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国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その4:安定財源を失った先にあるもの) [岡山フィル]

 このシリーズ記事、前回はオーケストラの総入場者数が伸びている関西の中で、一つだけその波に乗り切れていないオーケストラがあることを述べた。
 実は、そのオーケストラこそが大阪フィルである。今回は第4回として「安定財源を失った先にあるもの」ということで、「大フィル」こと大阪フィルハーモニー交響楽団について見ていくことによって、公的支援の果たしていた役割について考えてみようと思う。
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※全体を表示するには、表をクリックしてください 金額に関する単位は千円。

 上にある表は、過去10年間の大阪フィルの経営数値である。関西全体の聴衆のパイが増える中、大フィルの総入場者数は2008年の17万4000人をピークに減少を続けている。井上道義が首席指揮者に就任し、本拠地を2500人もの収容人数を誇る新生「フェスティバルホール」に移した2014年には一時的に回復を見せるも、2015年には再び10年前の水準にまで戻っている。
 
 事業規模についても、2012年以降は「3管編成オーケストラ維持ライン」と思われる、10億円を下回る状況が続いており、事業総収入は地方自治体支援の額に連動して低下している状況が見て取れる。
 言うまでも無くオーケストラで最も経費がかかるのは人件費、単純計算で一人500万円としても、14型3管編成に必要な80人では4億円かかる。ここに首席手当や大規模編成時のエキストラ報酬も加わってくる。これが10型2管編成48名であれば2億4000万円程度に下がり、オーケストラを維持できる損益分岐点は当然、低くなる。
 「なんだ、当たり前のことじゃないか!」と思われるかもしれないが、この点はオーケストラ経営が民間企業の経営とは大きく異なる点で、民間企業は人件費をコストと考え、業務の機械化やIT化によってコストを削減する一方で、事業規模を拡大すればするほど設備や仕入れ値はロットが大きくなる分低減される。
 オーケストラは職人の技術を集約して、より芸術性の高い成果物を生産するための組織であり、人件費の削減は演奏品質の低下に直結する。演奏品質の低下はオーケストラの存在意義にかかわることで、ここは削減が難しい。それでは製品の生産コストを下げられるかというと、ホールの定員を大きくするとしてもせいぜい2500人程度までで、それ以上大きくなるとPAが必要となり、これもアコースティックなクラシック音楽としての存在意義に関わる。回数を増やそうにも年間365日は決まっており、品質を高めるためのリハーサルにも日数を取られるし、労働法上の規制もあるから、年間130日あたりが限度になるだろう。
 そう考えると、オーケストラはコスト削減の余地が極めて小さい興業である一方で、寄付的財源(売り上げとは関係のない、履行義務や債務の生じない財源)=民間スポンサーや公的補助、の大きさで、事業展開が可能な規模が、ほぼ決まってしまう。計算式で表すと
 演奏収入 + 寄付的財源 = 楽団人件費 + その他諸経費
 となり、演奏収入には限界値があり、その他諸経費を極限まで効率的に執行したとすると、楽団人件費は寄付的財源(民間スポンサーの寄付額や公的補助金)の規模に依存する。こういう財務体質となる宿命を負っている。
 これまで見てきた数値からも、大フィルがこれまで提供してきたレパートリーを維持するためには3管編成が不可欠であるが、その損益分岐ラインが10億円前後、ということになるのだ。
 ちなみに、結成以来2管編成のサイズのオーケストラである関西フィルと大阪響は、事業規模7.8億円の間で経営的には安定しており、長期的には集客も伸ばしている。
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 上の表は2015年度(岡山フィルは2016年度の数字を筆者が独自に集計)の地方自治体支援のランキングである(単位は千円)。東京以外で活動している、いわゆる地方オーケストラの中で3管編成を維持できているオーケストラには、おおむね3億円以上の地方自治体支援が入っている。大都市に必要な、「社会・文化インフラ」を維持し、都市の「格」を保っているといえるだろう。東京に行かずとも一流の音楽芸術に触れられる・・・地方都市に住む人間にとっては、これは地域への誇りや愛着、自らのアイデンティティの立脚点にもかかわる非常に大事なことである。
 逆の見方をすると、公的資金に頼らない自主運営で3管編成を保っているオーケストラは東京以外には存在しない、し得ないということだ。
 大阪フィルは2008年までは1.7億円以上の地方自治体支援を受けていた。もし、2007年と同額の地方自治体支援が、2015年まで継続されていたと仮定すると、2015年の事業規模は10億円を上回る計算になる。大フィルにとってはやはり地方自治体からの支援が打ち切られたことが、3管編成の維持という、経営の屋台骨を揺るがす契機になったと言える。
 
