日曜日24:00〜25:15
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 僕の一押しの番組です。これを聴くためにラジコ・プレミアムに入ったと行っても過言ではない(笑)
 関西のクラシック音楽オタク、もといクラシック音楽ファンの間で話題の番組。村治佳織、仲道郁代から西成のクラシック音楽バーの店長まで(笑)多彩なゲストとのマニアックなトークが展開されます。『FM大阪』時代からのベテランアナウンサーの吉川智昭さんが、重度のコンサートゴーアーにしてディープなオタクなので、話す内容も超ディープ。今年の7月9日の朝比奈隆特集で、あまりのディープっぷりに「すごい番組や!」と感動しました!


 ABCラジオ(朝日放送) 毎週日曜日7:05〜7:35
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 歴史の古い由緒正しい、大阪の王道クラシック音楽番組。朝日放送が所有していたザ・シンフォニーホールが身売りになった時、この番組も終了かと思われましたが、ホールを買い取った滋慶学園が1社スポンサーになって継続されました。「爽やかな日曜の朝のひとときを優雅なクラシック音楽とともに・・・」だったはずか、前述の「くらこれ!」に負けじ?なのかどうかわ解りませんが(笑)、アナウンサーの堀江さんのオタクトークが全開の番組に(笑)「この曲のここが好きなんですよねぇ〜」と思い入れたっぷりの解説、時には堀江さんが突然メロディーを歌って説明、とザ・シンフォニーホール・アワー番組史上、もっともディープな内容になっています。私はこの堀江さん路線を支持します(笑)

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岡山でのブルックナーの演奏ラッシュ [コンサート情報]

 お盆休みに入って、なんとか記事を更新する時間が取れるようになりました。今の仕事は文章をガツガツ書く部署では無いので、『書きたい欲』が強い自分は結構ストレスが溜まっていました。この休み中に、記事を書いて発散したいと思います。
 昨日、天神町のアルテゾーロ・クラシカでクラシック談義をしていて、最近の岡山のオーケストラ界での「ブルックナー演奏ラッシュ」の話が出て、整理の意味でもちょっとまとめておこうと思います。
 
 口火を切ったのは岡山大学交響楽団で、昨年12月の第65回定期演奏会でブルックナーの交響曲第7番が演奏されたようです。私は都合がつかず行けなかったんですが、過去に聞いた4番も9番も見事な演奏だったので、いい演奏だったのだろうと想像します。
 次に、今年の6月にアマチュア・オーケストラの倉敷管弦楽団が高谷光信さんの指揮で、交響曲第4番「ロマンティック」が演奏されたようです。
 それに対して、「倉管がやるんなら」ということなのかどうかは解りませんが、なんと同じくアマチュアの岡山交響楽団が11月17日(日)に、中井章徳さんの指揮で交響曲第4番「ロマンティック」を演奏するようです。会場は岡山シンフォニーホール。
 県下のアマチュア・オーケストラの双璧である倉管と岡響がブルックナーの同じ番号の交響曲をやる、というのは本当に珍しい。
 そして10月にいよいよ地元プロ・オーケストラの岡山フィルがシェレンベルガーの指揮で交響曲第4番を演奏します。
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 まあ、パンフレットの構成は、ジャン・チャクムルにスポットを当てていて、ブルックナーを全面には押し出していないのですが(笑)ショパンの1番コンチェルトは30分程度の曲で、ブルックナーは65分。ボリュームは間違いなくブルックナーの方が大きい。
 東京や関西のオーケストラ、あるいはアマチュア・学生オーケストラ界隈ならば、そんなに珍しいことではないのでしょうが、岡山でこれだけ立て続けにブルックナーが演奏されるのは寡聞にして知りません。
 岡山フィルが2019シーズンのプログラムにブルックナー4番を載せたときは「お客さん、入るんかいな?」と心配していたんですが(マーラーの1番のときも少なかったからなあ・・・)、上記の3つの学生・アマチュアオーケストラのメンバーも、地元のプロ・オケがどんな演奏をするのかを見ておきたいと思うでしょうから、結構お客さんは入りそうですね。
 ところで、このブルックナーの交響曲第4番には「ロマンティック」という副題が付いていますが、現代日本で想像される、エモーショナルで感傷的な「ロマンティック」というイメージとはだいぶ違います。

