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倉敷のヴィルトゥオーゾ 室内楽コンサート Vol.2 [コンサート感想]

第31回倉敷音楽祭 倉敷のヴィルトゥオーゾ 室内楽コンサート Vol.2

ピアノ:松本和将
ヴァイオリン:守屋剛志
  〃   :黒川侑
ヴィオラ:中村洋乃理
チェロ:ドミトリー・フェイギン
コントラバス:河本直樹


ラフマニノフ/悲しみの三重奏(黒川、フェイギン、松本)
  〃   /チェロ・ソナタト短調(フェイギン、松本)
  ~ 休 憩 ~
シューベルト/ピアノ五重奏曲イ長調「ます」

2017年3月18日 倉敷市芸文館


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日本センチュリー響第215回定期(1日目) 指揮 :シュトルンツ Pf:ダルベルト [コンサート感想]

日本センチュリー交響楽団第215回定期演奏会(1日目公演)

R.シュトラウス/ピアノと管弦楽のためのブルレスケニ短調
ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲ニ長調
  ~ 休 憩 ~
ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調

指揮:イジー・シュトルンツ
ピアノ独奏:ミシェル・ダルベルト
コンサートマスター:松浦奈々 

2017年3月10日 ザ・シンフォニーホール
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 ミシェル・ダルベルトのピアニズムに酔いしれ、ドヴォルザークの8番をセンチュリーサウンドで聴く愉しみに存分に浸ったコンサートでした。

 昨日の読響とは全く方向性の違うプログラムとはいえ、昨日の会心のブルックナーの残像・残音が頭のなかに鮮明に残っていて、自分でも「切り替えれるかな……」と心配だったんですが、さすがに大阪が誇る高性能オーケストラ、1曲目のR.シュトラウスの引き締まった音楽が聞こえた瞬間に引き込まれました。

  前半、ソリストが2曲も演奏し、アンコールまで披露。後半のドヴォルザークがこれまたセンチュリー自慢の管楽器のソロが胸がすくように決まる!チェロのハーモニーにも惚れ惚れします。シュトルンツは特にダイナミクスに関して結構小技を使ってくるんですが、その小技にセンチュリー響がピタリと着けるので、数多く聴いてきたこの曲を、経験の無いようなパースペクティブな音楽に仕上がっていた。

 センチュリー響、やっぱ、上手いです。演奏を聴きながら、「いや~ホント、いいオーケストラだよなぁ…」と、心のなかで唸ってました。

(続きは後日に更新)

 弦楽器の編成は前後半共に10型。1stVn10→2ndVn8→Vc6→Va6、上手奥にCb4。コントラバスの首席には広響から移籍した村田さんのお顔が見えます。管楽器は前半が3管で後半は2管編成でした。

 それにしても、客席が寂しい・・・目視で5割ぐらいしか埋まっていないように見える。実数はもっと少ないだろうから、45%ぐらいしか入っていないのではないか?
 センチュリー響がシンフォニー定期を2日公演体制に拡充してから3回目の鑑賞ですが、いまだに客席が満席に埋まっているのを見たことがありません。
 唯一の救いは、このザ・シンフォニーホールはこれだけ 空席があっても、その素晴らしい音響は健在。普通は8割ぐらいが埋まった時の想定で残響を考えられているが、さすがの天下の名ホール、普段より多少よく響くかな?といったぐらいで、音の輪郭はクリアで内声もよく聴こえる。

 センチュリーの演奏も、空席の目立つ客席をよそに、どの曲も熱のこもった、満足のいくものでした。この日の目的の一つはR.シュトラウスの「ブルレスケ」を初めて生で聴くこと。生で聴くと、これほどピアノパートが難曲だったとは、という驚きがあった。ダルベルトのピアニズムは硬質なしっかりとした音で、かつ色彩も豊か。名付けるとすれば、「カラフルソリッド」な音、ということになるか。これは僕にとってはかなり好きな音です。テクニックも申し分なく、なかなか聴く機会の無いこの曲を、見事な演奏で料理した。ティンパニの演奏も見事。ティンパニはもっとバシバシ叩くイメージがあったが、けっこう繊細なコントロールが求められ、ピアノ・オケ・ティンパニの対話が愉しい。

 2曲目はラヴェルの左手のための協奏曲。再びダルベルトの登場。オーケストラ主催の定期演奏会で、ソリストが(実質的な)協奏曲を2曲も弾くというのは、僕も初めての経験。ラヴェルのこのニ長調の協奏曲は、「のだめ」で有名になったト長調の協奏曲に比べると、演奏機会が少ないと感じる。僕自信は演目に上がると狙って聴きに行っているので、3回目の鑑賞だが、(3部構成の単一楽章のこの曲の)第1部の左手1本で弾かれるピアノの孤高さ、第2部のジャズのリズム、第3楽章のピアノの万華鏡のような繊細な色彩感、どれをとっても素晴らしい名曲だと思う。 
 そしてダルベルトの明晰でソリッドなピアニズムは、本当にこの曲に良く似合っていた。ラベル独特のジャズのリズムに乗って、オーケストラがかなり鳴るなかでも、ハッキリと聴こえる右に左に跳躍するようなピアノの音に「この部分ではこんな音が鳴っていたのか」との新たな発見があった。

 センチュリーとの共演でいえば、エリック・ル・サージュがト長調を演奏をしたときは、チケットを取っていながら、聞き逃してしまったが、ダルベルトの「左手のための・・・」を聴けたことは、一生耳に残ると思う。

 アンコールはフォーレの即興曲第3番。この演奏を聴いて、この方のリサイタルがあったら、必ず駆けつけたいと思う。

 後半のドヴォルザーク。前半ではソツの無いタクトで「只者ではない」と思った、本日の指揮者はイジー・シュトルンツ。初めて知った名前だった。実は、何を勘違いしたのか?チケットを買ったときはマルクス・シュテンツが振ると思い込んでいたが、1か月前のセンチュリーからのメールマガジンで、「シュトルンツ??・・誰?」と初めて気づいた。

 ドヴォルザーク独特の民俗色は薄く、堅牢な構築美が印象的。第1楽章の中間部で、チューバ+トロンボーンがこの曲のモチーフを低音で吠える上で、弦楽器がスラブ舞曲調に上昇音階を奏でる場面では、漆喰を何層も塗り込めたような重厚な響きを聴かせたと思ったら、第3楽章では演歌調にならずに颯爽とまとめ上げる手腕は見事。冒頭でも述べた通り、ダイナミクスの変化に小技を聴かせるのも、グザヴィエ・ロト、ハーディングなど、新世代の指揮者であること感じさせるが、「これ以上やるとやりすぎ」と思わせるところを心得ている感じがニクイ。

 この曲は本当に管楽器のソロが多いんですね。木管・金管は、流石センチュリーやなあと思わせる演奏だったが、弦がよく唄っていたのが印象的。特にチェロとヴィオラって、こんなにいい音が出てたっけ?と思うほど素晴らしかった!
 この日の演奏も、極めて誠実なものだった。5割も入っていない客席に向かって、最善を尽くす彼らの姿に、僕は率直に胸を打たれた。
 センチュリーは今、興業的な正念場を迎えている。府立オーケストラ時代からの課題だった演奏会収入の収益構造の改善のため、常任指揮者の飯森さんのもと、定期演奏会を2日連続開催する方法を導入した。しかし6つのオーケストラがひしめく経営環境、センチュリー同様に自治体補助が打ち切られた大フィルもキャパ2500人のフェスティバルホールに本拠地を移した後、空席を埋めることが出来ずにいる。センチュリーの現状は大フィルよりも厳しい、今回のコンサートの空席を見ると、そう思わざるを得ない。もう1年やって結果が出なければ、定期演奏会2日連続開催を(毎日新聞「関西の主要オーケストラ 集客に試行錯誤」より)あきらめるようだ。

