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岡山フィルが日本オーケストラ連盟加入を目標に、主要10パートの首席奏者募集 [岡山フィル]

 先日の定期演奏会の感想もまだよう書いていないんですが、今朝の山陽新聞にビッグニュースが掲載されていましたので取り上げたいと思います。

 岡フィルが首席奏者を募集 10パート、メンバー固定へ(山陽新聞)
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ニュースの要旨は
・演奏会ごとに異なったゲストが首席奏者を務めていたが、10パート(第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット)について、首席奏者を固定化する。
・コンサートマスターはオーディションではなく、楽団で人選し今秋の就任を目指す。
・募集はオーディションで行い、4月~6月までの期間に募集。シェレンベルガー氏らで構成する11人からなる委員会が選考。10月に最終審査を行い、数回の定期演奏会での試用期間(12月第九、1月特演、3月定演か?)を経て、来年夏に正式入団(契約期間:3年程度)。
・今回の方針は日本オーケストラ連盟への加盟を視野に入れた強化策の一環である。


  先日の第52回定期演奏会も、ほぼ満員の盛況、シェレンベルガー氏が首席指揮者に就任してから楽団の実力・集客ともに飛躍的に伸長していましたが、一つの実態として各パートの首席奏者(特に木管・金管)については、東京や大阪のオーケストラの首席奏者を助っ人として呼んでいました。確かに演奏は安定しますが、楽団全体の合奏能力が伸長するにつれて、毎回出ている各パートの奏者陣の上に、客演の首席ばかりが座るという体制の矛盾点がいっそう浮き彫りになっていたと思います。東京のオーケストラからの客演奏者となれば、ギャラや旅費・宿泊費もかなりの額に上るでしょうから、年4回の定期演奏会をすべて客演で賄うなら、自前で契約するメリットの方が大きい、そんな経営判断もあったかもしれません。

 それにしても思い切ったものです、一気に10人もの首席奏者の招聘となると、国内のオーケストラ史上を見ても80年代後半の大阪センチュリー交響楽団やオーケストラアンサンブル金沢などの行政主導の新興オーケストラの誕生、あるいは2005年の兵庫県立芸術文化センター管弦楽団、これらのオーケストラの設立に次ぐ大事業になります。

 オーケストラ奏者の就職を巡る環境は、世界的に厳しいという現状があります。国内では大阪のオーケストラの経営危機が話題になりましたし、アメリカではオーケストラの倒産・再生、ドイツなどのヨーロッパではオーケストラの合併なども行われています。しかし、逆に言えば優秀な奏者を集めて来る千載一遇のチャンス。3年契約でどの程度の待遇なのかはわかりませんが、シェレンベルガーの知名度と人脈を生かして、世界中からいい奏者が集まってきていただきたいですね。

 海外の腕に覚えのあるプロの奏者が続々と入団するとなると、市民からの注目度も一層上がるでしょう。他の楽団員の刺激にもなる筈です。
 目標とする日本オーケストラ連盟への加入のメリットについては、以前のエントリーで書きましたので、今回は割愛します。

 早くも今年の10月には、新コンサートマスターの就任披露となりそうですね。いまからわくわくして待ちたいと思います。


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岡山フィル第52回定期演奏会 シェレンベルガー指揮 [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団第52回定期演奏会
~Ever! Beethoven~

ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調「田園」
 ~ 休 憩 ~
ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調「運命」

