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国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その4:安定財源を失った先にあるもの) [岡山フィル]

 このシリーズ記事、前回はオーケストラの総入場者数が伸びている関西の中で、一つだけその波に乗り切れていないオーケストラがあることを述べた。
 実は、そのオーケストラこそが大阪フィルである。今回は第4回として「安定財源を失った先にあるもの」ということで、「大フィル」こと大阪フィルハーモニー交響楽団について見ていくことによって、公的支援の果たしていた役割について考えてみようと思う。
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※全体を表示するには、表をクリックしてください 金額に関する単位は千円。

 上にある表は、過去10年間の大阪フィルの経営数値である。関西全体の聴衆のパイが増える中、大フィルの総入場者数は2008年の17万4000人をピークに減少を続けている。井上道義が首席指揮者に就任し、本拠地を2500人もの収容人数を誇る新生「フェスティバルホール」に移した2014年には一時的に回復を見せるも、2015年には再び10年前の水準にまで戻っている。
 
 事業規模についても、2012年以降は「3管編成オーケストラ維持ライン」と思われる、10億円を下回る状況が続いており、事業総収入は地方自治体支援の額に連動して低下している状況が見て取れる。
 言うまでも無くオーケストラで最も経費がかかるのは人件費、単純計算で一人500万円としても、14型3管編成に必要な80人では4億円かかる。ここに首席手当や大規模編成時のエキストラ報酬も加わってくる。これが10型2管編成48名であれば2億4000万円程度に下がり、オーケストラを維持できる損益分岐点は当然、低くなる。
 「なんだ、当たり前のことじゃないか!」と思われるかもしれないが、この点はオーケストラ経営が民間企業の経営とは大きく異なる点で、民間企業は人件費をコストと考え、業務の機械化やIT化によってコストを削減する一方で、事業規模を拡大すればするほど設備や仕入れ値はロットが大きくなる分低減される。
 オーケストラは職人の技術を集約して、より芸術性の高い成果物を生産するための組織であり、人件費の削減は演奏品質の低下に直結する。演奏品質の低下はオーケストラの存在意義にかかわることで、ここは削減が難しい。それでは製品の生産コストを下げられるかというと、ホールの定員を大きくするとしてもせいぜい2500人程度までで、それ以上大きくなるとPAが必要となり、これもアコースティックなクラシック音楽としての存在意義に関わる。回数を増やそうにも年間365日は決まっており、品質を高めるためのリハーサルにも日数を取られるし、労働法上の規制もあるから、年間130日あたりが限度になるだろう。
 そう考えると、オーケストラはコスト削減の余地が極めて小さい興業である一方で、寄付的財源(売り上げとは関係のない、履行義務や債務の生じない財源)=民間スポンサーや公的補助、の大きさで、事業展開が可能な規模が、ほぼ決まってしまう。計算式で表すと
 演奏収入 + 寄付的財源 = 楽団人件費 + その他諸経費
 となり、演奏収入には限界値があり、その他諸経費を極限まで効率的に執行したとすると、楽団人件費は寄付的財源(民間スポンサーの寄付額や公的補助金)の規模に依存する。こういう財務体質となる宿命を負っている。
 これまで見てきた数値からも、大フィルがこれまで提供してきたレパートリーを維持するためには3管編成が不可欠であるが、その損益分岐ラインが10億円前後、ということになるのだ。
 ちなみに、結成以来2管編成のサイズのオーケストラである関西フィルと大阪響は、事業規模7.8億円の間で経営的には安定しており、長期的には集客も伸ばしている。
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 上の表は2015年度(岡山フィルは2016年度の数字を筆者が独自に集計)の地方自治体支援のランキングである(単位は千円)。東京以外で活動している、いわゆる地方オーケストラの中で3管編成を維持できているオーケストラには、おおむね3億円以上の地方自治体支援が入っている。大都市に必要な、「社会・文化インフラ」を維持し、都市の「格」を保っているといえるだろう。東京に行かずとも一流の音楽芸術に触れられる・・・地方都市に住む人間にとっては、これは地域への誇りや愛着、自らのアイデンティティの立脚点にもかかわる非常に大事なことである。
 逆の見方をすると、公的資金に頼らない自主運営で3管編成を保っているオーケストラは東京以外には存在しない、し得ないということだ。
 大阪フィルは2008年までは1.7億円以上の地方自治体支援を受けていた。もし、2007年と同額の地方自治体支援が、2015年まで継続されていたと仮定すると、2015年の事業規模は10億円を上回る計算になる。大フィルにとってはやはり地方自治体からの支援が打ち切られたことが、3管編成の維持という、経営の屋台骨を揺るがす契機になったと言える。
 
 地方自治体の補助金の使途は、その地域の住民が決める、これが地方自治の本旨である。補助金の打ち切りの政治判断までの流れは複雑であるが、乱暴に言ってしまうと、「一部の市民の趣味でしかなく、日本独自の文化でもないオーケストラの運営は、基本的には独立採算で賄われるべきものであり、その赤字補てんに公的補助をすることはまかにならん」というものだった。
 しかし、大フィルの歴史を辿ると、朝比奈隆が育て、大阪という都市を体現する風格と存在感を備えていた日本を代表するオーケストラであったことは否定できないだろう。西洋文化に支援は不要という理屈も首をかしげる。それであれば西洋由来のスポーツが(スポーツも人類が生み出した文化の一環)ほとんどを占めるオリンピックの開催やメダル獲得競争に何兆円もの公費を投入する理由も立たない。
 自治体補助の1.7億円がプライミングポンプとなって、民間支援の獲得や、集客の拡大、あるいはかつては「日本一CDを売るオケ」のレコーディングなどの付随事業の投資を可能にしていた。つまりは赤字事業の公的補てんという視点ではなく、12億円の規模の事業をうまく回転させ、のべ20万人近い人々に芸術性の高い(というとスノッブと受け取られかねないが、要諦は何百年という歴史のフィルターを経て生き残った一流の題材を、技能職人集団による一流の仕事で聴くことが出来る)音楽文化に触れる機会を与え、何十億円の経済波及効果を生み出していたビジネスを回転させていた。議論の中心は、プライミングポンプ(呼び水)として1.7億円が高いか安いか、に絞れらるべきだった。
 大フィルの過去10年の経営数値を見ていくと、その重要なプライミングポンプを失った後、大阪という町の凋落を象徴するように資金や人の回転・集客が悪化。このままでは堂々たる3管編成を維持することは難しくなり、中規模オーケストラへの縮小均衡の道を歩んでいるように見える。
 
 大フィルも手をこまねいていた訳ではないだろう、大阪府・大阪市の公的補助全廃の方針を受けて、様々な収入増加策を取った。定期演奏会チケットの値上げ、定期演奏会会場のフェスティバルホールへの移転、他にも僕が把握できていない対策がたくさん取られたのだろうと思う。
 しかし、経営数字を見ると状況は極めて厳しい。大フィルのファンとしては少々気が重いのだが、もう少し詳しく数字を見ていくことにする。
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 過去10年の大フィルの経営数値を再掲する(金額に関する単位は千円)。
 
 まずは「総入場者数」。2008年~2010年をピークに、長期的に下落傾向にある。2000年代後半の集客の好調さは、2006年から5年間開催された「大阪城星空コンサート」や2008年から始まり、2009年からは5万人以上をを動員する秋の一大イベントになった「大阪クラシック~御堂筋にあふれる音楽~」などのイベントを入り口として、新しい若いお客さんが大フィルに足を運んだのではないだろうか。この頃の定期演奏会の会場のロビーや終演後の楽屋(大植さんが毎回サインに応じていた)周りには若いファンや女性のファンが沢山居たことを思い出す。大阪市からの支援の打ち切りで星空コンサートが終演し、大阪クラシックも大フィルだけのイベントでは無くなったことで、徐々に大フィルのプレゼンスが弱くなってきたことが考えられる。
 
 次に事業総収入の加盟団体内でのポジションを見てみよう。
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 2007年の総事業収入と総入場者数の散布図である。より詳しい傾向を分析するため、N響・読響・東フィルは「外れ値(統計処理上、けた外れに高いなどの例外的なデータ)」として除いてある。
 2007年(12億円)の大フィルのポジションは加盟団体29団体中、7位の位置につけており、N響・読響・都響・東フィル(30~16億円)には及ばないものの、新日フィル、日フィル、東響、名古屋フィルらとともに、第2集団の位置に付けていた。僕の感覚的な楽団の演奏能力もこれらの在東京オーケストラにひけを取らない水準だったと思う。
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 次に2015年の総事業収入と総入場者数の散布図である。こちらのグラフも、N響・読響・東フィルは「外れ値」として除いてある。 
 2015年(8.3億円)の大フィルの総事業収入は、加盟34団体中14位に後退。在東京主要オーケストラの後塵をことごとく拝し、名古屋フィル(10.8億円)、仙台フィル(10.1億円)、札響(10億円)、群響(8.5億円)にも凌駕されており、九響とほぼ同等の事業規模となっている。
 