 センチュリー響は、今年から土曜日公演の開始時間を14時に早めた。15時にホールを明け渡せば19時開始の公演に使える。ホールの借り賃を節約するためだと思われるが、前日に21時まで本番をやって、翌日午前中からゲネプロをこなすというのは、楽団員にとっては負担が大きい。しかも、2日連続で聴きに来る聴衆も居るから2日とも最高のクオリティを維持し続けなければならない。これは大変な事だと思う。
 京響の2日連続公演は、同じ時間に始まる土日に組まれているし、大フィルも金曜日ソワレと土曜日マチネという組み合わせのコンサートは減って来ている。

 大阪のオーケストラ界に「七不思議」があるとすれば、一つ目は『小・中編成になると、これほどのハイレベルな演奏をするセンチュリー響に、なぜお客さんが入らない?』ということ。
 いや、ホント、大阪・関西のクラシック・ファンは勿体ないですよ。橋下徹によって補助金が打ち切られる騒動が起こったのは2008年のことだったと思う。その時僕は、京響の定期演奏会に向かう途中、京都コンサートホールの前でセンチュリーの楽団員さんの署名依頼に応じて少しお話をした。4月とは言え小雨が降る中で震えながら傘をさして立っていた姿は、普段の燕尾服を来てスポットライトを浴びている姿とは対照的だった。それでもその時「センチュリーは本当にいいオーケストラなんです。純粋にいい音楽を届けようと演奏してきた来ただけで、既得権に胡坐をかいているとは思っていなかった」、何人か集まったファンにそう語っていた。僕は「頑張ってください・・・」としか声を掛けられなかったが、そこから彼らは本当に頑張った、現在もかくも努力している。一時期は演奏水準の低下がささやかれたが、この逆境にも拘わらず、去年3回聴いたハイドン・シリーズでは「これは常設の小規模アンサンブルでは国内随一の水準やないか」と本当に驚いた。

 そう、もう一つのセンチュリー響に関する「不思議」は、今のセンチュリー響の厳しい経営環境にも関わらず、これほどの人材が集まってくるのはなぜか?
 楽団の経営を支えているのは、大阪府が実質的な「手切れ金」として渡された基本財産。20億近くあったものが、10億を切り、単純計算でいえばあと2年で底を尽きる。センチュリーは豊中のホールの指定管理者になり、オーケストラだけではなくホール(劇場)に付く文化庁の補助金などで多少は事業費の回転がよくなるだろうが、楽団経営単体でみると、よほどの大きなスポンサーが現れない限り、財政的にあと5年は持たないだろう。かくもお先真っ暗のオーケストラに、北口さん、丸山さん、水無瀬さん、小曲さん、村田さんはじめ、優秀な奏者が続々と入団している。

 ステージ上での雰囲気も良さそうだ。今回のコンサートでのダルベルトさんの演奏に対する楽団員の賛辞や、指揮者のシュトルンツへの賛辞を送る姿をみても、良好な雰囲気が伝わってくる。2008年に小泉和裕さんがマイクを持ってお通夜のように聴衆に語り掛けた時のような悲壮感は感じない。

 もしかしたら、楽団員は「いざというときは…」という覚悟を固めているのかもしれない、そして一つ一つの演奏会でセンチュリーらしい音楽を奏でよう、という一点で一致団結している。

 現実として、彼らはこれほどの実力の持ち主であるから、楽団が解散してもいくらでもつぶしが効くだろう。ボールは今、大阪の人々に投げられている。大阪が生み出した栄光のセンチュリー・サウンド。それを存続させるかどうか?彼らは、最善を尽くした、大阪の人々はそれに応えられるか?
 これほどの高性能オーケストラを失って最も損失を被るのは、未来の大阪の人々かも知れないのだ。 


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読売日本交響楽団第16回大阪定期演奏会 下野竜也 指揮 Vn:スム [コンサート感想]

読売日本交響楽団第16回大阪定期演奏会
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モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調
  ~ 休 憩 ~
ブルックナー /交響曲第7番ホ長調

指揮:下野竜也
ヴァイオリン独奏:アレクサンドラ・スム
コンサートマスター:長原幸太

2017年3月9日 フェスティバルホール
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 国内三指に入るスーパーオーケストラ、指揮者は40代にしてブルックナーを極めつつある実力派指揮者。会場は日本におけるブルックナーの聖地:大阪はフェスティバルホール。役者も舞台も充分なコンサートということで、期待に胸を膨らませて聴きに来ましたが、それでもその期待を遥かに超える、壮絶にハイレベルな演奏でした。金管のバリッとしつつもシルキーな音は、まさに中欧の名門オーケストラの音で、「目の前で演奏しているのは、本当に日本のオーケストラなのか?」と、演奏中に何度思ったことか……。そして、そのパワフルな金管の全く埋もれることなく強靭に響く弦楽器の音。

 拙ブログをご覧いただいている鳥取、山陰、美作地方の方々。明日はこのプログラムで鳥取公演があるようです。絶対に足を運んだ方がいいですよ。今後20年はこのレベルのブルックナーを山陰で、いや岡山県も含めた東中国地方で聴くことはないと思いますよ。取り急ぎ、それだけお伝えします。

(詳細な感想は後日更新します)

 3月です、どこの職場もそうだろうと思いますが、繁忙期です(汗)土日出勤の振替を無理やり集めてコンサート遠征の日程を捻出。当然のごとく帰ってきてから更新する余裕時間がありませんでした~。1週間遅れの更新。

 前半のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番。オーケストラの配置は、前半は8型のステレオ配置1stVn8→2ndVn6→Vc3ーVa4、上手奥にCb2本という並び。
 長原コンマスの横には小森谷コンマスが座ります。ソリストのアレクサンドラ・スムさんの演奏は、明晰でテクニックも申し分ない。低音から高音まで漏れなく純度の高い音を奏でる。ただ、このモーツァルトのヴァイオリン・コンチェルト5曲とも感じることなんですが、若書きの曲であるが故に晩年の陰りがあって劇的な楽曲に比べると、今ひとつ面白みに欠けるんですよ。
 スムさんは、この曲を可能な限り即興的に演奏して面白さを出そうとされていたように見受けられましたが、読響の伴奏は極めて「真面目」で、少々たがが外れてもソリストの誘いに乗って飛んだり跳ねたりしてほしかったなあ・・・と。いや、読響のフワリとしたアンサンブルは素晴らしかったし(フェスティバルホールのアコースティックの響きを上手く使って、小編成でも良くなっている印象を持ちました)、演奏も誠実なものだったので、これで文句を言ったら罰が当たりますか。

 アンコールはイザイの無伴奏ソナタ2番の第4楽章。彼女の本当の実力が垣間見えました。次回はバルトークとかシベリウスのコンチェルトを聴きたいですね。

 前半開演前にはそこかしこに空席があって、僕の左隣も2席空席があったんですが、後半になって客席がびっしり満席になりました(笑)関西のブルヲタ、いやブルックナー愛好家が集結したような様相。今日のコンサートのプログラムはなんと言ってもブルックナー7番のの存在感が大きい。

 オーケストラも登場したときから全体のオーラが違っています。指揮者の下野さんも、いつになくゆっくりと、そして堂々とした足取りで指揮台に向かう。ステージの一挙手一投足を見守る客席も、まるで「念」を送るように固唾を飲んで見守る。これこそが大阪でブルックナーを演奏することであり、このフェスティバルホールでブルックナーが演奏されることの意味を示していると思う。

 編成は16型で、1stVn16→2ndVn14→Vc12→Va14、上手奥にはコントラバスが10本。堂々たる16型2管編成。
 全体的にはゆったりした足取りで進む、ブルックナー特有の弦のトレモロ(「原始霧」と名付けた人は天才!)の透明感に鳥肌が立つとともに、一つ一つのフレーズの重心が低く、音楽の密度は極めて濃い。ブルックナーリズムに乗って最初の盛り上がる部分へ向かう時間は、まるでフレーズ一つ一つに生命が吹き込まれて、大きな存在が起き上がってくるような感覚があった。

