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室内楽演奏会~川上徹氏を迎えて~ [コンサート感想]

室内楽演奏会~川上徹氏を迎えて~

チェロ:川上徹
ヴァイオリン:近藤浩子
クラリネット:熱田昭夫
ファゴット:難波彰
ピアノ:小島裕子

ブラームス/ピアノ三重奏曲第2番ハ長調
~休憩~
グリンカ/三重奏曲『悲愴』ニ短調
ブラームス/クラリネット三重奏曲イ短調

2016年1月31日 日本福音ルーテル岡山教会

 住宅地の中の小さな教会の礼拝室でのコンサート。会場は40人ほどで、なんという贅沢。まさに室内楽の醍醐味。

 1曲目はブラームスのピアノ・トリオ第2番。チェロの川上さん(新日本フィル首席)の音はヴィターな音で、ブラームスに見事にマッチしていました。ヴァイオリンの近藤さん(岡山フィルコンミス/元東京フィル)は、チェロの川上さんを引き立てる事を重視していたのか、半歩下がった演奏という印象を持ちました。
しかし、この曲。チェロのおいしいところが多分にあり、ヴァイオリン主導・あるいは丁々発止の演奏からでは解らなかった魅力がありました。
 グリンカの三重奏曲『悲愴』。こちらはクラリネットの熱田さん、ファゴットの難波さんによる丁々発止の演奏。この曲、今までほとんど聞いたことが無かったんですが、ロシアンな甘いメロディーを基調に、南欧を思わせる快活な部分もあって。本当にいい曲ですね。第三楽章のクラリネットとファゴットのよるソロのあたりなんて、もう艶歌ですよ。それもデュエットの。
 最後のブラームスのクラリネット・トリオイ短調。クラリネット五重奏曲があまりにも有名過ぎて蔭に隠れてしまう感じですが、分かりやすいフレーズは少ないものの、ブラームスらしいモノクロームなロマンティシズムがなんとも魅力的。チェロの川上さんのコクのある音色と、一音一音深みのある熱田さんのクラリネットが絡み合い。石畳の冬のヨーロッパの街角で聴いているような錯覚を覚えます。
 日曜日勤の夜の豊かな時間でした。

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岡山フィル 2016/17シーズンのプログラム [各地プロ・オケの年間プログラム]

 岡山フィルから来期のラインナップが正式発表されました。岡山フィルが年間スケジュールを発表するようになって5年ぐらいたちますが、やはりこの時期に発表してくれるのはありがたいです。

 事務局さんのfacebookに『※都合により曲目の変更が生じる場合がございます。ご了承ください。』という但し書きがありましたけど、恐らくクラシックのコンサートによく行っている人にとっては、プログラム変更や出演アーティストの差し替えなどは日常茶飯事のこと。コンサートというイベントは日時と会場を指定して「聴きに来てください」という、映画などの他の娯楽と比べるとある意味ハンデがある以上(その分、生演奏はそれ以上の感興をもたらせてくれる)は、開催日だけでも出来るだけ早く伝えるというのが、満席への第一歩だと思うのです。

平成28年6月5日(日) 岡山シンフォニーホール 
第50回定期演奏会
 指揮/ハンスイェルク・シェレンベルガー
曲目/ベートーヴェン/交響曲 第1番 ハ長調
マーラー/交響曲 第1番 ニ長調「巨人」

平成28年9月25日(日)・岡山シンフォニーホール
岡山シンフォニーホール 25周年コンサート

平成28年12月11日(日)・岡山シンフォニーホール
岡山フィル ベートーヴェン『第九』演奏会

平成29年1月15日(日)・岡山シンフォニーホール
第51回定期演奏会
指揮/ハンスイェルク・シェレンベルガー
ソリスト/ヴァイオリン:松山冴花 チェロ:ウェン・シンヤン
曲目/ チャイコフスキー/幻想序曲「ロメオとジュリエット」
        ロココ風主題による変奏曲
        J.シュトラウス/喜歌劇「こうもり」序曲
     サン・サーンス/序曲とロンドカプリチオーソ
     R.シュトラウス/歌劇「バラの騎士」組曲

平成29年3月25日(土)・岡山シンフォニーホール 
第52回定期演奏会
指揮/ハンスイェルク・シェレンベルガー
曲目/ベートーヴェン/交響曲 第6番 ヘ長調「田園」
   ベートーヴェン/交響曲 第5番 ハ短調「運命」

(その他、親子deクラシック、アイム・ア・ソリスト などの企画演奏会があります) 

