So-net無料ブログ作成
検索選択

日本センチュリー響いずみホール定期No.32 飯森範親指揮 pf:小山実稚恵 [コンサート感想]

日本センチュリー交響楽団いずみホール定期演奏会No.32  ハイドン・マラソン
PICT_20160812_181939.JPG
ハイドン/交響響第9番
モーツァルト/ピアノ協奏曲第9番「ジェナミ」
 ~ 休憩 ~
ハイドン/交響曲第27番
  〃 /交響曲第70番

指揮:飯森範親
ピアノ独奏:小山実稚恵
コンサートマスター:荒井英治

 6月にセンチュリーのハイドンマラソンに初めて参加。その(もはや健全な麻薬と言ったら差し支えがあるか)極上サウンドに惚れ込み再び参加。
 改めて実演に接してみると、こんな高水準な室内オーケストラを4500円で聴ける喜び。この極上のサウンド、すごいよセンチュリー響。
 いずみホールのふかふかの椅子に美を沈めて聴く、輝かしくもしなやかでたおやかで、それでいて何が起こってもびくともしない(センチュリー、上手いから何も起こりようがないんですが)堅牢なアンサンブルを聴く安心感。27番なんてめちゃめちゃアグレッシブな演奏なのに、サウンドのまろやかさはいささかも損なわれず、古典派交響曲を聴く手応え歯応え耳応えに、70番を聴き終わった瞬間に「余は満足じゃ」と言ってしまいそうになりました。
(8月15日 追記)

Point Blur_20160815_222031.jpg
※開演前に撮影
 お客さんの入りは9割5分。キャパ800人のいずみホールとはいえ、ほぼ満員の盛況。客席の雰囲気も非常に良好で、皆さん集中しつつもリラックスして耳を傾ける。
 今回のハイドン、3曲とも本当に素晴らしすぎです!1曲目の9番の冒頭から、それは象徴されていた。冒頭の3つの音の輝かしい音、マイルドにブレンドされた木管と弦、すっきりとしつつも厚みのある弦のトレモロ。センチュリーから発せられる音楽のどれもこれもが非常に練られていて、超ハイレベルかつ絶妙のバランスと味付けを効かせてくる。これを客席で聴いていると本当に気持ちがいいのですよ。
 続いてモーツァルトのピアノ協奏曲第9番。最近の研究で、「ジェナミ」というスペル・発音が正しいことがわかってきたそうです。
 小山さんのピアノは先月につづいての鑑賞。チャイコフスキーやラフマニノフ弾きという一般的なイメージがよりも、僕は小山さんのは、このモーツァルトやシューマンが聴きものだと思っています。ソリストもオーケストラもモーツァルトの一筆書き・天衣無縫さの魅力を引き出した好演でした。座席の位置が悪く(中段の最右翼の席)、演奏をする小山さんの手元が全く見えませんでしたが、肩から上を見ているだけで指の周りまで透けて見えるような不思議な感覚になりました。
 演奏の内容とは別に、ひとつ感じたこと。モーツァルトの音楽とハイドンの音楽の違いがこれほど違うのか!ということです。前述のとおり、モーツァルトは「一筆書きですらすらと書ききった魅力」というものがありますが、ハイドンの構築美と職人技、そして絶妙なアイデア・遊びの奥深さをセンチュリーのこのシリーズで知ってしまうと、モーツァルトの初期の楽曲というのは、どうしても聴き劣りする、というのが正直な感想でした。
 27番の両端楽章はまさに疾風怒濤。センチュリーも一気呵成に突っ込んでいく、それなのに音のまろやかさやハイドン独特の幾何学的な美しさの世界はいささかも損なわれないことに心底痺れた。第2楽章のすべてノンビブラートでの演奏。次代の趨勢とはいえ完全なピリオド演奏というのは僕はあまり好きではないのだが、こういう効果的にノンビブラートのピュアトーンを使う演奏は、本当に心が洗われる。8型~10型のセンチュリーは何でもやってしまう器用さがあります。