 第1楽章ではアンサンブルをぎちぎちに締め上げることはせず、下野さんのタクトも打点を明確に打たずに、スケール感を重視。アンサンブルをぴったりと揃うのを嫌っているかのよう。冒頭にも書いたとおり、ブラスの響きが輝かしく、とりわけ第3楽章のスケルツォで、そのサウンドの輝きは最高潮に達した。まさにドイツのオーケストラのようなアクセントとパワーでホールの隅々にまで存分に鳴る。読響のブルックナーは、ザ・シンフォニーホールでの3番に続いて2回目だが、あのときよりもオーケストラが数段もレベルアップしているように思えるし、指揮者・奏者ともに確信を持って演奏している様子が伝わって来る。全曲に渡って堂々たる王道を行くブルックナー、といって間違いないと思う。

 下野さんのタクトは第1楽章中間から、徐々に手綱がしまっていき、曲の当初ではややと重苦しい印象だったアンサンブルが、ダイナミクスを自然に、繊細にコントロールすることで、みるみる神々しいまでの躍動感と瑞々しさに変化していったのが印象的。驚いたのはブラスが終始、かなりの爆音で鳴っているのに、弦楽器の音も充分なバランスでその上に乗せてきて聞えること。会場には在阪オーケストラ事務局の幹部の方の顔も見えたが、東京に本拠を置く読響が、新生フェスティバルホールの広大な空間を、ここまで見事に鳴らし切る様子は大いに参考になったのではないだろうか。

  長大な第2楽章もまったく弛緩することはなく、スローなテンポながら音楽の密度は依然、濃厚なまま進んだ。本当に美しい音楽にため息が漏れる。「きれい」とか「カラフル」「ブリリアント」というのではなく、神話の世界のなかの深い深い森を逍遙しているような心地、といったらいいだろうか。今回のコンサートはハース版を採用していたが、第2楽章のシンバル一撃&トライアングルは下野さんの意思で追加されていた。
 第1楽章と第4楽章の集結部分も凄かった。怒濤ともいえる迫力 で迫ってきた。このシンフォニーが、かつてその武力でヨーロッパを席巻し、体格や体力では日本人は到底叶わない、ゲルマンの血を感じる音楽を日本のオーケストラが存分に響かせる。本場のオーケストラにしか出せないと思い込んでいた音楽に、ここまで肉薄できる瞬間に立ち会えたことに感極まってしまった。
 コンサートのチラシに「涙が自然とあふれるほどの、圧倒的なスケール感」とあったが、そのキャッチコピーは全く嘘も誇張も無かった。一ついちゃもんを点けるとすれば、「スケール感」ではなく「スケール」で良い。途方もなく懐の深い、スケール(物差し)では測りがたい大きな音楽だった。

 全体の演奏時間は75分ぐらいだったろうか。私の周りに関しては、客席の雰囲気も良かった。「大阪で、ここフェスティバルホールでブルックナーを聴く」醍醐味を充分に味わい尽くした充実の時間。一点、望みうるとすれば、これが大阪を本拠に置くオーケストラだったなら・・・という思いは残りました。

 下野さんは1月に京響との0番。今回の読響大阪定期での7番、4月には音楽総監督に就任するお披露目の大阪公演(ザ・シンフォニーホール)で8番。兵庫PACオケで6番、というように、ここへきて関西で怒涛のようにブルックナーを演目に採り上げる。下野さん自身、ブルックナー解釈に確信をもっていることは今回のコンサートで伝わって来たし、それに加えて、関西でブルックナーを披露する意味をよく理解し、関西の聴衆に敬意を持って披露していく決意と配慮も伝わってくる。下野さんのこの「一人関西ブルックナーシリーズ」は低迷していると言われる、関西のクラシック音楽シーンにどのような一撃として歴史に残るんでしょうね。
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アンサンブル・ステラ 神奈川フィルの名手が奏でる珠玉の名作 [コンサート感想]

アンサンブル・ステラ 神奈川フィルの名手が奏でる珠玉の名作
 
サティ/ジュ・トゥ・ヴ(Vc,Pf)
サン=サーンス/白鳥(Vc,Pf)
シベリウス/ロマンス(Pf)
エルガー/愛の挨拶(Vn,Pf)
ブラームス/ハンガリー舞曲第6番
ラフ/カヴァティアーナ
シューマン/トロイメライ
メンデルスゾーン/ピアノ三重奏曲第1番より第1楽章
  ~ 休 憩 ~
ガーシュウィン/エンブレイサブル・ユー、アイ・ガット・リズム(Pf)
ポッパー/ハンガリー狂詩曲、セレナーデ(Vc,Pf)
ファリャ/スペイン民謡舞曲(Vn,Pf)
アルベニス/タンゴ
ファリャ/火祭りの踊り

アンサンブル・ステラ
Vn:渋谷貴子
Vc:迫本章子
Pf:伊藤 翔

2017年2月25日 天神山文化プラザホール

 神奈川フィルの奏者2人と、本業は指揮者という伊藤さんによる、初心者やライトなクラシック音楽ファンでもでも楽しめるようなコンサートでした。
 主催者は横浜の(株)フーガ、という会社で、創業者が岡山ご出身で備前市役所の仕事も受注されているそう。それで、神奈川フィルの奏者のアンサンブルを岡山で聴ける機会に恵まれたわけです。
 会場は・・・250人キャパに40人ぐらい・・・かなあ。前方の席が空きすぎているので、奏者の方が「今日はガラガラなので、後ろの席の人は前に来た方が音がいいですよ」と、誘導されていました。
 しかし、演奏はハイレベル。室内楽のコンサートは岡山の演奏者も色々なユニットを組んで、楽しませてくれているが、ハイレベルな首都圏のオーケストラで年間100回以上は本番をこなしているというのは、やはり大きいのか、演奏に隙が無く極めて安定しています。ハラハラして聴くという場面が無い。入門者にもやさしい「名曲コンサート」で、こんなハイレベルな室内楽が聴ける機会って、意外に岡山では少ないかもしれない。
 席が埋まらなかった背景の一つとして、岡山の音楽関係者がほとんど来られてなかったことも大きかったと思われますが、岡山の演奏家に対して敢えて耳の痛い事を書かせていただくと、こういう『岡山演奏家コミュニティ』の外から来られた、演奏家の音楽を聴くことも大事じゃないだろうか?岡山という狭い世界の中で、身内の音楽関係者同士でコンサートの席をぐるぐる埋め合ってても先はありませぬぞ。
 
 伊藤さんが指揮者&ピアニスト、ということもあって「自分の演奏に没頭する」わけでもなく、「伴奏に徹する」わけでもなく、ヴァイオリンとチェロをよく歌わせつつも、時折演奏をリードしている感じが印象に残ります。ハンガリー舞曲やカヴァティアーナ、後半のファリャあたりはヴァイオリンとチェロが本当によく歌い上げられてました。
 足を運んだ目的の一つがメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番。「船に乗れ!」という小説を読んで依頼、ずっと生演奏で聴きたかった曲。第1楽章のみの演奏でしたが、演奏会小品が多かったプログラムの中では、いっそう手応えのある曲として、存在感がありました。

 チェロの迫本さんが主に司会をされていましたが、進行がこなれていて、会場の運営スタッフもプロの方が付いているようで、質の高いサロンコンサートを大いに楽しめました。
 アンコールはピアソラの曲を2曲。


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クァルテット・ベルリン=トウキョウ 2017岡山公演 [コンサート感想]

クァルテット・ベルリン=トウキョウ 2017岡山公演

ハイドン/弦楽四重奏曲作品76-4変ロ長調「日の出」
バルトーク/弦楽四重奏曲第3番
 ~ 休 憩 ~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第13番変ロ長調作品130、作品133「大フーガ」

クァルテット・ベルリン=トウキョウ
第1ヴァイオリン:守屋剛志
第2ヴァイオリン:モティ・パブロフ
ヴィオラ:ケヴィン・トライバー
チェロ:松本瑠衣子

2017年2月11日(土) 岡山県立美術館ホール

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 クァルテット・ベルリン=トウキョウ(以下QBT)を聴くのは、これで5回目になると思います。本当に毎回毎回凄い演奏で、僕に室内楽の面白さを教えて下さったのは、このQBTの存在が大きいです。