 また、楽員数37人のオーケストラアンサンブル金沢(8.2億円)や51人の日本センチュリー交響楽団(7.5億円)など、小規模編成のオーケストラと同種準の事業規模であることから、単純計算ではあるが、人件費はこの2楽団よりも相当抑え込まれていることが予想され、楽団の質の低下が懸念される危険水準にあると察せられる。
(※補足、大フィル事務局から公表されている資料によると、2016年度の総収入額は9.7億円にまで回復しているようだ)
 
 いっそう深刻なのが、演奏収入も大幅に落ち込んでいることである。
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 2007年の演奏収入と総入場者数の散布図。この年の演奏収入は6.2億円あり、業界内でもかなり高い水準だったが、この年をピークに長期低落傾向にあり、2014年の井上道義の首席指揮者就任の年には一時的に回復したものの、2012、14~15年は過去10年間での最低水準が続いている。
 2015年の演奏収入(4.3億円)を加盟団体と比較してみよう。
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 在東京オーケストラはおろか札響(5.4億円)や仙台フィル(4.8億円)などの100万都市のオーケストラにも大幅な後れを取っているばかりか、背後には同じ大阪が本拠の大阪響(4.15億円)や関西フィル(4億円)が迫ってきている状況。これを見ると、大フィルはもはや西日本の横綱とは言えず、大阪での一番手のオーケストラとしての地位さえも危うくなっている。
 演奏収入の大幅な減少の原因は、依頼公演の回数の低下にあるのは明白で、一つの原因として「大フィル」というブランド力の低下があるのではないか。じっさい、私の住む中四地方でも、関西フィルや大阪響が出演するコンサートは多いが、大フィルが登場する公演はめっきり少なくなった印象がある。2管編成の規模であれば(おそらく出演料等が安い)関フィルや大響で充分なのだから。
(※補足、大フィル事務局から公表されている資料によると、2016年度の演奏収入額は5.1億円にまで回復している)
 これらのデータを見ると、大フィルの苦境の根本的な原因は、3管編成をなんとか維持したいオーケストラ側の経営ビジョンに対し、2管編成ラインにある財務状況、この両者がかみ合っていない点にあるように思う。それを横目に関西フィルや大響などの10型2管編成の小回りのきくオーケストラと、需要の獲得競争にさらされているが、安定財源を有しないため演奏上の強みであり楽団の個性でもある3管編成の性能を発揮しきれていない展開になっている。
 
 暗い話題ばかりになってしまったので、少しでも明るい点を探すとすると、まずは会員数の増加がある。「ソワレ・シンフォニー」や「マチネ・シンフォニー」の会員が別に計上されている可能性があるが、そうだとしても大フィルを愛する熱心な会員に支えられていることが疑いようはない。
 そして、民間支援の層の厚さ。特に、2015年には前年比1.2億もの支援額の増加が見られ、新聞社の専属オケである読響に次ぐ、国内2位の民間支援額を獲得している。
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※単位は千円。

 上のデータを見る限り、大フィルは民間資金の獲得にかなり努力している。頑張っているなあ、という印象。
 
 今後は2018年度に就任する尾高忠明・新音楽監督のもと、まずは依頼演奏を増やし、演奏収入と総入場者数について大植英次音楽監督時代のピークの数字(6.2億円、17万人)にまで戻すことが至上命題になろう。そうすれば事業規模10億円台に復帰し、楽団員数を元に戻し、堂々たる3管編成オーケストラへ復活する目途が立って来る。実際、2016年度には演奏収入の回復により、9.7億円にまで回復しつつある(大フィルの公表資料から筆者が独自に集計)。
 大植時代の本拠地が、1700人キャパのザ・シンフォニーホールであったことを鑑みると、演奏収入6.5億円は目指したいところである。そうすれば在東京オーケストラの第2集団に匹敵する事業規模を展開することができ、朝比奈隆時代の4管編成に戻すことも視野に入ってくる。
 自治体の支援もなく、巨大スポンサーも存在しない=安定財源の無い自主運営のオーケストラが、どこまでやれるのか、それは大阪という町の底力が問われているように思う。大フィルの今後に注目したい。

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国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その3:集客分析 関西のオーケストラ) [岡山フィル]

 このシリーズ記事も今回が第3回。岡山フィルからは少し離れますが、私自身も足しげく通い、多少なりともも事情がわかる関西のオーケストラの集客についての分析してみようと思います。

これまでの記事

 大阪・関西地区は2008年の「リーマンショック」と「橋下ショック」以来、苦境に立たされていると言われてきましたが、一方で、前回記事でも取り上げたように、もはや「国民的娯楽」といってもいい動員を叩き出すオーケストラ鑑賞の需要のなかで、「南関東」と「関西」はその人口に比べるとかなり強力な動員力があることも述べました。

 皮肉なことに「オーケストラは根付いていない」と橋下氏が根拠もなく放言したこの関西こそが、全国的に見ても有数の「オーケストラの動員力がある地域」だったわけです。その大阪・関西のオーケストラの観客動員について、もう少し詳しく見ていこうと思う。
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 まずは大阪以外の関西の状況だが、この10年で劇的とも言える観客動員の伸びをみせている。2006年の19万人に対し、2015年は48万人と、2.5倍もの伸びを見せているのだ。
 これはいわゆる「橋下ショック(オーケストラに対する公的補助の打ち切り)」による大阪のオーケストラの奮起によるものでは・・・もちろん、無い!(笑)
 実際はまったくその逆で、兵庫県が潤沢な投資的資金を投入して劇場整備とソフト事業を進めたことが関係している。兵庫芸術文化センター管弦楽団(兵庫PAC管)が設立され、オーケストラ連盟に加盟が認められたこと(2008年)と、それ以後も同オーケストラの観客動員が著しい伸びを見せていることが関西全体の観客動員の増加に寄与している。定期演奏会の会員数・総入場者数とも、大阪も含めた関西の楽団の中で、ぶっちぎりのトップを走る。

 次の要因としては京響の動員数の増加があげられるが、意外にも京響は11万人(2008年)→12万5千人(2015年)と伸びは大きくない(京都市直営時代は判で押したように11万人を計上し続けているので、これがどこまで実数を把握したものかどうか…疑わしいのだが、2015年の数字は公益財団法人として決算監査を受けているので間違いはないと思う)。

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兵庫県立芸術文化センター管弦楽団の年度別数値(人数は人単位、金額は千円単位)
※全体を見るためには画像をクリックしてください

 PACの経営数値を見てみると、やはり目に付くのは地方自治体助成の金額であろう。PACは兵庫県立芸術文化センターの座付きオケであり、その兵庫芸文センターにも兵庫県からの多額の補助が入っていると聞く。私は兵庫芸文センターの無料チケット会員になっているが、毎月多彩な催し物が開催されており、なかでも海外オーケストラ公演や東京でしか見られなかったような舞台が、東京の30%~50%安い価格で見ることが出来る。     
 オーケストラの客演指揮者陣の顔ぶれも蒼々たるメンバーで、人気指揮者:佐渡裕を筆頭にフェドセーエフやマリナー、スダーンなど、西日本のオーケストラの中でも随一の顔ぶれをそろえ、アメリカのオーケストラ並みの定期演奏会同一プログラム3日連続公演を打ち、そのほとんどが完売する。劇場の充実したプログラムと、価格破壊とも言えるチケット代の安さの原資は、間違いなく兵庫県からの公的支援である。その公的資金がプライミングポンプ(呼び水)となって、総入場者数の伸びや事業規模の拡大の基盤になっている。
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 一方で大阪のオーケストラの観客動員はというと、2006年の38万人に対し、2015年には43万人と堅調な伸びを見せている。ということは数字だけを見ると兵庫PAC管にしろ京響にしろ、大阪から観客を奪っての動員増加ではなく、新しいマーケットの開拓による新規顧客の獲得によるものと見ることが出来る。じっさい、『関西+大阪』の観客動員を集計しても伸び率は57万人→92万人で、160%の伸びを見せているのだ。これほどの伸びを見せているのは、前述したとおり他の地方には無い。世界的に見ても珍しい現象かもしれない。