 正式発表前に、シェレンベルガー氏のホームページなどから予想した日程はほぼ当たっていましたが、 定期演奏会は4回ではなく、3回ということで、おかやま国際音楽祭の時期(10月)に岡山シンフォニーホールの25周年記念演奏会を開催するということのようですね。

 以前、このブログでR.シュトラウスの『薔薇の騎士』組曲をメインにしたニュー・イヤー定期を提案したことがありました→来年1月の岡山フィル定期(2014.4.17の記事) 

 『結構盛り上がると思いますし、せっかくドイツの王道の音楽づくりをするシェレンベルガーがタクトを取るのですから、ウィンナーワルツ・ポルカばっかりでは物足りない!』

 まさに、私の願いを聴き入れて下さったようなプログラムにたいへん驚いたわけです。 シェレンベルガー氏の想いと、自分の希望が一致したということでたいへんうれしい偶然でした。

 個人的な問題として、今の職場に残留であれば、例年、休みが取れない日になってしまうんですが・・・。 なんとか行けるように調整してみたいと思います。

 定期演奏会の「マイ・シート」は、来年度も発売。S席5000円が、3階で10,500円。今年度より600円値上がりしています。さすがにあの値段では採算が割れてしまった!?
 マイ・シートの指定席の年度更新が無く、新たに募集する形のようで、正直、これは残念に思います。指定席の年度更新のメリットは、以前書きましたので。引き続き要望していきたいと思います。

 あと、マイシートの発売日が木曜日なんですよね。こういうの、やっぱり土日に発売すべきだと思いますよ。平日の発売だといい席を有閑マダムかリタイア組・自由業の人しか買えませんからね。でも、岡山フィルが開拓すべきなのは学生や若い世代、あるいは働き盛りの世代でしょう。20年30年とオケを支えて行く聴衆を育てるためにも、京響や兵庫PACのように土日に発売日を設定することも検討する必要がありますよね。


 あと、岡山フィル以外にも、岡山シンフォニーホールの主催公演の日程が発表されています。 

平成28年7月1日(金) 岡山シンフォニーホール
NHK交響楽団 特別演奏会

平成28年11月19日(土) 岡山シンフォニーホール
カメラータ・ザルツブルグ 岡山公演

 N響はオフシーズンに入る時期なので、例えばパーヴォ・ヤルヴィの指揮は期待できそうにない。最近の放送を見ると、P.ヤルヴィの指揮の時は、非常に熱量の高い演奏が期待できるのですが・・・。N響も世代交代して以前のようなことは無いと思いますが、地方公演でも熱演を期待したいものです。

 カメラータ・ザルツブルグはシェレンベルガーの指揮ですね。実は、僕が来年一番楽しみな演奏会だったりします。


 そして、岡山シンフォニーホールと岡山大学が(ちょっと尋常ではないぐらい!特に岡大が)力を入れている、Junko Fukutake Hall(通称:Jホール)でのコンサートシリーズです。

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 レインボーコンサートって、かつては岡山フィルの楽団員が公民館や老人ホームなんかに行って、慰問公演をするっていう感じだったのに、このJホールでのシリーズになってから、面目を一新しました。

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 拙ブログでは何度も取り上げていますが、まず、会場が凄い。まず、あの岡山大学鹿田キャンパスの敷地内にSANAA建築設計のこんな最先端の建物(海外の建築デザイン誌にも掲載されているそうな)が建っていること自体が驚愕なのに、そこで行われる月イチのコンサートが凄くて、これまでもにシェレンベルガー&アナ・シュース、新イタリア合奏団、デジュ・ラーンキなど、時々ビックリするようなメンバーが登場してきました。
 こんなコンサート、大学のキャンパスの中でやっているの、国立では岡大ぐらいじゃないでしょうか? 

 来年は極め付けのプログラムですね。上の一覧表はアーティストの宣材写真はカットしたために、登場メンバーの名前までカットしてしまいましたが、詳しくは岡山シンフォニーホールのチケットセンターで貰えます。

 いきなり4月に、有希マヌエラ・ヤンケ&エマヌエーレ・セグレという、大原美術館ギャラリーコンサートでもおなじみのメンバーが登場。
 7月は新イタリア合奏団のコンマス:フェデリコ・グリエルモさん(このホールが気に入ったんでしょうかねぇ)、10月にはドイツのジーゲンバッハ合唱団に、来年1月はシェレンベルガー&松山冴香&ウェン・シンヤン(なるほど、1月定期のメンバーが室内楽も披露するわけですね)。大阪のいずみホールやフェニックスホールだと5000~6000円ぐらいは取るであろうコンサートが1500円で聴ける。これは岡山ならではの貴重な機会です。