 今回のコンサートはその中でも心に深く刻まれることになりそうです。バルトークの3番カルテットで理屈抜きの面白さと、彼らのアンサンブル能力の桁外れの高さに感嘆。ベートーヴェンの13番の第5楽章では、自分の頭の中が真っ白になる様な感覚になり、心の襞に文字通り「沁みわたる」感覚があった。『感動』という簡単な表現では言い表せないものがあった。

(2・24追記)

 配置は下手(しもて)から1stVn(守屋)→2ndVn(パブロフ)→Vc(松本)→Va(トライバー)の順。QBTは今回のツアーからメンバーが入れ替わっている。杉田さんに代わってケヴィン・トライバーという、なかなか迫力のある雰囲気の奏者が加入した。
 前のメンバーで室内楽の数々のコンクールで優勝・入寮してきた実績が語るように、杉田さんが居る時も完成されていたカルテット、あとで一人だけ加入するというのは相当なプレッシャーではないかと愚察する。トライバーさんは曲間でも、守屋さん・松本さんが笑顔を浮かべる場面があるのとは対照的に、表情は終始硬かった。ベートーヴェンの曲が終わって、アンコールの時に自然な笑顔が見られたということは、本番のプログラムに対する緊張と意気込みを感じさせます。会場は満席!補助いすも何十席と出ていた。もしかすると当日券狙いのお客さんのなかには、札止めであきらめざるを得なかった人もいたかもしれない。そして会場内の熱気も相当なものだった。

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※開演前に撮影。この後、会場は満席の熱気に包まれる

 1曲目のハイドンは、事前のチラシから変更されて、作品76-4「日の出」が演奏されました。冒頭のメロディーを聴いてビックリ!ワーグナーのタンホイザー第2幕の大行進曲の2番目の主題に音型がそっくりです。もちろんハイドンが先に作曲しています。変ホ長調という調性もあって、「日の出」というよりは王様の登場、といった風格(笑)
 去年からセンチュリー響のハイドン・マラソンを聴きに行って以来、ハイドンの心地よい形式感と、飽きさせない仕掛けにはまっています。いきなり下降音階のフーガで始まる第4楽章なんて、「あっ」と思わせる仕掛けだ。QBTの演奏も盤石の演奏で、安心して聴いて居られる。第2楽章のノンヴィヴラートの音が澄み渡っていて、心が洗われる。

 2曲目のバルトークの弦楽四重奏曲第3番。バルトークの楽曲は、昔は苦手だったが、管弦楽曲に関しては結構楽しめるようになった。特に「弦楽のためのディベルティメント」なんかは、非常にチャーミングで体が踊り出すような躍動感がたまらない。
 調性が明記されていない単一楽章で、緩ー急ー緩ー急の4部構成。2部はスケルツォ的なポジションになるだろうか、まさにバルトークならではの血湧き肉躍るような音楽。4部は第3部に付随するプレストの部分になると思われるが、この演奏が圧巻だった。1stVnの守屋さん(倉敷の出身)とチェロの松本さんの惚れ惚れするテクニックと、心を動かさずには入れらない豊かな音楽性、このお二人がQBTの2枚看板なのは間違いないけれど、このバルトークを聴くと2ndVnのパブロフさんと今回加わったヴィオラのケヴィン・トライバーさんの音楽の鋭さも際立っていた。。
 ハイドンがかっちりとした形式感の中で楽器間の対話を楽しむものならば、このベルトークの4番カルテットは、真剣で「殺陣」をやっているような感じだ。少し間合いが間違うと血しぶきが飛びそうな、そんな緊迫した中で演奏している。これ以上、何を望むか?という完成度の高さだった。
 
 休憩時間中は「このバルトークが、今日のハイライトになるかもしれない」と思っていましたが、後半のベートーヴェンの13番は、その更に上をいく感銘を受けた。この日のプログラムは、いわゆる「大フーガ」変ロ長調を第6楽章に組み込んだ、「ベートーヴェンが本当にやりたかった楽章構成」で演奏された。
 改定後の13番の第6楽章も傑作であるために、ついつい違和感なく聴いてしまう、そしてあの高潔で美しい第5楽章の後に、大フーガを組み入れてしまうと、もはやブルックナーの交響曲のような巨大な音楽になってしまう。それを敢えて、今回やったということで、正直この展開は予想していなかった(チラシには、第13番/大フーガ、という表記だった)ので、始まる前は少し構えてしまいそうになっていた。

 開演前に守屋さんとQBTの実演による解説があり、この曲の構成やモチーフの展開のさせ方がよく解った。第2楽章のプレストをアダージョぐらいの速度で弾いてみた時の音楽があまりにも美しく、「これをプレストで弾かせるというのはなんという贅沢か!」と会場がどよめいたのが印象的。5分で終わる筈の解説だったが、途中から守屋さんもQBTのメンバーも時間を忘れてしまったようで、15分にもなってしまった(笑)このQBTのメンバー同士、こういう感じで楽曲研究とディスカッションに熱中している様子が解り、とても貴重な体験だった。
 ベートーヴェンやハイドンのような古典派の構成感、シューマンやブラームスといったドイツ・ロマン派の重厚さとメランコリーの同居、ドビュッシーやラベルの色彩感、そして今回聴いたバルトークの躍動と切れ味、恐らくショスタコーヴィチあたりも得意にして居るに違いない。どれも一級のレベルで作り込んだ演奏を聴かせてくれるこのQBTのクォリティの高さはこうして生み出されているんですね。

 少し脱線しました。ベートーヴェンの13番。第1楽章からベートーヴェンらしいがっしりした躯体に、付点音符が印象的なモチーフだ自由に飛び回る。この曲の生命力と瑞々しさを存分に表現していた。第2楽章のプレストも、例の解説を聴いた後だと「よく出来ているなあ・・・」と感心する。第3楽章~第5楽章の穏やかな音楽に身を預ける時間も幸福感に満たされてた。特に第5楽章の無垢な美しさは筆舌に尽くしがたいものがあった。静かな感動に包まれ、私の周りには美しさに涙する人がちらほら居た。
 第5楽章は、これは・・・大変な音楽だ。僕はこの曲を聴くと、ブルックナーの第5番を思い出してしまう。守屋さんとQBTの解説演奏で、独特のリズムとに二重フーガという構成がブルックナーの5番に通じるものがあることを理解した。給付が長いのもブルックナーの音楽に似ている。しかし、弦楽器たった4本でこれほどの大伽藍を思わせる神々しい世界を作り上げるベートーヴェンの才能にひれ伏し、この稀代の若手クァルテットが岡山と深いかかわりを持ってくれていることに感謝した。


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広島交響楽団第23回福山定期演奏会 大友直人指揮 Vn独奏:川久保賜紀 [コンサート感想]

広島交響楽団第23回福山定期演奏会

ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲ニ長調
 ~ 休 憩 ~
ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調

指揮:大友直人
ヴァイオリン独奏:川久保賜紀
コンサートマスター:佐久間聡一
2017年2月5日 福山リーデンローズ大ホール
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 「凄い!パーフェクト!!」ドヴォルザークの最後のトゥッティが鳴り終わった瞬間、思わずそう呟いてしまいました。広響…いやはや、そら恐ろしいまでに凄いオーケストラになったものです。
 前半はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。久しぶりに聴いた川久保さんのソロは、本当に音色が美しかった。美音にますます磨きがかかったとの印象を強く持ちました。テクニックは、そもそもチャイコフスキーコンクール最高位の称号を確認するまでもなく、まったく隙の無い完璧なテクニック。でも、僕はやはり第1楽章中間部やカデンツァ、第2楽章で魅せたその美しく歌い上げる美音に酔いしれた。ややもすると冗長になりかねないこの曲を「ずっとこの美しい音を聴いて居たい」と思わせる演奏は見事です。先日の松山さんと言い、この30代~40代の女性ヴァイオリニストの層の厚さはどうでしょう。本当に皆さんまばゆいばかりに輝いています。
 オーケストラの伴奏は、広響らしくベートーヴェンのオーケストレーションを、分厚く重厚に過不足なく鳴らせていました。日本のオーケストラは欧米に比べるとやや薄味な響き、との先入観を持っている人は、この広響を聴いてみるといいです。全体的には大友さんらしく品のいい細部の繊細さが感じられる演奏でした。