 北摂の交通の要衝:阪急西宮北口という立地は、繁華街やオフィス街のど真ん中ではなく、どちらかといえば住宅街に近い立地ということで、開館前はそんな住宅街に大・中・小ホールを要する巨大な箱モノを作ることにかなりの批判があった。しかし開館効果が薄れてくるころに、ちょうど団塊の世代がリタイヤした時期と重なった。以前は平日の仕事帰りにホールへ寄っていた客層が、自分の居住地からアクセスのいいこのホールの常連となった。。
 兵庫県立芸術文化センターでは、クラッシックのみならず演劇や伝統芸能などの動員も好調で、これらの背景には、戦前からの「阪神間モダニズム」と呼ばれる、文化芸術を牽引してきた地域性や、宝塚歌劇の伝統など、莫大な「生もの」需要があったのだ。阪急沿線を中心としたこの地域は、今後も関西のオーケストラにとって、重要なマーケットとなるものと思われる。

 次回は、そんな関西のオーケストラ動員の隆盛の流れに、一つだけ波に乗り切れていないオーケストラを取り上げて、オーケストラ経営の厳しさにスポットを当ててみたいと思う。

国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その4:安定財源を失った先にあるもの


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国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その2:オーケストラは国民的娯楽!?) [岡山フィル]

  今回は第2回ということで「オーケストラ鑑賞は国民的娯楽!?」と題して、国内のオーケストラ業界全体の集客状況を中心に見ていきます。

これまでの記事


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 日本オーケストラ連盟加入団体の経営数値を見ていった際に一番驚いたのが、オーケストラ鑑賞人口の意外なパイの大きさと推移。加盟団体の集計値によるとオーケストラ鑑賞人口は2006年では約360万人だったものが、2015年には423万人に増加しているのだ。

 これを他の娯楽と比較してみると・・・

2015年の観客動員比較
プロ野球(全体) 2423万人
 セ・リーグ   1351万人
 パ・リーグ   1072万人
J1リーグ     544万人
オーケストラ    423万人
J2リーグ     316万人
Vリーグ女子    33万人

 昭和時代からの国民的娯楽のプロ野球には及ばなかったが、ファジアーノ岡山も所属するJ2リーグの観客動員数を軽く凌駕し、J1リーグの動員数に迫りつつある莫大な入場者数を、オーケストラは動員している。
オケ連加盟団体だけでこの数字で、他にも水戸室内管や神戸市室内管のような非加盟団体や、大晦日恒例のコバケンさんのベートーヴェン交響曲全曲演奏会や、いずみシンフォニエッタなど、その時だけ集まってくるオーケストラの観客はここには含まれていない。海外オーケストラの日本公演も100万人を超えるボリュームがありそう。これらを合わせるとJ1の観客動員数の550万人を超えるかもしれない。
 ついでに言うと「クラシック音楽」という括りだと、ピアノ、ヴァイオリンをはじめとした器楽独奏や室内楽だけでもオーケストラに匹敵する動員がありそう。オペラなども合わせるとクラシック音楽の観客人口は1000万人を突破するかもしれない。
 もちろん、この数字の中には学校を対象とした音楽鑑賞教室や、ポピュラー音楽のアーティストとの共演など、クロスオーバー的なコンサートも含まれるが、これほどの人口がオーケストラやクラシック音楽の「生演奏」に接している事実を前にすると、オーケストラが「国民的娯楽」といってもいいと思う。

 以前、拙ブログでも取り上げたが、韓国の中央日報「プロオケ32楽団、聴衆400万…欧州も凌駕する"ジャパン・パワー"」という記事が、日本のオーケストラの観客動員の多さを『欧州も凌駕する』という最大の賛辞をもって報じていた。

 国内のクラシック音楽の雑誌や関連サイトを見ると、『クラシック音楽は少数者の趣味』という前提に立った記述が多くみられるが、実はそれは思い込みに過ぎない可能性があるのだ。

 岡山フィルをはじめオーケストラで都市の文化芸術の振興を行おうとしている自治体関係者は、この「全国で400万人の動員力」という事実を前面に打ち出してほしい。

 ちなみに、音楽趣味の世界でいえば、FUJI ROCK やSUMMER SONICなど、いわゆる8大夏フェス(野外コンサート)が、のべ20日間のイベントだけで88万人も動員するという・・・(2016年データ)、ポピュラー音楽界の観客動員数は、それこそ年間で数億人億単位であろう。「音楽を趣味とする人々」自体が莫大なボリュームがあり、オーケストラの観客動員数がその莫大なボリュームの中で霞んでしまう、というのはあるかもしれないが、オーケストラのもつ400万人を超える動員というのは評価されるべきだと思う。
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 しかし、喜んでばかりは居られない。

 「そうは言っても周りでオーケストラを聴きに行くのは少数派、としか感じられないなあ・・・」、特に私のように地方都市でこの趣味を嗜んでいると、これが実感だろう。

 コンサート情報のフリーペーパーである、「ぶらあぼ」誌を見ると、掲載されているのはほとんどが東京圏での公演で、地方都市の公演は月に数えるほどしかない。

 実際にデータを調べてみると想像以上の結果が出た。
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 上の二重円グラフ、内側は実際の各地方の人口分布を表しており、外側はオーケストラの観客動員を表している。

 南関東(東京、神奈川、埼玉、千葉)のえげつないほどの寡占状況がわかる。人口にしてほぼ29%ほどの南関東が、オーケストラの総入場者数では54%を占めている。正確に言えば、2015年度の1年間に日本オーケストラ連盟に加盟するオーケストラを聴いた人のうち、「半分以上が南関東に本拠を置くオーケストラを聴いている」ことになる。

 一方で近畿(2府4県)も意外に検討している。人口比では16%であるが、オーケストラの総入場者数では22%を占めている。
 他の地方はおしなべて人口比を下回ってる。経済の活況が著しい名古屋を抱える東海地方を見ても、これまた意外にも人口比の半分程度の動員しかない。
 南関東と近畿をあわせると、全体の3/4を占めることとなり、これでは「オーケストラ鑑賞は国民的娯楽」といっていいのは南関東と近畿のみであり、今後、オーケストラ鑑賞が真に「国民的娯楽」となるには、いっそう地方でのすそ野の拡大が図られる必要がある。

 次は第1回目の記事でも取り上げた、事業規模(総収入額)/総入場者数の散布図である。
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 両者には一定の相関関係がみられ、事業総収入(事業規模)=いわば企業で言えば「年商」が多額になれば事業規模が大きくなり、観客動員も増えることは第1回でも述べた。

 この散布図から、事業規模別にオーケストラを分類してみよう。

① 御三家型4管編成オケ:事業規模・総入場者数ともに別格に大きな(4管編成)オーケストラ。
② 業界牽引型4管編成オケ:年商も総入場者数も大規模で日本を代表する大型(4管編成)オーケストラ。
③ 100万都市型3管編成オケ:年商10億円を超え、10万人台後半の動員力がある大型(3管編成)オーケストラ。いわゆる「100万都市」に本拠を持つ。
④ 地方都市型2管編成オケ:年商数億円かつ数万人の動員のある中小規模(2管編成)のオーケストラ。
⑤ 非常設オーケストラ:日本オーケストラ連盟の正会員の基準を満たさないオーケストラ
 この5つに分類に実際のオーケストラを当てはめてみよう。

① 御三家型超4管編成オケ:N響、読響、都響
② 業界牽引型4管編成オケ:東フィル、日本フィル、東響
③ 政令指定都市型3管編成オケ:京響、名フィル、新日本フィル、札響、仙台フィル
④ 地方都市型2管編成オケ:群響、九響、OEK、広響、日本センチュリー、兵庫PAC、
 関西フィル、大阪響、山形響
⑤非常設オーケストラ:千葉響、静岡響、中部フィル、京都フィル、テレマン室内、
 岡山フィル、瀬戸フィル

 4管編成というのは、弦楽器だけで50人、管楽器が各パート4本を基本単位とする編成で、総勢100人前後の編成。バロック・古典から後期ロマン派・現代曲の巨大編成までオーケストラの楽曲のほとんどをレパートリーとする。欧米の名門オーケストラはこの編成のうえに交代で休暇が取れるように130人以上の奏者を擁している。
 3管編成は、管楽器が各パート3本を基本単位とする編成で、80人前後の奏者で編成される。オーケストラ楽曲の大部分はカバーできるが、19世紀末以降の大編成を要する楽曲はカバーできない。
 2管編成は、管楽器が各パート2本を基本単位とする編成で、40人~60ぐらいの奏者(弦楽器の規模により増減)で編成される。バロック・古典派を中心に、ブラームス・ドヴォルザークなどロマン派中期までのシンフォニーの演奏の際に採用される。

 編成が大きくなると、当然人件費も高くなる。つまり、総収入額(事業規模)と需要の大きさ(総入場者数)のサイズが、その都市のオーケストラの編成を決定する、といってもいいだろう。その観点から本シリーズ記事では総収入額(事業規模)と総入場者数の散布図を重視している。

