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倉敷のヴィルトゥオーゾ 室内楽コンサート Vol.2 [コンサート感想]

第31回倉敷音楽祭 倉敷のヴィルトゥオーゾ 室内楽コンサート Vol.2

ピアノ:松本和将
ヴァイオリン:守屋剛志
  〃   :黒川侑
ヴィオラ:中村洋乃理
チェロ:ドミトリー・フェイギン
コントラバス:河本直樹


ラフマニノフ/悲しみの三重奏(黒川、フェイギン、松本)
  〃   /チェロ・ソナタト短調(フェイギン、松本)
  ~ 休 憩 ~
シューベルト/ピアノ五重奏曲イ長調「ます」

2017年3月18日 倉敷市芸文館


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日本センチュリー響第215回定期(1日目) 指揮 :シュトルンツ Pf:ダルベルト [コンサート感想]

日本センチュリー交響楽団第215回定期演奏会(1日目公演)

R.シュトラウス/ピアノと管弦楽のためのブルレスケニ短調
ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲ニ長調
  ~ 休 憩 ~
ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調

指揮:イジー・シュトルンツ
ピアノ独奏:ミシェル・ダルベルト
コンサートマスター:松浦奈々 

2017年3月10日 ザ・シンフォニーホール
DSC_0499.JPG

 ミシェル・ダルベルトのピアニズムに酔いしれ、ドヴォルザークの8番をセンチュリーサウンドで聴く愉しみに存分に浸ったコンサートでした。

 昨日の読響とは全く方向性の違うプログラムとはいえ、昨日の会心のブルックナーの残像・残音が頭のなかに鮮明に残っていて、自分でも「切り替えれるかな……」と心配だったんですが、さすがに大阪が誇る高性能オーケストラ、1曲目のR.シュトラウスの引き締まった音楽が聞こえた瞬間に引き込まれました。

  前半、ソリストが2曲も演奏し、アンコールまで披露。後半のドヴォルザークがこれまたセンチュリー自慢の管楽器のソロが胸がすくように決まる!チェロのハーモニーにも惚れ惚れします。シュトルンツは特にダイナミクスに関して結構小技を使ってくるんですが、その小技にセンチュリー響がピタリと着けるので、数多く聴いてきたこの曲を、経験の無いようなパースペクティブな音楽に仕上がっていた。

 センチュリー響、やっぱ、上手いです。演奏を聴きながら、「いや~ホント、いいオーケストラだよなぁ…」と、心のなかで唸ってました。

(続きは後日に更新)

 弦楽器の編成は前後半共に10型。1stVn10→2ndVn8→Vc6→Va6、上手奥にCb4。コントラバスの首席には広響から移籍した村田さんのお顔が見えます。管楽器は前半が3管で後半は2管編成でした。

 それにしても、客席が寂しい・・・目視で5割ぐらいしか埋まっていないように見える。実数はもっと少ないだろうから、45%ぐらいしか入っていないのではないか?
 センチュリー響がシンフォニー定期を2日公演体制に拡充してから3回目の鑑賞ですが、いまだに客席が満席に埋まっているのを見たことがありません。
 唯一の救いは、このザ・シンフォニーホールはこれだけ 空席があっても、その素晴らしい音響は健在。普通は8割ぐらいが埋まった時の想定で残響を考えられているが、さすがの天下の名ホール、普段より多少よく響くかな?といったぐらいで、音の輪郭はクリアで内声もよく聴こえる。

 センチュリーの演奏も、空席の目立つ客席をよそに、どの曲も熱のこもった、満足のいくものでした。この日の目的の一つはR.シュトラウスの「ブルレスケ」を初めて生で聴くこと。生で聴くと、これほどピアノパートが難曲だったとは、という驚きがあった。ダルベルトのピアニズムは硬質なしっかりとした音で、かつ色彩も豊か。名付けるとすれば、「カラフルソリッド」な音、ということになるか。これは僕にとってはかなり好きな音です。テクニックも申し分なく、なかなか聴く機会の無いこの曲を、見事な演奏で料理した。ティンパニの演奏も見事。ティンパニはもっとバシバシ叩くイメージがあったが、けっこう繊細なコントロールが求められ、ピアノ・オケ・ティンパニの対話が愉しい。

 2曲目はラヴェルの左手のための協奏曲。再びダルベルトの登場。オーケストラ主催の定期演奏会で、ソリストが(実質的な)協奏曲を2曲も弾くというのは、僕も初めての経験。ラヴェルのこのニ長調の協奏曲は、「のだめ」で有名になったト長調の協奏曲に比べると、演奏機会が少ないと感じる。僕自信は演目に上がると狙って聴きに行っているので、3回目の鑑賞だが、(3部構成の単一楽章のこの曲の)第1部の左手1本で弾かれるピアノの孤高さ、第2部のジャズのリズム、第3楽章のピアノの万華鏡のような繊細な色彩感、どれをとっても素晴らしい名曲だと思う。 
 そしてダルベルトの明晰でソリッドなピアニズムは、本当にこの曲に良く似合っていた。ラベル独特のジャズのリズムに乗って、オーケストラがかなり鳴るなかでも、ハッキリと聴こえる右に左に跳躍するようなピアノの音に「この部分ではこんな音が鳴っていたのか」との新たな発見があった。

 センチュリーとの共演でいえば、エリック・ル・サージュがト長調を演奏をしたときは、チケットを取っていながら、聞き逃してしまったが、ダルベルトの「左手のための・・・」を聴けたことは、一生耳に残ると思う。

 アンコールはフォーレの即興曲第3番。この演奏を聴いて、この方のリサイタルがあったら、必ず駆けつけたいと思う。

 後半のドヴォルザーク。前半ではソツの無いタクトで「只者ではない」と思った、本日の指揮者はイジー・シュトルンツ。初めて知った名前だった。実は、何を勘違いしたのか?チケットを買ったときはマルクス・シュテンツが振ると思い込んでいたが、1か月前のセンチュリーからのメールマガジンで、「シュトルンツ??・・誰?」と初めて気づいた。