 後半のドヴォルザークの8番。この演奏が非常に熱が入っていて、素晴らしかった。

 まずは、オーケストラの状態が絶好調、ということがあげられる。広響は定期演奏会では佐久間コンマス・蔵川コンミスのダブルコンマスでファースト・プルトを組むこともありますが、この日は蔵川コンミスは降り番。そして潮田さんも寿退社なさったということで(勿体ないなあ…)、トッププルトに大フィル時代からの情熱的な演奏に拍車がかかった佐久間コンマスと、広響自慢の情熱のヴァイオリニストの山根啓太郎さんという、ありそうでなかった動きの激しい二人でトッププルトを形成。このお二人とチェロのマーティンさん、ヴィオラの安保さんら、弦五部の首席奏者らが強力な起爆剤となって、疾風怒濤の演奏になった。それでいて、第2楽章・第3楽章の民族調の旋律が印象的な場面では、「これでもか」というほど弦が歌いに歌う!
 そしてもっと驚いたのは、大友さんの指揮から繰り出されるスケールの大きい音楽。埒からはみ出すことも躊躇しない剛腕ともいえる指揮。僕は大友さんの指揮はこれで5回目ぐらいになるだろうか。京響での指揮の印象が強いのですが、これまでの僕の大友さんに対するイメージは、いかにも斉藤門下生らしく、四隅にまで気を配った緻密で、精妙なニュアンスに富んだ音楽づくり、しかしその一方でバランスに細心の注意で払うことで、どこか「縮小均衡」のきらいがあることが不満だった。
 しかし、この日の広響との演奏はどうだ。音楽の推進力が前面に出て、スケールの大きいダイナミックな音楽に酔いしれた。その一方で、第2楽章・第3楽章の終結部に象徴されるように、細部にまで手が行き届いている。
 どちらが本当の大友さんなのか?また次の機会を楽しみにしたいと思う。

 かつての広響のウィークポイントがあったとすれば、金管の精度に物足りなさがあったのですが、この日の広響は(というか、ここ2年ほど、僕が聴いた限りの広響は)演奏制度もパワーも申し分ないです。

 4月に下野さんを大将に、大阪でブルックナー8番を演奏しますが、まったく死角なし!でしょう。このブログは大阪の方からのアクセスが多いのですが、4月の大阪定期演奏会では、おそらく広響の重厚な響きに大阪の皆さんは度肝を抜かれることでしょう。それが、眠れる獅子と化した、あの老舗オーケストラの尾っぽを踏んで、再起の狼煙のきっかけになれば…僕は本気でそう思っています。
 今の広響は、たぶん奏者の方々が心から楽しんで音楽に没頭できている。昨年は被爆70年の節目の年で、かつ広島カープの久しぶりの優勝に沸き返りましたが、広響は平和都市のホスト・オーケストラとして確固たる地位を与えられているし、カープ・シンフォニーのコンサートなどで、カープともに市民から愛されている存在。奏者のモチベーションも高く、演奏レベルは向上し、その結果アルゲリッチや藤村実穂子、来年度はクレーメルなど超一流アーティストからのオファーが引きも切らない。コンサートに足を運ぶ聴衆も、心から広響の音楽を楽しんでいるように感じます。

・アンコールは、水上の音楽から 第9曲。ヘンデル演奏に定評のある、いかにも大友さんらしい粋な選曲。しかし、12型の弦で聴くヘンデルなんて久しぶりかも知れない。

・この日の編成は12型の2管編成。下手から1stVn12→2ndVn10→Vc8→Va8で、上手奥にCb8。

・お客さんの入りは6割5分ぐらい?もう少し入って欲しい感じはしますね。


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シェレンベルガー・セレクション ベスト・オブ・カルテット Jホール・レインボーコンサート [コンサート感想]

Jホール・レインボーコンサート
シェレンベルガー・セレクション ベスト・オブ・カルテット

モーツァルト/オーボエ四重奏曲ヘ長調
ブリテン/幻想曲
 ~ 休 憩 ~
ハイドン/弦楽四重奏曲「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」(オーボエ四重奏版)

オーボエ:ハンスイェルク・シェレンベルガー
ヴァイオリン:松山 冴花
ヴィオラ:クリスティアン・オイラー
チェロ:ウェンシン・ヤン

2017年1月18日 岡山大学 Junko Fukutake Hall
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 日曜日の岡フィル定期演奏会も含めて、これほど豊かなクラシック音楽ライフを、この岡山の地で送れるようになるとは、10年前には思いもしなかった。

 それほどこの4名の四重奏は凄かったです。シェレンベルガーさんと岡山の聴衆の間に流れる親密な空気、そして、その雰囲気を感じ取った世界有数のソリストたちが、聴衆の期待に応えようと、渾身の演奏を見せる。まさに夢の共演です。

 それにしても、シェレンベルガーという偉大な音楽家が、世界中あまたある都市の中から、よりによって僕の住んでいる岡山を、日本での拠点に選んでくれた。そのことで僕の生活はどれほど豊かになっただろう?決して順風満帆とは言えなかった、岡山フィル・岡山という都市の音楽文化に、シェレンベルガー氏の世界のクラシック音楽界のまさに枢軸を担っていた経験やメソッドを惜しげもなく岡山へ投入して下さっている。そして、氏もその作業を楽しんでやっているように思える。今日のコンサートで、岡山の聴衆が驚き、感動し表情がどんどんほころんでいく、氏はその様子を見渡して満足そうな表情を浮かべて下さる。  

(以下、後日更新分 )

 なかなか更新できませんでしたが、3週間以上経ってようやく更新できます。
 今後も、こんな感じでコンサート後、すぐに更新することは少なくなりそうです。いつかは必ず…更新しますので、気長に見に来ていただけると幸いです。
 会場の岡山大学病院の中に立つJホールは、お客さんでメインホールはほぼ満席、2か所のサブスペースにも半分近く人が入っていました。平日の昼間なのによく入ったなあ・・・と思います(自分も人の事言えませんけど、いちおう正月明けほとんど休みなしの代休です)。
 クリスティアン・オイラーさん以外の、シェレンベルガー、松山冴花、ウェン・シンヤンの3名は、カメラータ・トウキョウから出ている、このCDを録音したメンバー。

モーツァルト:オーボエ四重奏曲&ハイドン:十字架上のキリストの最後の7つの言葉

モーツァルト:オーボエ四重奏曲&ハイドン:十字架上のキリストの最後の7つの言葉

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ㈱カメラータ・トウキョウ
  • 発売日: 2014/06/25
  • メディア: CD


 この日のプログラムも、このCDと全く同じものです。僕は事前にNMLで聴き込んでこの日に臨んだのですが、そこは一筋縄ではいかないシェレンベルガーさん。特に、ブリテンは録音よりも「間」を長めにとって、持続する緊張感の中で飛び交うモチーフの妙味を楽しませてくださいました。
 モーツァルトとハイドンも、セッション録音でなない、ライヴならではの突っ込んだ表現が聴けました。

