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大阪フィル第498回定期演奏会(1日目) ウルバンスキ指揮  Pf:ヴィニツカヤ [コンサート感想]

大阪フィルハーモニー交響楽団第498回定期演奏会(1日目公演)
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チャイコフスキー/幻想序曲「ロメオとジュリエット」
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番ハ短調
ルトスワフスキ/管弦楽のための協奏曲

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指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ
ピアノ独奏:アンナ・ヴィニツカヤ
コンサートマスター:田野倉雅秋

2016年5月20日 フェスティバルホール

 アバドやメータが脚光を浴び始めた頃、それを見つめる人々はこんな感じやったんでしょうか?
 あるいはヤンソンスがオスロに、あるいはラトルがバーミンガムにいる頃は、その新しいサウンドに人々は狂喜したに違いない。

 今回の大フィル定期、やっぱりウルバンスキの存在感です。何十年か後に、「ああ、ウルバンスキね。彼のルトスワフスキのオケコンを聴いたときは、新しい時代が来た!とおもったな~」などと、若い連中に自慢するのだ。間違いなく彼は楽壇を背負う運命にあると思います。
 フルトヴェングラーの気で発するような指揮が伝説になってまだ間もない時代。小澤征爾が「指揮技術」で革命を起こしたように、ウルバンスキの鮮烈なサウンドは新しい時代を告げるものになるかもしれない。

 そのみなぎる才「鬼」に当たってしまいました。新しいサウンドに没入して、脳みそに熱が帯びている、そんな感じです。

 ヴィニツカヤさん。僕は初めて名前を知りましたが、エリザベート王妃でぶっちぎりの優勝という経歴を見るまでもなく、打鍵とテクニックはただ者ではないのですが、なんともチャーミングというか、どのピアニストも渾身の気迫と濃厚な情感を込めて弾く、この曲を、まるでモーツアルトのコンチェルトでも弾くように、さらりとチャーミングに弾ききってしまいました。

 これがウルバンスキのシャープだけど細かく作り込まれた大フィルの伴奏と相まって、今まで聴いたことがない新時代を告げるラフマニノフだったとおもいます。
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(5月22日追記)

・編成は14型2管編成ストコフスキー配置。ヴィオラがアウト、チェロがインド。ルトスワフスキで管が3管になり、ピアノ、チェレスタ、シロフォン、スネア、銅鑼などが加わる。

チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」

・弦と木管の掛けあいから速度を増して、この曲の運命的な主題が鳴った瞬間。びっくりした!こんなん、今まで聞いたことが無い!なんなんだこの立体感と奥行きと、精密機械をスケルトンで見るような解像度の高さは。とても言葉では言い表せないんです。

・ウルバンスキの何が新しいのか、何がすごいのか?それを文章化出来ない自分は、もう聴き手としては旧世代…なんだと思います。今まで慣れ親しんだ音楽が邪魔をして、頭の中で消化しきれない。「ロメオとジュリエット」というたった20分そこそこの曲を聞いただけでこんなに疲れますか(苦笑)頭が火照っているのが自分でもわかる。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

・ジャムがたっぷり入ったロシアンティー、そんな演奏に多く触れてきたこの曲ですが、やはりウルバンスキは只者ではない。ややもすればだれ気味になる曲が、あっという間に時間が過ぎた。

・アンサンブルの密度の濃さはなんなんでしょう。第一楽章のピアノとオケが一体になった音階上昇の部分。ヴィニツカヤのピアノもまったくオーケストラに隠れる事が無い。その打鍵の強さと音の粒立ちは特筆ものだが、オーケストラの方も各パートの音が立体的に聞こえてくる。メインのメロディーラインに、それを支える対旋律、内声部、そんな単純な構造ではなく、あらゆるパートのあらゆる音が輪郭をしっかり持って聴こえてくる。それでいて透徹した筋肉質な絶妙のバランスのハーモニーって、意味が分からないことを書いていますよね。