 ドヴォルザーク独特の民俗色は薄く、堅牢な構築美が印象的。第1楽章の中間部で、チューバ+トロンボーンがこの曲のモチーフを低音で吠える上で、弦楽器がスラブ舞曲調に上昇音階を奏でる場面では、漆喰を何層も塗り込めたような重厚な響きを聴かせたと思ったら、第3楽章では演歌調にならずに颯爽とまとめ上げる手腕は見事。冒頭でも述べた通り、ダイナミクスの変化に小技を聴かせるのも、グザヴィエ・ロト、ハーディングなど、新世代の指揮者であること感じさせるが、「これ以上やるとやりすぎ」と思わせるところを心得ている感じがニクイ。

 この曲は本当に管楽器のソロが多いんですね。木管・金管は、流石センチュリーやなあと思わせる演奏だったが、弦がよく唄っていたのが印象的。特にチェロとヴィオラって、こんなにいい音が出てたっけ?と思うほど素晴らしかった!
 この日の演奏も、極めて誠実なものだった。5割も入っていない客席に向かって、最善を尽くす彼らの姿に、僕は率直に胸を打たれた。
 センチュリーは今、興業的な正念場を迎えている。府立オーケストラ時代からの課題だった演奏会収入の収益構造の改善のため、常任指揮者の飯森さんのもと、定期演奏会を2日連続開催する方法を導入した。しかし6つのオーケストラがひしめく経営環境、センチュリー同様に自治体補助が打ち切られた大フィルもキャパ2500人のフェスティバルホールに本拠地を移した後、空席を埋めることが出来ずにいる。センチュリーの現状は大フィルよりも厳しい、今回のコンサートの空席を見ると、そう思わざるを得ない。もう1年やって結果が出なければ、定期演奏会2日連続開催を(毎日新聞「関西の主要オーケストラ 集客に試行錯誤」より)あきらめるようだ。

 センチュリー響は、今年から土曜日公演の開始時間を14時に早めた。15時にホールを明け渡せば19時開始の公演に使える。ホールの借り賃を節約するためだと思われるが、前日に21時まで本番をやって、翌日午前中からゲネプロをこなすというのは、楽団員にとっては負担が大きい。しかも、2日連続で聴きに来る聴衆も居るから2日とも最高のクオリティを維持し続けなければならない。これは大変な事だと思う。
 京響の2日連続公演は、同じ時間に始まる土日に組まれているし、大フィルも金曜日ソワレと土曜日マチネという組み合わせのコンサートは減って来ている。

 大阪のオーケストラ界に「七不思議」があるとすれば、一つ目は『小・中編成になると、これほどのハイレベルな演奏をするセンチュリー響に、なぜお客さんが入らない?』ということ。
 いや、ホント、大阪・関西のクラシック・ファンは勿体ないですよ。橋下徹によって補助金が打ち切られる騒動が起こったのは2008年のことだったと思う。その時僕は、京響の定期演奏会に向かう途中、京都コンサートホールの前でセンチュリーの楽団員さんの署名依頼に応じて少しお話をした。4月とは言え小雨が降る中で震えながら傘をさして立っていた姿は、普段の燕尾服を来てスポットライトを浴びている姿とは対照的だった。それでもその時「センチュリーは本当にいいオーケストラなんです。純粋にいい音楽を届けようと演奏してきた来ただけで、既得権に胡坐をかいているとは思っていなかった」、何人か集まったファンにそう語っていた。僕は「頑張ってください・・・」としか声を掛けられなかったが、そこから彼らは本当に頑張った、現在もかくも努力している。一時期は演奏水準の低下がささやかれたが、この逆境にも拘わらず、去年3回聴いたハイドン・シリーズでは「これは常設の小規模アンサンブルでは国内随一の水準やないか」と本当に驚いた。

 そう、もう一つのセンチュリー響に関する「不思議」は、今のセンチュリー響の厳しい経営環境にも関わらず、これほどの人材が集まってくるのはなぜか?
 楽団の経営を支えているのは、大阪府が実質的な「手切れ金」として渡された基本財産。20億近くあったものが、10億を切り、単純計算でいえばあと2年で底を尽きる。センチュリーは豊中のホールの指定管理者になり、オーケストラだけではなくホール(劇場)に付く文化庁の補助金などで多少は事業費の回転がよくなるだろうが、楽団経営単体でみると、よほどの大きなスポンサーが現れない限り、財政的にあと5年は持たないだろう。かくもお先真っ暗のオーケストラに、北口さん、丸山さん、水無瀬さん、小曲さん、村田さんはじめ、優秀な奏者が続々と入団している。

 ステージ上での雰囲気も良さそうだ。今回のコンサートでのダルベルトさんの演奏に対する楽団員の賛辞や、指揮者のシュトルンツへの賛辞を送る姿をみても、良好な雰囲気が伝わってくる。2008年に小泉和裕さんがマイクを持ってお通夜のように聴衆に語り掛けた時のような悲壮感は感じない。

 もしかしたら、楽団員は「いざというときは…」という覚悟を固めているのかもしれない、そして一つ一つの演奏会でセンチュリーらしい音楽を奏でよう、という一点で一致団結している。

 現実として、彼らはこれほどの実力の持ち主であるから、楽団が解散してもいくらでもつぶしが効くだろう。ボールは今、大阪の人々に投げられている。大阪が生み出した栄光のセンチュリー・サウンド。それを存続させるかどうか?彼らは、最善を尽くした、大阪の人々はそれに応えられるか?
 これほどの高性能オーケストラを失って最も損失を被るのは、未来の大阪の人々かも知れないのだ。 


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読売日本交響楽団第16回大阪定期演奏会 下野竜也 指揮 Vn:スム [コンサート感想]

