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あの伝説のブラスバンドが岡山に・・・ [コンサート準備]

 あの、伝説の、「2日限りのブラスバンド」が岡山にやってくる!という情報を得たのは、発売日のわずか1週間前。


 なんとか発売日の昨日(土曜日)にチケットをゲット。本日、発券してきました。


 なにわ《オーケストラル》ウインズ2017岡山公演

 この伝説ブラスバンド、今回が最終回のようです。ウインズ神戸の常連だった僕も、この「なにわ《オーケストラル》ウインズ」は一度も聴いたことが無かった。ホント、滑り込みセーフといったところ。


 問題なのは座席。発売はローソンチケットのみ(なんか、大阪クラシックみたい)。チケットを取る際に座席の指定はできず、発券されて初めて座席番号がわかる。

 チケットを見て愕然!おそらく僕の知る限り、岡山シンフォニーホールの中で数少ない音が飛んでこない席・・・がっくし!


 で、ある場所で愚痴っていたら、どうやら開催に協力している有力な吹奏楽関係者に前もって言っていれば、もう少しいい席が取れていたとのこと。
 でも、自分の周囲が吹奏楽関係者だらけっていうのも落ち着かんし。


 でも、ホームページで改めて出場するメンバー表を見ていたら、座席の事が些末な事のように思えるほど、豪華なメンバー!!クラリネットとかのあまりに豪華なメンバーを見ると、もう笑いが止まらない感じ。なんなん、こんなん反則やろ~

 それに加えて、Flの榎田さん、Hrの村上哲さん、Tpの橋爪さんは、大フィル黄金時代のサウンドを支えた往年の名プレイヤーたちも顔を揃える。涙なしでは見れないかもしれない。


 4月23日 午後11時現在、チケットはB・C席が少し残っているようです。売り切れるのは時間の問題。

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岡山フィルが日本オーケストラ連盟加入を目標に、主要10パートの首席奏者募集 [岡山フィル]

 先日の定期演奏会の感想もまだよう書いていないんですが、今朝の山陽新聞にビッグニュースが掲載されていましたので取り上げたいと思います。

 岡フィルが首席奏者を募集 10パート、メンバー固定へ(山陽新聞)
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ニュースの要旨は
・演奏会ごとに異なったゲストが首席奏者を務めていたが、10パート(第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット)について、首席奏者を固定化する。
・コンサートマスターはオーディションではなく、楽団で人選し今秋の就任を目指す。
・募集はオーディションで行い、4月~6月までの期間に募集。シェレンベルガー氏らで構成する11人からなる委員会が選考。10月に最終審査を行い、数回の定期演奏会での試用期間(12月第九、1月特演、3月定演か?)を経て、来年夏に正式入団(契約期間:3年程度)。
・今回の方針は日本オーケストラ連盟への加盟を視野に入れた強化策の一環である。


  先日の第52回定期演奏会も、ほぼ満員の盛況、シェレンベルガー氏が首席指揮者に就任してから楽団の実力・集客ともに飛躍的に伸長していましたが、一つの実態として各パートの首席奏者(特に木管・金管)については、東京や大阪のオーケストラの首席奏者を助っ人として呼んでいました。確かに演奏は安定しますが、楽団全体の合奏能力が伸長するにつれて、毎回出ている各パートの奏者陣の上に、客演の首席ばかりが座るという体制の矛盾点がいっそう浮き彫りになっていたと思います。東京のオーケストラからの客演奏者となれば、ギャラや旅費・宿泊費もかなりの額に上るでしょうから、年4回の定期演奏会をすべて客演で賄うなら、自前で契約するメリットの方が大きい、そんな経営判断もあったかもしれません。

 それにしても思い切ったものです、一気に10人もの首席奏者の招聘となると、国内のオーケストラ史上を見ても80年代後半の大阪センチュリー交響楽団やオーケストラアンサンブル金沢などの行政主導の新興オーケストラの誕生、あるいは2005年の兵庫県立芸術文化センター管弦楽団、これらのオーケストラの設立に次ぐ大事業になります。

 オーケストラ奏者の就職を巡る環境は、世界的に厳しいという現状があります。国内では大阪のオーケストラの経営危機が話題になりましたし、アメリカではオーケストラの倒産・再生、ドイツなどのヨーロッパではオーケストラの合併なども行われています。しかし、逆に言えば優秀な奏者を集めて来る千載一遇のチャンス。3年契約でどの程度の待遇なのかはわかりませんが、シェレンベルガーの知名度と人脈を生かして、世界中からいい奏者が集まってきていただきたいですね。

 海外の腕に覚えのあるプロの奏者が続々と入団するとなると、市民からの注目度も一層上がるでしょう。他の楽団員の刺激にもなる筈です。
 目標とする日本オーケストラ連盟への加入のメリットについては、以前のエントリーで書きましたので、今回は割愛します。

 早くも今年の10月には、新コンサートマスターの就任披露となりそうですね。いまからわくわくして待ちたいと思います。


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岡山フィル第52回定期演奏会 シェレンベルガー指揮 [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団第52回定期演奏会
~Ever! Beethoven~

ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調「田園」
 ~ 休 憩 ~
ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調「運命」

指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー
ゲストコンサートマスター:戸澤哲夫

2017年3月25日 岡山シンフォニーホール

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 海外のオーケストラも含め、このホールで10回以上はベートーヴェンの交響曲第5番を聴いていると思いますが、その中でも最も聴き応えのある演奏でした。会場は90%近くは埋まる満員の中でのコンサート、客席も大変な熱気の中で、これほどプロの奏者が夢中になってベートーヴェンを演奏すると、こういう演奏になるのか、というほど情熱のほとばしる様な演奏でした。
 かといって熱気で押し切った演奏では決してなく、しっかりとした低音の基礎の上に充実した中音域(いや~、この日のヴィオラ、チェロの響きは、国内の他の常設オーケストラに肩を並べるような厚みがあった)、その上にしっかりと乗って旋律をけん引する高音、がっちりとしたマッチョなピラミッド型のハーモニーが徹頭徹尾効かれた。シェレンベルガーが理想とする音に、徐々に近づいているのではないでしょうか。
 田園では第1楽章終結部でがっかりするような場面があったものの、そのミスが音楽全体に波及しないのは流石。第3~第5楽章に向けてのハイテンポな疾風怒濤の展開にもよく楽団員がついて行ったと思います。

(以下、5月3日に更新)

 私の感想の前に、演奏会の5日後には岡山フィルから動画がアップされています。徹頭徹尾、熱のこもった、ベートーヴェンらしいピラミッド型の堅牢なサウンドを楽しんでください。
 モニターマイクのみで録られているため、ティンパニの音が強く、バランスが悪いと感じられるかもしれませんが、会場で聴いた音楽は非常によくまとまっていました。