 日本語で言い表すとすれば、「神話的」とか「伝説的」と言ったほうがいいかもしれない(この「ロマンティック」という副題は、実際のところブルックナーが付けたかどうかは解らないらしいですが・・・)。ブルックナーの生きた時代は産業革命の進展による工業化や科学の発達などによって、社会が急激に変化し、人々の心や信仰も変動していた時代だったでしょう。因みに、ブルックナーの20歳年下にはニーチェが生まれており、そのさらに20歳年下にマックス・ウェーバーがいる。社会的にも思想的にも大変動の時代ですね。その反動として神が絶対的な存在だった中世を理想化するような事も起こり、ブルックナーの交響曲にもそうした時代の空気を読むことができます。この交響曲第4番「ロマンティック」の中には、史実の中世ヨーロッパとはまた違った「理想化された中世の森」の世界が繰り広げられていて、まさにロマン主義的世界=ロマンティックであると思います。
 社会の変動に晒され、疲弊した心を癒やしたいという欲求は現代人も同じ。ロビンフッドやロード・オブ・ザ・リングに心惹かれるのも、理想郷的中世世界への憧憬は時代を超えて共有される証左でしょう。だからこそこの交響曲が理想の形で演奏された時、現代人にとって素晴らしい感動的な世界が眼前に現れる。
 第1楽章中間部をアバド/ウィーン・フィルの演奏で 中世の理想郷に神が降りてくるような瞬間。生演奏で聴くたびにあまりの美しさに泣ける場面です。
 第3楽章をブロムシュテット/ドレスデン・シュターツカペレの演奏で 伝説の英雄たちが中世の森のなかで狩りを楽しんでいるイメージです。
 中世的な、神秘的・神話的世界、あるいは理想郷・・・。現代の富と建築技術を駆使しても、そうした世界を現出させることは不可能でしょう。しかし、音楽なら出来る。
 岡山シンフォニーホールは、この曲を演奏するには理想的な音響。特別な体験が出来ることを期待しています。
※8/16追記
 岡山とは生活圏内の高松にあるプロ・オーケストラの瀬戸フィルも、2020年2月23日の第32回定期演奏会でブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」が演奏されるようです。版もちゃんと表記されていてノヴァーク版第2稿ということで、オーソドックスな版を使用するようです。

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プロコフィエフの交響曲第5番が生演奏で聴ける! [コンサート情報]

 岡山シンフォニーホールで9月にこんなコンサートが開催されます。
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 なんとメイン・プログラムが、プロコフィエフの交響曲第5番!
 この曲、私はショスタコーヴィチの交響曲第8番と並んで、20世紀の交響曲の最高傑作だと思っていまして、独特のリズムと血湧き肉踊るような高揚感は、他の曲ではなかなか味わえないもの。
 技術的にも困難を極める曲で、最近こそプロのオーケストラで結構取り上げられるようになったものの、この曲を音大の学生オーケストラが演奏するというのは、流石に武蔵野音大だなあ、と思います。地方の音大ではなかなか取り組めないでしょう。
 これを逃すと岡山で生演奏を聞く機会はなかなか巡ってこないだろうと思います。岡山フィルも充分に演奏できますが、聴衆がついてこれるか?という問題もあり、レパートリーに加えるのは当分先のことになると思います。