 上の散布図「事業総収入/総入場者数」を見ても東京のオーケストラの優位性は圧倒的なもので、それに対抗しうる印象だった関西地区では、オーケストラ単体では業界牽引型の完全な4管編成に分類されるオーケストラは皆無。京響が準・4管編成で政令指定都市型の雄、といったところ。大フィルは表向きは3管編成だが事業規模では地方都市型2管編成の規模でしかない。関西は政令指定都市型の京響を筆頭に、中規模オケがひしめく団子状態、ということが言える。

 次回は、私もお世話になっている関西のオーケストラの観客動員について見てみます。


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国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その1:岡山フィルの現在のポジション) [岡山フィル]

 「国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究」と題したシリーズ記事、今回は第1回として国内オーケストラの中での岡山フィルのポジションを見ていきます。
これまでの記事
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 今年の6月に、岡山フィルも晴れて加入した「日本オーケストラ連盟」のホームページには、楽団の収支や入場者数・公演数などの経営指標が年度別に公表されている。そして、公益財団法人に属する岡山フィルも実績報告と会計資料が公開されているため、同一項目の数値を集計して比較することで、全国の加盟オーケストラの中での岡山フィルのポジションを把握することが可能です。
 今回のデータ集計については、記事作成時点で把握できる最新データとして、連盟加盟オーケストラについては2015年のものを、岡山フィルについては2016年のものを使用して比較研究を行った。元は、今年の夏ごろに某SNSにて「日本オーケストラ連盟の公表数字を分析する」という題名で連載したものを、「岡山フィルの将来展望」という要素から再構成しています。 
 公表されている様々な数値の中から、今回はオーケストラの活動規模を把握するため、y軸に「事業総収入額」をx軸に「総入場者数」を設定し散布図に表したものが次のグラフ。
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 事業総収入(事業規模)/総入場者数の散布図
 このグラフから事業規模(=事業総収入額)と総入場者数の間には強い相関関係がみられ、回帰直線よりも左上側に位置するオーケストラは総入場者数の割に事業規模が大きいことを表し、回帰直線より左下に位置するオーケストラは事業規模の割に総入場者数が多いということになる。
 これを見ると、やはりN響・読響・都響といういわゆる「御三家」と言われるトップオーケストラは事業規模が大きい、それに次ぐ東京フィルも都響に迫る事業規模であるが、「御三家」に比べると倍以上の入場者を集めてようやく現在の地位を維持している、とも言える。
 次に、事業規模10億円あたりに固まっているのが京響・名フィル・仙フィル・札響などの大都市にあるオーケストラ。かつては「100万都市」と言われた頃の政令指定都市ばかりで、3~4管編成(オーケストラの大部分のレパートリーをカバーできる編成)のオーケストラである。オーケストラの総収入額の原資には①チケット代収入(依頼演奏出演料含む)と②公的補助、③民間補助の3種類があるが、「100万都市」には10億円ぐらいの事業規模を支えるだけの聴衆や自治体の支援、民間の支援が得られる、ということなのだろう。
 その次に広響・群響・センチュリー・大フィルが7~8億円規模に位置する。センチュリーは小規模オーケストラなので不思議はないが、大フィルがこの位置にいるのは意外。調べてみると2008年頃には10億円の事業規模を有していたが、自治体からの支援が一気に0になったことで経営バランスが崩れ、現在では地方の中規模都市のオーケストラの地位に甘んじている。大フィルについては回を改めて分析してみようと思う。
 さて、我らが岡山フィルのポジションは?というと、左下に沢山の点があるうちの一つになる。東京の「御三家」オーケストラから見ると、これほどちっぽけな事業規模なのか!?と驚きを隠せない。
 岡山フィルだけでなく、事業規模7億円を下回るオーケストラはいずれも回帰線の右下に位置しており、事業規模2億円未満で入場者数数万人の事業を展開しているが、回帰線を下回る状況というのは入場者数の割に事業規模が小さいことを表しており、経営環境の厳しさが見て取れる。
 次に日本オーケストラ連盟に「準会員」として加盟しているオーケストラ、つまり「常設ではないオーケストラ」を抽出して散布図を見てみよう。
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 事業総収入(事業規模)/総入場者数の散布図(準会員オーケストラ抜粋)
 準会員オーケストラの中でも岡山フィルのポジションは平均以下の位置にいるが、ここ数年で加盟した瀬戸フィル・奈良フィル・静響の中と比較すると、事業規模・総入場者数ともに岡山フィルが上回っている。また、15~20人規模の京都フィルやテレマン室内管弦楽団は、プロの楽団として高い評価を得ており、需要の大きい大都市圏であれば、小編成オーケストラが生き残れるニッチな市場が存在することを表している。。
 岡山フィルは現状でも10型2管編成の規模であり、楽団・聴衆・市当局ともにベートーヴェンやブラームスを過不足なく演奏できるこのサイズのオーケストラを望んでいる感じがある、そうなると現在の事業規模では非常設オーケストラはおろか、年間8回程度の定期演奏会の開催も難しい。実際に、山陽新聞の記事に掲載された事務局長さんの話では、現在の収入額では年に4回の定期演奏会が限界とのこと。
 こうして全国のオーケストラと比較してみると、現在の岡山フィルのポジションからから発展させて「都市格を向上させるオーケストラ」に育てていくのが、どれほど至難の業であることかがおわかり頂けるだろう。
 しかし、今の岡山フィルには強力な財産がある。こんなちっぽけなポジションにいるオーケストラを、シェレンベルガーという世界一を知る人物が関わってくださり、ドイツの堂々たる3管編成のオーケストラ(上の一つ目のグラフで言えば上位に位置するオーケストラ)でコンサートマスターの地位にあった高畑さんが、首席コンサートマスターに就任した。これらがどれほど奇跡的なことであるかも、一層浮き彫りになったと思う。
 次回は、オーケストラ業界そのものの現状について、データから読み解いてみようと思います。

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国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(まえがき) [岡山フィル]

 岡山市の広報誌の11月号中の「議会だより」に次のような記事が掲載されていました。
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 岡山フィルは今年度、創立25年目にして楽団史上初めての常任のコンサートマスターを招聘、同時に10パートの首席奏者の招聘に踏み切った。この大改革は岡山市当局の予算措置とバックアップがあってのことだったことがわかった。
 24年間の長きにわたって、岡山フィルの演奏を聴いてきたファンとしては、これでようやくプロ・オーケストラとしての体制を整える、出発点に立ったのだと思うと、たいへん感慨深い。
 
 思えば当ブログで次のような記事を連続シリーズで掲載したことがある。
 
 
 
 
 今から読み返してみると、(その3)については我ながら未来を完全に予言していますな。岡山フィルよりも先に高松の瀬戸フィルが先に日本オーケストラ連盟に加盟したのも、この記事で危惧した通り、それでおしりに火が付いたのか?どうか解りませんが、岡山フィルもようやく今年の6月に加盟を果たしました。
 
 「日本オーケストラ連盟の加盟」と「岡山市の全面バックアップの約束を取り付けること」という2点が、記事掲載からわずか2年でかなえられ、このたび市議会において市当局から支援と予算措置を明言されたことは、非常に重要ですし、僕が思ったよりも速い速度でシナリオが進んでいますね。それだけに関係者の尽力には脱帽するほかないありませんが、それを支えたのは私を含めてシェレンベルガー&岡山フィルを応援する市民の声ではないかと思うのは自惚れでしょうか。
 
 しかし、まだまだ安堵はできない。何しろ「10パートの首席奏者」とは言っても、1回4~5万円の演奏手当しか出せない状況であり、広響や大フィルといった周辺のプロ・オーケストラのような「常設オーケストラ」(=楽団員を専属で雇用し演奏活動に専念する携帯)との待遇格差は極めて大きく、現状の体制の延長上で「都市格」を高めるオーケストラを創っていくのはほぼ不可能であると断言できる。
 普段、我々が「格」という言葉を使うときは、「格が違う」や「別格」といったように、他とは一段上の実力を持ったものを指します。都市格を向上させる(=岡山は他の地方都市とは別格である)ためのオーケストラとなるためには、それ相応の体制と実力が当然に伴っていなければならない。
 市議会の質問で言われた「都市格を向上させる」ようなオーケストラとはどのようなものを想定しているのか?それはわからないが、市当局が現実よりも甘く考えていることは容易に想像できます。
 現状の体制でも、まずは地域に愛されるオーケストラに育て上げることは可能な環境になりつつある。シェレンベルガーのもと、高畑コンマスと新しい首席奏者が中心になって楽団を作っていけば、これは本当に楽しみな展開が期待できそう。でも、シェレンベルガー氏の退任後は?高畑コンマスの退任後は?音楽ファンをわくわくさせるような活動が継続的に出来るのか?やはり相当に難しいのではないだろうか。
 今の岡山フィルの集客や熱気は、たぶんに属人的要素に頼っているわけです。これでは「都市格の向上」どころか、現状での活動を継続する未来予想図すら描けない。
 
 これらを踏まえて拙ブログでは、「国内オーケストラ業界研究と、岡山フィル発展への研究」と称して、国内のオーケストラの経営資料から、岡山という都市にふさわしいオーケストラのすがたを数字で見ていくことにします。次回は第1回として「国内オーケストラの中での岡山フィルのポジション」を見ていく予定です。
〇各記事へのリンク
(11月4日 追記)
 岡山市が制定した『文化振興ヴィジョン』の中にもこのような記載がありました。
『楽団独自の音楽スタイルを確立することにより、本市の都市ブランドの向上に寄与する楽団をめざしていく必要があります』
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 『都市ブランドの向上』という言葉も「都市格の向上」と、実質的な意味合いは同じであると思いますが、「都市ブランドの向上に寄与する楽団を目指していく『必要がある』」と、強い決意が表明されています。「そういうオーケストラになったらいいなあ・・・」的な曖昧な表現ではないわけです。
 これって、期待していいんですよね!岡山市長さ~ん!!