 編成は(見たらわかる!?)1stVn12→2ndVn10→Va8→Vc6、上手奥にCb6本の、再低音補強型の2管編成でした。
 会場の空気は、前回1月の定期演奏会後の興奮した空気がまだ残っているかのよう。やはりオーケストラの定期演奏会は2か月に1回ぐらいは開催して欲しい。そして、今回はベートーヴェンの5,6番で、今年は10月に7,2番。12月に9番のコンサートを控えている。実質的にはシェレンベルガーと岡山フィルのベートーヴェン交響曲ツィクルス中間地点であり、聴衆もそのことをよく理解しているような昂ぶった空気だった。
 シェレンベルガーのこれまでのコンサートでの配置は、チェロをアウト(舞台側)、ヴィオラをイン(舞台の奥)という配置を取っている。かつてシェレンベルガーが所属したカラヤン時代のベルリン・フィルも、この配置が多かった記憶があるが、動画を検索してみるとヴィオラをアウトに配置する動画も結構見られる。現在ラトルのベルリン・フィルは、古典派はほぼ対向配置。ロマン派以降はヴィオラがアウトに配置する。
 いつかは、この配置を採る理由をシェレンベルガーさんに聞いてみたいと思う。
 1曲目の交響曲第6番「田園」は、全体的に快速テンポで進んだ。これ以上早くてもこれ以上遅くてもだめ。まさに田舎に着いた時の愉快な気分を表すテンポだった。
 シェレンベルガーのベートーヴェンを聴くのは4回目になるが、彼が棒を振るだけで、まさにベートーヴェンの音楽がホールに広がる。ベートーヴェンの音楽って何?と聞かれると答えに窮するのだが、私が子供のころからCDで親しんだカラヤン&ベルリン・フィルとの3つの全集(しかも3回目はシェレンベルガーのオーボエも聴こえる)、あるいはブロムシュテット&ドレスデン・シュターツカペレや、クーベリック&バイエルン放送交響楽団。これらの演奏と確実に「地続き」の音楽である、という確信が得られる演奏なのだ。
 そして改めて思ったのは、やはりシェレンベルガーのベートーヴェン演奏の重要な要素は、以前にも書いた通り、ベートーヴェンの『鼓動』であり、そしてベートーヴェンが感じていた『風と空気』だ。弦の刻み一つ一つからベートーヴェンの頬を撫でていたであろう、風が感じられた。

 前回の定期演奏会では、弦楽器奏者の何人かから(特に弱音部での)音の質感を害する音が聴こえて来て、奮起を期待する感想を書いたが、今回はよく弾き込まれていたのだろうと思う。全員が同じ質感の音を聴かせてくれ、大いに面目を回復した。
 ただし、第1楽章終結部でヴァイオリンの一部の奏者がずれた。恐らく一人の奏者のミスだったものが何人かに波及したのだろう。第1楽章の「収め」の重要な場面だけに看過できないミスだった。
 
 第3楽章から第4楽章、そして第5楽章へのアタッカで突き進む3つの楽章は圧巻だった。第4楽章はティンパニの切れ味が抜群。いやもう、あれは雷の音にしか聞こえなかった。渡邉さんのティンパニストとしての凄さを改めて感じた。
 第1楽章も(ヴァイオリンに一瞬の緩みがあったものの)弦5部も、本当に見事な演奏だった。シェレンベルガー&岡フィルの真骨頂は仕事の丁寧さと、どんな名曲プログラムでも全力で演奏すること。「田園」なんて、主要オーケストラだったら目をつぶってでも演奏できるでしょうが、岡フィルにとっては年間120にのぼる演奏会のうちのたった4回の定期演奏会の晴れ舞台。このモチベーションの高さは得難いと思う。
 第5楽章での、滴り落ちるような瑞々しさと言ったら・・・、岡山フィルが「上手くなった」というよりは「いい『音』を手に入れた」、そう実感した瑞々しい演奏だった。

 休憩時間に思ったこと。このホールは3月~5月ぐらいが、特に音がいい。空調完備の現代のホールとは言え、観客が頻繁に出入りするし、観客自身の服装などでも音は影響される。このシーズンは異常乾燥注意報などが頻繁に出されるほど、岡山は乾燥する季節。火事が多発するなど大変な時期ではあるのだが、ことオーケストラ音楽という点においては、楽器の持つ本来の響き遺憾なく発揮できる時期なんでしょうね。

 休憩後は交響曲第5番。結論から言うと、シェレンベルガーの楽曲の構築力を存分に堪能した演奏だった。冒頭の音型は「単なる提示部」であり、それを繰り返すことによって徐々に高揚感を高めていく。展開部に入ってさらにギアを挙げ、オーボエの悲しげなメロディで独特の緊張感を演出、最後の3分間に第1楽章のピークを持って来る。だから、最初の4つの音を聴いた時は、若干肩透かしを食らった感じがあったが、最後には唸るしかない構築感で聴かせてくれた。竜頭蛇尾な演奏になりがちなこの曲を、見事に料理。
 それに加えて、岡フィルのサウンドがなんといっても素晴らしかった!いや、本当に凄いサウンドを奏でるオーケストラになったなあ・・・というのが心からの感想。シェレンベルガーの導きによるところが大きいのだろうけれど、各奏者も幼少のころから研鑽を積み上げ、音楽大学ではエリートコースを歩み、海外での修行も経験した人がほとんど。そんな彼らの一人一人の才能・潜在能力が結集して、今のサウンドを作り上げている。岡山の大いなる財産、といっていいでしょう。

 個別に印象に残ったところを記録しておくと、まずはホルン!前半の「田園」もそうだったのだが、ホルンの笠松さんが、とにかく凄い、表現のパレットの多彩さと、強奏する場面での音の圧力と輝かしさには本当に惚れ惚れする。特別客演首席として、定期演奏会だけでも登場して欲しいと思う。
 ティンパニも田園に引き続き素晴らしかった。第3楽章~第4楽章にかけて、シェレンベルガーは要所要所で弦のアクセントを強調しつつソリッドに、管のアクセントも強調し、そしてティンパニをかなり強めに叩かせて、轟音ともいえる壮麗な響きをホール一杯に響かせる。それもこれも渡邉さんのティンパニあっての解釈だった。そんな壮大な響きのなかでも、チェロバスの低音のアクセントを強めに走りに走らせ、カラヤンのような油絵の具を塗りこめるようなサウンドではなく、瞬発力と見通しの良さを持った絶妙のサウンドを作り上げていた。
 第5番は指定された繰り返しはすべて実施。