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岡山フィル第61回定期演奏会 指揮:園田隆一郎 Sax:上野耕平 [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団 第61回定期演奏会
ドビュッシー/小組曲
イベール/アルト・サクソフォーンと11の楽器のための小協奏曲
 〜 休 憩 〜
ムソルグスキー(ラヴェル編曲)/組曲「展覧会の絵」
指揮:園田 隆一郎
アルト・サクソフォン独奏:上野 耕平(小協奏曲および「展覧会の絵」の『古城』)
コンサートマスター:高畑 壮平
2019年7月21日 岡山シンフォニーホール
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 会場は9割り近い入り、気鋭のサックス奏者の上野耕平の登場ということで、3階席には吹奏楽部の高校生が多く入っていたので、学生券がかなり出たものと思う。
 当日は、特に弦楽器奏者にとっては鬼門の蒸し暑い気候となったが、岡山フィルは3つの曲、それぞれの曲調に合った音を見事に奏き分けていた。
 プレトークの園田さんの説明では、展覧会の絵もさることながら、ドビュッシーの小組曲も、まるで4枚の絵のように情景豊かな音楽なので、今回は上野さんの見事なソロを挟んで、14枚の音楽で奏でる絵を堪能してほしい、という説明。
 1曲目のドビュッシーの小組曲は岡大オケがよく演奏するのだが、プロの演奏で聞くのは意外にも初めてかもしれない。編成は1stVn:10-2ndVn:8-Va:6-Vc:5-Cb:4のストコフスキー(ステレオ)配置の2管編成。
 園田さんの棒が、まるで本当に空中に絵を描いているように優美で美しく、岡山フィルから淡いパステル調の色彩の音を引き出していた。弦もとても良かったが、岡山フィル自慢の管楽器首席陣たちの演奏も見事だった。フルートの畠山さんのソロからしてもう素晴らしくこの方の音はフランス音楽が最も合うかもしれない。いつか、「牧神の午後への前奏曲」も取り上げてほしいなあ。
 今回のコンサートの主役は、何と言っても上野耕平さんだっただろう。上野耕平さんを知ったのは、いつも楽しみに読んでいる24hirofumiさんの「音楽徒然草」がきっかけで、「生演奏で聴いたらどんな感じなんだろう」という興味が湧き、続いてNHKの「鉄オタ選手権」という番組に鉄道オタクの一人として出演されていて、阪急電車の駅でかかるメロディーをSAXで再現するという、才能の無駄遣いを笑顔でやってのける姿に、勝手に親近感を持ってしまっていた(笑)
 イベールの小協奏曲でのソロ演奏は、物凄いテクニックを披露してくれているのだが、まるで何でもないように吹いているのが印象に残った。そしてテクニック以上に印象的だったのは、その聴く者の心を打つ多彩な音だ。天を翔るような軽やかで爽快な第1楽章、第2楽章前半のラルゲットでの心に染み入る音に目頭が熱くなる。アニマート・モルトに入ってからも超絶技巧の連続なのだが軽妙洒脱に音と『遊んで』いく。
 岡山フィルの伴奏もキレキレの演奏だった。1stVn:6-2ndVn:5-Va:4-Vc:3-Cb:2の管楽器は1管編成というシンフォニエッタ・サイズの編成で、このサイズになると、特に弦5部は選抜チームと言ってよくて、スピード感あふれる純度の高い音を聴かせてくれた。管楽器も素晴らしく、クラリネットの西崎さん、トランペットのソロも上野さんと渡り合っていた。トランペットの横田さんは首席ではないが、在阪オーケストラでの経験も豊富で流石の貫禄の演奏だった。
 アンコールはニュー・シネマ・パラダイス。いやあ・・・これは涙なしでは聴けないよ。しっかりとしたテクニックに、自らの思いを音に昇華する・・・まだまだお若いのにこんな音が出せるなんて素晴らしすぎる。 
 この上「展覧会の絵」の『古城』でもソロを聴かせてくれるという大サービスまであった。通常、ソリストは前日ぐらいに入って、コンチェルトのリハだけ出ればいいはずが、おそらく「展覧会の絵」のオーケストラ・リハーサルも出て準備をされておられた筈で、それだけ時間も労力を割いてくださってることに、「本当に音楽が好きな方なんだなあ」と感激した。
 後半の「展覧会の絵」は1stVn:12-2ndVn:10-Va:8-Vc:8-Cb6の3管編成。パーカッションも多彩で舞台狭しと楽器が並ぶ。この曲でも(上野さんも加わった)管楽器の充実ぶりは 最高潮に達した。打楽器も素晴らしくラヴェルの魔術的なオーケストレーションを隙の無い演奏で表現。トランペットの小林さんを始め、客演のファゴット首席の方、前回に引き続いて協力なチューバ&トロンボーン隊がぐいぐい牽引。
 園田さんのタクトは、流石にオペラ劇場叩き上げの指揮者と思わせる、ドラマチックな音楽づくりだったが、響きが混濁することが一切無い、各楽器の音が緊密に連携しながら様々な色彩を帯ながら響かせるような、研ぎ澄まされた音楽を引き出した。各楽器に明確なキューは出さないが、タクト捌きに全く無駄がないので、奏者も入りやすかっただろうと思う。「古城」での上野さんのソロはたっぷり余韻を聴かせたりと、なかなかニクい演出もあった。
 トランペットとホルンのトウッティ奏者に、それぞれナエスさんと垣本さんという、国内有数のブラスセクションを誇る京響の首席が入っている姿を見たからそう感じたのかも知れないが、バーバ・ヤガーでの鉄壁で堅牢なブラスのサウンドは、京響を彷彿とさせるものがあった。
 弦5部は、最初のプロムナードからして、暖かみと煌めきのある「岡フィル・サウンド」を響かせ、小人での半音進行で下がっていくユニゾンで、聴き手のこちらが酔いそうな程のうねりを起こし、「ビドロ」や「バーバ・ヤガーの小屋」では、重心の低い厚みと迫力のあるサウンドを展開。この曲の本籍がロシア音楽である事を存分に感じさせてくれる重量感だった。
 ただ、例えば僕の一番好きな「リモージュの市場」で、多少アンサンブルの乱れがあったり、「死せる言葉による死者への呼びかけ」でピッチに疑問符が付く場面があったり(バルコニー席では誰がどんな音を出しているのか、一「聴」瞭然なのだ)、もう少し頑張ってほしいと思ったのも事実。イベールで聴かせたキレキレのアンサンブルや、前回の定期での全く隙の無い素晴らしいアンサンブルからすると、若干の不満は残った。
 でもねえ、最後のキエフの大門での絢爛豪華なサウンドを聴いてしまったら、最後は大いに満足させられてしまったのですよ。チューブラベルが鳴って弦のトレモロが入ってくる辺りからの天から光が射して何かが降臨してくるかのようなきらめくサウンド、そしてラストへ向けての宝石を散りばめたような世界に陶然とせずにはいられない。「岡フィルサウンド」というもの形になってきていると感じた。カーテンコールがいつまでも止まなかったのは当然だろう。
 さあ、次回の定期は岡山フィル史上初めてのブルックナー。非常に楽しみにしています。