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アークティック・フィルハーモニー管弦楽団 岡山公演 [コンサート感想]

アークティック・フィルハーモニー管弦楽団 岡山公演


オルセン/アースガルズの騎行

グリーグ/ピアノ協奏曲イ短調(*)

 ~ 休 憩 ~

チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調「悲愴」


指揮:クリスチャン・リンドバーグ

ピアノ独奏:ペーター・ヤブロンスキー(*)


2017年10月19日 岡山シンフォニーホール
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 プログラムのメインはチャイコフスキーの『悲愴』交響曲。
 これが僕が経験した中で、最もハイペースな『悲愴』でした。第1楽章が特に早く、テンポが早いだけでなく、通常パウゼを取る部分もほとんど間をおかずにサクサク進んでいく。あっという間に駆けていった印象。
 だからといってあっさりとした演奏だったわけではありません。リンドバーグの躍動的なタクトに導かれ、通常のテンポであれば見えなかった、次々に受け渡されるモチーフの展開の妙味や、ロシア音楽特有のリズム感が引き出され、なかなか得難い経験でした。


 細かい感想は後日更新します。

 それにしても若い、躍動的なオーケストラですね~。燕尾服ではなくスーツにネクタイ姿。楽団員さんの皆さんも人懐っこくて、出来立てほやほやのオーケストラであることを逆手にとって、新感覚のオーケストラという印象です。紹介動画も最高にイケてます。



 このオーケストラは 2009年にノルウェー政府によって設立。北極圏の都市全般を拠点に活動しているとのこと。ホームページを見るとフルサイズのコンサートオーケストラから室内管弦楽団、オペラまでフルラインナップの活動を行っている。
 オーケストラ全体の実力は、首席奏者はヨーロッパの一流どころに比べると、今一歩な印象が残ったが、管の2番手以降やトゥッティ奏者にいい奏者が多く、オーケストラ全体のレベルとしてはかなりのレベルだと思います。
 世界的にオーケストラの経営危機が言われ、実際に淘汰される時代に、新たに出来たオーケストラに一挙に優秀な奏者が集まって出来た。そんな印象を受けます。


 1曲目のオルセンの曲は 大河ドラマのテーマ音楽メドレーのような大変耳になじみやすい曲で、リンドバーグのスポーティーなタクトによく反応して、なかなかの熱演でした。それにしてもよく鳴ります。岡山フィルが最近とみに、よく鳴るようになった印象だが、さすがにここまでは鳴らないですねぇ。管楽器が特にパワフル。


 楽器の配置は10型2管編成。1stVn10→2ndVn7→Va6→VC6、上手奥にコントラバスが5本。管楽器がパワフルなだけに、バランス的にはヴァイオリン・ヴィオラがもう2本づつ欲しいところ。


 2曲目のグリーグのコンチェルト。細かい部分までアクセントを入れて土俗的な風合いを出すオーケストラに呼応して、ヤブロンスキーもアクセントを強めに演奏。一方で、繊細な部分は粒が綺麗に立っていて息をのむほどに美しい。 第3楽章のオーケストラが大音量で奏でられる部分も、まったく音量で負けていないのは、さすが。スウェーデン生まれの彼にとっては、この曲などは何十回と弾いているだろう。安定した演奏の中に聴かせどころがちりばめられていました。あまりにもスムーズに演奏してしまうので、正直、「この人の潜在能力はまだまだ底が深いんだろうな」という印象が残ったのも正直な感想。


 アンコールに演奏されたドビュシーの前奏曲から「花火」、これが匂い立つようなニュアンスたっぷりで、抜群によかった。次回はショスタコーヴィチの協奏曲やラフマニノフの3番あたりを聴いてみたい。


 メインのチャイコフスキーの『悲愴』交響曲。この曲に持っているイメージを完全にリセットさせられる演奏に最初は戸惑った。とにかくテンポが速い、陰鬱なメロディーも「ことさら暗く演奏するのは趣味が合わない」とばかり、流してしまう。第1楽章の途中から「先入観を取り去って聴かないと楽しめない」と思い、ただ、心を開き、体に沁み込んで来る音楽そのものを感じるように聴いた。
 すると、チャイコフスキーの緻密に計算された設計が透けて見えるようで、そして何よりすべての瞬間がはかない「美しさ」に溢れている。第1楽章終結部から第2楽章にかけての、爽快な美しさは生命肯定的なもので、「この曲に、こんな一面があったのか」と驚きながら聴いていた。このリンドバーグの解釈には賛否両論あるだろうが、僕の結論はこれはこれで「アリ」だ。

 オーケストラは細かいミスを気にすることなく、黒い衣装で登場した前半とは違う、紫の衣装を着たリンドバーグの(休憩前後で『お色直し』をする指揮者を初めて見ました、エンターテイナーやなあ)飛び跳ねるような指揮に呼応して、第3楽章では体操の集団演技を見ているような、スポーティーな演奏となった。ティンパニ・バスドラムを舞台奥ではなく、上手の前よりに配置していることもあって、打ち込みがクリアに聴こえてくる。

 第4楽章へはアタッカで繋げたが、この楽章もことさらに悲劇的に演奏しない。それだけに曲想の美しさが
感じられる演奏になった。
 ストリングスにヨーロッパのオケ独特のコクや、北欧オケ独特の透明感といった大きな特徴が無いのが、少し
物足りなかったが、まだ創立8年ということを考えると、今後の課題ということになるだろうか。

 ともあれ、岡山でこのレベルのオーケストラの演奏は、目下年に1,2回ぐらいしか聴く機会が無いわけで、
そういう意味では次回の来岡が楽しみなオーケストラです。


 アンコールにステンハンマルのカンタータ「歌」の間奏曲を持ってくるあたりは抜群のセンス。もう1曲は
リンドバーグがトロンボーンの妙技を見せたチャールダッシュ。会場は大いに盛り上がった。

 お客さんの入りは・・・うーむ、甘めに見積もって6割ぐらいでしょうか。市内の高校生も招待した様子でした。

 海外のオーケストラの公演といえば、長らく事務所売り出し中の若手の奏者がセットになって付いてくる場合が多く、ソリストの実力・経験に比してオーケストラが性能をもて余しているようなものが多かったが、最近は実力も実績もあるソリストをつけることが多いように思う。若手奏者にもチャンスは必要だが、彼らの履歴書に「名門○○フィルと共演し、好評を博した」の一文を付け加えるために、我々が高いチケット代を払わされる理由はないのですから。


 今回のツアー全体の招聘元はプロ・アルテ・ムジケ。これまで光籃社が担ってきた部分を同社が穴を埋めてくれているようだが、今年5月のタンペレ・フィルといい、いいオーケストラとソリストをつけて魅力的なプログラムを引っ提げてきている。この事務所の招聘事業は信用して積極的に足を運ぼうと思った次第。


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 ロビーではノルウェーにちなんだミニ絵画作品展が行われていた。5月のタンペレ・フィルの公演時にはミニ「ムーミン展」があったり、色々な工夫がありますね。

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岡山フィル第54回定期演奏会 シェレンベルガー指揮 Vn独奏:青木尚佳 [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団第54回定期演奏会


ベートーヴェン/交響曲第2番ニ長調

ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調

 ~ 休 憩 ~

ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調


指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー

Vn独奏:青木尚佳

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 オーケストラも指揮者も『完全燃焼』したコンサートではなかったでしょうか。「もう1曲やれ」と言われても、もう絶対に無理・・・それほど燃焼度の高いコンサート。世界最高の世界を知る男が、手足となる相棒(新首席コンサートマスター)を得て、プロの奏者が本気で燃えた演奏会、岡山でしか聞けない、だからこそ僕にとって意味のあるコンサートでした。今日の会場を共にした聴衆も同じ思いではないだろうか。