指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー
ゲストコンサートマスター:戸澤哲夫

2017年3月25日 岡山シンフォニーホール

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 海外のオーケストラも含め、このホールで10回以上はベートーヴェンの交響曲第5番を聴いていると思いますが、その中でも最も聴き応えのある演奏でした。会場は90%近くは埋まる満員の中でのコンサート、客席も大変な熱気の中で、これほどプロの奏者が夢中になってベートーヴェンを演奏すると、こういう演奏になるのか、というほど情熱のほとばしる様な演奏でした。
 かといって熱気で押し切った演奏では決してなく、しっかりとした低音の基礎の上に充実した中音域(いや~、この日のヴィオラ、チェロの響きは、国内の他の常設オーケストラに肩を並べるような厚みがあった)、その上にしっかりと乗って旋律をけん引する高音、がっちりとしたマッチョなピラミッド型のハーモニーが徹頭徹尾効かれた。シェレンベルガーが理想とする音に、徐々に近づいているのではないでしょうか。
 田園では第1楽章終結部でがっかりするような場面があったものの、そのミスが音楽全体に波及しないのは流石。第3~第5楽章に向けてのハイテンポな疾風怒濤の展開にもよく楽団員がついて行ったと思います。

 また時間だ取れれば詳しい感想を必ず更新します。

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倉敷のヴィルトゥオーゾ 室内楽コンサート Vol.2 [コンサート感想]

第31回倉敷音楽祭 倉敷のヴィルトゥオーゾ 室内楽コンサート Vol.2

ピアノ:松本和将
ヴァイオリン:守屋剛志
  〃   :黒川侑
ヴィオラ:中村洋乃理
チェロ:ドミトリー・フェイギン
コントラバス:河本直樹


ラフマニノフ/悲しみの三重奏(黒川、フェイギン、松本)
  〃   /チェロ・ソナタト短調(フェイギン、松本)
  ~ 休 憩 ~
シューベルト/ピアノ五重奏曲イ長調「ます」

2017年3月18日 倉敷市芸文館

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 後半の「ます」も良かったけど、この日の主役はフェイギンさんのチェロでしたね。的確に音を捕らえる演奏は、はじめは「真面目」過ぎるかな、と思っていましたが、途中から正攻法でぐいぐい高揚していく音楽に息を飲みました。

 後日、腰を据えて書ける時間を作って更新したいと思います

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日本センチュリー響第215回定期(1日目) 指揮 :シュトルンツ Pf:ダルベルト [コンサート感想]

日本センチュリー交響楽団第215回定期演奏会(1日目公演)

R.シュトラウス/ピアノと管弦楽のためのブルレスケニ短調
ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲ニ長調
  ~ 休 憩 ~
ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調

指揮:イジー・シュトルンツ
ピアノ独奏:ミシェル・ダルベルト
コンサートマスター:松浦奈々 

2017年3月10日 ザ・シンフォニーホール
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 ミシェル・ダルベルトのピアニズムに酔いしれ、ドヴォルザークの8番をセンチュリーサウンドで聴く愉しみに存分に浸ったコンサートでした。

 昨日の読響とは全く方向性の違うプログラムとはいえ、昨日の会心のブルックナーの残像・残音が頭のなかに鮮明に残っていて、自分でも「切り替えれるかな……」と心配だったんですが、さすがに大阪が誇る高性能オーケストラ、1曲目のR.シュトラウスの引き締まった音楽が聞こえた瞬間に引き込まれました。

  前半、ソリストが2曲も演奏し、アンコールまで披露。後半のドヴォルザークがこれまたセンチュリー自慢の管楽器のソロが胸がすくように決まる!チェロのハーモニーにも惚れ惚れします。シュトルンツは特にダイナミクスに関して結構小技を使ってくるんですが、その小技にセンチュリー響がピタリと着けるので、数多く聴いてきたこの曲を、経験の無いようなパースペクティブな音楽に仕上がっていた。

 センチュリー響、やっぱ、上手いです。演奏を聴きながら、「いや~ホント、いいオーケストラだよなぁ…」と、心のなかで唸ってました。

(続きは後日に更新)

 弦楽器の編成は前後半共に10型。1stVn10→2ndVn8→Vc6→Va6、上手奥にCb4。コントラバスの首席には広響から移籍した村田さんのお顔が見えます。管楽器は前半が3管で後半は2管編成でした。