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岡山フィルの野外コンサートが10月12日(土)に開催 [岡山フィル]

 9~10月に開催されるおかやま国際音楽祭の中のイベントとして、「オーケストラの祭典」と称した、岡山フィルの野外コンサートのイベントが開催されるようです。
 以下、7月2日付けの山陽新聞の情報から。
 ※岡山フィル会報誌の情報も追加
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2019年10月12日(土) 17:00開演
オーケストラと歌の祭典(下石井3DAYSの1日目)
プログラム/不明
ソプラノ:佐藤 瞳
メゾ・ソプラノ:松浦 恵
テノール:杉浦 奎介
ガドゥルカ:ヨルダン・クラシミロフ・マルコフ
指揮:福島 頼秀
管弦楽:岡山フィルハーモニック管弦楽団
下石井公園特設野外ステージ(幸町図書館隣)
※雨天の場合は岡山市民会館に変更
 ガドゥルカというのは、ブルガリアの民族楽器だそうです。岡山市とブルガリアのプロヴディフ市が姉妹都市になっており、その関係で招聘されたものと思いますが、過去の姉妹都市関係で招聘されたアーティストたち(サンホセの弦楽四重奏団や、ブルガリアのコストフ・ヴァルコフ・デュオなど)は、たいへん質の高い演奏で多いに楽しませてもらいました。今回は我が地元のプロ・オーケストラとの共演です。佐藤瞳さんも岡山出身のソプラノ歌手ということで、岡山ならでは、岡山でしか聴けないライブになりそう。
 岡山フィルも、音楽祭のオープニングコンサートなどでは野外で演奏したことがあるものの、恐らく「国際音楽祭」になってから、初めて岡山フィルが主役のステージに上ることになります。
 せっかくプロ・オーケストラがある街なんだから、こういう企画を待望しておりましたですよ。このイベントが成功して、この音楽祭がもっと岡山の芸術・文化が感じられるものに変貌するきっかけになって欲しいと思います。
 他にも、岡山フィルの奏者による街角コンサート、今年もあるようです。 