 動画を見ると、ティンパニの音を拾い過ぎて、音が割れ気味になっています(笑)それでもこの日の演奏の物凄いサウンドの片鱗は感じられます。とくにここの音階上昇から16ビートの激しいモチーフで高揚していく場面が好き。
 この2曲だけでも大変な満足感があったのだが、アンコールにモーツァルトの「フィガロの結婚」序曲まで演奏するサービスっぷり。シェレンベルガーって音楽に対して極めて実直で誠実なんだけれども、サービス精神も旺盛なんですよね。この日は弦楽器トップ4人の弦楽四重奏のプレコンサートもありましたし、その上シェレンベルガーのプレ・トークもありました。やれること・打てる手はすべて打って行く感じです。足を運んだ聴衆は120%、満足して帰路についたのではないでしょうか。
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 終演後は頭がカッと熱くなるほど余韻が物凄くて、帰りに嫁さんと表町の喫茶店でゆっくりしたんですが、同じように終演後に商店街へ足を運ぶ人が多かったですね。今回は土曜日公演だったんですが、日曜日公演よりもゆっくりとした時間を過ごされる人が多かった印象があります。今の岡山市は、岡山フィルを中心市街地の活性化の起爆剤の一つに位置づけているようですが、これが2か月に1回のペースで行われれば、かなりの波及効果があるように思います。
 今年は7、10,12月へとシェレンベルガー&岡山フィルのドイツ音楽の系譜は引き継がれていきます。もちろんすべて足を運ぶつもりです。

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倉敷のヴィルトゥオーゾ 室内楽コンサート Vol.2 [コンサート感想]

第31回倉敷音楽祭 倉敷のヴィルトゥオーゾ 室内楽コンサート Vol.2

ピアノ:松本和将
ヴァイオリン:守屋剛志
  〃   :黒川侑
ヴィオラ:中村洋乃理
チェロ:ドミトリー・フェイギン
コントラバス:河本直樹

ラフマニノフ/悲しみの三重奏(黒川、フェイギン、松本)
  〃   /チェロ・ソナタト短調(フェイギン、松本)
  ~ 休 憩 ~
シューベルト/ピアノ五重奏曲イ長調「ます」

2017年3月18日 倉敷市芸文館

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 後半の「ます」も良かったけど、この日の主役はフェイギンさんのチェロでしたね。的確に音を捕らえる演奏は、はじめは「真面目」過ぎるかな、と思っていましたが、途中から正攻法でぐいぐい高揚していく音楽に息を飲みました。

(4月29日 感想後進)

 結局、コンサートから1か月半経ってしまいました。僕は演奏中には絶対にメモを取りませんが、演奏会後に余韻を楽しむ時間を必ず取って、編成や客席の埋まり具合や雰囲気、その時の興奮や感じたことをメモするようにしています。そのメモ書きを元に、感想を起こしていきます。

 昨年の第1回のメンバーからチェロがドミトリー・フェイギンさんに交代、メインのプログラムがシューベルトの「ます」ということで、コントラバスに岡山ではおなじみの河本さんが加わりました。

 まず1曲目は、ラフマニノフのチェロソナタ。フェイギンさんと松本和将さんのデュオ。1901に作曲されたこの曲は、いかにもラフマニノフらしいメランコリックな旋律が次から次へと押し寄せてくる。ロマン派音楽の黄昏を感じさせる曲で、チェロの奏でる旋律だけで無く、ピアノの伴奏も相まって、転調に次ぐ転調で切ないメロディーをたたみかけてくるようなところは、ピアノ協奏曲第2番を思わせる。

 フェイギンさんの演奏は、折り目の正しい演奏で、体の軸をほとんど動かさず、的確に音符を捉えていく感じ。でも、表情は豊か。フマニノフの音符の羅列がくっきりとはっきりと客席に届き、この曲の傑作さを的確に伝えていたように感じる。ラフマニノフに限らず、ロシアの作曲家の音楽には、何とも表現しがたい翳りがある。フェイギンさんの折り目正しい演奏の中に、その翳りを内包しながら前進する音楽に心を解きほぐされた時間だった。

 2曲目の「悲しみの三重奏第1番」は黒川さんも加わってのトリオで演奏。松本さんの解説で「あまり演奏される機会はありませんが、本当に素晴らしい名曲」との言葉通りの曲。チェロ・ソナタもそうだけど、もしこの曲が1860年あたりに発表されていたら、もっと有名になっていたのでは無いだろうか?
 松本さんの情感のこめられたピアノと、高音を中心に伸びやかにうたう黒川さんが主導しているように思うけれど、曲が進んでいくにつれて、この曲もやはりチェロのフェイギンさんの音に惹かれて行く。旋律で主導するところも内声も、通奏低音的な部分も、なんでもこなしつつ、彼の曲想の描き方が全体の演奏の肝になっているように感じられました。
 後半のピアノ五重奏曲「ます」。色々なユニットで聴いてきたこの曲。やはり、これだけのメンバーが室内楽の定番曲を演奏すると、まったく余裕が違うのはもちろんの事。室内楽を中心にやっている守屋さんと松本さんが際立って華があったなあ、というのが正直な感想。鱒が飛び跳ねるような場面や揺れる水面を映すような場面のこの2人のアドリブは流石でした。一方で、シューベルトの音楽のハーモニーも素晴らしかった。ヴィオラ・チェロ・コントラバスの充実した中低音が、この演奏のしっかりとした手応えを与えていたように思う。

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日本センチュリー響第215回定期(1日目) 指揮 :シュトルンツ Pf:ダルベルト [コンサート感想]

日本センチュリー交響楽団第215回定期演奏会(1日目公演)

R.シュトラウス/ピアノと管弦楽のためのブルレスケニ短調
ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲ニ長調
  ~ 休 憩 ~
ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調

指揮:イジー・シュトルンツ
ピアノ独奏:ミシェル・ダルベルト
コンサートマスター:松浦奈々 

2017年3月10日 ザ・シンフォニーホール
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 ミシェル・ダルベルトのピアニズムに酔いしれ、ドヴォルザークの8番をセンチュリーサウンドで聴く愉しみに存分に浸ったコンサートでした。

 昨日の読響とは全く方向性の違うプログラムとはいえ、昨日の会心のブルックナーの残像・残音が頭のなかに鮮明に残っていて、自分でも「切り替えれるかな……」と心配だったんですが、さすがに大阪が誇る高性能オーケストラ、1曲目のR.シュトラウスの引き締まった音楽が聞こえた瞬間に引き込まれました。

  前半、ソリストが2曲も演奏し、アンコールまで披露。後半のドヴォルザークがこれまたセンチュリー自慢の管楽器のソロが胸がすくように決まる!チェロのハーモニーにも惚れ惚れします。シュトルンツは特にダイナミクスに関して結構小技を使ってくるんですが、その小技にセンチュリー響がピタリと着けるので、数多く聴いてきたこの曲を、経験の無いようなパースペクティブな音楽に仕上がっていた。

 センチュリー響、やっぱ、上手いです。演奏を聴きながら、「いや~ホント、いいオーケストラだよなぁ…」と、心のなかで唸ってました。

(続きは後日に更新)

 弦楽器の編成は前後半共に10型。1stVn10→2ndVn8→Vc6→Va6、上手奥にCb4。コントラバスの首席には広響から移籍した村田さんのお顔が見えます。管楽器は前半が3管で後半は2管編成でした。