 地方自治体の補助金の使途は、その地域の住民が決める、これが地方自治の本旨である。補助金の打ち切りの政治判断までの流れは複雑であるが、乱暴に言ってしまうと、「一部の市民の趣味でしかなく、日本独自の文化でもないオーケストラの運営は、基本的には独立採算で賄われるべきものであり、その赤字補てんに公的補助をすることはまかにならん」というものだった。
 しかし、大フィルの歴史を辿ると、朝比奈隆が育て、大阪という都市を体現する風格と存在感を備えていた日本を代表するオーケストラであったことは否定できないだろう。西洋文化に支援は不要という理屈も首をかしげる。それであれば西洋由来のスポーツが(スポーツも人類が生み出した文化の一環)ほとんどを占めるオリンピックの開催やメダル獲得競争に何兆円もの公費を投入する理由も立たない。
 自治体補助の1.7億円がプライミングポンプとなって、民間支援の獲得や、集客の拡大、あるいはかつては「日本一CDを売るオケ」のレコーディングなどの付随事業の投資を可能にしていた。つまりは赤字事業の公的補てんという視点ではなく、12億円の規模の事業をうまく回転させ、のべ20万人近い人々に芸術性の高い(というとスノッブと受け取られかねないが、要諦は何百年という歴史のフィルターを経て生き残った一流の題材を、技能職人集団による一流の仕事で聴くことが出来る)音楽文化に触れる機会を与え、何十億円の経済波及効果を生み出していたビジネスを回転させていた。議論の中心は、プライミングポンプ(呼び水)として1.7億円が高いか安いか、に絞れらるべきだった。
 大フィルの過去10年の経営数値を見ていくと、その重要なプライミングポンプを失った後、大阪という町の凋落を象徴するように資金や人の回転・集客が悪化。このままでは堂々たる3管編成を維持することは難しくなり、中規模オーケストラへの縮小均衡の道を歩んでいるように見える。
 
 大フィルも手をこまねいていた訳ではないだろう、大阪府・大阪市の公的補助全廃の方針を受けて、様々な収入増加策を取った。定期演奏会チケットの値上げ、定期演奏会会場のフェスティバルホールへの移転、他にも僕が把握できていない対策がたくさん取られたのだろうと思う。
 しかし、経営数字を見ると状況は極めて厳しい。大フィルのファンとしては少々気が重いのだが、もう少し詳しく数字を見ていくことにする。
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 過去10年の大フィルの経営数値を再掲する(金額に関する単位は千円)。
 
 まずは「総入場者数」。2008年~2010年をピークに、長期的に下落傾向にある。2000年代後半の集客の好調さは、2006年から5年間開催された「大阪城星空コンサート」や2008年から始まり、2009年からは5万人以上をを動員する秋の一大イベントになった「大阪クラシック~御堂筋にあふれる音楽~」などのイベントを入り口として、新しい若いお客さんが大フィルに足を運んだのではないだろうか。この頃の定期演奏会の会場のロビーや終演後の楽屋(大植さんが毎回サインに応じていた)周りには若いファンや女性のファンが沢山居たことを思い出す。大阪市からの支援の打ち切りで星空コンサートが終演し、大阪クラシックも大フィルだけのイベントでは無くなったことで、徐々に大フィルのプレゼンスが弱くなってきたことが考えられる。
 
 次に事業総収入の加盟団体内でのポジションを見てみよう。
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 2007年の総事業収入と総入場者数の散布図である。より詳しい傾向を分析するため、N響・読響・東フィルは「外れ値(統計処理上、けた外れに高いなどの例外的なデータ)」として除いてある。
 2007年(12億円)の大フィルのポジションは加盟団体29団体中、7位の位置につけており、N響・読響・都響・東フィル(30~16億円)には及ばないものの、新日フィル、日フィル、東響、名古屋フィルらとともに、第2集団の位置に付けていた。僕の感覚的な楽団の演奏能力もこれらの在東京オーケストラにひけを取らない水準だったと思う。
2015総事業収入.JPG
 次に2015年の総事業収入と総入場者数の散布図である。こちらのグラフも、N響・読響・東フィルは「外れ値」として除いてある。 
 2015年(8.3億円)の大フィルの総事業収入は、加盟34団体中14位に後退。在東京主要オーケストラの後塵をことごとく拝し、名古屋フィル(10.8億円)、仙台フィル(10.1億円)、札響(10億円)、群響(8.5億円)にも凌駕されており、九響とほぼ同等の事業規模となっている。
 