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テッド・ローゼンタール・トリオ × 岡フィル [コンサート感想]

テッド・ローゼンタール・トリオ × 岡フィル

バーンスタイン/キャンディード序曲(オーケストラのみ)
ガーシュイン/サマータイム
  〃   /Someone to watch over me ~優しき伴侶を~
  〃   /They can't take that away from me
  〃   /Fascinatin' Rhythm(トリオのみ)
 ~ 休 憩 ~
ガーシュイン/パリのアメリカ人(オーケストラのみ)
  〃   /ラプソディ・イン・ブルー
指揮:山本祐ノ介
共演:テッド・ローゼンタール・トリオ
  ピアノ:テッド・ローゼンタール
  ベース:植田典子
  ドラム:クインシー・デイヴィス
コンサートマスター:高畑壮平
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 テッド・ローゼンタール・トリオ、圧巻の演奏だった。岡山フィルのファンを自称する私をしても、この日のハイライトはどこかと言われると、トリオのみ(オーケストラ抜き)で演奏されたFascinatin' Rhythmだった、と言わざるを得ない。それぐらいこのトリオの演奏は圧巻!

 岡山フィルも頑張っていたのは間違いないが、今回はジャズの世界的トッププレイヤーたちと、クラシックではなくジャズの土俵で勝負するわけだから、このトリオにおいしいところを全部持っていかれるのは仕方がない。しかしオーケストラのみで演奏される「パリのアメリカ人」でも、演奏そのものは悪くなかったが、どこか余裕がない、全体的に硬い感じがして、いつもの岡山フィルらしく無い感じがあったのは、トリオの圧倒的な存在感を前に、肩に力が入ってしまったのだろうか?
 これが、例えばブラームスのピアノコンチェルトで勝負!という舞台設定だったら、オーケストラがジャズメンたちを飲み込んでしまうかもしれない。いや、やっぱりこのトリオの前には返り討ちにあってしまうかな。
 私も含めたクラシック音楽ファンの中には「ジャズのライブに行ってみようかな・・・」と思った人は多数いたはず。ジャズ音楽ファンの人達が「岡山フィルもなかなかやるわい。クラシックのプログラムのコンサートに行ってみようかな」と思っているかどうか、私には分からないが(ぜひ、そうあってほしいと思うが・・・)、岡山フィルのベスト・コンディションではなかったことは書いておこうと思う。
 クラシックの土俵で演奏させたら、今の岡山フィルは相当すごいんだよ。(まだ感想を書ききれていないけれど)5月の定期演奏会でのモーツァルトやブラームスでの音楽づくりは、そりゃーもうすべての音楽ファンが聞いても唸らせるような凄い演奏だったのだから。今回、テッド・ローゼンタール・トリオ目当てで会場に足を運んだ人も、騙されたと思って、ぜひ岡山フィルのコンサートにも来てほしいと思う。