読売日本交響楽団第16回大阪定期演奏会
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モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調
  ~ 休 憩 ~
ブルックナー /交響曲第7番ホ長調

指揮:下野竜也
ヴァイオリン独奏:アレクサンドラ・スム
コンサートマスター:長原幸太

2017年3月9日 フェスティバルホール
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 国内三指に入るスーパーオーケストラ、指揮者は40代にしてブルックナーを極めつつある実力派指揮者。会場は日本におけるブルックナーの聖地:大阪はフェスティバルホール。役者も舞台も充分なコンサートということで、期待に胸を膨らませて聴きに来ましたが、それでもその期待を遥かに超える、壮絶にハイレベルな演奏でした。金管のバリッとしつつもシルキーな音は、まさに中欧の名門オーケストラの音で、「目の前で演奏しているのは、本当に日本のオーケストラなのか?」と、演奏中に何度思ったことか……。そして、そのパワフルな金管の全く埋もれることなく強靭に響く弦楽器の音。

 拙ブログをご覧いただいている鳥取、山陰、美作地方の方々。明日はこのプログラムで鳥取公演があるようです。絶対に足を運んだ方がいいですよ。今後20年はこのレベルのブルックナーを山陰で、いや岡山県も含めた東中国地方で聴くことはないと思いますよ。取り急ぎ、それだけお伝えします。

(詳細な感想は後日更新します)

 3月です、どこの職場もそうだろうと思いますが、繁忙期です(汗)土日出勤の振替を無理やり集めてコンサート遠征の日程を捻出。当然のごとく帰ってきてから更新する余裕時間がありませんでした~。1週間遅れの更新。

 前半のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番。オーケストラの配置は、前半は8型のステレオ配置1stVn8→2ndVn6→Vc3ーVa4、上手奥にCb2本という並び。
 長原コンマスの横には小森谷コンマスが座ります。ソリストのアレクサンドラ・スムさんの演奏は、明晰でテクニックも申し分ない。低音から高音まで漏れなく純度の高い音を奏でる。ただ、このモーツァルトのヴァイオリン・コンチェルト5曲とも感じることなんですが、若書きの曲であるが故に晩年の陰りがあって劇的な楽曲に比べると、今ひとつ面白みに欠けるんですよ。
 スムさんは、この曲を可能な限り即興的に演奏して面白さを出そうとされていたように見受けられましたが、読響の伴奏は極めて「真面目」で、少々たがが外れてもソリストの誘いに乗って飛んだり跳ねたりしてほしかったなあ・・・と。いや、読響のフワリとしたアンサンブルは素晴らしかったし(フェスティバルホールのアコースティックの響きを上手く使って、小編成でも良くなっている印象を持ちました)、演奏も誠実なものだったので、これで文句を言ったら罰が当たりますか。

 アンコールはイザイの無伴奏ソナタ2番の第4楽章。彼女の本当の実力が垣間見えました。次回はバルトークとかシベリウスのコンチェルトを聴きたいですね。

 前半開演前にはそこかしこに空席があって、僕の左隣も2席空席があったんですが、後半になって客席がびっしり満席になりました(笑)関西のブルヲタ、いやブルックナー愛好家が集結したような様相。今日のコンサートのプログラムはなんと言ってもブルックナー7番のの存在感が大きい。

 オーケストラも登場したときから全体のオーラが違っています。指揮者の下野さんも、いつになくゆっくりと、そして堂々とした足取りで指揮台に向かう。ステージの一挙手一投足を見守る客席も、まるで「念」を送るように固唾を飲んで見守る。これこそが大阪でブルックナーを演奏することであり、このフェスティバルホールでブルックナーが演奏されることの意味を示していると思う。

 編成は16型で、1stVn16→2ndVn14→Vc12→Va14、上手奥にはコントラバスが10本。堂々たる16型2管編成。
 全体的にはゆったりした足取りで進む、ブルックナー特有の弦のトレモロ(「原始霧」と名付けた人は天才!)の透明感に鳥肌が立つとともに、一つ一つのフレーズの重心が低く、音楽の密度は極めて濃い。ブルックナーリズムに乗って最初の盛り上がる部分へ向かう時間は、まるでフレーズ一つ一つに生命が吹き込まれて、大きな存在が起き上がってくるような感覚があった。

 第1楽章ではアンサンブルをぎちぎちに締め上げることはせず、下野さんのタクトも打点を明確に打たずに、スケール感を重視。アンサンブルをぴったりと揃うのを嫌っているかのよう。冒頭にも書いたとおり、ブラスの響きが輝かしく、とりわけ第3楽章のスケルツォで、そのサウンドの輝きは最高潮に達した。まさにドイツのオーケストラのようなアクセントとパワーでホールの隅々にまで存分に鳴る。読響のブルックナーは、ザ・シンフォニーホールでの3番に続いて2回目だが、あのときよりもオーケストラが数段もレベルアップしているように思えるし、指揮者・奏者ともに確信を持って演奏している様子が伝わって来る。全曲に渡って堂々たる王道を行くブルックナー、といって間違いないと思う。

 下野さんのタクトは第1楽章中間から、徐々に手綱がしまっていき、曲の当初ではややと重苦しい印象だったアンサンブルが、ダイナミクスを自然に、繊細にコントロールすることで、みるみる神々しいまでの躍動感と瑞々しさに変化していったのが印象的。驚いたのはブラスが終始、かなりの爆音で鳴っているのに、弦楽器の音も充分なバランスでその上に乗せてきて聞えること。会場には在阪オーケストラ事務局の幹部の方の顔も見えたが、東京に本拠を置く読響が、新生フェスティバルホールの広大な空間を、ここまで見事に鳴らし切る様子は大いに参考になったのではないだろうか。