 また、楽員数37人のオーケストラアンサンブル金沢(8.2億円)や51人の日本センチュリー交響楽団(7.5億円)など、小規模編成のオーケストラと同種準の事業規模であることから、単純計算ではあるが、人件費はこの2楽団よりも相当抑え込まれていることが予想され、楽団の質の低下が懸念される危険水準にあると察せられる。
(※補足、大フィル事務局から公表されている資料によると、2016年度の総収入額は9.7億円にまで回復しているようだ)
 
 いっそう深刻なのが、演奏収入も大幅に落ち込んでいることである。
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 2007年の演奏収入と総入場者数の散布図。この年の演奏収入は6.2億円あり、業界内でもかなり高い水準だったが、この年をピークに長期低落傾向にあり、2014年の井上道義の首席指揮者就任の年には一時的に回復したものの、2012、14~15年は過去10年間での最低水準が続いている。
 2015年の演奏収入(4.3億円)を加盟団体と比較してみよう。
 2015演奏収入.JPG
 在東京オーケストラはおろか札響(5.4億円)や仙台フィル(4.8億円)などの100万都市のオーケストラにも大幅な後れを取っているばかりか、背後には同じ大阪が本拠の大阪響(4.15億円)や関西フィル(4億円)が迫ってきている状況。これを見ると、大フィルはもはや西日本の横綱とは言えず、大阪での一番手のオーケストラとしての地位さえも危うくなっている。
 演奏収入の大幅な減少の原因は、依頼公演の回数の低下にあるのは明白で、一つの原因として「大フィル」というブランド力の低下があるのではないか。じっさい、私の住む中四地方でも、関西フィルや大阪響が出演するコンサートは多いが、大フィルが登場する公演はめっきり少なくなった印象がある。2管編成の規模であれば(おそらく出演料等が安い)関フィルや大響で充分なのだから。
(※補足、大フィル事務局から公表されている資料によると、2016年度の演奏収入額は5.1億円にまで回復している)
 これらのデータを見ると、大フィルの苦境の根本的な原因は、3管編成をなんとか維持したいオーケストラ側の経営ビジョンに対し、2管編成ラインにある財務状況、この両者がかみ合っていない点にあるように思う。それを横目に関西フィルや大響などの10型2管編成の小回りのきくオーケストラと、需要の獲得競争にさらされているが、安定財源を有しないため演奏上の強みであり楽団の個性でもある3管編成の性能を発揮しきれていない展開になっている。
 
 暗い話題ばかりになってしまったので、少しでも明るい点を探すとすると、まずは会員数の増加がある。「ソワレ・シンフォニー」や「マチネ・シンフォニー」の会員が別に計上されている可能性があるが、そうだとしても大フィルを愛する熱心な会員に支えられていることが疑いようはない。
 そして、民間支援の層の厚さ。特に、2015年には前年比1.2億もの支援額の増加が見られ、新聞社の専属オケである読響に次ぐ、国内2位の民間支援額を獲得している。
民間支援.JPG
※単位は千円。

 上のデータを見る限り、大フィルは民間資金の獲得にかなり努力している。頑張っているなあ、という印象。
 
 今後は2018年度に就任する尾高忠明・新音楽監督のもと、まずは依頼演奏を増やし、演奏収入と総入場者数について大植英次音楽監督時代のピークの数字(6.2億円、17万人)にまで戻すことが至上命題になろう。そうすれば事業規模10億円台に復帰し、楽団員数を元に戻し、堂々たる3管編成オーケストラへ復活する目途が立って来る。実際、2016年度には演奏収入の回復により、9.7億円にまで回復しつつある(大フィルの公表資料から筆者が独自に集計)。
 大植時代の本拠地が、1700人キャパのザ・シンフォニーホールであったことを鑑みると、演奏収入6.5億円は目指したいところである。そうすれば在東京オーケストラの第2集団に匹敵する事業規模を展開することができ、朝比奈隆時代の4管編成に戻すことも視野に入ってくる。
 自治体の支援もなく、巨大スポンサーも存在しない=安定財源の無い自主運営のオーケストラが、どこまでやれるのか、それは大阪という町の底力が問われているように思う。大フィルの今後に注目したい。