 ここ数年はシェレンベルガーのもと、ドイツ音楽の低音弦を隙間なく響かせ、それを土台に旋律楽器を歌わせる、という音楽づくりをしてきたから、カーシュインのように、弦楽器が重厚な土台を作るのでは無い、音の行間にニュアンスや色気・ウィットを漂わせる、というのは、なかなかに勝手が違った、ということもあるだろう。ラプソディ・イン・ブルーも、テッドの編曲によるもので、何度かこの曲を演奏しているオーケストラにとっても、一筋縄でいかない、想定よりも手間ががかかったプログラムだったと思われる。それでも、弦楽器は8→6→4→4→3という小ぶりな編成ながら、その編成を活かして、特にささやくような甘い場面での表現は見事だったし、管楽器のソロの部分は「そう好きにさせるか」と言わんばかりに、ジャズメンからの煽りや挑戦に対し、時に見事に対峙し、時に溶け込み、時に玉砕し・・・。でも、気持ちは伝わってくる演奏だった。そんな中で高畑コンマスのソロは、流石の一言で、場数を踏んだプロの音楽家の経験値がものを言っている気がする。
 と、まあ、ジャズVSクラシックという軸で聴くとこういう感想になってしまうが、何よりも両者の波長がシンクロする瞬間が、この日の一番のごちそうだったかもしれない。Someone to watch over me でのテッドの繊細なタッチとクインシーの聴き手の脳をほぐしてくれるようなブラシでなぞるスネアの音の輪に入ってくる弦五部の色気のある音、あるいはラプソディ・イン・ブルーの中間部の、あの有名なメロディーが流れる時間の、愛しいほどの美しさ。見せ場では、山本祐ノ介さんが、父:直純さんを思い起こさせるような、思いがはち切れんばかりのタクト。
 全体的には、とても素敵な時間だったと思う。
 このトリオは何とも言えない気品を湛えていて、オーケストラのサウンドに本当に見事に付けていってくれる。共演2回目だそうだが、アンサンブル・ウィーン=ベルリンとの共演で、岡山フィルのアンサンブルのステージが1段上がったように、今回の共演もいいきっかけになるんじゃないかと思う。
 ラプソディ・イン・ブルーは本当に「名曲」だ。このトリオに掛かると、この曲には人生の機微のすべてが詰まっているように思わされる。例えば、ベートーヴェンやマーラーの交響曲に人生のすべてが詰まっているように・・・。
3回目の共演があるとしたら、岡山フィルのメンバーがどこまで食い下がれるか、見てみたい。そして、ジャズに限らず、こういうコンサート、関西フィルの「サマー・ポップス・コンサート」みたいに、恒例行事に育ててほしい。

 会場はクラシック畑の聴衆6割、ジャズ畑の聴衆4割といった割合だった。なんでその割合が分かったかというと、ベースやドラムのカデンツァ(ってジャズではなんていうんやろう?)の後に拍手をしていた割合で分かった。私のようにクラシック畑の聴衆は、やはり演奏中に拍手をするのは躊躇してしまうが、ジャズ畑の聴衆は絶妙の間で拍手を入れてくるので、感心する。

 惜しむらくは、もう少しお客さんが入ってほしかったこと。5割を切っていた(1000弱ぐらい?)かもしれない。それでも平日夜のコンサートとしては入っていたほうだったが・・・。

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岡山フィル第60回定期演奏会 指揮&ob独奏:シェレンベルガー [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団 第60回定期演奏会
〜シェレンベルガーが届けるウィーンの香り〜
モーツァルト/交響曲第38番ニ長調「プラハ」
R.シュトラウス/オーボエ協奏曲ニ長調
 〜 休 憩 〜
ブラームス/交響曲第3番ヘ長調
指揮・オーボエ独奏:ハンスイェルク・シェレンベルガー
ゲストコンサートマスター:戸澤哲夫
2019年5月26日(日) 岡山シンフォニーホール
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 指揮にオーボエ独奏に、獅子奮迅の活躍を見せたシェレンベルガー、当然、今回のコンサートの主役ではあるのだが、オーケストラの奏でる音も本当に素晴らしかった!