 モーツァルトのオーボエ四重奏曲は天衣無縫の美しさ、第1楽章なんて音が消えた後も、芳醇な残り香か漂っているようで、本当に惚れ惚れする。これほどのメンバーが集まれば、相当にレベルの高い音楽が聴けるとは、当然と言えば当然なんですが、あまりにも美しい表現と多彩に広がる音の薫りに、もう目がくらくらするほどの感動がこみ上げてきました。
 ブリテンは研ぎ澄まされたやりとりの中にも、フレーズ一つ一つを楷書体で描き上げる、極めて誠実な演奏。それでいて、4名とも予定調和な演奏は皆無。相手がどのように出て来るか?を楽しんでいるようにも見えます。録音では絶対に感じ切れない鋭さと楽しさがあった。
 ハイドンは、圧巻の一言!特にシェレンベルガーの気合の入り方はハンパではなく、この曲を本当に愛しているのだと感じた。第2、第3のソナタではシェレンベルガーのオーボエが、まるでキリストが我々に語り掛けているような、人の声のような音が印象に残った。また、第3のソナタでは弦の3人が極力ヴィヴラートを抑えた表現で、ルネサンス音楽のような響きだった。
 Jホールはガラス張りの建物で、独特のリラックスした雰囲気があるのは利点だが、車や人が歩いているのが見えるので、聴衆がそちらに気を取られるなど、やや空気が散漫になる傾向があるのですが、このハイドンの演奏では、皆が4人の演奏に集中して聴いていて、閉ざされたコンサートホールでもこれほど客席がかたずを飲んで見守ることは少ないのではないか?と思うほどでした。
 会場は大変な盛り上がりで、恐らく予定していなかったアンコールは、メイン曲の「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」から第4のソナタ。唯一、シェレンベルガーが、少し首を傾げて納得がいっていない様子だった曲。これをアンコールに持ってきて再演をするあたりは、完璧主義者の顔をのぞかせたように感じた。 

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岡山フィル第51回定期演奏会 指揮:シェレンベルガー Vc:ウェンシン・ヤン Vn:松山冴花 [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団 第51回定期演奏会
ニューイヤーコンサート

チャイコフスキー/幻想序曲「ロメオとジュリエット」
   〃    /ロココ風の主題による変奏曲イ長調
 ~ 休 憩 ~
ヨハン・シュトラウス/喜歌劇「こうもり」序曲
サン=サーンス/序奏とロンド・カプリツィオーソ
リヒャルト・シュトラウス/歌劇「ばらの騎士」組曲

指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー
チェロ独奏:ウェンシン・ヤン
ヴァイオリン独奏:松山冴花
ゲストコンサートマスター:戸澤哲夫
2017年1月15日 岡山シンフォニーホール
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 本当に夢のような2時間15分でした。特に後半の「こうもり」序曲が始まった最初の数小説。オーストリアかドイツのオーケストラか、というような分厚いながらも味わい深い音が聴こえて来てビックリしました。それは「ばらの騎士」組曲で、目くるめく美音の洪水!「すごいすごい」「岡山フィルからこんな音が出て来るとは!」という驚きから、独墺圏のオーケストラが発する「弦の鳴き」が聴こえて来て、これは岡山フィル史上、エポックメイキングな音楽を聴いている、との実感で感極まってしまいました。ただ純粋に「音」で感極まったのは、2年前に聴いたオッコ・カム&京響のニールセン4番以来の出来事です。

 2曲の協奏曲も良かった!(っていうか、事務局さん、お金は大丈夫だったのかしら)。超一級のソリストが2人も登場するなんて本当に豪華にもほどがあります。
 特に松山さん、僕は松山さんの地元の兵庫芸術文化センターが開館した頃に初めて聴いて以来、4回目なのですが、本当に素晴らしいヴァイオリニストです。同世代には庄司紗耶香や神尾真由子らなど、ビッグネームが沢山居ますが、僕は松山さんのヴァイオリンの独特の音は、そんな黄金世代の中にあっても自ら燦然と光を放つ「恒星」のような存在です。

 一方で、岡山フィルの演奏が急速にレベルアップしていく中で、少し課題のようなものも感じられた演奏会でもありました。

 なんと、コンサートの5日後には、早くも動画がアップされています。これは凄い事ですよ。日本国内のオーケストラで、コンサートの様子をほぼ毎回フォローアップできるのは、N響・読売日響・BSの番組を持っている関西フィルぐらいのものでしょう。

 動画がアップされたことで、演奏の様子を伝えるという役目は失われたので、ゆっくり自分の反芻のためだけにブログを更新できました。

 西日本でも広島・京都などは積雪の被害に遭ったところが多かった日曜日。しかしさすがは「晴れの国 岡山」、上の写真の通り天気は晴れでした。ただし気温は日中も3℃の極寒。
 そんな中でもよく入った方だと思います、客席は80%ぐらいの入り。そして、今日の演奏を聴いた人は、「次回も聴きたい!」と思ったに違いなく、シェレンベルガーが首席指揮者就任以来の「正のスパイラル」の上昇気流はまだまだ続きます。

 この日の編成は変則12型の通常配置(チェロがアウト)3管編成。1Vn:12→2Vn:12→Va:8→Vc:6で、上手後方にCb:6という、低音補強型でした。
 まず、チャイコフスキーの「ロメオとジュリエット」。クラシックを聴き始めたころは、カセットテープが擦り切れるほど(齢がバレる…)聴いた懐かしい曲。

 シェレンベルガーが振る岡山フィルの音、やっぱり凄いです。もう慣れてもいいはずなんですが(笑)、弦の厚みのある音はもはや「岡フィル・サウンド」の名刺と言ったところでしょうか。しかし、何度聞いても驚くということは、岡フィルの弦はどんどんレヴェル・アップしていっている、ということだろうと思います。

 曲の冒頭のモチーフは、この曲の「運命の動機」といえる旋律。シェレンベルガーが聴衆に「この旋律を覚えておいてくださいね」と言わんばかりに緊張感を持って非常に丁寧に描いていくのが印象的。この旋律は曲の後半、トランペットで強烈な存在感で再現される。これ以外にも、この曲のカギを握る3つのモチーフの錯綜を対位法の幾何学的な美しさをきっちりと演奏して浮かび上がらせつつ、巧みに描き分ける手腕は流石にシェレンベルガー&岡フィルのコンビ。
 一方で、岡山フィルのレベルアップが著しいゆえの課題も…

  ロメオとジュリエットの逢引を思わせる、美(微)弱音の蜃気楼のように美しいメロディーを奏でるヴァイオリン群。一部の奏者の音が不安定で、統一した質感が保てない。音の質感に雑味が混ざるのがわかる。前方プルトやベテランの奏者を中心に、大部分の奏者がシェレンベルガーの求める極限の美を表現しているのですが、やはり何人かその質感の音を出すことが出来ておらず、それが全体の音楽に「雑味」を生じさせて、効果を半減させている。
 一方で、若手の奏者の方々の中にも、本当にハイレベルな奏者の方もいるのですが…今後もシェレンベルガーの要求のレベルはどんどん上がるでしょう。ついて行ける奏者は一緒にレベルアップしていけるが、ついていけない奏者はどうなるのか…やや心配なところです。

  次いて「ロココ風の主題による変奏曲」。穏やかで上品な雰囲気のこの曲ですが実は(たぶん)曲者で、かなりのハイレベルな技巧が要求される。
 ソリストのウェン=シン・ヤンさん、僕は勝手に若手のチェリストだと思っていたのですが、登場した姿を拝見すると、若手というよりも渋さを感じさせるダンディな雰囲気の方でした。プログラムを見ると、1965年生まれといいますから、51歳ということになります。演奏を聴いて、こんな凄いチェリストを今まで知らなかったことを恥ずかしく思いました。

 必要以上に情感を込めることはせず、むしろシャープな音楽づくり、それでいて音はフレッシュで瑞々しい。この曲は、超絶技巧のオンパレードですが、それを淡々と弾く姿は本当に恰好がいい。岡山フィルの伴奏も、かなり難しそうなこの曲を、よくソリストに付けていたと思います。一方で、ヤンさんが仕掛けて行くような様子があっても、それに応える余裕までは、無いのかな。これも今後の課題でしょうね。
 ソリストアンコールは、バッハの無伴奏チェロ組曲第1番からプレリュード。

 オーケストラのアンサンブルの面でこの日一番の出来だったのは、「こうもり」序曲。ニューイヤーコンサートで毎回のように取り上げられている曲で、奏者も自信をもって演奏できる曲だろうと思う。そこにシェレンベルガーの本場仕込によく対応して、軽快さと重厚さを両立したバランスのいい音楽に仕上がった。岡フィルではかつて聴いたことがないような、「本場感」「本物の聴き応え」のある演奏でした。これだけの演奏ができるのなら、ウィンナー・ワルツ・オーケストラや、ヨハン・シュトラウス管弦楽団といった専門職(?)のオケでなくても岡フィルで十分だ。