 それにしても、客席が寂しい・・・目視で5割ぐらいしか埋まっていないように見える。実数はもっと少ないだろうから、45%ぐらいしか入っていないのではないか?
 センチュリー響がシンフォニー定期を2日公演体制に拡充してから3回目の鑑賞ですが、いまだに客席が満席に埋まっているのを見たことがありません。
 唯一の救いは、このザ・シンフォニーホールはこれだけ 空席があっても、その素晴らしい音響は健在。普通は8割ぐらいが埋まった時の想定で残響を考えられているが、さすがの天下の名ホール、普段より多少よく響くかな?といったぐらいで、音の輪郭はクリアで内声もよく聴こえる。

 センチュリーの演奏も、空席の目立つ客席をよそに、どの曲も熱のこもった、満足のいくものでした。この日の目的の一つはR.シュトラウスの「ブルレスケ」を初めて生で聴くこと。生で聴くと、これほどピアノパートが難曲だったとは、という驚きがあった。ダルベルトのピアニズムは硬質なしっかりとした音で、かつ色彩も豊か。名付けるとすれば、「カラフルソリッド」な音、ということになるか。これは僕にとってはかなり好きな音です。テクニックも申し分なく、なかなか聴く機会の無いこの曲を、見事な演奏で料理した。ティンパニの演奏も見事。ティンパニはもっとバシバシ叩くイメージがあったが、けっこう繊細なコントロールが求められ、ピアノ・オケ・ティンパニの対話が愉しい。

 2曲目はラヴェルの左手のための協奏曲。再びダルベルトの登場。オーケストラ主催の定期演奏会で、ソリストが(実質的な)協奏曲を2曲も弾くというのは、僕も初めての経験。ラヴェルのこのニ長調の協奏曲は、「のだめ」で有名になったト長調の協奏曲に比べると、演奏機会が少ないと感じる。僕自信は演目に上がると狙って聴きに行っているので、3回目の鑑賞だが、(3部構成の単一楽章のこの曲の)第1部の左手1本で弾かれるピアノの孤高さ、第2部のジャズのリズム、第3楽章のピアノの万華鏡のような繊細な色彩感、どれをとっても素晴らしい名曲だと思う。 
 そしてダルベルトの明晰でソリッドなピアニズムは、本当にこの曲に良く似合っていた。ラベル独特のジャズのリズムに乗って、オーケストラがかなり鳴るなかでも、ハッキリと聴こえる右に左に跳躍するようなピアノの音に「この部分ではこんな音が鳴っていたのか」との新たな発見があった。

 センチュリーとの共演でいえば、エリック・ル・サージュがト長調を演奏をしたときは、チケットを取っていながら、聞き逃してしまったが、ダルベルトの「左手のための・・・」を聴けたことは、一生耳に残ると思う。

 アンコールはフォーレの即興曲第3番。この演奏を聴いて、この方のリサイタルがあったら、必ず駆けつけたいと思う。

 後半のドヴォルザーク。前半ではソツの無いタクトで「只者ではない」と思った、本日の指揮者はイジー・シュトルンツ。初めて知った名前だった。実は、何を勘違いしたのか?チケットを買ったときはマルクス・シュテンツが振ると思い込んでいたが、1か月前のセンチュリーからのメールマガジンで、「シュトルンツ??・・誰?」と初めて気づいた。

 ドヴォルザーク独特の民俗色は薄く、堅牢な構築美が印象的。第1楽章の中間部で、チューバ+トロンボーンがこの曲のモチーフを低音で吠える上で、弦楽器がスラブ舞曲調に上昇音階を奏でる場面では、漆喰を何層も塗り込めたような重厚な響きを聴かせたと思ったら、第3楽章では演歌調にならずに颯爽とまとめ上げる手腕は見事。冒頭でも述べた通り、ダイナミクスの変化に小技を聴かせるのも、グザヴィエ・ロト、ハーディングなど、新世代の指揮者であること感じさせるが、「これ以上やるとやりすぎ」と思わせるところを心得ている感じがニクイ。