 それから一昨日にくらしきコンサートの案内も到着し、

平成28年6月23日(木) 倉敷市民会館
第99回くらしきコンサート
山田和樹指揮 バーミンガム市交響楽団
ベートーヴェン/エグモント序曲
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番(独奏:河村尚子)
ベートーヴェン/交響曲第7番

 というプログラムも発表されています。

 くらしきコンサート、第100回はこの秋~冬、そのプログラムも気になりますね。

 ざっくりとまとめてみましたが、まだまだリーデンローズやポポロ、大原美術館ギャラリーコンサートも発表されていきます。来年度も結構岡山の演奏会だけでも結構充実していますよね。


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守屋剛志となかまたちQBT [コンサート感想]

守屋剛志となかまたち カルテット・ベルリン=トゥキョウ

第1部 
守屋剛志 ソロ
J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番二短調BVW1004

第2部
カルテット・ベルリン=トゥキョウ
 1stVn:守屋剛志
 2ndVn:モティ・パヴ​ロウ
 Va:杉田恵理
 Vc:松本瑠依子

ハイドン/弦楽四重奏曲ハ長調「皇帝」
シューマン/弦楽四重奏第3番イ長調

2016年1月18日 ルネスホール

 客席は用意された250席ほどの座席が満席。郷土出身の守屋さんを応援する人々のアットホームな雰囲気と、世界的トップレベルの若手の弦楽四重奏団の演奏を聴きたい、という聴衆たちの期待とで沸騰するような場の雰囲気がありました。

 第1部(前半)は守屋さんのソロ演奏。

 拍手が鳴りやんだ瞬間、ものすごい自然体で演奏が始まり、ちょっと意外でした。僕はひとつ深呼吸があったり、目を瞑って集中したり、という冒頭をなんとなく予想してしまってたんですが、あまりにもサクッと始まったように思えて、面喰らいました。

 しかし演奏は伸びやかで自然体で、何より、徹頭徹尾、あるべきものがあるべき場所に収まっている気持ちよさがあある。
 

 聴いているうちに、「これはすごい演奏かもしれない」と思いはじめ、サラバンド、シャコンヌでは会場の空気も相まって、バッハの音楽世界に没頭できました。

 鳴るべき音が鳴り、あるべき音楽がすくっと素直に立ち上がっている。それを当り前のように奏でる守屋さん。大変な喝采が沸き起こりました。


第2部(後半)はクァルテット・ベルリン=トウキョウによるハイドンとシューマン。


 QBTの演奏は去年3月のツアー以来に成りましたが、ハイドンの皇帝カルテットは遊び心と、綿密な音の仕掛けを堪能。シューマンはロマン派ならではのメランコリーな音楽に酔いしれましたが、演奏そのものは甘美なメロディーでも感情に流され過ぎず、非常に純度の高い音を聴かせてくれます。

 QBTのメンバーも、「オーランド国際コンクール優勝凱旋記念公演」であった、去年の3月の演奏よりも、いい意味でリラックスした、我々客席の聴衆もゆったりと、まさに「室内楽」の愉悦を堪能させるものでした。

 プログラムも今までの僕が聴いたコンサートとかぶる曲が無く、工夫を怠らない姿勢に脱帽。ずっとこのカルテットを追いかけていれば、古今のカルテットの主要レパートリーは網羅出来てしまうかも。
 アンコールは、失念してしまいましたが、ハンガリーの作曲家による実験的な音楽で(難解さはあまりない曲)、会場を沸かせました。

 次回の来岡時も、ぜひ行きたいと思います。


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大英博物館展 神戸市立博物館 [展覧会・ミュージアム]

大英博物館展 ~100のモノが語る世界の歴史から

神戸市立博物館

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 会期末寸前でなんとか見ることが出来ました。神戸市立博物館の展示概要から。

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人類200万年の「傑作」大集合
 英国・ロンドンにある大英博物館は、人類の文化遺産の殿堂として約700万点に及ぶ膨大なコレクションを誇ります。本展は、大英博物館館長ニール・マクレガーによる解説で人気を博したBBCのラジオ番組にもとづき、8つの全所蔵部門から厳選された100作品を通して「世界の歴史」をたどろうとする壮大な試みです。アフリカで作られた最初期の石器から、現代のクレジットカードに至るまで、さまざまな時代と地域のモノが人類200万年の「歴史の断片」を語りかけます。「ウルのスタンダード」や「ルイス島のチェス駒」など、教科書や映画で紹介され、大英博物館でも抜群の知名度を誇る作品も来日します。作った人は何を考え、どのような時代を生き、何を信じていたのか-100のモノに秘められた物語を読み解き、時空を超えた世界旅行をお楽しみ下さい。