 それにしても、客席が寂しい・・・目視で5割ぐらいしか埋まっていないように見える。実数はもっと少ないだろうから、45%ぐらいしか入っていないのではないか?
 センチュリー響がシンフォニー定期を2日公演体制に拡充してから3回目の鑑賞ですが、いまだに客席が満席に埋まっているのを見たことがありません。
 唯一の救いは、このザ・シンフォニーホールはこれだけ 空席があっても、その素晴らしい音響は健在。普通は8割ぐらいが埋まった時の想定で残響を考えられているが、さすがの天下の名ホール、普段より多少よく響くかな?といったぐらいで、音の輪郭はクリアで内声もよく聴こえる。

 センチュリーの演奏も、空席の目立つ客席をよそに、どの曲も熱のこもった、満足のいくものでした。この日の目的の一つはR.シュトラウスの「ブルレスケ」を初めて生で聴くこと。生で聴くと、これほどピアノパートが難曲だったとは、という驚きがあった。ダルベルトのピアニズムは硬質なしっかりとした音で、かつ色彩も豊か。名付けるとすれば、「カラフルソリッド」な音、ということになるか。これは僕にとってはかなり好きな音です。テクニックも申し分なく、なかなか聴く機会の無いこの曲を、見事な演奏で料理した。ティンパニの演奏も見事。ティンパニはもっとバシバシ叩くイメージがあったが、けっこう繊細なコントロールが求められ、ピアノ・オケ・ティンパニの対話が愉しい。

 2曲目はラヴェルの左手のための協奏曲。再びダルベルトの登場。オーケストラ主催の定期演奏会で、ソリストが(実質的な)協奏曲を2曲も弾くというのは、僕も初めての経験。ラヴェルのこのニ長調の協奏曲は、「のだめ」で有名になったト長調の協奏曲に比べると、演奏機会が少ないと感じる。僕自信は演目に上がると狙って聴きに行っているので、3回目の鑑賞だが、(3部構成の単一楽章のこの曲の)第1部の左手1本で弾かれるピアノの孤高さ、第2部のジャズのリズム、第3楽章のピアノの万華鏡のような繊細な色彩感、どれをとっても素晴らしい名曲だと思う。 
 そしてダルベルトの明晰でソリッドなピアニズムは、本当にこの曲に良く似合っていた。ラベル独特のジャズのリズムに乗って、オーケストラがかなり鳴るなかでも、ハッキリと聴こえる右に左に跳躍するようなピアノの音に「この部分ではこんな音が鳴っていたのか」との新たな発見があった。

 センチュリーとの共演でいえば、エリック・ル・サージュがト長調を演奏をしたときは、チケットを取っていながら、聞き逃してしまったが、ダルベルトの「左手のための・・・」を聴けたことは、一生耳に残ると思う。

 アンコールはフォーレの即興曲第3番。この演奏を聴いて、この方のリサイタルがあったら、必ず駆けつけたいと思う。

 後半のドヴォルザーク。前半ではソツの無いタクトで「只者ではない」と思った、本日の指揮者はイジー・シュトルンツ。初めて知った名前だった。実は、何を勘違いしたのか?チケットを買ったときはマルクス・シュテンツが振ると思い込んでいたが、1か月前のセンチュリーからのメールマガジンで、「シュトルンツ??・・誰?」と初めて気づいた。

 ドヴォルザーク独特の民俗色は薄く、堅牢な構築美が印象的。第1楽章の中間部で、チューバ+トロンボーンがこの曲のモチーフを低音で吠える上で、弦楽器がスラブ舞曲調に上昇音階を奏でる場面では、漆喰を何層も塗り込めたような重厚な響きを聴かせたと思ったら、第3楽章では演歌調にならずに颯爽とまとめ上げる手腕は見事。冒頭でも述べた通り、ダイナミクスの変化に小技を聴かせるのも、グザヴィエ・ロト、ハーディングなど、新世代の指揮者であること感じさせるが、「これ以上やるとやりすぎ」と思わせるところを心得ている感じがニクイ。

 この曲は本当に管楽器のソロが多いんですね。木管・金管は、流石センチュリーやなあと思わせる演奏だったが、弦がよく唄っていたのが印象的。特にチェロとヴィオラって、こんなにいい音が出てたっけ?と思うほど素晴らしかった!
 この日の演奏も、極めて誠実なものだった。5割も入っていない客席に向かって、最善を尽くす彼らの姿に、僕は率直に胸を打たれた。
 センチュリーは今、興業的な正念場を迎えている。府立オーケストラ時代からの課題だった演奏会収入の収益構造の改善のため、常任指揮者の飯森さんのもと、定期演奏会を2日連続開催する方法を導入した。しかし6つのオーケストラがひしめく経営環境、センチュリー同様に自治体補助が打ち切られた大フィルもキャパ2500人のフェスティバルホールに本拠地を移した後、空席を埋めることが出来ずにいる。センチュリーの現状は大フィルよりも厳しい、今回のコンサートの空席を見ると、そう思わざるを得ない。もう1年やって結果が出なければ、定期演奏会2日連続開催を(毎日新聞「関西の主要オーケストラ 集客に試行錯誤」より)あきらめるようだ。

 センチュリー響は、今年から土曜日公演の開始時間を14時に早めた。15時にホールを明け渡せば19時開始の公演に使える。ホールの借り賃を節約するためだと思われるが、前日に21時まで本番をやって、翌日午前中からゲネプロをこなすというのは、楽団員にとっては負担が大きい。しかも、2日連続で聴きに来る聴衆も居るから2日とも最高のクオリティを維持し続けなければならない。これは大変な事だと思う。
 京響の2日連続公演は、同じ時間に始まる土日に組まれているし、大フィルも金曜日ソワレと土曜日マチネという組み合わせのコンサートは減って来ている。

 大阪のオーケストラ界に「七不思議」があるとすれば、一つ目は『小・中編成になると、これほどのハイレベルな演奏をするセンチュリー響に、なぜお客さんが入らない?』ということ。
 いや、ホント、大阪・関西のクラシック・ファンは勿体ないですよ。橋下徹によって補助金が打ち切られる騒動が起こったのは2008年のことだったと思う。その時僕は、京響の定期演奏会に向かう途中、京都コンサートホールの前でセンチュリーの楽団員さんの署名依頼に応じて少しお話をした。4月とは言え小雨が降る中で震えながら傘をさして立っていた姿は、普段の燕尾服を来てスポットライトを浴びている姿とは対照的だった。それでもその時「センチュリーは本当にいいオーケストラなんです。純粋にいい音楽を届けようと演奏してきた来ただけで、既得権に胡坐をかいているとは思っていなかった」、何人か集まったファンにそう語っていた。僕は「頑張ってください・・・」としか声を掛けられなかったが、そこから彼らは本当に頑張った、現在もかくも努力している。一時期は演奏水準の低下がささやかれたが、この逆境にも拘わらず、去年3回聴いたハイドン・シリーズでは「これは常設の小規模アンサンブルでは国内随一の水準やないか」と本当に驚いた。