  長大な第2楽章もまったく弛緩することはなく、スローなテンポながら音楽の密度は依然、濃厚なまま進んだ。本当に美しい音楽にため息が漏れる。「きれい」とか「カラフル」「ブリリアント」というのではなく、神話の世界のなかの深い深い森を逍遙しているような心地、といったらいいだろうか。今回のコンサートはハース版を採用していたが、第2楽章のシンバル一撃&トライアングルは下野さんの意思で追加されていた。
 第1楽章と第4楽章の集結部分も凄かった。怒濤ともいえる迫力 で迫ってきた。このシンフォニーが、かつてその武力でヨーロッパを席巻し、体格や体力では日本人は到底叶わない、ゲルマンの血を感じる音楽を日本のオーケストラが存分に響かせる。本場のオーケストラにしか出せないと思い込んでいた音楽に、ここまで肉薄できる瞬間に立ち会えたことに感極まってしまった。
 コンサートのチラシに「涙が自然とあふれるほどの、圧倒的なスケール感」とあったが、そのキャッチコピーは全く嘘も誇張も無かった。一ついちゃもんを点けるとすれば、「スケール感」ではなく「スケール」で良い。途方もなく懐の深い、スケール(物差し)では測りがたい大きな音楽だった。

 全体の演奏時間は75分ぐらいだったろうか。私の周りに関しては、客席の雰囲気も良かった。「大阪で、ここフェスティバルホールでブルックナーを聴く」醍醐味を充分に味わい尽くした充実の時間。一点、望みうるとすれば、これが大阪を本拠に置くオーケストラだったなら・・・という思いは残りました。

 下野さんは1月に京響との0番。今回の読響大阪定期での7番、4月には音楽総監督に就任するお披露目の大阪公演(ザ・シンフォニーホール)で8番。兵庫PACオケで6番、というように、ここへきて関西で怒涛のようにブルックナーを演目に採り上げる。下野さん自身、ブルックナー解釈に確信をもっていることは今回のコンサートで伝わって来たし、それに加えて、関西でブルックナーを披露する意味をよく理解し、関西の聴衆に敬意を持って披露していく決意と配慮も伝わってくる。下野さんのこの「一人関西ブルックナーシリーズ」は低迷していると言われる、関西のクラシック音楽シーンにどのような一撃として歴史に残るんでしょうね。
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蜂蜜と遠雷 恩田陸 幻冬舎 [読書(音楽本)]

 音楽を聴きながら読書に没頭…至福の時間でした。

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2016/09/23
  • メディア: 単行本
 三度の飯よりクラシック音楽を聴くことが好きな自分には、これほど面白い小説が他にあろうか?というほど、大いに楽しんだ。現在3回目の読了。
 恩田陸の小説は、20代の頃に本当によく読んだ作家さんです。「六番目の小夜子」「夜のピクニック」を皮切りに、「理瀬」三部作に大いにハマりました。最近も演劇を舞台とした「チョコレート・コスモス」を読んで、恩田ワールド健在と感じたところ。
 直木賞受賞は遅すぎる受賞でしたが、この「蜂蜜と遠雷」は、ここ数年の受賞作の中でも燦然と輝く名作。

 ピアノコンクールに出場するコンテスタント(演奏者)、審査員、記者など様々な人々が、「優劣を付け難いピアノ演奏に順位を付けて行く」というコンクールの残酷な一面に苦悩し音楽を通して突きつけられる自分の内面に立ち向かいながら、最後は各自が答えを出していきます。

 主人公の栄伝亜夜、風間塵だけでなく、登場する人物みな魅力的。「ピアノコンクール」を舞台にしたコミックならいくつか読んでいるが、この小説が秀逸なのは例えば審査員を悪者にして、ストーリーに起伏を付けるといった手法を全く取っていないこと。それによって音楽を演奏する喜び、音楽を聴く・感じる喜びが文間から伝わってきます。恩田さんも「チョコレートコスモス」を読んだ時にも思ったのだけれど、その(クラシック音楽界という)独特の世界を細部にまで取材し、演者の心情に寄り添うタッチは本当に引き込まれます。

 何よりも、この作品の醍醐味は、音楽を聴きながら読めば楽しさ100倍なところ。巻頭には、主要登場人物のコンクールでの演奏曲がリスト化していて、さながら「プレイリスト」のよう。
 ナクソス・ミュージック・ライブラリーには、「恩田陸 監修 蜂蜜と遠雷プレイリスト」があるので、会員の方はこれを利用すると楽です。

 音楽を聴きながら読むと、コンテスタントらのキャラクターやセリフもいっそう輝きを増して感じられます。

 なお、舞台となった「芳ヶ江国際ピアノコンクール」のモデルは「浜松国際ピアノコンクール」だと思われます。通称「浜コン」からは、上原彩子(チャイコフスキーコンクール優勝)を皮切りに、アサクサンダー・ガヴリリュク、ラファウ・ブレハッチ(ショパン・コンクール優勝)、チョ・ソンジン(ショパン・コンクール優勝)ら、現在綺羅星のごとく輝く一流ピアニストたちが巣立っています。


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過去1年の印象に残ったコンサート【自己紹介代わりに・・・】 [自己紹介]

 最近(過去1年間)聴きに行ったコンサートの中で、特に感動した・印象に残ったコンサートについて書いた感想をピックアップします。演奏の巧拙や周りの評価に関係なく、自分が感動したものだけをピックアップしています。自己紹介代わりになるかな。

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アンサンブル・ステラ 神奈川フィルの名手が奏でる珠玉の名作 [コンサート感想]