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 展示はプロローグ「モノは語る」→想像の芽生え→都市の誕生→古代帝国の出現→儀式と信仰→広がる世界→技術と芸術の革新→大航海時代と新たな出会い→工業化と大量生産が変えた世界
 というテーマ順にみていきます。ほぼ時代順です。
 印象に残った展示物をいくつか。
 
「メソポタミアの大洪水伝説を語る粘土版」
 抗うことのできない自然災害、その巨大で破滅的な破壊力を後世の人間に知らせようという意図がある。自分よりも後に生きる者たち、受け継ぎ・受け継がれるものに対しる確固たる認識があることに感銘。
 
「ロゼッタ・ストーン」
 これが一番感動した。教科書やテレビなどで何度も見ているし、実は大学の授業でも少し解読のまねごとなんかもしたことがある。でも本物を見て、これが出土した時の人々の驚きと、その後の社会に対する影響力の巨大さに、思いを馳せないわけにはいかない。巨大な建造物だけが残された古代エジプトという『伝説』が、この1枚の石の出土で『科学』に変わった瞬間。いや、ほんとうに感動した。
 
「ウルのスタンダード」
 これが見たくこの展覧会に行ったようなもの。ばらばらになった装飾を復元して現在の姿に成ったとのこと。展示品保存のため、照明が暗く、ラピスラズリの装飾の青さが分からなかったが、これはいた仕方が無いところですね。
 
愛すべき様々なキャラクターたち
「トナカイ角に掘られたマンモス」「古代エジプトの化粧パレット」「アメリカ先住民のパイプ」など、動物をモチーフにした装飾品たちが目を楽しませてくれました。動物に限らず、こういった装飾の類は、「食うこと」が安定しているから出来る発想。現代に生きる自分も、経済効率や数字に追いかけられ過ぎず、遊び心を忘れずに生きていたいものです。

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 この展覧会に行ったのは1月2日。まだまだ初もうでの人出で、神戸の街はごった返していました。我々も久しぶりに生田神社にお参りしました。


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岡山の路面電車 岡山駅乗り入れ賛成表明エントリー(その3) [岡山]

(前回からの続きです)
 前2つの記事が、普段のアクセス数の2倍になっていて、この問題に対する岡山市民の関心の高さを実感しています。 
 『市街地が死ぬと都市の文化が死ぬ』というお話の前に、ちょっと前振りの雑談です。

 岡山シンフォニーホールのコンサートで、素晴らしい演奏に出会ったとき、なんとなく立ち去りがたい余韻を残すことがある。
 そんな時、例えばすぐ裏の喫茶店ダンケに行ったり、ルネスホールの公文庫カフェ、あるいはCDショップのアルテゾーロ・クラシカで店長と話をしたりしながら、コンサートの余韻が体にゆっくりとしみこんでいくのを愉しむ。
 これが、例えば車で郊外に立地するホールでの出来事だったとしたら、どうだろう?ショッピングモールのドトールやスタバで余韻を楽しむ?それとも車で行けるロードサイドの喫茶店を探す?どれも私にはしっくり来なくて、結局は車で自宅まで一直線に帰らざるを得なくなる。
 市街地にあって郊外に無い物。それは「無駄なもの」であり文化なんです。 
 結局のところ、郊外のショッピングモールなどは必要を満たしてくれるだけで、そこに豊かな文化的土壌は生まれない、郊外だけじゃなく、岡山市街地のど真ん中にイオンモール岡山が立地して1年経過しましたが、モール経営者の狙ったとおりに買い物をして、狙ったとおりに、未来スクエアのイベントを見て、狙ったとおりに10店舗以上はあるカフェの中から選んで一息つく。
 でも、そこには「逸脱する何か」が全くない。逸脱する何か、それが文化的土壌になるのだとしたら、そうした一種の『無駄なもの』『余剰なもの』が入り込む余地のある市街地が死んだら岡山という都市文化は死を迎える、ということだと思います。
 ここ3年でもこんな経験がありました。県立美術館やオリエント美術館などがある天神町は僕の好きなエリアで、特に用が無くてもぶらぶらと散策していることが多いんですが、3年前にひょんなことで知り合いになった人が演劇をやっていて、天神町のある場所で劇団の練習をしたりワークショップを開いたり、ということを教えてもらいました。
 でも、何度聞いても具体的な場所が分からない、その建物は「上之町会館」というんですが、「そんな場所、あったっけな~?」と、どうしても思い浮かばない。
 次に天神町に行ったときに、探してみると、確かにありました。
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 オリエント美術館の真裏に、お稲荷さんへの入り口があります。ここの存在は知っていました。
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 中に入ってみると、意外に立派な祠があります。まさにそのお稲荷さんへの参道に面して建っている、かなり年季の入ったビル。
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これが、上之町会館でした。
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 甚五郎稲荷から見た上之町会館。いやあ、こんなところにこんな場所があるとは思いもせなんだ。ビルには靴やアクセサリーの工房や、くだんの演劇などが練習できるホール(そんなに広くはなさそうですが)骨董品店などが入っています。カレーの美味しいカフェなんかもありましたが、残念ながら閉店してしまいました。
 これまで何百回と訪れていた落ち着いた雰囲気の街区の真ん中の小さな森に埋もれるように。「上之町会館」という場所は存在しました。岡山に20年住んでいても、まだまだ知らない所があって、僕の知らないところでクリエイターや芸術家たちが創作にいそしんでいる・・・かも知れない。
 岡山の市街地がかつてのように人がもっと集まって来るようになれば、こういう知る人ぞ知るわくわくするような場所がどんどん増えて行くと思います。
 そのためにも、路面電車の駅前乗り入れを端緒に、公共交通を充実させることで、利便性だけではなく都市文化を陰で支えるインフラになって欲しい。