 この曲は本当に管楽器のソロが多いんですね。木管・金管は、流石センチュリーやなあと思わせる演奏だったが、弦がよく唄っていたのが印象的。特にチェロとヴィオラって、こんなにいい音が出てたっけ?と思うほど素晴らしかった!
 この日の演奏も、極めて誠実なものだった。5割も入っていない客席に向かって、最善を尽くす彼らの姿に、僕は率直に胸を打たれた。
 センチュリーは今、興業的な正念場を迎えている。府立オーケストラ時代からの課題だった演奏会収入の収益構造の改善のため、常任指揮者の飯森さんのもと、定期演奏会を2日連続開催する方法を導入した。しかし6つのオーケストラがひしめく経営環境、センチュリー同様に自治体補助が打ち切られた大フィルもキャパ2500人のフェスティバルホールに本拠地を移した後、空席を埋めることが出来ずにいる。センチュリーの現状は大フィルよりも厳しい、今回のコンサートの空席を見ると、そう思わざるを得ない。もう1年やって結果が出なければ、定期演奏会2日連続開催を(毎日新聞「関西の主要オーケストラ 集客に試行錯誤」より)あきらめるようだ。

 センチュリー響は、今年から土曜日公演の開始時間を14時に早めた。15時にホールを明け渡せば19時開始の公演に使える。ホールの借り賃を節約するためだと思われるが、前日に21時まで本番をやって、翌日午前中からゲネプロをこなすというのは、楽団員にとっては負担が大きい。しかも、2日連続で聴きに来る聴衆も居るから2日とも最高のクオリティを維持し続けなければならない。これは大変な事だと思う。
 京響の2日連続公演は、同じ時間に始まる土日に組まれているし、大フィルも金曜日ソワレと土曜日マチネという組み合わせのコンサートは減って来ている。

 大阪のオーケストラ界に「七不思議」があるとすれば、一つ目は『小・中編成になると、これほどのハイレベルな演奏をするセンチュリー響に、なぜお客さんが入らない?』ということ。
 いや、ホント、大阪・関西のクラシック・ファンは勿体ないですよ。橋下徹によって補助金が打ち切られる騒動が起こったのは2008年のことだったと思う。その時僕は、京響の定期演奏会に向かう途中、京都コンサートホールの前でセンチュリーの楽団員さんの署名依頼に応じて少しお話をした。4月とは言え小雨が降る中で震えながら傘をさして立っていた姿は、普段の燕尾服を来てスポットライトを浴びている姿とは対照的だった。それでもその時「センチュリーは本当にいいオーケストラなんです。純粋にいい音楽を届けようと演奏してきた来ただけで、既得権に胡坐をかいているとは思っていなかった」、何人か集まったファンにそう語っていた。僕は「頑張ってください・・・」としか声を掛けられなかったが、そこから彼らは本当に頑張った、現在もかくも努力している。一時期は演奏水準の低下がささやかれたが、この逆境にも拘わらず、去年3回聴いたハイドン・シリーズでは「これは常設の小規模アンサンブルでは国内随一の水準やないか」と本当に驚いた。

 そう、もう一つのセンチュリー響に関する「不思議」は、今のセンチュリー響の厳しい経営環境にも関わらず、これほどの人材が集まってくるのはなぜか?
 楽団の経営を支えているのは、大阪府が実質的な「手切れ金」として渡された基本財産。20億近くあったものが、10億を切り、単純計算でいえばあと2年で底を尽きる。センチュリーは豊中のホールの指定管理者になり、オーケストラだけではなくホール(劇場)に付く文化庁の補助金などで多少は事業費の回転がよくなるだろうが、楽団経営単体でみると、よほどの大きなスポンサーが現れない限り、財政的にあと5年は持たないだろう。かくもお先真っ暗のオーケストラに、北口さん、丸山さん、水無瀬さん、小曲さん、村田さんはじめ、優秀な奏者が続々と入団している。

 ステージ上での雰囲気も良さそうだ。今回のコンサートでのダルベルトさんの演奏に対する楽団員の賛辞や、指揮者のシュトルンツへの賛辞を送る姿をみても、良好な雰囲気が伝わってくる。2008年に小泉和裕さんがマイクを持ってお通夜のように聴衆に語り掛けた時のような悲壮感は感じない。