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伊閣蝶

第4弾。
厳粛な想いで拝読しました。
大阪フィルの現状がここまで追い詰められていることを、精緻かつ詳細な分析で示していただき、ある意味では衝撃でしたが、その原因もわかり、大変有益でした。
しかし、当の大フィルにとってみれば有益などといっておられるような状況にはもちろんなく、最後に明るい材料をお示しいただきましたが、依然予断は許さないところでしょう。
朝比奈や大植といった大指揮者のもとで、世界に冠たるオーケストラとして在京の我々の羨望の的であった大フィルの復活を懇願するものです。
こうした惨劇の引き金を引いた橋下某は、政界からは引退などといいつつ、いまだにツイッターなどで生臭い発言をしています。
大阪市民の文化に対する思い入れがいかなるものか、私も期待を込めて注視したいと思います。
by 伊閣蝶 (2017-11-16 12:52) 

ヒロノミン

>伊閣蝶さん
 いつもコメントありがとうございます。
 私たちにとっては、大阪フィルの実績と独特のサウンドと存在感はお金には換算できない宝石のような存在ですが、「公共的な支援をする価値無し」と判断する政治家、それを熱狂的に支持する人々がこんなに存在することに落胆を隠せません。

 もともと岡山フィルの将来について考えるシリーズ記事でしたが、この大フィルの記事を掲載してから、平日にもかかわらず普段の3倍のアクセスがありました。大フィルに対する皆さんの注目の高さが伺えます。
 僕は、時間はあまり残されていないと感じていまして、伊閣蝶さんは充分ご存知のことながら書かせていただくと、音楽家にこそ、活動する都市を選ぶ権利があり、ましてや大フィルレベルの楽団の音楽家であれば引手あまたです。
 大阪の街が彼らを『本当に大切な存在』と思い、公的補助の復活は難しい情勢としても、何らかのアクションを起こし、大フィルにふさわしい事業規模の回復を達成しなければ、現状の環境で歯を食いしばって留まっている団員さんにも限界が来るでしょう、ましてや自分の将来を賭けて、以前と同じ水準の奏者が飛び込んでくることも期待できなくなります。
 大フィルの未来が明るいものであることを祈ります。
by ヒロノミン (2017-11-17 20:19) 

恐怖のたぬき野郎

ヒロノミンさん、貴重な情報開示に感謝します。大阪フィルの苦境は衝撃的であり、極端な話、阪神タイガースの身売りに等しい事態ですが、私は神戸にいるものの、維新と闘っている皆さんと連絡を取っており、そして時々大阪に行くと、外国人観光客でにぎわっている他は荒廃しており、住吉市民病院を二重行政として橋下知事が廃止を決めて、ところが頓挫、跡に市立病院を建てると吉村市長は言い出して、これは、本来なら、吉村、松井両氏に加えて橋下氏の責任も問うべきです。
大阪はカジノ(バクチ場)や万博誘致に熱心なものの、先の総選挙でも、松井知事は実施していない学校の無償化を実現したと嘘を言い、メディアも検証しません。
ジャーナリストの松本創さんの労作「誰が橋下徹を作ったか」によると、メディア関係者は受験競争などを勝ち抜いた勝ち組で、それで新自由主義を信奉して橋下氏を持ち上げているというのです。そして、クラシック音楽を聴く観客の多くもおそらくそうで、昨年のインバルと大阪フィルのマーラーの不調も、維新により資金を切られたためなのに、それを指摘する声はなく、大阪フィルを批判するのみ、これは過労死の絶えないこの国の実情です。
大阪フィルが行き詰れば、大阪と言う町の死を意味します。カジノなどやめて、文楽やオーケストラを支えないと、本当に大阪は死にます(すでに多くの企業が本社を東京に移した)、お元気で。
by 恐怖のたぬき野郎 (2017-11-19 11:53) 

離島の鯉党

広島在住の者です。たいへん興味深く、衝撃をもって、記事を読ませていただきました。
大フィルは朝比奈翁の時代に、何度も新幹線に乗って、聞きに行きました。
去年、三原でのコンサートで、久しぶりに大フィルを聞きましたが、よく、まとまった演奏でありましたが、朝比奈翁時代のサウンドは薄らいだ、との感想を抱きました。今、たいへんな苦境にあるのですね。
リクエストして差し支えなければ広島交響楽団の分析なども読みたく存じます。
by 離島の鯉党 (2017-11-19 14:42) 

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