 シェレンベルガーさんが岡山フィルの首席指揮者に就任したとき、「私の経験をすべて、この岡山のオーケストラに注ぎたい」と仰っていて、シェレンベルガーと岡山フィルの6年間の足跡を見てきたファンとしては、まさに有言実行をしてくれていることは重々、わかっていたのだが、今日は、シェレンベルガーという偉大な音楽家が、岡山フィルに情熱を注いで、それが花開こうとしていることに、心の底から感動を覚えた瞬間だった。

 

 会場は7割ぐらいの入りだろうか。今回はいつもより若干少ない印象。配置は、1曲めのモーツァルトは、10-9-8-6-5のストコフスキー(ステレオ)配置。ティンパニはチェロの後ろに付ける密集隊形。アンサンブルの一体化を狙っての配置だろう。


 1曲めのモーツァルトの「プラハ」は、個人的に思い入れが深い曲。僕がはじめてヨーロッパの一流オーケストラを聴いたのがこの曲で、そのオーケストラというのが、全盛期の最後の時代(ノイマン時代)のチェコ・フィルだったのだけれども、その美しくも官能的で、なんとも言えない味わいのあるサウンドを聞いた瞬間、背筋から額にかけて、電気のような衝撃が走ったことを、今でも鮮明に覚えている。


 シェレンベルガーのモーツァルトの交響曲は40番、41番に続いて3曲目になるが、40,41番がベートーヴェンやブラームスへとつながる 絶対音楽としての交響曲の雰囲気があるのに対し、39番までの交響曲は、まるで声楽なしの「シンフォニック・オペラ」といってもいいような雰囲気で、同じシェレンベルガーの指揮で生演奏で聞き比べて、その思いを一層強くした。これぞオーケストラの会員としてコンサートに通う愉しみの一つだと思う。

 その、第1楽章は、オペラの序曲やバロック時代のシンフォニアを思わせる。冒頭のブルルン、というグリッサンドの音からして、魅力的だった。これはもう中欧のオーケストラの響きだ。テンポは早め(といっても昨今の演奏のトレンドは、このぐらいのテンポかも)。通常、のっけからシンフォニーだと、暖機運転のような演奏になってしまいがちだが、はじめからとてもいい音が出ているし、奏者も指揮者もノッている。表現としてはシェレンベルガーらしい、音の切れ味を重視したキビキビとした表現が主体。中間部のフーガの掛け合いの部分を聴いていると、「楽章単位で聴くと、モーツァルトの交響曲の中でも41番の第4楽章に並ぶ最高傑作だ」との思いを強くする。そんな切れ味するどい中にも、歌わせる場面ではレガート気味に歌わせる。木管のアンサンブルもとても良い。ああ、聴いていて心地が良い。

 驚いたのは、楽章最後のオクターブが上がって、ヴァイオリンが奏でる「泣き」が見事だったこと。その瞬間、シェレンベルガーがヴァイオリン・パートの方を見て、笑みを浮かべていたのを僕は見逃さなかった。「いったい、いつから岡山フィルはこんな音を出せるようになったのか」と感じ入った瞬間。


 第2楽章はまるで舞台の左右から歌手が出て来て第一幕が始まりそうな雰囲気だ。シェレンベルガーは、オペラの演奏会形式を岡山フィルの重要なレパートリーとして取り組んでいるが、そういった思想がこの指揮から感じられる。楽器の歌わせ方や間のとり方が絶妙で、様々なニュアンスを表現するオーケストラも見事。

 第3楽章は、丁寧さんの中にもとても勢いのある演奏。この楽章に限らないが、低音弦の切れ味がモーツァルト独特の疾走感を演出する。谷口さんはじめコントラバスセクションがいい仕事をする。

 まったく1曲めから見事な演奏になった。


 R.シュトラウスのオーボエ協奏曲は、6-5-4-4-2に刈り込んだ編成。プレトークでは「この曲は指揮者が居なくても演奏できる」とシェレンベルガーさんは仰っていたけれども、いやあ、偉大なるマエストロに物申すわけではないが、この曲、アンサンブルを創っていくのは相当難しいじゃないかと思う。特にソロを取ってオーボエ独奏に絡んでくる木管は相当に難しい。