 もしかしたら、楽団員は「いざというときは…」という覚悟を固めているのかもしれない、そして一つ一つの演奏会でセンチュリーらしい音楽を奏でよう、という一点で一致団結している。

 現実として、彼らはこれほどの実力の持ち主であるから、楽団が解散してもいくらでもつぶしが効くだろう。ボールは今、大阪の人々に投げられている。大阪が生み出した栄光のセンチュリー・サウンド。それを存続させるかどうか?彼らは、最善を尽くした、大阪の人々はそれに応えられるか?
 これほどの高性能オーケストラを失って最も損失を被るのは、未来の大阪の人々かも知れないのだ。 


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読売日本交響楽団第16回大阪定期演奏会 下野竜也 指揮 Vn:スム [コンサート感想]

読売日本交響楽団第16回大阪定期演奏会
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モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調
  ~ 休 憩 ~
ブルックナー /交響曲第7番ホ長調

指揮:下野竜也
ヴァイオリン独奏:アレクサンドラ・スム
コンサートマスター:長原幸太

2017年3月9日 フェスティバルホール
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 国内三指に入るスーパーオーケストラ、指揮者は40代にしてブルックナーを極めつつある実力派指揮者。会場は日本におけるブルックナーの聖地:大阪はフェスティバルホール。役者も舞台も充分なコンサートということで、期待に胸を膨らませて聴きに来ましたが、それでもその期待を遥かに超える、壮絶にハイレベルな演奏でした。金管のバリッとしつつもシルキーな音は、まさに中欧の名門オーケストラの音で、「目の前で演奏しているのは、本当に日本のオーケストラなのか?」と、演奏中に何度思ったことか……。そして、そのパワフルな金管の全く埋もれることなく強靭に響く弦楽器の音。

 拙ブログをご覧いただいている鳥取、山陰、美作地方の方々。明日はこのプログラムで鳥取公演があるようです。絶対に足を運んだ方がいいですよ。今後20年はこのレベルのブルックナーを山陰で、いや岡山県も含めた東中国地方で聴くことはないと思いますよ。取り急ぎ、それだけお伝えします。

(詳細な感想は後日更新します)

 3月です、どこの職場もそうだろうと思いますが、繁忙期です(汗)土日出勤の振替を無理やり集めてコンサート遠征の日程を捻出。当然のごとく帰ってきてから更新する余裕時間がありませんでした~。1週間遅れの更新。

 前半のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番。オーケストラの配置は、前半は8型のステレオ配置1stVn8→2ndVn6→Vc3ーVa4、上手奥にCb2本という並び。
 長原コンマスの横には小森谷コンマスが座ります。ソリストのアレクサンドラ・スムさんの演奏は、明晰でテクニックも申し分ない。低音から高音まで漏れなく純度の高い音を奏でる。ただ、このモーツァルトのヴァイオリン・コンチェルト5曲とも感じることなんですが、若書きの曲であるが故に晩年の陰りがあって劇的な楽曲に比べると、今ひとつ面白みに欠けるんですよ。
 スムさんは、この曲を可能な限り即興的に演奏して面白さを出そうとされていたように見受けられましたが、読響の伴奏は極めて「真面目」で、少々たがが外れてもソリストの誘いに乗って飛んだり跳ねたりしてほしかったなあ・・・と。いや、読響のフワリとしたアンサンブルは素晴らしかったし(フェスティバルホールのアコースティックの響きを上手く使って、小編成でも良くなっている印象を持ちました)、演奏も誠実なものだったので、これで文句を言ったら罰が当たりますか。

 アンコールはイザイの無伴奏ソナタ2番の第4楽章。彼女の本当の実力が垣間見えました。次回はバルトークとかシベリウスのコンチェルトを聴きたいですね。

 前半開演前にはそこかしこに空席があって、僕の左隣も2席空席があったんですが、後半になって客席がびっしり満席になりました(笑)関西のブルヲタ、いやブルックナー愛好家が集結したような様相。今日のコンサートのプログラムはなんと言ってもブルックナー7番のの存在感が大きい。