 サン=サーンスのロン・カプも慣れたもの。シェレンベルガーは先ほどの「こうもり」とは違う、スペイン趣味のフランス音楽、サン=サーンスの音楽の味わいを見事に表現して聴かせてくれた。松山さんも「ロン・カプの演奏はかくや!」と思わせるに十分な演奏。彼女のキュイーンと伸びのある音は独特、技巧で聴かせるのももちろんの事、ヴァイオリンの音の抜けの良さといつまでも聴いていたくなる美しさは特筆もの。妖艶で情熱的で、何よりも気品にあふれたロン・カプ。あっという間だった。

 ソリストアンコールは、バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番からラルゴ。前半のヤンさんがバッハのアンコールだったから、というわけでもないでしょうが、ロン・カプとは全く違った音の引き出しを披露してくれた。

 この日のプログラムは「愛の物語」というテーマでいえば、ロメ・ジュリは純愛、「こうもり」と「ばらの騎士」は不倫や純愛、親からの強制的な婚約など、色んな男女の形が登場する。そういう意味では最後の「ばらの騎士」組曲に向かって、4つのプログラムが収斂していく格好になっている。
 時代背景でいうと、ロマン派時代から中世(シェークスピア)やロココ時代へのオマージュ。後半はウィーンと西ヨーロッパの華やかなロマン派の王道を行く楽曲。最後の「ばらの騎士」組曲でロマン派の最後の落日へと収斂する。

 「ばらの騎士」組曲の演奏。細かい感想を書くときりがないのですが、まず、前半でソリストとして登場したウィン・シンヤンさんがチェロパートに入って弾いている!バイエルン放送交響楽団の元首席奏者が、なんと我らが岡山フィルに混ざって弾いているんです。動画でご確認あれ。
https://youtu.be/Ossh8YZVS6I?t=1h19m14s
 チェロとヴィオラの間に1プルト1人の不自然な奏者が、これがヤンさんです。必死でソリストのオーラを消しているようにも見えます。
 
 そのあとのアンコールでは、なんと後半のプログラムで演奏したばかりのドレスから黒の衣装に着替えた松山さんも参加。
https://youtu.be/Ossh8YZVS6I?t=1h41m36s
 椅子が出てきたあと、シェレンベルガーについてさりげなく登場しています。

 素晴らしい演奏のコンサートの後に、こういうサプライズがあると、ずっと印象に残りますね。「あの、ソリストのヤンさんと松山さんが奏者として登場した定期演奏会」という感じで。本当に嬉しいサプライズでした。

 さて、ばらの騎士組曲です。オーケストラのドラマティックで、起伏のある、かつ澱みのない演奏に、頭がぼーっとしながら、音楽に身を任せていました。シェレンベルガーさんが「音楽は心を開いて感じるもの、日本人には人々はそれができる集中力と謙虚さがある」ということをおっしゃっていた。この日の僕は、まさに心を開いて楽しんでいた。

 たそがれ時に色彩を千変万化させる、夕映えの空のように、ある時代が終わっていく(同時代にのストラヴィンスキーの「春の祭典」のような衝撃的で痙攣的な楽曲が背中をせっついてくる)、だからこそ切ないほどに美しいんです。これだけの巨大編成で難易度の高い曲を演奏するためには、10型2管編成の岡山フィルには、強力なエキストラ陣の助けがないと厳しいのは確か。この日も都響現役&OB主席ホルンの笠松さん・久永さん、N響クラリネットの磯部さんをはじめ、トランペット以外のほぼすべてのパートの首席に助っ人奏者が座った、音楽の骨格は岡山フィルの音だった、と言いたいところだが、この曲を恐らく初めてプログラムに取り上げた岡山フィルメンバーの色は薄く、今回に関しては助っ人奏者のハイレベルな演奏に引っ張ってもらった、というのが本当の所だろう。しかし、助っ人・プロパー、すべての奏者の充実した顔を見ると、今回はこれでいいのだ、とも思う。

 シェレンベルガー首席指揮者体制は5年目に突入。氏の音楽づくりは「こういう音を奏でよう」というイメージが明確で、そのイメージは演奏者に対してだけでなく、聴いてる僕らにも、シェレンベルガーがどういう音楽を理想として目指しているのか、分かるようになってきました。

 ウエン・シン=ヤン、松山冴花も含め、オールスター・キャストの演奏となった、オーケストラ・アンコールのラデツキー行進曲。聴衆の手拍子のポイントまで的確に指示するあたり、シェレンベルガーさんにとって、音楽を演奏することに関する真剣さは、本プログラムもアンコールもない、本当に実直な人だなあ・・・と思います。

 シンフォニーホールのロビーから。岡山芸術交流後もリアム・ギリックのインスタレーションが残されていて、これを鑑賞するには、ここが実は特等席かも知れません。 

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2016年に足を運んだコンサートのデータ [コンサート感想]

 拙ブログ恒例の年忘れ!今年足を運んだコンサートのデータをまとめる自己満足企画。
 2016年の最後のエントリーにしようと思って書きかけていたんですが、年末年始はバタバタしていましたので、ようやく更新することが出来ました。

 このエントリーは、ある程度時間が経ったら2016年12月31日の場所に移動させます。
2015年はこちら
2014年はこちら
2013年はこちら 

 今回も、例年通りのグラフのテンプレを使って分析していきます。 
 
 2016年のコンサート・ライヴに行った回数は27回で、これは例年と同等の水準。9月頃までは年間35
回ペースぐらいで推移していましたが、コンサートラッシュの時期の10月~11月にかけてコンサート通いの大敵の咳風邪をひいてしまい、6つほど行くのを見送りました。ただ、平均すれば1月に3回ぐらいのペースで、年間ベースで見るとこれぐらいの回数が自分が行くことのできる回数なんだろうな、と思います。
 
チケット代総額は89,205円、1回あたり平均3,304円でした。

◎ジャンル別
 オーケストラ18回、室内楽8回、器楽ソロ1回
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◎オーケストラの楽団別
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岡山フィルハーモニック管弦楽団:3回
 大阪フィルハーモニー交響楽団:3回
 日本センチュリー交響楽団:3回
 京都市交響楽団:2回
以下、1回
 バーミンガム市交響楽団、カメラータ・ザルツブルグ、ベルリン・シンフォニカー、広島交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、NHK交響楽団
 アマチュアオケ:1回(岡山大学交響楽団)

 トップは岡山フィルと大フィル、日本センチュリー響が3回で分け合いました。本当なら京響はあと2回チケットを買っていましたので、京響が4回でトップになる筈だったんですが、なかなか京都までコンスタントに出かけるのはしんどいですね。聴きに行った2回とも両方とも素晴らしいコンサートでした。
 岡山フィルは後半に定期演奏会が無かったのはやはり寂しい、大フィルはウルバンスキとフルシャという若き俊英を目の当たりにしました。日本センチュリーは3回とも「ハイドン・マラソン」で、これは病みつきになるセンチュリーのサウンドに酔いしれました。関西では京響の次に充実期を迎えているのは、日本センチュリー響ではないか?との思いを強くしています。
 1回限りとなった広響、新日本フィル、N響、どれもいい演奏でした。
 海外勢はバーミンガム市響とカメラータ・ザルツブルグは大当たりでしたが、ベルリン・シンフォニカーは不発で、波がありましたね。

◎指揮者別
 ハンスイェルク・シェレンベルガー、飯森範親:3回
 以下、1回(おもな指揮者のみ)・・・ヤクブ・フルシャ、クシシュトフ・ウルバンスキ、サッシャ・ゲッツェル、ジャン=クリストフ・スピノジ、井上道義、上岡敏之、山田和樹、広上淳一、高関健、

 2017年も、現時点で判明している範囲だけでシェレンベルガーの指揮を4回見れそうですから、恐らく首位はゆるぎないですね。

◎ソリスト・アーティスト
2回:小山実稚恵(Pf)、河村尚子(Pf)、ハンスイェルク・シェレンベルガー(Ob)