 そう、もう一つのセンチュリー響に関する「不思議」は、今のセンチュリー響の厳しい経営環境にも関わらず、これほどの人材が集まってくるのはなぜか?
 楽団の経営を支えているのは、大阪府が実質的な「手切れ金」として渡された基本財産。20億近くあったものが、10億を切り、単純計算でいえばあと2年で底を尽きる。センチュリーは豊中のホールの指定管理者になり、オーケストラだけではなくホール(劇場)に付く文化庁の補助金などで多少は事業費の回転がよくなるだろうが、楽団経営単体でみると、よほどの大きなスポンサーが現れない限り、財政的にあと5年は持たないだろう。かくもお先真っ暗のオーケストラに、北口さん、丸山さん、水無瀬さん、小曲さん、村田さんはじめ、優秀な奏者が続々と入団している。

 ステージ上での雰囲気も良さそうだ。今回のコンサートでのダルベルトさんの演奏に対する楽団員の賛辞や、指揮者のシュトルンツへの賛辞を送る姿をみても、良好な雰囲気が伝わってくる。2008年に小泉和裕さんがマイクを持ってお通夜のように聴衆に語り掛けた時のような悲壮感は感じない。

 もしかしたら、楽団員は「いざというときは…」という覚悟を固めているのかもしれない、そして一つ一つの演奏会でセンチュリーらしい音楽を奏でよう、という一点で一致団結している。

 現実として、彼らはこれほどの実力の持ち主であるから、楽団が解散してもいくらでもつぶしが効くだろう。ボールは今、大阪の人々に投げられている。大阪が生み出した栄光のセンチュリー・サウンド。それを存続させるかどうか?彼らは、最善を尽くした、大阪の人々はそれに応えられるか?
 これほどの高性能オーケストラを失って最も損失を被るのは、未来の大阪の人々かも知れないのだ。 


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読売日本交響楽団第16回大阪定期演奏会 下野竜也 指揮 Vn:スム [コンサート感想]

読売日本交響楽団第16回大阪定期演奏会
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モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調
  ~ 休 憩 ~
ブルックナー /交響曲第7番ホ長調

指揮:下野竜也
ヴァイオリン独奏:アレクサンドラ・スム
コンサートマスター:長原幸太

2017年3月9日 フェスティバルホール
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 国内三指に入るスーパーオーケストラ、指揮者は40代にしてブルックナーを極めつつある実力派指揮者。会場は日本におけるブルックナーの聖地:大阪はフェスティバルホール。役者も舞台も充分なコンサートということで、期待に胸を膨らませて聴きに来ましたが、それでもその期待を遥かに超える、壮絶にハイレベルな演奏でした。金管のバリッとしつつもシルキーな音は、まさに中欧の名門オーケストラの音で、「目の前で演奏しているのは、本当に日本のオーケストラなのか?」と、演奏中に何度思ったことか……。そして、そのパワフルな金管の全く埋もれることなく強靭に響く弦楽器の音。

 拙ブログをご覧いただいている鳥取、山陰、美作地方の方々。明日はこのプログラムで鳥取公演があるようです。絶対に足を運んだ方がいいですよ。今後20年はこのレベルのブルックナーを山陰で、いや岡山県も含めた東中国地方で聴くことはないと思いますよ。取り急ぎ、それだけお伝えします。

(詳細な感想は後日更新します)

 3月です、どこの職場もそうだろうと思いますが、繁忙期です(汗)土日出勤の振替を無理やり集めてコンサート遠征の日程を捻出。当然のごとく帰ってきてから更新する余裕時間がありませんでした~。1週間遅れの更新。

 前半のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番。オーケストラの配置は、前半は8型のステレオ配置1stVn8→2ndVn6→Vc3ーVa4、上手奥にCb2本という並び。
 長原コンマスの横には小森谷コンマスが座ります。ソリストのアレクサンドラ・スムさんの演奏は、明晰でテクニックも申し分ない。低音から高音まで漏れなく純度の高い音を奏でる。ただ、このモーツァルトのヴァイオリン・コンチェルト5曲とも感じることなんですが、若書きの曲であるが故に晩年の陰りがあって劇的な楽曲に比べると、今ひとつ面白みに欠けるんですよ。
 スムさんは、この曲を可能な限り即興的に演奏して面白さを出そうとされていたように見受けられましたが、読響の伴奏は極めて「真面目」で、少々たがが外れてもソリストの誘いに乗って飛んだり跳ねたりしてほしかったなあ・・・と。いや、読響のフワリとしたアンサンブルは素晴らしかったし(フェスティバルホールのアコースティックの響きを上手く使って、小編成でも良くなっている印象を持ちました)、演奏も誠実なものだったので、これで文句を言ったら罰が当たりますか。

 アンコールはイザイの無伴奏ソナタ2番の第4楽章。彼女の本当の実力が垣間見えました。次回はバルトークとかシベリウスのコンチェルトを聴きたいですね。

 前半開演前にはそこかしこに空席があって、僕の左隣も2席空席があったんですが、後半になって客席がびっしり満席になりました(笑)関西のブルヲタ、いやブルックナー愛好家が集結したような様相。今日のコンサートのプログラムはなんと言ってもブルックナー7番のの存在感が大きい。

 オーケストラも登場したときから全体のオーラが違っています。指揮者の下野さんも、いつになくゆっくりと、そして堂々とした足取りで指揮台に向かう。ステージの一挙手一投足を見守る客席も、まるで「念」を送るように固唾を飲んで見守る。これこそが大阪でブルックナーを演奏することであり、このフェスティバルホールでブルックナーが演奏されることの意味を示していると思う。

 編成は16型で、1stVn16→2ndVn14→Vc12→Va14、上手奥にはコントラバスが10本。堂々たる16型2管編成。
 全体的にはゆったりした足取りで進む、ブルックナー特有の弦のトレモロ(「原始霧」と名付けた人は天才!)の透明感に鳥肌が立つとともに、一つ一つのフレーズの重心が低く、音楽の密度は極めて濃い。ブルックナーリズムに乗って最初の盛り上がる部分へ向かう時間は、まるでフレーズ一つ一つに生命が吹き込まれて、大きな存在が起き上がってくるような感覚があった。

 第1楽章ではアンサンブルをぎちぎちに締め上げることはせず、下野さんのタクトも打点を明確に打たずに、スケール感を重視。アンサンブルをぴったりと揃うのを嫌っているかのよう。冒頭にも書いたとおり、ブラスの響きが輝かしく、とりわけ第3楽章のスケルツォで、そのサウンドの輝きは最高潮に達した。まさにドイツのオーケストラのようなアクセントとパワーでホールの隅々にまで存分に鳴る。読響のブルックナーは、ザ・シンフォニーホールでの3番に続いて2回目だが、あのときよりもオーケストラが数段もレベルアップしているように思えるし、指揮者・奏者ともに確信を持って演奏している様子が伝わって来る。全曲に渡って堂々たる王道を行くブルックナー、といって間違いないと思う。