  今回の一番の注目は、楽団史上初の「首席コンサートマスター」の就任。新コンサートマスターにドイツの南ヴェストファーレン州立フィルハーモニーのコンマスを38年間勤めた、岡山出身の高畑壮平さんが就任した。
 この人事には正直驚いた。2年前のJホールでの「高畑壮平と岡フィルのなかまたち」コンサートの時に、シェレンベルガーと岡山フィルに対する好意的な印象を語ってくださったときに、心の中で『この方が首席客演でもいいからコンサートマスターに来てくださったら』と思っていたが、まさかの常任ポストへの就任。驚天動地です。
 南ヴェストファーレン・フィルは、来日回数が少ないため、岡山の人には知名度は低いかもしれないですが、ルール工業地帯を抱えるノルトライン・ヴェストファーレン州の州立のオーケストラで、12型3管編成(約70人)規模の堂々たる常設オーケストラ。常任指揮者は日本でも人気のあるチャールズ・オリビエ=モンローといえば東京・関西のファンはピンとくるだろう。
 そのオーケストラのコンサートマスターが、故郷とはいえ非常設で発展途上の岡山フィルに来てくださるなんて、思ってもみなかった。

 シェレンベルガーの首席指揮者就任とともに、この高畑さんの首席コンマス就任。。。岡山で信じられないことが起きている。

 開演に先立って、その高畑新コンマスら5名の団員によるプレコンサートがあった。イタリアのバロック時代の作曲家:サンマルティーニの「弦楽合奏のためのシンフォニア」という曲。僕は初めて聞いたが、華やかで躍動感があって、すごくセンスのいい選曲です。


 開演15分前からは、高次事務局長の紹介で、シェレンベルガーさんと高畑さんのお二人によるプレ・トーク。
 シェレンベルガーさんのお話を高畑さんがドイツ語に翻訳、これでシェレンベルガーさんもオーケストラとの
コミュニケーションは格段に取りやすくなったと思う。お二人の信頼関係はすでに充分に醸成されていることがよく伝わってきた。


 1曲目のベートーヴェン/交響曲第2番。演奏が始まって、高畑コンマスの効果はすぐにわかった。これまでの定期演奏会からも、アンサンブル能力がみるみる向上している岡山フィルだが、ここへきて2段ほど上のレベルのオーケストラになったように感じた。
 そして、シェレンベルガーがいつもにも増して、オーケストラの要求レベルを上げているのがよく分かった。激しすぎるチェロバスの刻みや、第1・4楽章の随所でのベートーヴェンの感情が乗り移ったようなスフォルツァンドでは、シェレンベルガーのタクトに俊敏に、そして激しく反応し、その迫力に客席で思わずのけ反りそうになる、そして各楽器間の対話が極めて緊密で、アンサンブルの骨格ががっしりとしていること。


 家人とも話をしたのが、旋律の最後の部分やアクセントがかかる部分が「ドイツ語」的で、例えば母音のアクセントの強さや、英語のような曖昧な発語がないく一文字一文字が独立して発音される感じ、とか、子音のウムラート発音などの要素が、演奏される音楽のそこかしこに感じられ、それが演奏全体に骨太でかっちりとした印象を与えている。第4楽章の冒頭の演奏なんて、完全にドイツのオーケストラの節回しだった。

 シェレンベルガーと相性も良かった戸澤さんが客演コンマスの時の切れ味の鋭い演奏も良かったけれど、「外見は日本人ですが中身はほとんどドイツ人なんです」と語る高畑さんとシェレンベルガーは、ベートーヴェン解釈において、より気脈を通じるところがあるのだろう。ドイツ語の持つ言葉のテンポや発音が音楽の中に内包されて、それがより説得力を増していた。この音楽づくりにおいて高畑コンマスの果たした役割は非常に大きかったんじゃないだろうか。

 もちろん、岡フィルの健闘も素晴らしかったのだ。第1楽章の最後の一音がホールの残響として響き渡ったとき、「これぞ、ベートーヴェンの音」と思う素晴らしい響きだったし、第2楽章の弦楽器の美しさにも魅了された。
 一点、難点を言わせていただくと、以前から指摘している通り、やはり弦楽器奏者の中に何人かピッチを合わせきれない方がいて、この曲中何回か、その馬脚が見える局面があり、聴く方も一瞬、興がそがれてしまう。これだけオーケストラの演奏レベルが上がってくると、今まではわからなかった部分も見えてきてしまう。


 2曲目はブルッフのヴァイオリン協奏曲。「超新星の登場!」を実感した。
 青木尚佳さん、ロン=ティボー2位入賞の際は少し話題になった記憶があるのですが、今回、初めて聞きました。こりゃー、とんでもないソリストが現れましたですぞ!

 ティンパニと木管に導かれて、切ないメロディーが鳴った瞬間。


 「なんちゅう美しい音、こりゃすげー!!」


 と思いましたよ。音が太くて音圧も満点。高音の抜けの良さも尋常ではないレベル。オーケストラが割と容赦無く鳴っても(これまでの経験上、シェレンベルガーはソロ演奏でもオーケストラを鳴らす場面ではしっかりと
鳴らす印象)、まったく問題にしないパワフルさ。独特の輝きと味わい深さも兼ね備えている。1992年生まれというから、現在25歳?うそでしょ?20代の若手のソリストが、これほど堂々たる演奏と、テクニックだけではなく奏でる音の味わい深さは、心を惹きつけてやまない。
 青木さん、このまま演奏経験を積み重ねていけば、間違いなく世界の最前線で活躍するヴァイオリニストになる。そう確信した演奏でした。


 岡山フィルの伴奏も良かった。第2楽章の青木さんのこれ以上ない甘美なメロディーにつける、さざ波のようなストリングスの音を聴きながら、「この音はどこに出したって恥ずかしくない、堂々たるわが町のオケの音」と思いながら聴いていました。
 第3楽章では青木さんの圧倒的な存在感に、どんどん挑んて行って、両者の火花の散るような「競奏」はわが町のオーケストラながら天っ晴れな演奏でした。オーケストラがよくなれば、ソリストのソロも引き立つ。岡山に居たって世界レベルの芸術世界は体験できる。


 青木尚佳さん、もうすっかりファンになってしまいましたですよ。地元に来たら必ず足を運ぼう、なんなら関西・広島でも時間と交通費払ってでも聴きに行きたい。次はブラームスのコンチェルトあたりを聴いてみたいですね。 

 アンコールは、山田耕作の「この道」



 後半が始まるころには1時間25分が経過。今年1月の定期もそうでしたがシェレンベルガーの組むプログラムはいつもボリューム満点。17時で終演することの方が少ないです(笑)。楽団員はクタクタになるんじゃないかと思いきや、第1ヴァイオリンの近藤さん、入江さん、上月さんらの設立当初からのメンバーのお顔には充実感が漲っています。
 この日の各パートの首席にも、他楽団からのエキストラの方がいらっしゃってました。今回は、コントラバスに黒川さん、フルートに中川さん、ファゴットに中野さん、となぜか京響色の強い助っ人メンバー(笑)広上&京響の快進撃の立役者の皆さんも、この日の岡山フィルのパート間のコミュニケーションが饒舌で、骨太な一体感のある演奏を評価してくださるのではないだろうか。他の助っ人の皆さんも含めて、本当に献身的に演奏してくださった。
 これまでは「コンマス+首席奏者の殆どが他楽団のエキストラ」という編成に、シェレンベルガーも遠慮して(あるいはチャレンジがしにくい足枷をはめられて)いたんだなあ、と思います。

 もう一つ大きな変化を感じたのは、ダイナミクスの振幅が、今までは7段階ぐらいだったのが、再弱音が+2段階、最強音一歩手前に+1段階ぐらい加わった感じ。第1楽章の8ビートのリズムとバランスを保ったまま、
再弱音に落として巧みにギアチェンジをしながら盛り上がっていく場面は鳥肌が立ちました。この曲もドイツ語的な節回しは健在。交響曲第1番では一部奏者のピッチのズレが気になったヴァイオリンも、よく弾き込まれているのかこの曲では感じません。


 第1楽章の提示部の繰り返しは無し、第4楽章で一か所、「あれっ?」と思う箇所があって、CDや生演奏で親しんでいたものとは違う楽譜かも。
 第2楽章は木簡陣のソロが見事、ここれもダイナミクスを広く取った劇的な表現が印象ん残ります。第3楽章は新コンマス体制の強みがいかんなく発揮。コミュニケーション量が豊富で、前半の第1番の第3楽章でも見せたのですが、ちょっと間を置いて、各パートが対話をしているような生き生きした表現が印象的。
 この日のコンサート、ここまでが非常にハイカロリーかつ異常な集中力連続だったので、「最後まで持つかな?」と心配したのもつかの間、シェレンベルガーのタクトの勢いは一層熱を帯びていきます。これほど激しいタクト捌きを見せたのは、東日本大震災被災者鎮魂のためのドイツ・レクイエム以来です。