 以下、すべて1回(おもな奏者のみ)
 アンナ・ヴィニツカヤ/松本和将/中桐望(Pf)、イリヤ・カーラー/五嶋みどり/黒川侑/守屋剛志/堀米ゆず子(Vn)、ヨハネス・モーザー/趙静(Vc)、中村洋乃理(Va)、ワルター・アウアー(Fl)、マルギット・アナ=シュース(Hp)、秦茂子(S)、ドミニク・ヴェルナー(T)

室内楽団体:カルテット・ベルリン=トゥキョウ、アルト・ドゥ・カンパーニュ、アンサンブル・レ・ペッシュ、岡山フィルメンバー

 ソリストの中で印象に残っているのは、何といっても五嶋みどりさん。彼女の登場するコンサートは4回目ですが、どれもが素晴らしいコンサートです。1回の演奏に賭ける情熱がハンパ無い。シェレンベルガー・ファミリーのコンサートも、岡山の名物行事になってきましたが、コンサート中も「このメンバーの音楽を、こんなアットホームな雰囲気で感じられるなんて!」という感動がありました。

◎プログラム曲目別
 プログラムにあがった曲(アンコールは含まず)の標準的な演奏時間を5分単位で指数化。作曲家別にまとめています。
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 2014年は1位:ベートーヴェン、2位:バッハ、3位:チャイコフスキー
 2015年は1位:ベートーヴェン、2位:ベルリオーズ、3位:モーツァルト でした。

 1曲の時間が短いハイドンが、なんとランクイン!なんせハイドンチクルスに3回も行ったからなあ(笑)

◎コンサートホール別
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◎会場の府県別
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◎会場の市町村別
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 相変わらず、瀬戸内海沿岸を行ったり来たり…たまに都に上っています。

◎平成28年の印象に残ったコンサートは次の通り
(期間:2016/1~2016/12)

超SS級(まさに神が降りてくるような奇跡的なコンサート)
2016/12/9 日本センチュリー響 いずみ定期No.33 飯森範親指揮 Vc:ヨハネス・モーザー
2016/9/11 京響スーパーコンサート 広上淳一指揮 Vn:五嶋みどり
2016/3/4 岡山フィル第49回定期演奏会 ドイツ・レクイエム

SS級(物凄く感動したコンサート・・・年間ベストコンサート候補)
2016/12/10 大阪フィル第504回定期演奏会 フルシャ指揮 Pf:河村尚子
2016/8/12  日本センチュリー響いずみホール定期No.32 飯森範親指揮 pf:小山実稚恵
2016/6/17 日本センチュリー響いずみホール定期No.31 飯森範親指揮 Ob:シェレンベルガー
2016/5/20  大阪フィル第498回定期演奏会(1日目) ウルバンスキ指揮  Pf:ヴィニツカヤ
2016/2/19 広島交響楽団第357回定期演奏会 高関健指揮

S級(非常に印象に残ったコンサート)
2016/11/19 カメラータ・ザルツブルグ 岡山公演 モーツァルト「レクイエム」
2016/6/23 バーミンガム市交響楽団2016 倉敷公演 山田和樹指揮
2016/5/21 京都市交響楽団第601回定期演奏会(1日目) ゲッツェル指揮 Fl:アウアー

A級(たいへん良かったコンサート)
2016/9/23 Alto de Campagne Vol.3 岡山公演
2016/7/1  NHK交響楽団岡山公演 井上道義 指揮 Pf:小山実稚恵
2016/6/5 岡山フィル第50回定期演奏会 シェレンベルガー指揮
2016/3/18 新日本フィル倉敷公演 上岡敏之指揮
2016/3/12 倉敷のヴィルトゥオーゾ ピアノ・クインテット
2016/2/29 シェレンベルガーファミリーと岡フィルの仲間たち

 1年間で27回のコンサートに行って、17回も「良かった!」と思えるコンサートに出会えたというのは(そのうち、「神が下りてくるような感動」に包まれたコンサートが3回もある)、本当に幸せな事だと思います。


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マグノリア・サロンコンサート Ob:大森悠 Tp:秋月孝之 Pf岡純子 [コンサート感想]

マグノリア・サロンコンサート
オーボエ:大森 悠
トランペット:秋月 孝之
ピアノ:岡 純子

ヴィヴァルディ/2つのトランペットのための協奏曲ニ長調(Tp&Ob)
ハイドン/トランペット協奏曲(Ob)
サン=サーンス/歌劇『サムソンとデリラ』より「あなたの声で心は開く」(Tp&Ob)
モリコーネ/ミッション-ガブリエルのオーボエ(Tp)
コープランド/静かな都会(Tp&Ob) 

2016年12月10日 逸翁美術館マグノリアホール
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   昨日のセンチュリーの演奏が気持ち良すぎて昨晩は熟睡。目覚まし時計にも気づかず、ホテルのチェックアウト直前の11時まで寝てしまいました(笑)

 大編成の大フィルの翌日に、小編成のセンチュリーを聴き、最後は「室内楽なんかがあればなあ」と思ってアンテナを広げると、ありました!しかも、大フィルの秋月さんのトランペットと大森さんのオーボエが聴ける!ということで3連休の締めは、オーボエとトランペットとピアノという珍しい3重奏です。
 しかし、このお二人、昨日まで2日連続でショスタコーヴィチの10番を演奏していたんですよ(当然、トランペットもオーボエもハンパ無い出番の数々・・・)、オーケストラの奏者って本当にタフですよねぇ。
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 会場は阪急宝塚線池田駅から徒歩15分のところにある、絵に描いたような『閑静な住宅街』にありました。近くには阪急創業者の小林一三の邸宅もあることから、大正時代、大阪都心の煤煙と公害の都心部から、いわゆる田園都市を求めて逃れて来た裕福な人々のために作られた、高級住宅街開発の嚆矢となったところ。この、都心部と鉄道でつながった高級住宅街の開発ビジネスモデルは東急(田園調布)などに模倣されていく。

 コンサートは1時間程度の気軽な内容。しかし、演奏者は大フィルや関西フィルの首席級の奏者と、関西で名の知られた実力者ばかりで、どの回に行っても聴き応えのある内容。ホール内部は80席程度で、この出演者でこの人数では採算が合うはずも無く、阪急傘下の財団の持ち出しの事業なのでしょう。そして、それは阪急沿線の上品で落ち着いたイメージの維持に一役買っており、長い目で見ればペイできている。

 演奏の方は、このこじんまりとしたホールに響くトランペットとオーボエの音量はかなり強烈です。しかし、まったく耳障りで無く、お二人の吹く音色(ねいろ)に包まれる感じは本当に楽しい。
  秋月さんの音色は、秋空の抜けるような青空を思わせるような音。金管楽器なのに耳に障るような音が無く、木質感のある暖かい音がするんですよ。朝比奈晩年から現在までの録音を聴くと、特にブラームスやはりブルックナーの録音に、大フィルの音に溶け合いつつもあの暖かい音が聞こえてきます。
   大森さんが大フィルに入ったときは、その豊潤な音が衝撃的で(当時の大フィルにはいないタイプの音色)したが、一昨日の演奏でも、大フィルの木管のアンサンブルの中核といえます。今日のコンサートも、高音の抜けのいい素晴らしい音にため息しか出ません。

 今回のコンサートでは、通常オーボエが吹く曲をトランペットが、またはその逆を試みています。トークでは、オーボエとトランペットは倍音の構造や、息を送り込む管の狭さ、オーケストラの中では突き抜けた音を発する楽器で、よく似ているのでは無いか?ということで一つの実験を披露してくださいました。
 ベルリオーズの幻想交響曲の第3楽章冒頭、イングリッシュホルンとバンダのオーボエの掛け合い。このバンダの役を秋月さんがトランペットで演奏します。
 結果は、トランペットはやはりトランペットの音でしたが(笑)楽曲としての違和感は無く、音域や音の伸びはよく似ていました。
  演奏以外にも、話し出すと止まらなくなる大森さんのトークが面白く、こういう濃いキャラの方だったのか、という発見有り。
 アンコールはガブリエルのオーボエを、オーボエ&トランペットが交代で演奏。たいへん盛り上がりました。


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