 11月に広響を聴きに広島に行ったとき、路面電車で色々な場所へ行ったわけですが、中心街の区間は「銀山町」「八丁堀」「立町」「紙屋町東」という風に、2~3ぐらいの街区ごとに停留所がある。電車も1分おきぐらいに走って来る。金曜日ということもあって買い物袋を提げたおばさまたちが、ひょいっと乗ってさっと降りて別の目的地に行くんですね。大阪のように地下鉄の街だとこうはいかない。道路から階段&エスカレーターを使って2分ぐらいかけてホームへ降りたり昇ったり・・・駅間距離が長いので目的地が駅の間だと、10分は歩くことになる。
 それから言うと、路面電車の街と地下鉄の街、どっちが便利かというと、僕は前者だと思いますね。幸いにして岡山には100年を超える歴史ある路面電車がある。
 1回目のエントリーでも述べたように、もし岡山が街の中心の人の往来がじり貧状態のまま放置され、それに加えてオーケストラをはじめ一流の芸術文化に触れる機会も減り、繁華街の活力も低下したとすると・・・
 僕はおそらく老後を岡山で過ごすことは無いと思う。
 今、東京圏からの移住者が全国一ということで注目されている岡山ですが、交通がこのままだと早晩「車が無いと生活できない」という烙印が押されて、移住者の需要は神戸や広島や福岡あたりに収れんされていでしょうね。
 「車が無いと生活できない」ことが当たり前の、生まれも育ちも生粋の岡山人の方には、この感覚はわかりにくいかもしれない(私の家人もそうです)。都市生活者にとっては、公共交通でどこへでも行けるということが自由の象徴であり、そのターミナルに展開される様々な街の文化が大好物なんです。
  
 岡山もここ10年でだいぶ「面白い街」になって来てるとは思いますけれど。これに加えて『車が無くても生活できる街』になったら最強ですよ。だって、車って本当に維持費がバカにならないでしょ?たとえ軽自動車であっても。なんだかんだと平均して年に30万年ぐらいはかかる。老後の年金生活者でも、そのお金があったらもっと文化的な事にお金をつぎ込めるわけです。

 議論が散乱しちゃいましたが、『路面電車を生かした街づくり』に賛成するとともに、大森市長の決断を期待します。私自身もウェブ空間だけでなく、まずは周囲の人々から機運を盛り上げていきたいと思っています。

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岡山の路面電車 岡山駅乗り入れ賛成表明エントリー(その2) [岡山]

 前回 「岡山の路面電車 岡山駅乗り入れ賛成表明エントリー(その1)」 の続きです
 

 私は疑問に思ったのです、どうして私の地元の神戸のように、JRの駅までのバスがないのだろう?確かにバスが市街地まで直通するのは便利ですが、朝夕の渋滞の列にバスまでもが突入して交通網を麻痺させている現状はどうして放置されるのか?座っている乗客はまだしも、立っている乗客はノロノロ運転の車内でよく我慢していられるな、と。