 オーケストラも登場したときから全体のオーラが違っています。指揮者の下野さんも、いつになくゆっくりと、そして堂々とした足取りで指揮台に向かう。ステージの一挙手一投足を見守る客席も、まるで「念」を送るように固唾を飲んで見守る。これこそが大阪でブルックナーを演奏することであり、このフェスティバルホールでブルックナーが演奏されることの意味を示していると思う。

 編成は16型で、1stVn16→2ndVn14→Vc12→Va14、上手奥にはコントラバスが10本。堂々たる16型2管編成。
 全体的にはゆったりした足取りで進む、ブルックナー特有の弦のトレモロ(「原始霧」と名付けた人は天才!)の透明感に鳥肌が立つとともに、一つ一つのフレーズの重心が低く、音楽の密度は極めて濃い。ブルックナーリズムに乗って最初の盛り上がる部分へ向かう時間は、まるでフレーズ一つ一つに生命が吹き込まれて、大きな存在が起き上がってくるような感覚があった。

 第1楽章ではアンサンブルをぎちぎちに締め上げることはせず、下野さんのタクトも打点を明確に打たずに、スケール感を重視。アンサンブルをぴったりと揃うのを嫌っているかのよう。冒頭にも書いたとおり、ブラスの響きが輝かしく、とりわけ第3楽章のスケルツォで、そのサウンドの輝きは最高潮に達した。まさにドイツのオーケストラのようなアクセントとパワーでホールの隅々にまで存分に鳴る。読響のブルックナーは、ザ・シンフォニーホールでの3番に続いて2回目だが、あのときよりもオーケストラが数段もレベルアップしているように思えるし、指揮者・奏者ともに確信を持って演奏している様子が伝わって来る。全曲に渡って堂々たる王道を行くブルックナー、といって間違いないと思う。

 下野さんのタクトは第1楽章中間から、徐々に手綱がしまっていき、曲の当初ではややと重苦しい印象だったアンサンブルが、ダイナミクスを自然に、繊細にコントロールすることで、みるみる神々しいまでの躍動感と瑞々しさに変化していったのが印象的。驚いたのはブラスが終始、かなりの爆音で鳴っているのに、弦楽器の音も充分なバランスでその上に乗せてきて聞えること。会場には在阪オーケストラ事務局の幹部の方の顔も見えたが、東京に本拠を置く読響が、新生フェスティバルホールの広大な空間を、ここまで見事に鳴らし切る様子は大いに参考になったのではないだろうか。

  長大な第2楽章もまったく弛緩することはなく、スローなテンポながら音楽の密度は依然、濃厚なまま進んだ。本当に美しい音楽にため息が漏れる。「きれい」とか「カラフル」「ブリリアント」というのではなく、神話の世界のなかの深い深い森を逍遙しているような心地、といったらいいだろうか。今回のコンサートはハース版を採用していたが、第2楽章のシンバル一撃&トライアングルは下野さんの意思で追加されていた。
 第1楽章と第4楽章の集結部分も凄かった。怒濤ともいえる迫力 で迫ってきた。このシンフォニーが、かつてその武力でヨーロッパを席巻し、体格や体力では日本人は到底叶わない、ゲルマンの血を感じる音楽を日本のオーケストラが存分に響かせる。本場のオーケストラにしか出せないと思い込んでいた音楽に、ここまで肉薄できる瞬間に立ち会えたことに感極まってしまった。
 コンサートのチラシに「涙が自然とあふれるほどの、圧倒的なスケール感」とあったが、そのキャッチコピーは全く嘘も誇張も無かった。一ついちゃもんを点けるとすれば、「スケール感」ではなく「スケール」で良い。途方もなく懐の深い、スケール(物差し)では測りがたい大きな音楽だった。

 全体の演奏時間は75分ぐらいだったろうか。私の周りに関しては、客席の雰囲気も良かった。「大阪で、ここフェスティバルホールでブルックナーを聴く」醍醐味を充分に味わい尽くした充実の時間。一点、望みうるとすれば、これが大阪を本拠に置くオーケストラだったなら・・・という思いは残りました。