 曲の中盤でも間を多用し、さながら「だるまさんが転んだ」を思い起こします。この曲、こんなにハイドン的な面白い仕掛けがあったんや、という発見あり。岡フィルも完全についていきます。
 終盤は少しづつ少しづつテンポも上げていっても全パートふるい落とされることはありません。シェレンベルガーも楽団員も高畑コンマスを信頼しているのが解ります。本当にいいオーケストラになったと思った大団円でした。

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 お客さんの入りは7割ぐらい?プログラムからすると満席になってもいい筈なんだけれど、これには理由がある。今週は「おかやま国際音楽祭」の開催中で、同じ日に「マーチング・イン・オカヤマ」が開催されており、岡山市内の吹奏楽関係者の多くはこちらに参加している。高校のブラバンの顧問をしている私の友人も「音楽祭かなんか知らんけど、音楽人口の少ないこの街で、イベントをかぶせるなんて愚の骨頂!」と、かなりお怒りだった。こんなにいい演奏をしているのに、いつも聞きに来ている方が来られないというのは、何のための音楽祭だろう?という疑問は消えない。昨年みたいに日程をずらしてほしかった。

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ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノ・リサイタル 倉敷公演 [コンサート感想]

第102回くらしきコンサート ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノリサイタル


モーツァルト : 幻想曲 ハ短調 K.475
モーツァルト : ピアノ・ソナタ 第14番 ハ短調 K.457
ショパン   : ポロネーズ 第7番 変イ長調 op.61「幻想ポロネーズ」
  ~  休 憩  ~
ヤナーチェク : 草陰の小径にて 第2集
J.S.バッハ : イギリス組曲 第6番 ニ短調 BWV811


2017年10月3日 倉敷市芸文館

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 このコンサート企画が発表された際、『よくぞ、この方を招聘してくださった!』と思いました。そして、倉敷市芸文館という音響の優れた中規模ホールで聴けたのも僥倖。このホールでよく会場設定してくださったと思う。


 演奏は圧倒的だった。クラシック音楽の宿命であるこれまでの演奏の『蓄積』から自由になり、一音一音を再構築していくような演奏に、ただひたすら引き込まれ、ひれ伏しました。ピアノ演奏不感症(オーケストラや弦・管楽器の独走に比べて、ピアノ演奏で感動することが少なかった)の自分が、これほど心に沁みたのは何年振りかの出来事でした。


 アンデルシェフスキの演奏を聴くのは、今回が2回目。1回目はバンベルク響との共演で、その時は補聴器のハウリング音のため、彼の音楽を充分には楽しめなかった。あれ以来、万全の状態でアンデルシェフスキの音楽に触れたい、と熱望していたところに今回のコンサート企画が飛び込んできた。前日の反田恭平さんのコンサートも自重してこのコンサートに全精力を傾けた。


 1曲目のモーツァルトの幻想曲K.475とピアノソナタK.457は続けて演奏された。しかし、これは本当に違う作品番号の曲なのだろうか?ソナタの第1楽章は、幻想曲のモチーフが展開してできているようにしか感じない。それもそのはず、この曲はもともと連続して演奏されるように書かれているとのこと。

 アンデルシェフスキ(以下、アンデルさん)の深く、深く、精神の奥底に沈み込むような音に、しょっぱなから飲み込まれた。そんな暗黒の淵に光が差すように、モーツァルトのピュアな旋律が降り注ぐ、弱音への徹底したこだわり、全曲に渡って左手の彫りの深い音をフィールドに、右手の変幻自在な音楽が展開されていく。


 3曲目のショパンの幻想ポロネーズ。この曲はピアノを習っていた姉が、高校生のころに何度も弾き込んでいた曲で、間違いの多い箇所は嫌になるほど聴かされた曲(笑)私の実家は外壁のみの防音構造のリビングのピアノの音が、階段から僕の個室である2階の部屋に抜けていく構造になっていて、僕がどうしてもショパンが好きになれないのは、姉の練習を何千回何万回と聞かされてきたからかもしれない。

 たぶん・・・プロフェッショナルな演奏でこの曲を聴くのは初めてだった・・・と思う。「なんなんだ、この曲、全然違う曲に聞こえる!」音源で聴いた他の巨匠たちの音楽とも違う。過去の演奏をブラッシュアップしたような・・・そんな生易しいものではない、脱構築の工程を経て再構成されたような、一つ一つの音符すべてにアンデルシェフスキの思想が宿り、意味を持って聞き手に迫ってくる。最後の激しい部分ではピアノの弦が切れるんじゃないかと心配するほどの強い打鍵で、自分の奏でる音楽を聴衆に問うてきた。思わず目の奥が熱くなってくるが、何とかこらえる。


 休憩をはさんだ後のヤナーチェク。前半のモーツァルトとショパンは、その2人の作曲家への僕のイメージを完全に覆す、内省的な音楽だったが、このヤナーチェクでは、もの悲しさと翳りを内包しつつも、プリミティブな魅力を湛えた演奏。プログラムノートには、この時期のヤナーチェクは娘を失うなどの悲しみに打ちひしがれていたようだが、時に心に寄り添い、時に躍動するアンデルさんの音楽には悲しみや辛さといった単色の感情では表せない奥深さがある。


 ヤナーチェクからバッハも、休憩を入れることなく続けて演奏された。それはまるでホールの隅々にまで満たしたアンデルさんの音楽世界を、聴衆の拍手によって破られることを嫌っているようだ。

 この日のホールの中の雰囲気はすこぶる良かった。お客さんは、800席ほどのキャパのホールに8割程度の入り。アンデルシェフスキほどのソリストのコンサートなのに満員にならないのか・・・と驚いたが(でも、ド平日のソワレの割にはよく入ったとみることも出来るかな・・・)、それがある種の「少数精鋭」効果を発揮して、雑音のまったくない理想的な空間だったように思う。

 バッハのイギリス組曲第6番。この演奏が圧巻だった。途中から頭が真っ白になって、純白の石づくりの堅牢な建築物の中に、アンデルさんの音楽と自分の魂だけがそこにある、そんな錯覚を覚えた。この大きな大きな音楽は、オーケストラが演奏するブルックナーの交響曲にも充分対峙してしまうだろう。一音一音が収まるところに収まる気持ちよさ、対位法が駆使された旋律同士の隙のない対話が音楽をどんどんと高みへと昇華していく。

 第1曲のプレリュードと第7局のジーグなどは、ほかの巨匠の演奏よりもかなりテンポが速かったと思う。それでいてこの完璧さ。技巧を前面に出すタイプのピアニストではないアンデルさんだが、ここの演奏はその音楽世界とともに、職人芸にも痺れさせられた。


 アンコールはなんと3曲も。それもこじゃれたアンコールピースなどではなく、ショパンのマズルカを3曲も!

 ショパン/マズルカハ短調op.56-No.3、マズルカロ長調op.56-No.1、マズルカop.59-No.1


 コンサートの只中のアンデルさんは、本当に厳しい雰囲気で、その厳しさに会場には戸惑ったような雰囲気さえ漂っていたんですけれど、コンサートが終わると本当にサービス精神が旺盛で、サイン会まで開いてくださって・・・。21世紀は巨匠の時代は終わった・・・なんて言ってる人もいるけれど、アンデルシェフスキは今の時代に生きる本物の巨匠です。


 年に何回もピアノのソロコンサートに行くことはない自分ではありますが、今まで足を運んだピアノのソロコンサートの中で、ベスト1のコンサートになった。


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※中秋の「十四夜」、望月よりも少し欠けた月が味わい深い

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音楽の友9月号の『来日演奏会情報2018』から来季の岡山フィルを予想する [岡山フィル]

 もう10月号がでているので「今更」な感じですが、毎年買っている音楽の友9月号、来日演奏家情報ネタ。



 といっても(初めに書いときますが)シェレンベルガーさん以外の来日演奏家情報はここでは触れません。最近は、来日オーケストラなどへの興味も沸かなくなってきています。唯一、サイモン・ラトルがロンドン響と来日するので、「ようやく3万円以下でラトルを聴ける機会があるなあ(爆)」と思ったぐらい。


 興味があるのはなんといっても、われらが岡山フィル首席指揮者のシェレンベルガー氏の情報。


 2018年1月と3月の岡山来訪については、すでにプログラムも発表済み。


2018年1月18日(日)15:00開演 岡山シンフォニーホール

岡山フィルハーモニック管弦楽団特別演奏会「ニュー・イヤー・コンサート」

 モーツァルト/歌劇「魔笛」ハイライト
       第1幕より「私は鳥刺し」
             「なんと美しい絵姿」
        第2幕より「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」
              パパパの二重唱  ほか
 リムスキー=コルサコフ/交響組曲「シェヘラザード