 私の生まれ育った街である神戸は、①まず鉄道を整備し、②団地を造成し、③開発に合わせてバス路線を整備する。という手順で住宅地が整備されていきます。神戸に限らず、大阪・京都・広島など、一定の規模の都市は、ほぼこの手順を踏んで郊外を拡張していきます。岡山は既に八方に鉄道網があるのだから、それを踏まえて都市と郊外の設計を行うべきだったのです。
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 googleマップで示しているのは、神戸市北区の住宅街です、赤い線が神戸電鉄で、この鉄道の駅からフィーダーバスが出て、三宮や大阪へ乗客を輸送します。

 私が慣れ親しんだライフスタイルは、自宅近くのバス停から10分ぐらいで私鉄や地下鉄の駅に着き、電車に乗って三宮に出る。いったん三宮に出てしまえば大阪や京都まで30~60分で移動できる。関西圏では単体の都市内部の
回遊性どころか、1時間半あれば自宅の玄関から京阪神のどこへでも行けてしまう公共交通機関ネットワークと繋がっています。これがどれだけ関西経済の発展に寄与したことでしょう。このありがたみが分かったのは、皮肉にも岡山に来たからですが・・・

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 こちらは神戸市西区の住宅街。ここは昔は田んぼと畑と丘陵地帯しかない所でしたが、まず神戸市地下鉄が開通し、団地が造成され、その地下鉄の駅を中心にフィーダーバス路線が網羅されています。逆に言えば、鉄道の駅から距離が離れた土地が開発が抑止され、田んぼや畑が広がるなど自然環境が維持されています。 

 岡山の住宅地開発は本当に無計画で、それを放置している行政は、「都市」と「郊外」をどのように連携させ、成長・発展させていくか?というポリシーが欠落しているように思います。移動手段の多くが車に頼るため、朝の渋滞は神戸や大阪以上だという状況に、岡山市民は「これはおかしい!」と声を上げないのでしょうか?いや、声を上げてはいますね、『もっと道を作れ』と。でも、今まで何百億何千億もの予算を道路建設に投じても、渋滞知らずの経済効率のいい都市は出来なかった。そりゃそうです、車一台で運べる人間の数には限界があるんです。
 私も東岡山から総社方面へ通勤していた時には、岡山市街を抜けるだけで1時間かかっていました。こんなことじゃあ地域経済が発展しない訳です。

 せめて、JRの周辺の人口集積地ぐらいは、公共交通が便利なようにバス路線網などを再整備していくべきと思います。その大前提として、岡山駅から市街各所への排出ポンプとなる路面電車を岡山駅構内に乗り入れさせ、ジョイント部分を強化する必要があるわけです。

 自分の自宅とJR最寄り駅+市街地の路線電車網で、自分の生活が交通ネットワークの中で息づいている。普段の通勤が車でも、特別な買い物のときは、この交通ネットワークを使って街に出られる、その実感が持てるようになる必要があります。

 前回エントリーの宿題。今、起こっている深刻な問題は、公共交通機関について真剣に考えてこなかった結果。渋滞や駐車場を探す面倒くささを嫌って、市街地に人が近づかなくなってしまったこと。郊外にはイオンモール倉敷やシネマタウン岡南など、大規模なショッピングモールがある。だから、日常の買い物はおろか、ちょっとした衣服や生活雑貨の買い物に至るまで、岡山市街地に来なくなってしまたわけです。

 路面電車の駅前乗り入れに反対している、岡山駅前商店街。気持ちはよく解ります、。そりゃー、駅の噴水の位置に路面電車の停留所が出来れば人の流れが阻害される。「表町に人を流すために、なんでわいらが我慢せんとおえんのんじゃ」という気持ちも理解できる。

 でも、このデータを見てください。

 岡山市は商店街通行量調査を公表しています
http://www.city.okayama.jp/keizai/sangyou/sangyou_00075.html
 
岡山駅前商店街
    西入口   東入口
S47 12800人    6946人
S57   6809人    5435人
H04   5071人    4087人
H14   3961人    2331人
H24   4238人    1772人
 
 数字をみると一目瞭然でしょう。まさに『じり貧』という言葉以外にない惨状です。商店街西入口にビックカメラが出店してからは、一見数字が持ち直しているように見えますが、実感と東入口のデータから底が抜けたように下げ止まっていないといえるでしょう。
 何もしなければこのままじり貧状態が続くことは明らかで、市街地全体にやって来る人間のパイを増やさないとどうにもならないでしょう。
 
 それに、駅前商店街の顧客は、本当に駅からなんとなく流れてきたブラブラ散策する人が主要顧客なのでしょうか?僕はこのあたりでよく飲み会をするし、ドレミの街にはかかりつけの病院もあるんですが、地下改札から降りて地下道を上がっていきますよ。大部分の客はその店に行く必要があるから行くわけです。そのあたりの分析を岡山市当局がやらないといけないとは思いますけど。  