アンサンブル・ステラ 神奈川フィルの名手が奏でる珠玉の名作
 
サティ/ジュ・トゥ・ヴ(Vc,Pf)
サン=サーンス/白鳥(Vc,Pf)
シベリウス/ロマンス(Pf)
エルガー/愛の挨拶(Vn,Pf)
ブラームス/ハンガリー舞曲第6番
ラフ/カヴァティアーナ
シューマン/トロイメライ
メンデルスゾーン/ピアノ三重奏曲第1番より第1楽章
  ~ 休 憩 ~
ガーシュウィン/エンブレイサブル・ユー、アイ・ガット・リズム(Pf)
ポッパー/ハンガリー狂詩曲、セレナーデ(Vc,Pf)
ファリャ/スペイン民謡舞曲(Vn,Pf)
アルベニス/タンゴ
ファリャ/火祭りの踊り

アンサンブル・ステラ
Vn:渋谷貴子
Vc:迫本章子
Pf:伊藤 翔

2017年2月25日 天神山文化プラザホール

 神奈川フィルの奏者2人と、本業は指揮者という伊藤さんによる、初心者やライトなクラシック音楽ファンでもでも楽しめるようなコンサートでした。
 主催者は横浜の(株)フーガ、という会社で、創業者が岡山ご出身で備前市役所の仕事も受注されているそう。それで、神奈川フィルの奏者のアンサンブルを岡山で聴ける機会に恵まれたわけです。
 会場は・・・250人キャパに40人ぐらい・・・かなあ。前方の席が空きすぎているので、奏者の方が「今日はガラガラなので、後ろの席の人は前に来た方が音がいいですよ」と、誘導されていました。
 しかし、演奏はハイレベル。室内楽のコンサートは岡山の演奏者も色々なユニットを組んで、楽しませてくれているが、ハイレベルな首都圏のオーケストラで年間100回以上は本番をこなしているというのは、やはり大きいのか、演奏に隙が無く極めて安定しています。ハラハラして聴くという場面が無い。入門者にもやさしい「名曲コンサート」で、こんなハイレベルな室内楽が聴ける機会って、意外に岡山では少ないかもしれない。
 席が埋まらなかった背景の一つとして、岡山の音楽関係者がほとんど来られてなかったことも大きかったと思われますが、岡山の演奏家に対して敢えて耳の痛い事を書かせていただくと、こういう『岡山演奏家コミュニティ』の外から来られた、演奏家の音楽を聴くことも大事じゃないだろうか?岡山という狭い世界の中で、身内の音楽関係者同士でコンサートの席をぐるぐる埋め合ってても先はありませぬぞ。
 
 伊藤さんが指揮者&ピアニスト、ということもあって「自分の演奏に没頭する」わけでもなく、「伴奏に徹する」わけでもなく、ヴァイオリンとチェロをよく歌わせつつも、時折演奏をリードしている感じが印象に残ります。ハンガリー舞曲やカヴァティアーナ、後半のファリャあたりはヴァイオリンとチェロが本当によく歌い上げられてました。
 足を運んだ目的の一つがメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番。「船に乗れ!」という小説を読んで依頼、ずっと生演奏で聴きたかった曲。第1楽章のみの演奏でしたが、演奏会小品が多かったプログラムの中では、いっそう手応えのある曲として、存在感がありました。

 チェロの迫本さんが主に司会をされていましたが、進行がこなれていて、会場の運営スタッフもプロの方が付いているようで、質の高いサロンコンサートを大いに楽しめました。
 アンコールはピアソラの曲を2曲。


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クァルテット・ベルリン=トウキョウ 2017岡山公演 [コンサート感想]

クァルテット・ベルリン=トウキョウ 2017岡山公演

ハイドン/弦楽四重奏曲作品76-4変ロ長調「日の出」
バルトーク/弦楽四重奏曲第3番
 ~ 休 憩 ~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第13番変ロ長調作品130、作品133「大フーガ」

クァルテット・ベルリン=トウキョウ
第1ヴァイオリン:守屋剛志
第2ヴァイオリン:モティ・パブロフ
ヴィオラ:ケヴィン・トライバー
チェロ:松本瑠衣子

2017年2月11日(土) 岡山県立美術館ホール

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 クァルテット・ベルリン=トウキョウ(以下QBT)を聴くのは、これで5回目になると思います。本当に毎回毎回凄い演奏で、僕に室内楽の面白さを教えて下さったのは、このQBTの存在が大きいです。

 今回のコンサートはその中でも心に深く刻まれることになりそうです。バルトークの3番カルテットで理屈抜きの面白さと、彼らのアンサンブル能力の桁外れの高さに感嘆。ベートーヴェンの13番の第5楽章では、自分の頭の中が真っ白になる様な感覚になり、心の襞に文字通り「沁みわたる」感覚があった。『感動』という簡単な表現では言い表せないものがあった。

(2・24追記)

 配置は下手(しもて)から1stVn(守屋)→2ndVn(パブロフ)→Vc(松本)→Va(トライバー)の順。QBTは今回のツアーからメンバーが入れ替わっている。杉田さんに代わってケヴィン・トライバーという、なかなか迫力のある雰囲気の奏者が加入した。
 前のメンバーで室内楽の数々のコンクールで優勝・入寮してきた実績が語るように、杉田さんが居る時も完成されていたカルテット、あとで一人だけ加入するというのは相当なプレッシャーではないかと愚察する。トライバーさんは曲間でも、守屋さん・松本さんが笑顔を浮かべる場面があるのとは対照的に、表情は終始硬かった。ベートーヴェンの曲が終わって、アンコールの時に自然な笑顔が見られたということは、本番のプログラムに対する緊張と意気込みを感じさせます。会場は満席!補助いすも何十席と出ていた。もしかすると当日券狙いのお客さんのなかには、札止めであきらめざるを得なかった人もいたかもしれない。そして会場内の熱気も相当なものだった。