 まずもってシェレンベルガーの独奏が美しすぎて美しすぎて、そして美しいだけでなく、なんと心に響く音だろうか。この曲自体、ロマン派の最後の黄昏の瞬間の輝きとも言うべき独特の美しさを持っているが、いやあ、これはもうこの世のものとは思えない世界だ。何度も目頭をハンカチで拭った。

 オーケストラの伴奏も素晴らしかった。シェレンベルガーとの協奏曲演奏の中でダントツに良かった。クラリネットの西崎さんを始めとした、オケ・メンバーとの掛け合いを、会場皆が楽しんでいる光景。ああ、いいなあ。こういう雰囲気。


 そして、メインは演奏時間こそ短いものの、ロマン派の王道にして、彫りの深い表現が求められるブラームスの第3交響曲。自分にとっては中学生の時に特によく聴いていた曲で、悩みの多かった時期に寄り添ってくれる曲だと思っていた。ところが不惑を越えた今でも、とても味わい深く、勇気づけ、寄り添ってくれる曲だと感じる。


 12-10-8-6-6という編成で、トロンボーンセクションは岡山フィルは未整備のため客演に頼る。曲の入り方はシェレンベルガー流。この曲は生演奏で、10回は聴いてきたと思う。冒頭の2音のあとの下降音階のテーマで力を込める演奏(時には、この冒頭でマックスのテンションの演奏もあり)が多い。数年前、同じ岡山フィルで三ッ橋さんが振ったときもそうだったが、そうなると往々にして、この楽章が持っているしなやかさや内省的な一面がスポイルされる結果を招くことが多い。しかしシェレンベルガーはそういったアプローチを取らず、冒頭はあくまで提示部としてとらえ、オーケストラから力みの無いしなやかな音を引き出す。このアプローチはベートーヴェンの5番交響曲の時もそうだった。

 曲が進んでいくなかで自然な流れの中に、重心の低い音楽がうねるように展開していく。劇的なドラマと、ブラームス独特の寂寥感・翳りを内包しながら、各パートの掛け合いによって力強い推進力で有機的に昇華していく。管楽器の充実っぷり、そしてそれが弦楽器と掛け合い、溶け合っていく。第2楽章は切ないほどの美しさだった。楽章が終わっても余韻が漂い、この静寂をも演奏の一部にしてしまうのは、もうこれは本物だと思った。

 第3楽章は過度にロマンティシズムに酔うようなことはなく、スッキリとした、それでいて深く味わえるような音楽に仕上げた。中間部の訥々とした語りっぷりが印象に残る。ここ数年で弱音の場面の表現が巧みになったと感じる。キモとなるホルンとオーボエの掛け合いも見事。ホルンの梅島さん、山陽放送のドキュメンタリーでは、愛嬌のあるニクめない性格で、失敗を重ねながら温かく見守られるキャラとして描かれていたが、彼は相当に腕の立つ奏者だ。技術が安定していて安心して聴ける。演奏が難しいこの楽器は、プロでもハラハラするような危なっかしさを感じることもあるが、そうした心配は彼には無用だ。

 第4楽章こそ、シェレンベルガーが火の玉となって導き、この曲で最高の見せ場を見せてくれた。木管陣は、まるで10年ぐらいアンサンブルを組んでるんじゃないかと思うほど緊密に連携し、トランペット。トロンボーンはかなり協力に鳴らした。迫力は相当なもので、ホール一杯にゲルマンの血が騒ぐような激しくも整ったアンサンブルを響かせた。

 それにしてもトロンボーン陣はかなり強力だった。


 シェレンベルガーの首席指揮者としての3期目の最初のコンサートだったが、この調子で演奏改革が進み、楽団の体制強化が図られれば、20年後には国内有数のオーケストラになるのも夢ではないと、本気で思わされる。そんなとても充実したコンサートだった。


 岡山フィルの演奏は、どの曲もよく作り込まれていて、オーケストラの実力が相当ついてきていることを実感させる。山陽新聞に後日掲載された記事によると、フォアシュピーラーに座っていたコンミスの近藤さんの声として、楽団員もとても手応えを感じたコンサートだったようだ。


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