 最後の70番、一度聴いたら忘れない変則的なリズムで開始するこの曲。生演奏のインパクトを差し引いても、手持ちのドラティ&フィルハーモニア・フンガリカ、フィッシャー&オーストリア=ハンガリー・ハイドン管、両名盤を凌駕する完成度を誇った演奏。これほどのアンサンブルの厚みと機動力と、しなやかさを鼎立させた演奏は無いのではないか?トランペット・ホルンがとにかく上手い。ティンパニ・木管も負けていないし、弦部隊もすべてのプルトの奏者の実力がハイレベル。世界中見渡しても、現時点でのモダン楽器によるハイドン演奏のトップレベルにあると感じた演奏でした。

 今回の3曲を聴いただけでも、ハイドンというのは後の作曲家に膨大な影響を与えていったのかよくわかる。27番の両端楽章はシューマン2番のスケルツォにつながっているように思うし、70番の変則的なリズムはニールセン3番などを思わせる。まさにシンフォニーの源流。モーツァルトの41番の大フーガもハイドンの70番がなければ、存在しなかったのでは、とも思う。

 そして2回接しただけでわかるセンチュリーが描くハイドンの世界の深化。6月のシリーズの演奏会よりも、なおいっそうレベルの高い演奏になっていた。まるで伝統工芸品のようなディテールまでの作り込み、そして泉のように湧き出る豊かなニュアンス、全てが深化している印象を受けました。6月の演奏だって相当レベルの高い演奏だったのに、「まだ上に行けるの!」と驚嘆するしかない。終演後も、まるでブルックナーの交響曲を聴いた後のような、客席の熱さと拍手喝采。センチュリーのメンバーも皆さんもかなり手応えがあったのだろう。顔が紅潮し、たいへんな満足感に満たされている様子でした。
 休憩中や終演後の雰囲気も本当に良くて、たぶん質の高い常連客がしっかりついているのでしょう。まさにセンチュリーのハイドンは、格調高く上質な、しかも極めて饒舌な大阪らしい音楽でした。
PICT_20160812_181955.JPG

 今も堺筋沿いや中之島に残る瀟洒な大正建築。あるいは阪神間モダニズムと言われた文化人たちのサロン、その後いったん焼け野原になった後に朝比奈隆を中心に据えて、大阪の文化人たちが支援し築き上げた関西の音楽文化。センチュリーのハイドンはその正統たる系譜に並ぶものだと思う。
 朝比奈隆はベートーヴェン・ブルックナー・ブラームスで、音楽の「モダンシティ・大大阪時代」を作り上げた。センチュリーはその特色を生かしてハイドンで大阪の音楽文化の正統的系譜を進んでいる。

 やはり大阪にはドイツ音楽がよく似合うのです。おそらく飯森さんは、こういった大阪の歴史や文化をかなり研究してこのシリーズを企画した。休憩時間のサロン的空気は、僕が子供時代にフェスティバルホールの赤絨毯のラウンジで羨望をもって見つめたあの空気と同じものです。その空気に、今、(僕は大阪の人間ではないけれど)当事者・時代の共有者として立ち会えている。このコンサートで得られる幸福感・満足感はそうしたところからも来ているのだと思います。

nice!(2)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 2

コメント 2

はっていん

偶然検索でたどり着きました。
関西在住(センチュリーの会員)ですのでセンチュリーのハイドンマラソンは毎回行ってます。
昔の貴族の時代に戻った気分になって毎回優雅で癒されてます。

センチュリーの団員さん&小編成のアンサンブル力の高さを活かした素敵な企画だなぁ〜って本当に思います。
by はっていん (2016-08-18 09:18) 

ヒロノミンV

>はってぃんさん
 コメントありがとうございます。仰るとおり、センチュリーのこのサイズのアンサンブルは絶品ですね!いずみほーるの質の高い空間で聴くと、18世紀の貴族になったような気分になれます。
 私は岡山在住ですが、万難を排して12月にも本気で行こうかと思っています。
by ヒロノミンV (2016-08-19 16:42) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0