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※開演前に撮影。この後、会場は満席の熱気に包まれる

 1曲目のハイドンは、事前のチラシから変更されて、作品76-4「日の出」が演奏されました。冒頭のメロディーを聴いてビックリ!ワーグナーのタンホイザー第2幕の大行進曲の2番目の主題に音型がそっくりです。もちろんハイドンが先に作曲しています。変ホ長調という調性もあって、「日の出」というよりは王様の登場、といった風格(笑)
 去年からセンチュリー響のハイドン・マラソンを聴きに行って以来、ハイドンの心地よい形式感と、飽きさせない仕掛けにはまっています。いきなり下降音階のフーガで始まる第4楽章なんて、「あっ」と思わせる仕掛けだ。QBTの演奏も盤石の演奏で、安心して聴いて居られる。第2楽章のノンヴィヴラートの音が澄み渡っていて、心が洗われる。

 2曲目のバルトークの弦楽四重奏曲第3番。バルトークの楽曲は、昔は苦手だったが、管弦楽曲に関しては結構楽しめるようになった。特に「弦楽のためのディベルティメント」なんかは、非常にチャーミングで体が踊り出すような躍動感がたまらない。
 調性が明記されていない単一楽章で、緩ー急ー緩ー急の4部構成。2部はスケルツォ的なポジションになるだろうか、まさにバルトークならではの血湧き肉躍るような音楽。4部は第3部に付随するプレストの部分になると思われるが、この演奏が圧巻だった。1stVnの守屋さん(倉敷の出身)とチェロの松本さんの惚れ惚れするテクニックと、心を動かさずには入れらない豊かな音楽性、このお二人がQBTの2枚看板なのは間違いないけれど、このバルトークを聴くと2ndVnのパブロフさんと今回加わったヴィオラのケヴィン・トライバーさんの音楽の鋭さも際立っていた。。
 ハイドンがかっちりとした形式感の中で楽器間の対話を楽しむものならば、このベルトークの4番カルテットは、真剣で「殺陣」をやっているような感じだ。少し間合いが間違うと血しぶきが飛びそうな、そんな緊迫した中で演奏している。これ以上、何を望むか?という完成度の高さだった。
 
 休憩時間中は「このバルトークが、今日のハイライトになるかもしれない」と思っていましたが、後半のベートーヴェンの13番は、その更に上をいく感銘を受けた。この日のプログラムは、いわゆる「大フーガ」変ロ長調を第6楽章に組み込んだ、「ベートーヴェンが本当にやりたかった楽章構成」で演奏された。
 改定後の13番の第6楽章も傑作であるために、ついつい違和感なく聴いてしまう、そしてあの高潔で美しい第5楽章の後に、大フーガを組み入れてしまうと、もはやブルックナーの交響曲のような巨大な音楽になってしまう。それを敢えて、今回やったということで、正直この展開は予想していなかった(チラシには、第13番/大フーガ、という表記だった)ので、始まる前は少し構えてしまいそうになっていた。

 開演前に守屋さんとQBTの実演による解説があり、この曲の構成やモチーフの展開のさせ方がよく解った。第2楽章のプレストをアダージョぐらいの速度で弾いてみた時の音楽があまりにも美しく、「これをプレストで弾かせるというのはなんという贅沢か!」と会場がどよめいたのが印象的。5分で終わる筈の解説だったが、途中から守屋さんもQBTのメンバーも時間を忘れてしまったようで、15分にもなってしまった(笑)このQBTのメンバー同士、こういう感じで楽曲研究とディスカッションに熱中している様子が解り、とても貴重な体験だった。
 ベートーヴェンやハイドンのような古典派の構成感、シューマンやブラームスといったドイツ・ロマン派の重厚さとメランコリーの同居、ドビュッシーやラベルの色彩感、そして今回聴いたバルトークの躍動と切れ味、恐らくショスタコーヴィチあたりも得意にして居るに違いない。どれも一級のレベルで作り込んだ演奏を聴かせてくれるこのQBTのクォリティの高さはこうして生み出されているんですね。

 少し脱線しました。ベートーヴェンの13番。第1楽章からベートーヴェンらしいがっしりした躯体に、付点音符が印象的なモチーフだ自由に飛び回る。この曲の生命力と瑞々しさを存分に表現していた。第2楽章のプレストも、例の解説を聴いた後だと「よく出来ているなあ・・・」と感心する。第3楽章~第5楽章の穏やかな音楽に身を預ける時間も幸福感に満たされてた。特に第5楽章の無垢な美しさは筆舌に尽くしがたいものがあった。静かな感動に包まれ、私の周りには美しさに涙する人がちらほら居た。
 第5楽章は、これは・・・大変な音楽だ。僕はこの曲を聴くと、ブルックナーの第5番を思い出してしまう。守屋さんとQBTの解説演奏で、独特のリズムとに二重フーガという構成がブルックナーの5番に通じるものがあることを理解した。給付が長いのもブルックナーの音楽に似ている。しかし、弦楽器たった4本でこれほどの大伽藍を思わせる神々しい世界を作り上げるベートーヴェンの才能にひれ伏し、この稀代の若手クァルテットが岡山と深いかかわりを持ってくれていることに感謝した。


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「とっとり弥生の王国」展と「古代吉備の名宝展」展 岡山県立博物館 [展覧会・ミュージアム]

「とっとり弥生の王国」展 ー青谷上寺地遺跡と妻木晩田遺跡―

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東京国立博物館から里帰り!「古代吉備の名宝」展
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ともに岡山県立博物館

 QBTの感想がまだ更新できてないんですが・・・、とにかくこの県立博物館の2つの展覧会には絶対行った方がいいですよ~!というお知らせのために、こっちを先に更新します。

 「古代吉備の名宝」展は、歴史ファンのみならず、岡山のすべての人々が見るべき見事な展示でした。古代の吉備の国の燦然と輝く歴史を感じることが出来ます。普段は東京に居る国の重文クラスの銅鏡や銅鐸そのた古代吉備の出土物が、もともと岡山県立博物館で展示されているものと合わせて、一堂に拝見することが出来る貴重な機会と思います。