 大森市長は中心市街地に流入するパイを増やす政策を考えている。この数字に真剣に向かい合えば、賛成派・反対派、両者が折り合うのはそれほど難しくない。駅前商店街の問題は、市街地へ来るパイの全体の増加量が、路面電車の駅設置による「通行阻害」による減少量を上回ればいい。

 そのためには、岡山市はこれからの人口減少社会の岡山の街を、どう維持していくのか?充分に説明しなければならないでしょう。
 大森市長の頭の中には公共交通機関を中心とした地域に、インフラを集約し、低コストな運営と中心地の経済活性化を目的とする「コンパクト・シティ」が念頭にあると思いますが、それは公共交通機関と繋がっていない地域の住宅地の資産価値の下落などの副作用を招くため、説明が充分になされていない 。しかし、やはり全体像を説明すべきなんです。
 バブルの時に、車でしか行けない所に県が作った「コンベックス岡山」のような公共施設は、今後は人口集積地区にしか作らない、その代り中心市街地へ向かう公共交通アクセスを整備することで効率的に運営していく。

 元々、岡山市は中心街に文化施設を一体的に整備してきており、そこは先見の明があった。それがいま、全国的にも注目される岡山カルチャーゾーン、として異彩を放っている。
 路面電車の中量輸送機関としてのポテンシャルは高く、岡山駅と商業地だけでなく、全国に例を見ない文化集積エリアの岡山カルチャーゾーンへの輸送機関としての役割も重要。
 岡山シンフォニーホールでコンサートイベントがあった際、電停に何百人の人が列を作っていても、あっという間に運び去ってしまう。小型の車両1両だけでも、実質、バス2台分、2両編成のMOMOならバス4台分の輸送量はあり、いざとなったら増発も容易。これはたいへんな資産だと思います。

 しかし、多くの岡山市民はこう考えているかもしれない。

「別に、自分は岡山市街に出かけないからいいや」「近所のモールで用は足りるし」

 でも、市街地が死ぬと町は死にます。それについてはまた次回。


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岡山の路面電車 岡山駅乗り入れ賛成表明エントリー(その1) [岡山]

 新年一発目のエントリーは、ちょっといつもとは違うネタになります。
 普段はクラシック音楽を中心に、アートや街歩きをテーマにしたブログですが、今、岡山では大きなターニング・ポイントを迎えている問題があり、私が理想に思っていた方向へ進みそうだったものが、揺り戻しを起こしているため、一岡山市民として、泡沫ブログながら意思表示をする必要を感じました。

 その問題とは、路面電車の岡山駅構内への乗り入れ問題です。私の意見は『賛成』なんです。

 現在、私の生活の基盤は岡山にあり、転勤で東京や関西に住む可能性はゼロではありませんが、基本的には定年まで岡山で過ごすことになると思います。その後・・・、定年後には生まれ故郷の関西に帰るか?岡山で天寿を全うするか?迷うところです。僕はもし、岡山の街が『車無しで生活でき、質の高い文化芸術(端的に言えばプロのクラシックのコンサート)に触れる生活が出来るなら、岡山に住み続けようと思っています。  

 まずは、この問題のこれまでの経緯について、Jタウンネットのライターさんの記事。これまでの経緯と、将来構想が分かります。
 『岡山駅と岡電とイオンモール岡山が「つながる」日、街は大きく変わるかもしれない』

鉄道ニュース546(動画)

(すごい、地元のニュース番組より解りやすい)

 一方で、これを阻止する動きもあります。地元町内会と駅前商店街が反対運動を活発化。市議会が陳情を採択しました。

 『路面電車平面案の反対陳情を採択 JR岡山駅への乗り入れ』(山陽新聞2015.12.17)

 技術的な課題などは、専門の方が色々な意見を出していますので、ここではあえて情緒的な意見を書きたいと思います。

 私が岡山に住むようになって、延べ年数でいうと20年になります。その間、一貫して不満があったことの一つが公共交通機関網の貧弱さでした。市内西部(新幹線側道近く)や東岡山あたりに住んでいた時は、車通勤は渋滞覚悟の1時間通勤だし、公共交通機関での通勤は難しい・・・というわけで結構大変でした。3年前に自宅を購入する際は、この公共交通機関網の貧弱さを嫌って、庭付き一戸建てを諦めて、表町まで徒歩圏内のマンションを買ったぐらいです。