・この部分に限らず、彼の細かい演奏設計を逐一挙げても、あの衝撃は語れないんです。自分達の世代とは全く違う耳を持ち、違う脳で情報処理している、そう思うしかない。ヴィニツカヤもそういう音楽に共鳴して、見事にウルバンスキの音楽と渡り合った。

・ソリストアンコールのショスタコーヴィチの小品も気が効いていてよかった。

ルトスワフスキ:管弦楽のための協奏曲

・前半の演奏を聴いた人がチケットをみるみる買っていた。2日目は学生席の3階席にまで一般客を入れる盛況だったらしい。自分の目で見て「凄い」と思ったものにはお金を惜しまない大阪人らしさ全開。

・ルトスワフスキは、ウルバンスキにとって最も大切な作曲家だそうだ。CDで聞くのとは全然違うし、ウルバンスキだから、と言うのもあるのだろう。こんなに立体的で宇宙的で奥行きのある音楽だとは思わなかった。

・大フィルが超高性能オケに変身した。大植時代から、ハルサイやバルトークのオケコンなど、こういう曲も得意のレパートリーになっているのは知っていたけれど、ウルバンスキのオケの潜在能力の引き出し方はすごい。大フィルが機敏に反応している。しかし大フィルというオケは、「こいつと心中する!」と覚悟を決めた時の集中力と反応の切れ味には物凄いものがあるなあ。

・『協奏曲』の名のとおり、各パートの掛け合いがスリリング。各パートの音が明瞭にして混ざらないウルバンスキのタクト裁きは、この曲において最も本領を発揮した。デジタルで3Dな音楽の作り方、とでも言うのだろうか?うーん、やっぱりうまく言えない。こんなサウンド聴いたことが無い。

・2曲目のラフマニノフの協奏曲もそうでしたが、客席もウルバンスキのコントロール下に置かれているようで、空気が全く弛緩しない。見えない糸で客席をコントロールしているかのような静まり返り方。

・第2楽章は何とも言えない美しさ、ヴォーンウィリアムスのようでもあるが、一番近い のは武満や今年の2月に聴いた糀場富美子にも通じるような日本人作曲家の水墨画のよ うなモノクロームの世界の微妙な色彩の移り変わり。その繊細な美しさを「美しい」と 感じる感性。ウルバンスキがルトスワフスキをメインに持ってきたのは、日本人ならこ の曲の美しさに共鳴する、との思いがあったのかもしれない。

・ウルバンスキのタクトはここでも、各パートの音を明瞭にして、微妙に音の出し入れを行いながら、美しいハーモニーと各パートの音の醍醐味を救い上げて見せる。ああ、こんな場面でこのパートがこんな動きをしていたのか。

・フィナーレはバッハへのオマージュか。コントラバスのオスティナートが他のパートへ 連鎖し、壮大なシャコンヌを形成する。

・彼の耳や目には、全部のパートが同時進行に見えているのだろう。それをコクピットで微妙な出し入や内声部のどこを明瞭にするのか、途方もないパターンの計算を行ってやっている?のかも?自信なし・・・。

・これまでに登場したモチーフとともに混沌を極めながら、最後に印象的な4つの音階のモチーフが登場する、この執拗に登場する4音のモチーフは、僕にはショスタコーヴィチの、「レミドシ」の音階に聴こえてくる。

・岡山フィルでも素晴らしい演奏を聞かせてくれていた、木下雄介さんが大フィルのヴィオラトップ奏者に就任したとのこと。おめでとうございます。と同時に、やっぱり岡山フィルの脆弱な待遇では、このレベルの奏者は次々にメジャーオケに持って行かれてしまいますね…。

・ルトスワフスキのオケコンでは、僕はウルバンスキの棒先しか見ていなかった。素人の私にでも、棒先を見るだけで彼がみている世界が眼前に広がって見えた。大袈裟じゃなく冥土の土産が出来た。自分よりも一回り以上若い世代の、ほとばしる才能に、ただただひれ伏した一夜だった。

・類まれなリズム感とタクトの切れ味。オーケストラを掌握する実力。これはサロネンやラトルに並ぶ才能と言っても過言じゃないでしょう。

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中之島のツインタワーが並び立ちましたね。


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