 下野さんのタクトは第1楽章中間から、徐々に手綱がしまっていき、曲の当初ではややと重苦しい印象だったアンサンブルが、ダイナミクスを自然に、繊細にコントロールすることで、みるみる神々しいまでの躍動感と瑞々しさに変化していったのが印象的。驚いたのはブラスが終始、かなりの爆音で鳴っているのに、弦楽器の音も充分なバランスでその上に乗せてきて聞えること。会場には在阪オーケストラ事務局の幹部の方の顔も見えたが、東京に本拠を置く読響が、新生フェスティバルホールの広大な空間を、ここまで見事に鳴らし切る様子は大いに参考になったのではないだろうか。

  長大な第2楽章もまったく弛緩することはなく、スローなテンポながら音楽の密度は依然、濃厚なまま進んだ。本当に美しい音楽にため息が漏れる。「きれい」とか「カラフル」「ブリリアント」というのではなく、神話の世界のなかの深い深い森を逍遙しているような心地、といったらいいだろうか。今回のコンサートはハース版を採用していたが、第2楽章のシンバル一撃&トライアングルは下野さんの意思で追加されていた。
 第1楽章と第4楽章の集結部分も凄かった。怒濤ともいえる迫力 で迫ってきた。このシンフォニーが、かつてその武力でヨーロッパを席巻し、体格や体力では日本人は到底叶わない、ゲルマンの血を感じる音楽を日本のオーケストラが存分に響かせる。本場のオーケストラにしか出せないと思い込んでいた音楽に、ここまで肉薄できる瞬間に立ち会えたことに感極まってしまった。
 コンサートのチラシに「涙が自然とあふれるほどの、圧倒的なスケール感」とあったが、そのキャッチコピーは全く嘘も誇張も無かった。一ついちゃもんを点けるとすれば、「スケール感」ではなく「スケール」で良い。途方もなく懐の深い、スケール(物差し)では測りがたい大きな音楽だった。

 全体の演奏時間は75分ぐらいだったろうか。私の周りに関しては、客席の雰囲気も良かった。「大阪で、ここフェスティバルホールでブルックナーを聴く」醍醐味を充分に味わい尽くした充実の時間。一点、望みうるとすれば、これが大阪を本拠に置くオーケストラだったなら・・・という思いは残りました。

 下野さんは1月に京響との0番。今回の読響大阪定期での7番、4月には音楽総監督に就任するお披露目の大阪公演(ザ・シンフォニーホール)で8番。兵庫PACオケで6番、というように、ここへきて関西で怒涛のようにブルックナーを演目に採り上げる。下野さん自身、ブルックナー解釈に確信をもっていることは今回のコンサートで伝わって来たし、それに加えて、関西でブルックナーを披露する意味をよく理解し、関西の聴衆に敬意を持って披露していく決意と配慮も伝わってくる。下野さんのこの「一人関西ブルックナーシリーズ」は低迷していると言われる、関西のクラシック音楽シーンにどのような一撃として歴史に残るんでしょうね。
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蜜蜂と遠雷 恩田陸 幻冬舎 [読書(音楽本)]

 音楽を聴きながら読書に没頭…至福の時間でした。

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2016/09/23
  • メディア: 単行本
 三度の飯よりクラシック音楽を聴くことが好きな自分には、これほど面白い小説が他にあろうか?というほど、大いに楽しんだ。現在3回目の読了。
 恩田陸の小説は、20代の頃に本当によく読んだ作家さんです。「六番目の小夜子」「夜のピクニック」を皮切りに、「理瀬」三部作に大いにハマりました。最近も演劇を舞台とした「チョコレート・コスモス」を読んで、恩田ワールド健在と感じたところ。
 直木賞受賞は遅すぎる受賞でしたが、この「蜂蜜と遠雷」は、ここ数年の受賞作の中でも燦然と輝く名作。

 ピアノコンクールに出場するコンテスタント(演奏者)、審査員、記者など様々な人々が、「優劣を付け難いピアノ演奏に順位を付けて行く」というコンクールの残酷な一面に苦悩し音楽を通して突きつけられる自分の内面に立ち向かいながら、最後は各自が答えを出していきます。

 主人公の栄伝亜夜、風間塵だけでなく、登場する人物みな魅力的。「ピアノコンクール」を舞台にしたコミックならいくつか読んでいるが、この小説が秀逸なのは例えば審査員を悪者にして、ストーリーに起伏を付けるといった手法を全く取っていないこと。それによって音楽を演奏する喜び、音楽を聴く・感じる喜びが文間から伝わってきます。恩田さんも「チョコレートコスモス」を読んだ時にも思ったのだけれど、その(クラシック音楽界という)独特の世界を細部にまで取材し、演者の心情に寄り添うタッチは本当に引き込まれます。

 何よりも、この作品の醍醐味は、音楽を聴きながら読めば楽しさ100倍なところ。巻頭には、主要登場人物のコンクールでの演奏曲がリスト化していて、さながら「プレイリスト」のよう。
 ナクソス・ミュージック・ライブラリーには、「恩田陸 監修 蜂蜜と遠雷プレイリスト」があるので、会員の方はこれを利用すると楽です。

 音楽を聴きながら読むと、コンテスタントらのキャラクターやセリフもいっそう輝きを増して感じられます。

 なお、舞台となった「芳ヶ江国際ピアノコンクール」のモデルは「浜松国際ピアノコンクール」だと思われます。通称「浜コン」からは、上原彩子(チャイコフスキーコンクール優勝)を皮切りに、アサクサンダー・ガヴリリュク、ラファウ・ブレハッチ(ショパン・コンクール優勝)、チョ・ソンジン(ショパン・コンクール優勝)ら、現在綺羅星のごとく輝く一流ピアニストたちが巣立っています。


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アンサンブル・ステラ 神奈川フィルの名手が奏でる珠玉の名作 [コンサート感想]

アンサンブル・ステラ 神奈川フィルの名手が奏でる珠玉の名作
 
サティ/ジュ・トゥ・ヴ(Vc,Pf)
サン=サーンス/白鳥(Vc,Pf)
シベリウス/ロマンス(Pf)
エルガー/愛の挨拶(Vn,Pf)
ブラームス/ハンガリー舞曲第6番
ラフ/カヴァティアーナ
シューマン/トロイメライ
メンデルスゾーン/ピアノ三重奏曲第1番より第1楽章
  ~ 休 憩 ~
ガーシュウィン/エンブレイサブル・ユー、アイ・ガット・リズム(Pf)
ポッパー/ハンガリー狂詩曲、セレナーデ(Vc,Pf)
ファリャ/スペイン民謡舞曲(Vn,Pf)
アルベニス/タンゴ
ファリャ/火祭りの踊り