独唱/ザラストロ:渡邉寛智  タミーノ:柾木和敬  夜の女王:阪本清香

   パミーナ:池田尚子  パパゲーナ:川崎泰子  パパゲーノ:鳥山浩詩   
指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー


2018年3月11日(日)15:00開演 岡山シンフォニーホール
岡山フィルハーモニック管弦楽団第55回定期演奏会

 ベートーヴェン/交響曲第8番ヘ長調
 ショスタコーヴィチ/交響曲第5番ニ短調

指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー


 1月は京響と名フィルにも吹き振りで登場するそうですが、徐々にシェレンベルガーさんの指揮者としての音楽性の高さに気付く人が増えてきているようで、財政厳しい岡山フィルのファンとしては気が気じゃありません。少し前に兵庫PACを振ったとき、エキストラで参加していたN響の茂木大輔さんがシェレンベルガーの指揮を高く評価していたり、最近、東京のオーケストラによく登場するのも(10月は読響、新日本フィル)、岡山フィルにエキストラで来ていた奏者が推薦してるんじゃないかと疑ってます。


 年度が替わって5月にも来日する予定になっています。シェレンベルガーさんの公式ホームページにもあるように・・・

モーツァルト/交響曲第40番ト短調

マーラー/交響曲「大地の歌」

 が有力です。日程はシェレンベルガー氏のHPには「5月20日」とありますが、どうやら「5月27日」が正しいようです。


 音友では5月以降の来日は2018年3月のみ掲載されていますが、シェレンベルガー氏のHPでは10月に来日する予定になっているので、この時期にも登場するとみて間違いないでしょう。岡山フィルとの契約は、年に3回の定期的な演奏会を振るようになっているらしい(地元新聞社情報)ので、第九とニューイヤーコンサートは別の指揮者に任せる可能性が高そうですね。


 10月と3月の定期演奏会のプログラムを予想してみると、まず挙げられるのはシリーズで取り上げているベートーヴェンとブラームス。ともに第4交響曲がまだ残っています。

 シェレンベルガー氏のインタビューではハイドン、シューマン、メンデルスゾーン、それからマーラーの交響曲第5番なども取り上げると述べています。


 過去のコンサートを振り返ってみると、オーケストラの実力向上と聴衆の「経験値」を上げ、良質な聴衆を育てていくためには、やはり古典派~ドイツロマン派を網羅的に取り上げることは確実。そこに、飽きが来ないようにいい塩梅でR.シュトラウスやマーラー、オネゲルのような演奏効果の高い楽曲を入れてきています。


 楽団専属の首席奏者を一気に11人も入れる来年度は、色々な意味で勝負の年であり、飛躍の年でもあります。今から年間プログラムの発表が楽しみです。

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クラシックコンサートをつくる。つづける。 平井滿・渡辺和 /共著 水曜社 [読書(音楽本)]

クラシックコンサートをつくる。つづける。―地域主催者はかく語りき―


平井滿・渡辺和 共著 水曜社




 音楽ジャーナリストの渡辺和さんのブログで、時折、編集過程について紹介されていた本書。長年、地域主催者をなさっている平井滿さんとの共著で、ついに日の目を見たということで早速購入。


BOOKデータベースより================================

 有名ホールで行うものだけがクラシック演奏会ではない。
 人々がバブルに翻弄されていた時代、華やかさとは正反対の手法でクラシック音楽の命脈を保ってきた人々がいる。
 高いレベルの演奏を手頃な料金で成立させる企画力、音楽ホールもピアノも無い中での運営など北海道から沖縄まで、地域に根ざしたクラシックコンサートをつくってきた団体を紹介し、新しい時代の文化事業のあり方とまちづくりを提言する。


【目次】
1章 あるプロデューサーの取り組み
  鵠沼サロンコンサート、横浜楽友会、海老名楽友協会
2章 座談会 活動20 年・会員500 名に育まれるコンサートづくり
  葉山室内楽鑑賞会
3章 全国の小規模民間主催者たち
 〈その1〉 楽友協会
  NPO 法人えべつ楽友協会/ 木更津音楽協会/ 茅ヶ崎市楽友協会/静岡音楽友の会/ 浜松音楽友の会

  /アン・ディ・ムジーク愛媛/ かんまーむじーくのおがた/ ビューローダンケ
 〈その2〉 いまに生きるサロン
   ジョンダーノ・ホール/ 西方音楽館/ アートスペース・オー/ 宗次ホール/ ながらの座・座

  / カフェ・モンタージュ/ ノワ・アコルデ
 〈その3〉 労音の挑戦
  米子勤労者音楽協議会/ 人吉勤労者音楽協議会
  〈その4〉 市場をにらんだ運営
  有限会社神奈川芸術協会
  〈その5〉 コンサート制作のプロができること
  いわき室内楽協会/ くらしきコンサート
  番外編:ホノルル室内楽協会
 

 本書を振り返って 対談 地方民間鑑賞団体はどこへ行く
 地方民間主催者・サロン・小規模ホールリスト

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 この本は、例えばオーケストラ事務局や音楽家のマネジメント事務所などの大掛かりな主催者は想定しておらず、地方自治体系列のホールや財団主催の文化事業などの公的資金を使った(意地悪に言えば、資金集めに苦労しない「親方日の丸」の)運営主体も想定していない。

 対象としているのは「地域の民間主催者・サロン・小規模ホール」です。まずは音楽愛好家が集まってコン
サートを主宰する楽友協会的な形態、次に個人がサロンに人を呼ぶような形態で運営しているもの、あるいはごく小規模(100人前後)の空間でコンサートを開催するライヴハウスのような小規模民間ホール。そして、バブルの荒波を生き抜いた地方の労音組織。


 本書の特徴的な眼差しとして挙げられるのが「つくる。」だけではなく、「つづける。」という視点を重視している、ということ。バブルのころに、地方自治体のあり余る公的資金をバックにした運営主体が、バブル崩壊後に潮を引くように撤退。その間に全国にあった小規模な民間主催者がズダズダにされてしまった。平井さんは、その罪について強く断罪する。
 地域文化を創造していくためには「つづける。」ことも重要。お金があるから始め、資金が続かなくなったらやめちゃう、公共部門がそんな無責任な運営をしてきたこの国の実態。色々考えさせられますね。 


 それと、こうした小規模門間主催者によるコンサートを支えているのは、旺盛な供給側(演奏者側)の欲求。演奏家はどんなに小さな会場でも、自分の音楽に真剣に耳を傾ける熱心な聴衆がいるところで、演奏したいという欲求があること。


 その欲求は、日本を代表するアーティストはもとより、海外の演奏家にもみられるとのこと。「受け手があっての音楽家」という当たり前のことですが、大規模なプロモーションの恩恵に浴することができる音楽家がいる一方で、多くの金銭的な見返りは無いが、自らの演奏を披露する場を求める、こうしたプロの音楽家の欲求が質の高い小規模民間主催者の質の高いプログラムを支えている。


 ちょうど今月、この本で紹介されている、京都の「カフェ・モンタージュ」と倉敷の「大原美術館ギャラリー
コンサート」に行ってきたこともあり、興味深く読みました。『山陽型ノブレス・オブリージュ』として紹介された「くらしきコンサート」「大原美術館ギャラリーコンサート」を主宰する「三楽」は、クラボウ創始者の大原一族によって運営され、倉敷に所有する土地の地代などが運営費に充てられている、ということは地元では知られていたが、主宰者の大原れいこさんが強調されていたように(!)、クラボウやクラレは一銭のお金も出していないことは初めて知りました(むしろ、ベネッセなどの他の地元企業が支援しているとのこと)。資金面だけではなく、自治体系の主催者との棲み分けなど、これほどご苦労されているんだな、ということを改めて認識したしだい。
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 「カフェ・モンタージュ」についての記事も興味深い。あの柱のないライヴ空間は中古物件だったそうで、カフェ&ライヴ会場になる前は、なんとも京都らしい、ある商売のお店だった、とか、京都在住のチェリストに「東ベルリンの有名な地下の音楽キャバレーのノリが、ここにはある」と言わしめたり、従来の「クラシック音楽が聴けるサロン」のイメージとはかなり異なった、尖った空間について書かれています。
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 一般のクラシック音楽ファン向けに書かれた本ではありませんが、小さい会場でのコンサートや室内楽のコンサートなどによく足を運ぶ方なら、興味深い記事ばかりでしょう。絶対に読む価値アリです。巻末に『地方民間主催者・サロン・小規模ホールリスト』が付いているのも魅力です。

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