 岡山の公共交通機関網の問題点は、『吸い込みポンプ』と『吐きだしポンプ』の貧弱さ、問題はここに着きます。岡山駅に集まる路線網を見てみると・・・・
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 なんと、在来線だけで6路線が集まって来る交通のジャンクションなんです。事実、岡山駅の乗降客数(12万6千人:新幹線を含む)は中国地方最大都市の広島駅(14万4千人)の9割近い人数です。

 しかし、ここからが問題です、岡山の本来の中心地は表町地区で、岡山駅から1.5kmほどの距離にあります。私の勤める会社の本社も表町に近い所にあります。そこに向かうためにはバスか路面電車を使うことになる。
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 私のように公共交通機関の発達した土地で生まれ育った人間にとっては、バスは選択肢に上がりにくい。やはり鉄道がその都市を代表する交通機関。その考えが染みついています。多くの人にとっても紙の地図からスマホでgoogleマップの時代になっても、それは変わらないのではないでしょうか?岡山市内のバス路線に慣れてる岡山市民も、自分が知らない土地に行ったら、まず鉄道に乗って移動することを考えるでしょう?

 ぐるなびや食べログなどの情報サイトも、岡山市内は岡電の停留所から検索することができても、バス停からは検索できない。鉄道の駅というのは、ネットの時代になって街のランドマークとしての機能を強めていると言えるでしょう。

 しかし、岡山の致命的なのは12万6千人もの人を運んでくる動脈の掃き出しポンプが極端に離れている。路面電車の停留所から岡山駅へは、信号を2回以上渡って屋根の無い道路を10分近く歩くか、階段しかない入り口から地下道を通って7分程度歩くしかない(新幹線ホームへはもっと時間がかかる)。岡山駅から見ても、駅に降り立った時に路面電車の姿が見えない。一方のバス停留所も複雑な路線網の上に、バス会社が5社以上もあって行先別に整理されていない。岡山市民もどれに乗ったら目的地に行けるのか分からないというシロモノなんです。si-an.JPG

 JRという大動脈から、掃き出しポンプを担う路面電車まで、スムーズな誘導が出来ていない。するとどうなるか?

 一つ目の結果は、私の以前の職場の同僚の多くは自宅とは別にもう一台自転車を購入して、駅の地下の駐輪場に置いています(駐輪代は通勤手当で出ないため、全額自腹、それでも自転車は重宝します)。駅の駐輪場の方が路面電車の駅に行くよりも近くて便利なんです。んなアホナ!ってな話ですが。

 2つ目の結果は、電車ではなく車でお出かけ・通勤する。岡山市内の通勤時間帯の渋滞は壮絶なもので、エネルギー、時間、労力の浪費以外なんでもない。土休日の表町界隈の駐車場は空車待ちの車の列で一杯です。車で来るとどうしても駐車料金が気になるため、買い物は一か所で済ませて回遊性が生まれない。神戸や広島のように、ただぶらぶらと街歩きをしている人の姿が本当に少ないですね。

 最後の結果、これが最も深刻なんですが・・・別の記事で述べます

 路面電車の駅構内乗り入れは、この掃き出しポンプと交通の大動脈をしっかりジョイントすることが大きな目的だと思います。
 僕は、それに加えて吸い込みポンプ側の問題も解決してほしい。最寄りのJR駅までの、いわゆる「フィーダーバス」路線網の再整備です。

 私が、東岡山に住んでいるとき、足を骨折したことがありました。右足ですので車は運転できません。必然的に電車で表町方面へ通勤することになるんですが・・・
 東岡山駅まで徒歩20分、松葉杖をつくと40分はかかる。その上、JR岡山駅から路面電車の岡山駅まで、バリアだらけの道が続く。あのときは本当に参りました。
 もう一つの選択肢は、バスで一気に表町まで行くこと。幸いバス停は東岡山駅よりは近く、松葉づえでも20分弱。しかし、バスが時間通り来ない。バスに乗った後も苦労は続き、混雑している路線なので立って行くことになりますが、鉄道よりもはるかに揺れるため大変でした。道路も渋滞しているので、直接表町へ行く路線にも関わらず、岡山駅経由で路面電車を使っていくよりはるかに時間がかかった。
 
 電車に比べて、バスは(座れる場合はまだしも)身体に障害のある人にとっては、決してやさしくない乗り物であることを実感しました。少なくとも、路線バスは長時間乗る乗り物ではない。
 私は疑問に思ったのです、どうして私の地元の神戸のように、JRの駅からバスが出ていないのだろう?と。

(記事を改めます)


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