***岡山県立博物館HPから***
 東京国立博物館には、かつて岡山県内から出土した考古資料の優品が、数多く収蔵されています。卑弥呼の鏡といわれる三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)や、不思議な小像で飾られた須恵器(すえき)、80年ぶりに出土品が勢揃いする備前市丸山古墳の銅鏡など53件が、岡山に里帰りすることになりました。
古代吉備の繁栄を物語る名宝の数々を、この機会にぜひご覧ください。
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 歴史ファン、古代史ファンの方々は、お正月にBSで放送された「英雄たちの選択 新春スペシャル ~“ニッポン”古代人のこころと文明に迫る~」を見られた方も多かったのではないでしょうか。

 「とっとり弥生の王国」展は、その番組で紹介された、弥生時代を代表する集落である、青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡と妻木晩田(むきばんだ)遺跡の出土品が展示されています。最近、再放送されたこともあるのか会場は想像以上に人が多くて熱気がありました。

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 特に木製の遺物の展示が充実、番組でもその造形の美しさと装飾技術の高さから、現代風に言うと「青谷ブランド」として弥生人の間では評判になっていた、と解説されていました。なんと北陸から北九州まで流通していたようですね。
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 妻木晩田遺跡の国内最大級の環濠集落からの出土物も圧巻。当時はまさに「大都会・鳥取」として、人口も経済力・生産技術も国内随一の水準だったんですね。

***岡山県立博物館HPから***
岡山・鳥取文化交流事業の2年目は、鳥取県の弥生時代を取りあげます。地下の弥生博物館ともいわれる国史跡青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡と、国内最大級の弥生集落である国史跡妻木晩田(むきばんだ)遺跡を中心に、最新の調査研究成果を紹介します。

 国内唯一となる線刻で絵画を描いた新発見の銅剣が、鳥取県外初公開となるほか、通常の遺跡からはほとんど出土しない木製品や、交易によってもたらされた新潟県産出の翡翠でつくられた勾玉など、総数約380点の貴重な資料を展示します。
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 一方岡山も負けていません!
 番組内では従来の「邪馬台国論争」の『北九州説』『近畿説』に加えて、『瀬戸内説』(→吉備地方)を選択肢に入れて、議論が繰り広げられました。
 まあ、番組司会の磯田さんは岡山県生まれ、パネラーの国立民族学博物館の松木教授は、最近まで岡山大学の教授をされていました。

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 番組でも紹介された「卑弥呼の鏡」と言われる三角縁神獣鏡も、もちろん今なら県立博物館で一堂に見ることが出来ます。『岡山って、吉備って、すごいところだったんだ!』と郷土に誇りが持てる展覧会です。


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音楽の友2017年2月号から大阪のオーケストラ界の現状を憂う [クラシック雑感]

 音楽の友の2月号は(9月号とともに)毎年購入しています。前年度のコンサートや、国内全体の演奏会の状況を振り返る「コンサート・ベスト10」「地方各地の音楽状況」は毎年興味深く読んでいます。

音楽の友 2017年2月号

音楽の友 2017年2月号

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 音楽之友社
  • 発売日: 2017/01/18
  • メディア: 雑誌

 恒例の「39人の音楽評論家・記者が選ぶコンサート・ベストテン」では、ここ数年、海外オーケストラの来日公演のウェイトが減少してきています。上位を占めるのは確かにバイエルン放送響やドレスデン・シュターツカペレなどの海外一流オーケストラだが、逆に、ウィーン・フィルを選んだ評論家がわずかに3名となるなど、厳しい評価が下されるオーケストラも多い。
 その一方で、国内オーケストラは、在東京のオーケストラを中心に、東京フィル17人、日フィル16人、N響16人、読響12人、都響12人など、海外オーケストラと並ぶ評価をする評論家も多い。
 東京在住の評論家が多いため、他都市のオーケストラが取り上げられにくいが、それでも、OEK1人、京響1人、群響1人、札響1人、仙台フィル1人、広響1人と昨今評価の高いオーケストラが取り上げられている。
 そんな中でショッキングだったのは、大阪のオーケストラを誰も選ばなかったことだろう。39名の評論家には関西に拠点を持つ人も含まれているだけに、関西6オケの中から選ばれたのが京響のみ、という結果には驚きを隠せません。
 「地方各地の音楽状況」を見ても、「札響の充実ぶりに触れなくてはならない」「仙台フィルの定期は相変わらず驚くようなプログラミングで聴衆を喜ばせてくれた」「(名古屋フィル)シェフと奏者の絆は深まり充実した演奏が展開された」「(京都市交響楽団)好調を維持している」「(広響)下野音楽総監督に集まる期待」「(九響)小泉体制4年目で管楽器陣パワーアップ」など、わくわくするような話が踊る一方で、大阪の4オケについては…
「(東京に比べると)関西は以前と比べてもずいぶんきんびしい状況になった印象が強い」

「経済的基盤の弱さを反映するかのように、内容にも集客にも陰りがみられる」

「このままでは縮小再生産の道を歩むだけ」

 との極めて厳しい指摘が展開されている。
 もともと音楽の友という雑誌は、故宇野功芳氏に代表される、レコード芸術の評論家陣に比べると、よく言えば前向きでソフト路線、悪く言えば提灯記事(失礼!)のきらいがあった。オーケストラ団体が演奏会の広告を掲載するなど、スポンサーとなっている性格上、そこまで厳しい記事はほとんど見たことが無かった。
 それなのに、この書かれようはほとんど「酷評」といってもいい内容だ。
 もっとショックだったのは、「データで見る日本の音楽状況2016」の「演奏会回数の動向」の記事。
 2016年は演奏会回数で、大阪が名古屋に抜かれていたのである。
 2010年には大阪:名古屋は、8.1%と6.1%で、つごう2%もの開きがあったが、2015年にはともに6.9%で追いつかれ、2016年には6.6%と7.1で0.4ポイントの差をつけられて追い抜かれてしまった。
 もっともデータは音友のコンサーガイドに掲載された演奏会であるため、実数を反映していないかもしれないが、6年前には大阪の3/4程度の回数だった名古屋に一気に抜かれたことを鑑みるに、大阪と名古屋の経済の勢いの差、といったものを感じざるを得ないですね。
 一方、我らが岡山フィルは「各地の音楽状況」に取り上げられています。シェレンベルガー氏が就任前には、「音楽の友」誌からは、全く「無視」されていたことを考えると、隔世の感があります。