 下野さんは1月に京響との0番。今回の読響大阪定期での7番、4月には音楽総監督に就任するお披露目の大阪公演(ザ・シンフォニーホール)で8番。兵庫PACオケで6番、というように、ここへきて関西で怒涛のようにブルックナーを演目に採り上げる。下野さん自身、ブルックナー解釈に確信をもっていることは今回のコンサートで伝わって来たし、それに加えて、関西でブルックナーを披露する意味をよく理解し、関西の聴衆に敬意を持って披露していく決意と配慮も伝わってくる。下野さんのこの「一人関西ブルックナーシリーズ」は低迷していると言われる、関西のクラシック音楽シーンにどのような一撃として歴史に残るんでしょうね。
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蜂蜜と遠雷 恩田陸 幻冬舎 [読書(音楽本)]

 音楽を聴きながら読書に没頭…至福の時間でした。

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2016/09/23
  • メディア: 単行本
 三度の飯よりクラシック音楽を聴くことが好きな自分には、これほど面白い小説が他にあろうか?というほど、大いに楽しんだ。現在3回目の読了。
 恩田陸の小説は、20代の頃に本当によく読んだ作家さんです。「六番目の小夜子」「夜のピクニック」を皮切りに、「理瀬」三部作に大いにハマりました。最近も演劇を舞台とした「チョコレート・コスモス」を読んで、恩田ワールド健在と感じたところ。
 直木賞受賞は遅すぎる受賞でしたが、この「蜂蜜と遠雷」は、ここ数年の受賞作の中でも燦然と輝く名作。

 ピアノコンクールに出場するコンテスタント(演奏者)、審査員、記者など様々な人々が、「優劣を付け難いピアノ演奏に順位を付けて行く」というコンクールの残酷な一面に苦悩し音楽を通して突きつけられる自分の内面に立ち向かいながら、最後は各自が答えを出していきます。

 主人公の栄伝亜夜、風間塵だけでなく、登場する人物みな魅力的。「ピアノコンクール」を舞台にしたコミックならいくつか読んでいるが、この小説が秀逸なのは例えば審査員を悪者にして、ストーリーに起伏を付けるといった手法を全く取っていないこと。それによって音楽を演奏する喜び、音楽を聴く・感じる喜びが文間から伝わってきます。恩田さんも「チョコレートコスモス」を読んだ時にも思ったのだけれど、その(クラシック音楽界という)独特の世界を細部にまで取材し、演者の心情に寄り添うタッチは本当に引き込まれます。

 何よりも、この作品の醍醐味は、音楽を聴きながら読めば楽しさ100倍なところ。巻頭には、主要登場人物のコンクールでの演奏曲がリスト化していて、さながら「プレイリスト」のよう。
 ナクソス・ミュージック・ライブラリーには、「恩田陸 監修 蜂蜜と遠雷プレイリスト」があるので、会員の方はこれを利用すると楽です。

 音楽を聴きながら読むと、コンテスタントらのキャラクターやセリフもいっそう輝きを増して感じられます。

 なお、舞台となった「芳ヶ江国際ピアノコンクール」のモデルは「浜松国際ピアノコンクール」だと思われます。通称「浜コン」からは、上原彩子(チャイコフスキーコンクール優勝)を皮切りに、アサクサンダー・ガヴリリュク、ラファウ・ブレハッチ(ショパン・コンクール優勝)、チョ・ソンジン(ショパン・コンクール優勝)ら、現在綺羅星のごとく輝く一流ピアニストたちが巣立っています。


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過去1年の印象に残ったコンサート【自己紹介代わりに・・・】 [自己紹介]

 最近(過去1年間)聴きに行ったコンサートの中で、特に感動した・印象に残ったコンサートについて書いた感想をピックアップします。演奏の巧拙や周りの評価に関係なく、自分が感動したものだけをピックアップしています。自己紹介代わりになるかな。

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