アンサンブル・ステラ
Vn:渋谷貴子
Vc:迫本章子
Pf:伊藤 翔

2017年2月25日 天神山文化プラザホール

 神奈川フィルの奏者2人と、本業は指揮者という伊藤さんによる、初心者やライトなクラシック音楽ファンでもでも楽しめるようなコンサートでした。
 主催者は横浜の(株)フーガ、という会社で、創業者が岡山ご出身で備前市役所の仕事も受注されているそう。それで、神奈川フィルの奏者のアンサンブルを岡山で聴ける機会に恵まれたわけです。
 会場は・・・250人キャパに40人ぐらい・・・かなあ。前方の席が空きすぎているので、奏者の方が「今日はガラガラなので、後ろの席の人は前に来た方が音がいいですよ」と、誘導されていました。
 しかし、演奏はハイレベル。室内楽のコンサートは岡山の演奏者も色々なユニットを組んで、楽しませてくれているが、ハイレベルな首都圏のオーケストラで年間100回以上は本番をこなしているというのは、やはり大きいのか、演奏に隙が無く極めて安定しています。ハラハラして聴くという場面が無い。入門者にもやさしい「名曲コンサート」で、こんなハイレベルな室内楽が聴ける機会って、意外に岡山では少ないかもしれない。
 席が埋まらなかった背景の一つとして、岡山の音楽関係者がほとんど来られてなかったことも大きかったと思われますが、岡山の演奏家に対して敢えて耳の痛い事を書かせていただくと、こういう『岡山演奏家コミュニティ』の外から来られた、演奏家の音楽を聴くことも大事じゃないだろうか?岡山という狭い世界の中で、身内の音楽関係者同士でコンサートの席をぐるぐる埋め合ってても先はありませぬぞ。
 
 伊藤さんが指揮者&ピアニスト、ということもあって「自分の演奏に没頭する」わけでもなく、「伴奏に徹する」わけでもなく、ヴァイオリンとチェロをよく歌わせつつも、時折演奏をリードしている感じが印象に残ります。ハンガリー舞曲やカヴァティアーナ、後半のファリャあたりはヴァイオリンとチェロが本当によく歌い上げられてました。
 足を運んだ目的の一つがメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番。「船に乗れ!」という小説を読んで依頼、ずっと生演奏で聴きたかった曲。第1楽章のみの演奏でしたが、演奏会小品が多かったプログラムの中では、いっそう手応えのある曲として、存在感がありました。

 チェロの迫本さんが主に司会をされていましたが、進行がこなれていて、会場の運営スタッフもプロの方が付いているようで、質の高いサロンコンサートを大いに楽しめました。
 アンコールはピアソラの曲を2曲。


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クァルテット・ベルリン=トウキョウ 2017岡山公演 [コンサート感想]

クァルテット・ベルリン=トウキョウ 2017岡山公演

ハイドン/弦楽四重奏曲作品76-4変ロ長調「日の出」
バルトーク/弦楽四重奏曲第3番
 ~ 休 憩 ~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第13番変ロ長調作品130、作品133「大フーガ」

クァルテット・ベルリン=トウキョウ
第1ヴァイオリン:守屋剛志
第2ヴァイオリン:モティ・パブロフ
ヴィオラ:ケヴィン・トライバー
チェロ:松本瑠衣子

2017年2月11日(土) 岡山県立美術館ホール

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 クァルテット・ベルリン=トウキョウ(以下QBT)を聴くのは、これで5回目になると思います。本当に毎回毎回凄い演奏で、僕に室内楽の面白さを教えて下さったのは、このQBTの存在が大きいです。

 今回のコンサートはその中でも心に深く刻まれることになりそうです。バルトークの3番カルテットで理屈抜きの面白さと、彼らのアンサンブル能力の桁外れの高さに感嘆。ベートーヴェンの13番の第5楽章では、自分の頭の中が真っ白になる様な感覚になり、心の襞に文字通り「沁みわたる」感覚があった。『感動』という簡単な表現では言い表せないものがあった。

(2・24追記)

 配置は下手(しもて)から1stVn(守屋)→2ndVn(パブロフ)→Vc(松本)→Va(トライバー)の順。QBTは今回のツアーからメンバーが入れ替わっている。杉田さんに代わってケヴィン・トライバーという、なかなか迫力のある雰囲気の奏者が加入した。
 前のメンバーで室内楽の数々のコンクールで優勝・入寮してきた実績が語るように、杉田さんが居る時も完成されていたカルテット、あとで一人だけ加入するというのは相当なプレッシャーではないかと愚察する。トライバーさんは曲間でも、守屋さん・松本さんが笑顔を浮かべる場面があるのとは対照的に、表情は終始硬かった。ベートーヴェンの曲が終わって、アンコールの時に自然な笑顔が見られたということは、本番のプログラムに対する緊張と意気込みを感じさせます。会場は満席!補助いすも何十席と出ていた。もしかすると当日券狙いのお客さんのなかには、札止めであきらめざるを得なかった人もいたかもしれない。そして会場内の熱気も相当なものだった。

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※開演前に撮影。この後、会場は満席の熱気に包まれる

 1曲目のハイドンは、事前のチラシから変更されて、作品76-4「日の出」が演奏されました。冒頭のメロディーを聴いてビックリ!ワーグナーのタンホイザー第2幕の大行進曲の2番目の主題に音型がそっくりです。もちろんハイドンが先に作曲しています。変ホ長調という調性もあって、「日の出」というよりは王様の登場、といった風格(笑)
 去年からセンチュリー響のハイドン・マラソンを聴きに行って以来、ハイドンの心地よい形式感と、飽きさせない仕掛けにはまっています。いきなり下降音階のフーガで始まる第4楽章なんて、「あっ」と思わせる仕掛けだ。QBTの演奏も盤石の演奏で、安心して聴いて居られる。第2楽章のノンヴィヴラートの音が澄み渡っていて、心が洗われる。

 2曲目のバルトークの弦楽四重奏曲第3番。バルトークの楽曲は、昔は苦手だったが、管弦楽曲に関しては結構楽しめるようになった。特に「弦楽のためのディベルティメント」なんかは、非常にチャーミングで体が踊り出すような躍動感がたまらない。
 調性が明記されていない単一楽章で、緩ー急ー緩ー急の4部構成。2部はスケルツォ的なポジションになるだろうか、まさにバルトークならではの血湧き肉躍るような音楽。4部は第3部に付随するプレストの部分になると思われるが、この演奏が圧巻だった。1stVnの守屋さん(倉敷の出身)とチェロの松本さんの惚れ惚れするテクニックと、心を動かさずには入れらない豊かな音楽性、このお二人がQBTの2枚看板なのは間違いないけれど、このバルトークを聴くと2ndVnのパブロフさんと今回加わったヴィオラのケヴィン・トライバーさんの音楽の鋭さも際立っていた。。
 ハイドンがかっちりとした形式感の中で楽器間の対話を楽しむものならば、このベルトークの4番カルテットは、真剣で「殺陣」をやっているような感じだ。少し間合いが間違うと血しぶきが飛びそうな、そんな緊迫した中で演奏している。これ以上、何を望むか?という完成度の高さだった。
 