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広島交響楽団第23回福山定期演奏会 大友直人指揮 Vn独奏:川久保賜紀 [コンサート感想]

広島交響楽団第23回福山定期演奏会

ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲ニ長調
 ~ 休 憩 ~
ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調

指揮:大友直人
ヴァイオリン独奏:川久保賜紀
コンサートマスター:佐久間聡一
2017年2月5日 福山リーデンローズ大ホール
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 「凄い!パーフェクト!!」ドヴォルザークの最後のトゥッティが鳴り終わった瞬間、思わずそう呟いてしまいました。広響…いやはや、そら恐ろしいまでに凄いオーケストラになったものです。
 前半はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。久しぶりに聴いた川久保さんのソロは、本当に音色が美しかった。美音にますます磨きがかかったとの印象を強く持ちました。テクニックは、そもそもチャイコフスキーコンクール最高位の称号を確認するまでもなく、まったく隙の無い完璧なテクニック。でも、僕はやはり第1楽章中間部やカデンツァ、第2楽章で魅せたその美しく歌い上げる美音に酔いしれた。ややもすると冗長になりかねないこの曲を「ずっとこの美しい音を聴いて居たい」と思わせる演奏は見事です。先日の松山さんと言い、この30代~40代の女性ヴァイオリニストの層の厚さはどうでしょう。本当に皆さんまばゆいばかりに輝いています。
 オーケストラの伴奏は、広響らしくベートーヴェンのオーケストレーションを、分厚く重厚に過不足なく鳴らせていました。日本のオーケストラは欧米に比べるとやや薄味な響き、との先入観を持っている人は、この広響を聴いてみるといいです。全体的には大友さんらしく品のいい細部の繊細さが感じられる演奏でした。

 後半のドヴォルザークの8番。この演奏が非常に熱が入っていて、素晴らしかった。

 まずは、オーケストラの状態が絶好調、ということがあげられる。広響は定期演奏会では佐久間コンマス・蔵川コンミスのダブルコンマスでファースト・プルトを組むこともありますが、この日は蔵川コンミスは降り番。そして潮田さんも寿退社なさったということで(勿体ないなあ…)、トッププルトに大フィル時代からの情熱的な演奏に拍車がかかった佐久間コンマスと、広響自慢の情熱のヴァイオリニストの山根啓太郎さんという、ありそうでなかった動きの激しい二人でトッププルトを形成。このお二人とチェロのマーティンさん、ヴィオラの安保さんら、弦五部の首席奏者らが強力な起爆剤となって、疾風怒濤の演奏になった。それでいて、第2楽章・第3楽章の民族調の旋律が印象的な場面では、「これでもか」というほど弦が歌いに歌う!
 そしてもっと驚いたのは、大友さんの指揮から繰り出されるスケールの大きい音楽。埒からはみ出すことも躊躇しない剛腕ともいえる指揮。僕は大友さんの指揮はこれで5回目ぐらいになるだろうか。京響での指揮の印象が強いのですが、これまでの僕の大友さんに対するイメージは、いかにも斉藤門下生らしく、四隅にまで気を配った緻密で、精妙なニュアンスに富んだ音楽づくり、しかしその一方でバランスに細心の注意で払うことで、どこか「縮小均衡」のきらいがあることが不満だった。
 しかし、この日の広響との演奏はどうだ。音楽の推進力が前面に出て、スケールの大きいダイナミックな音楽に酔いしれた。その一方で、第2楽章・第3楽章の終結部に象徴されるように、細部にまで手が行き届いている。
 どちらが本当の大友さんなのか?また次の機会を楽しみにしたいと思う。

 かつての広響のウィークポイントがあったとすれば、金管の精度に物足りなさがあったのですが、この日の広響は(というか、ここ2年ほど、僕が聴いた限りの広響は)演奏制度もパワーも申し分ないです。

 4月に下野さんを大将に、大阪でブルックナー8番を演奏しますが、まったく死角なし!でしょう。このブログは大阪の方からのアクセスが多いのですが、4月の大阪定期演奏会では、おそらく広響の重厚な響きに大阪の皆さんは度肝を抜かれることでしょう。それが、眠れる獅子と化した、あの老舗オーケストラの尾っぽを踏んで、再起の狼煙のきっかけになれば…僕は本気でそう思っています。
 今の広響は、たぶん奏者の方々が心から楽しんで音楽に没頭できている。昨年は被爆70年の節目の年で、かつ広島カープの久しぶりの優勝に沸き返りましたが、広響は平和都市のホスト・オーケストラとして確固たる地位を与えられているし、カープ・シンフォニーのコンサートなどで、カープともに市民から愛されている存在。奏者のモチベーションも高く、演奏レベルは向上し、その結果アルゲリッチや藤村実穂子、来年度はクレーメルなど超一流アーティストからのオファーが引きも切らない。コンサートに足を運ぶ聴衆も、心から広響の音楽を楽しんでいるように感じます。

・アンコールは、水上の音楽から 第9曲。ヘンデル演奏に定評のある、いかにも大友さんらしい粋な選曲。しかし、12型の弦で聴くヘンデルなんて久しぶりかも知れない。

・この日の編成は12型の2管編成。下手から1stVn12→2ndVn10→Vc8→Va8で、上手奥にCb8。

・お客さんの入りは6割5分ぐらい?もう少し入って欲しい感じはしますね。


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