 休憩時間中は「このバルトークが、今日のハイライトになるかもしれない」と思っていましたが、後半のベートーヴェンの13番は、その更に上をいく感銘を受けた。この日のプログラムは、いわゆる「大フーガ」変ロ長調を第6楽章に組み込んだ、「ベートーヴェンが本当にやりたかった楽章構成」で演奏された。
 改定後の13番の第6楽章も傑作であるために、ついつい違和感なく聴いてしまう、そしてあの高潔で美しい第5楽章の後に、大フーガを組み入れてしまうと、もはやブルックナーの交響曲のような巨大な音楽になってしまう。それを敢えて、今回やったということで、正直この展開は予想していなかった(チラシには、第13番/大フーガ、という表記だった)ので、始まる前は少し構えてしまいそうになっていた。

 開演前に守屋さんとQBTの実演による解説があり、この曲の構成やモチーフの展開のさせ方がよく解った。第2楽章のプレストをアダージョぐらいの速度で弾いてみた時の音楽があまりにも美しく、「これをプレストで弾かせるというのはなんという贅沢か!」と会場がどよめいたのが印象的。5分で終わる筈の解説だったが、途中から守屋さんもQBTのメンバーも時間を忘れてしまったようで、15分にもなってしまった(笑)このQBTのメンバー同士、こういう感じで楽曲研究とディスカッションに熱中している様子が解り、とても貴重な体験だった。
 ベートーヴェンやハイドンのような古典派の構成感、シューマンやブラームスといったドイツ・ロマン派の重厚さとメランコリーの同居、ドビュッシーやラベルの色彩感、そして今回聴いたバルトークの躍動と切れ味、恐らくショスタコーヴィチあたりも得意にして居るに違いない。どれも一級のレベルで作り込んだ演奏を聴かせてくれるこのQBTのクォリティの高さはこうして生み出されているんですね。

 少し脱線しました。ベートーヴェンの13番。第1楽章からベートーヴェンらしいがっしりした躯体に、付点音符が印象的なモチーフだ自由に飛び回る。この曲の生命力と瑞々しさを存分に表現していた。第2楽章のプレストも、例の解説を聴いた後だと「よく出来ているなあ・・・」と感心する。第3楽章~第5楽章の穏やかな音楽に身を預ける時間も幸福感に満たされてた。特に第5楽章の無垢な美しさは筆舌に尽くしがたいものがあった。静かな感動に包まれ、私の周りには美しさに涙する人がちらほら居た。
 第5楽章は、これは・・・大変な音楽だ。僕はこの曲を聴くと、ブルックナーの第5番を思い出してしまう。守屋さんとQBTの解説演奏で、独特のリズムとに二重フーガという構成がブルックナーの5番に通じるものがあることを理解した。給付が長いのもブルックナーの音楽に似ている。しかし、弦楽器たった4本でこれほどの大伽藍を思わせる神々しい世界を作り上げるベートーヴェンの才能にひれ伏し、この稀代の若手クァルテットが岡山と深いかかわりを持ってくれていることに感謝した。


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「とっとり弥生の王国」展と「古代吉備の名宝展」展 岡山県立博物館 [展覧会・ミュージアム]

「とっとり弥生の王国」展 ー青谷上寺地遺跡と妻木晩田遺跡―

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東京国立博物館から里帰り!「古代吉備の名宝」展
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ともに岡山県立博物館

 QBTの感想がまだ更新できてないんですが・・・、とにかくこの県立博物館の2つの展覧会には絶対行った方がいいですよ~!というお知らせのために、こっちを先に更新します。

 「古代吉備の名宝」展は、歴史ファンのみならず、岡山のすべての人々が見るべき見事な展示でした。古代の吉備の国の燦然と輝く歴史を感じることが出来ます。普段は東京に居る国の重文クラスの銅鏡や銅鐸そのた古代吉備の出土物が、もともと岡山県立博物館で展示されているものと合わせて、一堂に拝見することが出来る貴重な機会と思います。

***岡山県立博物館HPから***
 東京国立博物館には、かつて岡山県内から出土した考古資料の優品が、数多く収蔵されています。卑弥呼の鏡といわれる三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)や、不思議な小像で飾られた須恵器(すえき)、80年ぶりに出土品が勢揃いする備前市丸山古墳の銅鏡など53件が、岡山に里帰りすることになりました。
古代吉備の繁栄を物語る名宝の数々を、この機会にぜひご覧ください。
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 歴史ファン、古代史ファンの方々は、お正月にBSで放送された「英雄たちの選択 新春スペシャル ~“ニッポン”古代人のこころと文明に迫る~」を見られた方も多かったのではないでしょうか。

 「とっとり弥生の王国」展は、その番組で紹介された、弥生時代を代表する集落である、青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡と妻木晩田(むきばんだ)遺跡の出土品が展示されています。最近、再放送されたこともあるのか会場は想像以上に人が多くて熱気がありました。

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 特に木製の遺物の展示が充実、番組でもその造形の美しさと装飾技術の高さから、現代風に言うと「青谷ブランド」として弥生人の間では評判になっていた、と解説されていました。なんと北陸から北九州まで流通していたようですね。
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 妻木晩田遺跡の国内最大級の環濠集落からの出土物も圧巻。当時はまさに「大都会・鳥取」として、人口も経済力・生産技術も国内随一の水準だったんですね。

***岡山県立博物館HPから***
岡山・鳥取文化交流事業の2年目は、鳥取県の弥生時代を取りあげます。地下の弥生博物館ともいわれる国史跡青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡と、国内最大級の弥生集落である国史跡妻木晩田(むきばんだ)遺跡を中心に、最新の調査研究成果を紹介します。

 国内唯一となる線刻で絵画を描いた新発見の銅剣が、鳥取県外初公開となるほか、通常の遺跡からはほとんど出土しない木製品や、交易によってもたらされた新潟県産出の翡翠でつくられた勾玉など、総数約380点の貴重な資料を展示します。
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 一方岡山も負けていません!
 番組内では従来の「邪馬台国論争」の『北九州説』『近畿説』に加えて、『瀬戸内説』(→吉備地方)を選択肢に入れて、議論が繰り広げられました。
 まあ、番組司会の磯田さんは岡山県生まれ、パネラーの国立民族学博物館の松木教授は、最近まで岡山大学の教授をされていました。

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 番組でも紹介された「卑弥呼の鏡」と言われる三角縁神獣鏡も、もちろん今なら県立博物館で一堂に見ることが出来ます。『岡山って、吉備って、すごいところだったんだ!』と郷土に誇りが持てる展覧会です。


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